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<インタビュー>生沢佑一、不思議な縁で紡がれたタフでしなやかな52年の音楽人生を語る(後編)

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 前編のインタビューでは、偶然のデビューをきっかけに、さまざまな出会いや転機を重ねてきた音楽人生について伺った。「いつでも辞めようと思っていた」と話す一方で、音楽への好奇心はずっと持ち続けていたという生沢さん。後編では、2000年代以降の活動を振り返りながら、社会現象にもなったアニメ『妖怪ウォッチ』の主題歌「ゲラゲラポーのうた」の秘話や、これまでの音楽人生を経ての現在の活動、そして今回のビルボードライブ公演に向けての想いについて、引き続きお話を伺った。(Text:岡本貴之/Photo:福政良治)

「ゲラゲラポーのうた」誕生秘話。偶然が繋いだ、アニメ主題歌との出会い

――2000年代に入ると、アニメ主題歌の歌唱も多くなって行きますね。

生沢佑一:『遊戯王』の作者・高橋和希さんが、TWINZERの大ファンだったみたいで。レーベルから僕が書いた曲を使いたいという話が来たんです。ただ僕はちょうどそのとき断ったんです。というのも、曲がなかったんですよ。そしたらまたご依頼があって、そのときは作ったばかりの 2曲があって、“まだ完璧じゃないんですけど、これしかないので”って出したんですよ。正直、断られてもいいやぐらいの気持ちだったんですけど、それがオープニングとエンディングになったんですよ。アニメの事も、『遊戯王』のことも全然知らなかったので、まさかそれがテレビで流れるとは思ってなかったんですけど。その『遊戯王』がきっかけで、いろんな方からその当時アニメのお話をいただいたんですよ。アニメに興味もなかったし、もう全部断らせてもらっていたんですけど、まだ小さかったゲーム会社の若手のオーナーさんの人柄に惚れて、そこからご依頼されたロボット系アニメの音楽だけはやってたんです。そこも今気づくとすごく大きな会社になったみたいなんですけどね。


――その後、社会現象にもなったアニメ『妖怪ウォッチ』の主題歌「ゲラゲラポーのうた」をキング・クリームソーダのZZROCKとして歌うことになったのはどんな経緯があったのでしょうか。

生沢:10代の頃にバンドをやっていた仲間に、40何年ぶりぐらいにたまたま知り合いの誕生日会で会ったんです。その彼と話したら、今は音楽プロデューサーをやっていて、たまたまアニメの音楽でロックを歌えるやつを探してたんだよ、ちょっと手伝ってよみたいなことを言っていて。それで、“ああ、いいよ”って返事をしたら、ラップと歌謡曲が合わさった曲を渡されて。“いやいや、これはちょっと俺には歌えないよ”みたいな。





――ちょっと抵抗があったんですか?

生沢:めちゃくちゃありました(笑)。それで断ろうとしたんですけど、“いや、そこをなんとかなんとかならないか”みたいな感じで、“じゃあ別で俺の思ったメロディを作るよ”って、それで勝手に〈雲が踊れば 風が歌いだす〉っていうところのメロディを作って、もらった楽曲にひっつけたんですよ。そしたら何か化学変化が起きたというか、それが「ゲラゲラポーのうた」になって “これは面白い”みたいなことになったんです。僕は例によって『妖怪ウォッチ』のことも知らなかったんですけど(笑)、九州かどこかに行ったとき、お酒を飲んでいて、知り合いに“この前、『妖怪ウォッチ』っていうアニメの曲を歌って…”みたいな話をしたら、隣のお父さんが“『妖怪ウォッチ』ですか?うちの子どもがもうめちゃくちゃ大ファンで”って話かけてきたりして、「えー!?」って。それでそこからテレビを見たりして、“こんなに人気があるんだ?”って初めて知りました。


――キング・クリームソーダのZZROCKというキャラクターは、最初から考えられていたものなんですか?

生沢:いやいや、もう社会現象になった後ですよ。“なんかワイワイなってるな”ってなってから、後付けですよね、ある意味。それで急に“えっ踊らないといけないの?”みたいな(笑)。今まで踊ったこともないけど、今さらやめさせてくれって言うわけにもいかないし、巷ではグッズがああだこうだってニュースにもなっていて、電話がかかってきて、“このグッズが欲しいけど買えないからなんとかしてくれないか”とか言われて、僕は“わかんない、わかんない”って答えながら、“なんかすごいなんかことになってるな”っていう状況でしたね。


――キャラクターになるということには、抵抗はなかったですか?

生沢:それはないです。妖怪ですからね(笑)。だからもう何でもありかなみたいな。



――近藤房之助さんとも活動を共にした時期あったそうですが、ZZROCKは近藤房之助さんがB.B.クィーンズでやっていたキャラクターのイメージも重なる気がします。

生沢:いや、そうなんですよ。じつはね、当時あの「踊るポンポコリン」の前に、ビーイングの仲間にはブルースミュージシャンが多かったので、ブルースで童謡をオリジナルにした“童謡ブルースアルバム”を作っていたんです。その中で、これから『ちびまる子ちゃん』っていうアニメが出来るから、それのテーマソングも入れたいみたいな話になって、そしたら『ちびまる子ちゃん』のすごくキャッチーな曲が上がってきたから、結局、童謡ブルースの話が、『ちびまる子ちゃん』のB.B.クィーンズになっちゃったっていうだけで。アルバム自体は止まっちゃって、バンドの形だけ残ったという。


――生沢さんが「踊るポンポコリン」をやっていた可能性もあったんですね。でも後々、キング・クリームソーダで、まさに近藤さんの役割を担うことになったんですから、面白いですね。

生沢:まさしくそうですよね。テレビに出ても、“B.B.クィーンズですね”みたいに言われましたから。近藤さんとたまに間違えられましたよ。でもそれは狙ったわけじゃなくて、たまたまそんな雰囲気になったんですね、なぜか。


――『第65回NHK紅白歌合戦』にも出場しましたが、紅白に出るとは思っていなかったのでは?

生沢:「紅白」のことで言うと、『妖怪ウォッチ』のもっと前に、母が倒れたことがあって。そのときに母がポロッと「僕が紅白に出る姿を見たかった」と言ったんですね。それを聞いて、“ああそうだな、俺は親孝行してこなかったな”と思って、もう1回ちゃんと音楽をやろうって思ったんですよ。そう思っていたときに、たまたま『妖怪ウォッチ』のプロデューサーに出会って、1年も経たないうちにいきなり紅白に出たんですよ。だからそれはすごく不思議だなと思いましたね。それで母に親孝行できたのでよかったなと。



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今も続く、音楽への挑戦

――現在は、BLACK ZAPPA FARMレーベルを立ち上げて、毎月新曲を発表するプロジェクト『BLACK CHRISTMAS』と『月刊 生沢佑一』を中心に活動されていますね。

生沢:止まっていた期間も含めて、ずっと楽曲を溜めていて、それが100曲近くあったんですよ。その中で一時期クリスマスソングをたくさん作っていたので、クリスマスソングで何かストーリーを作りたいなと思ったんですよ。そのストーリーを作るときに、「BLACK CHRISTMAS」というでタイトル曲もあったんですね。めちゃめちゃヘヴィな曲なんですけど、そのヘヴィな曲をやるときに、『妖怪ウォッチ』じゃないですけど、何か自分のキャラを変えないと、今の状態でなかなかちょっとできないなと思って。それで“ブラック・ザッパ”というキャラクターを作って、“家族と一緒に俺たち音楽の世界を作ろうぜ”って、ファミリーの形で、それぞれのキャラもつけて、毎月1曲ずつ歌わせていこうというのが、『BLACK CHRISTMAS』です。そのキャラクターとは別に、今までの流れで生沢佑一の曲も絶対必要だなと思ったんです。12月24日が、亡くなった妻との結婚記念日なんですけど、雪が降っていて、“ああ、俺今年は1人なんだ”って思ったときに「ひとりだけのクリスマス」という曲ができたんですね。その曲を切々と歌ったときに、『BLACK CHRISTMAS』にはやっぱりそれは合わなかったんですよ。じゃあまた別で、等身大のそのときに感じた生沢佑一を出していくのもいいんじゃないか、というのが『月刊 生沢佑一』です。





――今回のライブが発表されたとき、SNSに「あれから、止まったままの生沢佑一50+2周年Liveをビルボードライブ横浜でやります!」と綴っていらっしゃいますが、「あれから、止まったまま」というのはどういうことでしょうか?

生沢:コロナ過で僕が体調を崩して手術をしたりして、日常生活ができなかった時期があったんです。50周年に何かをやろうという計画も立てていたんですけど、どうにか回復できるかって思ったときに、妻がいきなり倒れてそのまま逝ってしまったんです。だから結局 50周年っていうのは、自分の頭の中ではもうそこで消えてしまったっていうか。今回のお話をもらったときに、「あ、そうだ。俺、止まってた」って自分で気づいたんですよ。50周年から2年が経ちましたが、妻もすごく楽しみにしていたので見せてあげたかったというのもありますし、そういう意味も含めてやっぱりここでやるべきだなと思ったんです。



――今回のビルボードライブでは、いろんな豪華なゲストアーティストも参加します。どんな内容を考えていますか?

生沢:せっかくいい機会をもらったので、デビュー曲から自分の歴史をここで聴いてもらおうかなと思っています。デビュー曲なんかもう、当時以来50何年も歌ったことがないので(笑)。それと、ゲストのみなさんと一緒に当時の思い出の曲をやろうと思っています。ちょっとネタバラシですけど、例えば「OH SHINY DAYS」を書いてくれた織田さんと一緒に歌ってみたり、春畑なんかは今回初めて彼と一緒にステージに立つので、彼のギターで僕が歌ったりとか。キング・クリームソーダは今までカラオケでしかライブをやったことがないので、今回生バンドで演奏するためにロック・バージョンを作ったんですね。これが結構かっこいいんですよ(笑)。そういう面白いことができるんじゃないかなと思います。セットリストは1st、2ndステージで全然違って、続けて見て1つになるみたいなところがあるんですけど、やっぱりどちらかしか観られない方も多いと思うので、めちゃめちゃファンが多くて、みなさんが絶対に聴きたいと思ってくださっている「ラヴ・イズ・オーヴァー」「OH SHINY DAYS」だけは両方ともやろうかなと思っています。


――最後に、改めてライブに向けて意気込みをお願いします。

生沢:これからの生沢佑一というのは、サーカスじゃないですけど、“何が出てくるかわからないよ”っていうエンターテインメントも音楽も含めて、昔のグリコのおまけじゃないですけど、出てくるまでわかんないみたいな、そういうライブを届けて行きたいですし、今回のビルボードライブのステージがそのきっかけになればいいなとは思っています。そこを楽しみにしてもらいたいなというところです。よろしくお願いします。



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