Billboard JAPAN


Special

<わたしたちと音楽 vol.79>村上葉子 
「音楽が好き」だけで走り続けた、女性ディレクターの道のり

インタビューバナー

 米ビルボードが、2007年から主催する【ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック(WIM)】。音楽業界に多大に貢献し、その活動を通じて女性たちをエンパワーメントしたアーティストを毎年<ウーマン・オブ・ザ・イヤー>として表彰してきた。Billboard JAPANでは、2022年より、独自の観点から“音楽業界における女性”をフィーチャーした企画を発足し、その一環として女性たちにフォーカスしたインタビュー連載『わたしたちと音楽』を展開している。

 今回のゲストは、Mrs. GREEN APPLEのメジャーデビュー時から担当ディレクターを務める、ユニバーサル ミュージック合同会社のチーフプロデューサー/ディレクターの村上葉子さん。「キャリアのスタート時、女性のディレクターは会社で2人目くらいだった」という時代から30年以上にわたり、レコード音楽制作の最前線に立ち続けてきた彼女に、アーティストとの歩み、自身のキャリア、そして女性が業界で長く活躍するために必要なものについて聞いた。(Interview:Rio Hirai[SOW SWEET PUBLISHING]Photo:Yukitaka Amemiya)

彼らが作ったその音楽の手触りを、
リスナーにそのまま届けたい


――レコードレーベルにおけるプロデューサー、ディレクターとは何をするお仕事なのか、改めて教えてください。

村上:私が担っているのは、Mrs. GREEN APPLEにまつわる制作です。アーティストに作ってきたものを共有してもらって、それからアレンジの発注、ミュージシャンの手配、スタジオでのレコーディング、歌録り、ミックス、マスタリング……など、音源を世に出すところまで。ライブ音源の収録やパッケージ化もありますし、ミュージックビデオやジャケットなど、全体の制作にも関わります。楽曲にまつわる制作物全般を統括する、という仕事です。


――Mrs. GREEN APPLEとの出会いを聞かせてください。

村上:知り合いから、大森元貴くんが作ったデモCDをもらったんです。本当に素晴らしくて、すぐに「本人に会いたいです」と電話しました。当時彼はまだ10代の後半でしたけど、声の表現力が圧倒的で、心にグッと入り込んでくる。「絶対にこの人は良い」と思って連絡したら、「ちょうどバンドを組んだところです」って言われて。


――それまで村上さんは、バンドの担当経験はあまりなかったそうですね。

村上:そうなんです。シンガーソングライターやアイドルを担当することが多かったので。それで元貴くんのバンドのライブを観に行ったら、まだお客さんは少なかったけれど、元貴くんが突出して良かった。それから回数を重ねていくうちに、ほかのメンバーもどんどん良くなっていって。「このバンドの音楽を届けていきたい」と強く思いました。


――大森さん自身がプロデューサー的な目線を持っている中で、ディレクターとして大切にされていることは?

村上:彼が作った音楽を、その手触りと温度のまま届けたいと思っています。「なぜこの歌詞なのか」「なぜこのメロディなのか」、それらは彼の中にすごくはっきりした形で存在しています。デモも弾き語りではなくて、オケまで全部できた状態で「これです」と送ってくれます。だから、楽曲の大切な部分をできるだけ正しく理解するようにしています。また、彼は譜面を書かず、音楽を自分の感性、感覚で作る人なので、音楽理論的にできることがあればお話ししたりします。メンバー2人は誰よりも近くで彼の楽曲を正しく受け取る存在なので、一緒にリハーサルして楽曲を形にしていきます。


フルスロットルで進んできた
Mrs. GREEN APPLEとのあゆみ

――Mrs. GREEN APPLEは、“フェーズ1、2、3”と歩みを進めてきました。それを、ディレクターとしてどうご覧になっていましたか?

村上:私たちスタッフの間では、最初から“フェーズ”という言葉を使っていたわけではないんですけど、元貴くんの中には最初から構想があったみたいでした。フェーズ1は、彼自身が「青春時代」と言うように、トライ&エラーを繰り返しながら階段を登っていった時間でした。その最後の最後で、一度活動を休止して。編成もスタッフも変わった中で、フェーズ2が始まるときには「絶対に国民的に広く知れ渡るところまで行こう」と決まっていた。そのために必要なことを揃えて、整えて始めた、フルスロットルの時代ですね。


――そしてフェーズ3へ。

村上:『GOOD DAY』を出す少し前に、元貴くんとメンバーが「フェーズ2を閉じる」という話をしていたんです。レコード大賞や紅白のずっと前でしたけど、本人達の中では「ある程度、世間にMrs. GREEN APPLEが浸透した」と実感を得られたタイミングだったようです。もっと広い面で届けていきたいのは変わらないけれど、ここからはもっと“深く”刺さるものを作る、と。フェーズ3になってからは、ミュージックビデオも楽曲も衣装もすべてが “進化”であり、“深化”でもある届け方になっていますね。


――アニバーサリーベストアルバム『10』が、IFPI(国際レコード産業連盟)のグローバル・アルバム・チャート2025で世界10位に。アーティスト・チャートでも日本人唯一の13位にランクインしました。

村上:以前、ほかのインタビューでMrs. GREEN APPLEについて「日本の音楽シーンの希望や夢になってきている」と話したんですけど、「なってきている」が「なった」に変わってきていると感じます。ただ、彼らは“世界で認知されるために”音楽をやっているわけではない。日本でちゃんと数字が伸びた結果、グローバルチャートに入った、という順番です。海外ウケのために何かをやろうとはしていなくて、「自分たちが好きだと思っているものを、世界中の人たちもきっと好きになってくれる」と信じて、“和食展開”のまま届けようとしている。先日のライブ【DOME TOUR 2025 "BABEL no TOH"】も、歌詞を全部英語訳して海外チームに共有したうえで収録・ミックスしてもらいましたが、本当にミセスの音楽の芯を全て理解して表現してくれています。音楽には垣根がないなと肌で感じています。


音楽が好きだから続けられた
ただ、それに尽きます


――Mrs. GREEN APPLEと出会う前の、村上さんのこれまでのキャリアについても教えてください。

村上:3歳でピアノを始めて、親には「ピアニストになってほしい」と言われていたんですけど、小学校高学年で「指がピアニストには向いていない」と先生に言われてしまった。それでも頑張って高校はピアノ科に行ったんですけど、入学して3か月で先生から「楽理のほうが向いている、転科しなさい」と言われたんです。1年悩みましたが、楽理科なら東京に出られるというのに惹かれて、転科して芸術系の大学へ進みました。それまで三重県から名古屋の高校まで片道2時間、往復4時間かけて通っていたくらいなので、根性はあったんですよね(笑)。


――そこからレコード会社に就職したんですね。

村上:小さい頃からテレビの歌番組がすごく好きで、クラシック以外の音楽も素敵だなと思っていたので、ビクター(ビクターエンタテインメント株式会社)に入ったんです。最初の1年はディレクターのスケジュールを管理する制作管理という仕事で、その後ディレクターになりました。当時、女性のディレクターは本当に少なくて、私が2人目くらいでした。ディレクターは権限が大きくて、「俺が作っているんだ」という自負を持ってやっている方が多かったし、スタジオの拘束時間もものすごく長かった。「根性がないとできない」という意味での男社会でしたね。


――最初の大きなお仕事は、広瀬香美さんだったそうですね。

村上:そうです。広瀬さんはシンガーソングライターで、ご自身で曲を作る方。色々なことを学ばせていただきました。その流れで、ビクターから独立された田村充義さんの田村制作所に移って、いろんなレコード会社や事務所のアイドル、アーティスト、ダンスグループの仕事をしました。作詞家、作曲家、アレンジャーに発注して、作品を作って歌ってもらう仕事が多かったですね。アイドルの現場で培った歌録りのスキル……例えば気持ちよく歌ってもらうための声かけとか、「こう歌ってみない?」という提案のやり方などは、その後の私の仕事の助けになっていると思っています。


――少ない女性の中で、ずっと活躍してこられたのはなぜだと思いますか?

村上:音楽が好きだからですよね。それに尽きます。


――女性が強く発言すると、ときに必要以上に「怖い」と言われてしまうようなこともあるのではないですか?

村上:めちゃくちゃありますよ。「怖がられてるな」と思いますし(笑)。私はズバズバ物を言うほうなんです。足りないことや違うと思うことがあったら、ハッキリ言う。嫌だと思ったまま続けることはできないので、嫌だと思わない状態にする努力は、すごく大切にしています。


――意思を貫くために、どんな心の置き方をされていますか?

村上:気になったことをできるだけ解消するように動く。「引っかかる」ときは、遠慮せずに言うようにしていますね(笑)。「言ってくれないと分からないんだから、言って」って。共有が足りていないこと、分からないと進めないことを、ちゃんと言葉にする。それは続けています。


強く思っていれば、いつか必ず叶うよ


――女性アーティストやスタッフを支えるうえで、意識されていることはありますか?

村上:「女性だから」とはあまり考えないんです。ただ、女性スタッフと接していて思うのは、本当に優秀だなということ。二十代から優秀な方がすごく多い。ただ、優秀ゆえに先回りで悩んでしまったり、傷ついてしまったりすることも多い気がする。私はズバズバ厳しいほうですが、うまくいっている人にはあまり声をかけない代わりに、立ち止まっている人には、なるべく声をかけるようにしています。


――エンタメ業界で女性が活躍しやすくなるためには何が必要だと思われますか?

村上:会社の男女比は半々くらいで、働きにくさは感じていません。ただ、上のポジションには女性が少ないかもしれません。マネージャーレベルだと半々でも、それより上になるとまだ少ない印象です。私自身もマネジメントの講習に行く時間があるなら、スタジオに行きたいと思ってしまうんですね。どうしても「現場にいたい」が勝ってしまう(笑)。


――この連載では皆さんに「キャリア1年目のご自身に声をかけるなら?」と伺っています。

村上:「強く思っていれば、必ず叶うよ」ということですかね。本当にそれくらいしかないかもしれない。


――では、ディレクターとしてこれから叶えたい夢を教えてください。

村上:Mrs. GREEN APPLEと、いけるところまでいきたいですね。 「何々っぽい」ではなくて、「Mrs. GREEN APPLEだから良い」と言ってもらえる音楽がもっと広がってくれたら嬉しい。彼らの歌詞は、これまでどれだけ多くの人を救ってきただろう。ミセスの音楽がもっと世界中に届いてくれたら、と思っています。


――彼らの楽曲が多くの人の心を動かす理由は、どこにあると思いますか?

村上:寄り添ってくれるからだと思います。「そのままでいいよ」「今やろうとしていることは、きっと間違いではないよ」と伝えてくれる。心が折れそうになったときにそういう音楽があるということは、本当に大事なことなんです。


――村上さんが個人的に「この曲に支えられた」というものはありますか。

村上:「僕のこと」ですね。あの曲ができた時の感動は忘れられませんし、本当に人の心を救えるという思いに私自身も支えられました。

全国高校サッカー選手権大会の応援歌なので、本当はチームの歌として「僕“ら”のこと」を書かなくちゃいけなかったんです。でも元貴くんは「結局は“自分”なんだ」という思いから、「『僕のこと』を書く」と。「100校あったら99校は負ける。負けるほうにこそ寄り添いたい」という曲なんです。勝負の世界で戦い続けているアスリートさんが「試合前に聴いています」と話してくださることも本当に多いんですよ。


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