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<インタビュー>ガラパゴスは強みになる――エンタメ社会学者・中山淳雄と野村HD・石塚健二郎が語る、日本音楽市場の独自性と金融の役割

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Interview: 高嶋直子
Text: 髙橋侑太郎
Photo: 筒浦奨太


 2024年の日本の音楽産業の海外売上は1,239.5億円。経済産業省が2026年4月に公表した報告書で、その規模が初めて公的データとして可視化された。費目別では配信が530.6億円、ライブが515.1億円と、二つの柱がほぼ並び、訪日外国人による国内消費277.2億円を含めれば、海外売上は1,516.7億円に広がる。輸出と訪日消費が一体化した“越境ファン経済”の輪郭が、数字で見え始めた。また、日本政府は2033年までに、エンタメ・コンテンツ産業全体の海外市場規模を20兆円に拡大する目標を掲げる。その中で音楽産業も、音源、コンサート、物販を合わせた海外売上高を2033年に1兆円とする業界目標を掲げている。日本のコンテンツをどう海外市場に接続するか。今年4月に『エンタメビジネス全史 第2版「IP先進国ニッポン」』を著したエンタメ社会学者の中山淳雄氏と、野村ホールディングス デジタル戦略企画部でエンタメ×金融の可能性を研究する石塚健二郎氏。立場の異なる二人に、日本市場の独自性、ファンダム文化、そして金融とエンタメが交差する地点について話を聞いた。

ガラパゴスという強み

――『エンタメビジネス全史』の初版刊行から3年が経ち、第2版が出ました。この3年間で日本のエンタメ市場はどのように変化したと捉えていますか。

中山淳雄:2020年から22年はコロナで動きが止まる中でアニメ『鬼滅の刃』が大ブームになり、日本コンテンツの底力が改めて見直された。一方で2023〜25年は、ボーカロイドPの台頭や音楽全般のグローバル展開、そしてインバウンドの急拡大が重なり、状況がまた大きく動いています。私は2021年から経済産業省にも関わっていますが、21〜23年は「検討、検討、検討」のフェーズでした。それが24〜25年は、エンタメが完全に国策として位置づけられる過程に入っています。


――アニメ、映画、音楽、テーマパークまで多岐にわたるエンタメを一冊にまとめるのは難しい作業だったと思います。その作業を通じて見えた、日本市場の特徴とは何でしょうか。

中山:ユニークさに尽きると思います。アメリカと中国を対比軸に置いたとき、東南アジアは中国のゲームの牙城になっているし、北米IPは全世界を席巻している中で、両社とも「日本向け」だけはかなり特別なアレンジをしています。ディズニーランドは世界5か国で12種類ありますけど、「ライセンスモデル」でローカル企業に委託しているのはオリエンタルランドの東京ディズニーランド・ディズニーシー以外にありません。なんなら米国とは全然違う”お土産”中心の物販収益モデルを創り出したり、“日本的なテーマパーク”として独自に組み替えてしまった。アニメーションが「アニメ」になり、コミックが「漫画」になったのと同じ構造です。情報的に孤立してきたからこそ生まれた強みで、ハリウッドの調子が悪いタイミングで、その独自性が反転して評価される局面に入ってきたと感じます。


データが語る日本市場の特異性

中山:Netflixのトップ10作品のラインナップを国別に比較すると、欧米圏は70〜80%が共通しています。中東やアジアでも、中国・韓国で20〜30%は重なる。ところが日本は、欧米のトップ10との重なりがわずか10%。1割しか共通していないんです。音楽の親和性でいっても、日本は台湾・韓国とだけは細い線でつながっているけれど、それ以外は流行する文脈がまったく異なる、完全な外れ地です。


――石塚さんは野村ホールディングスのデジタル戦略企画部で、LUMINATEのデータを用いて、日本の音楽市場を調査されてきたとうかがっています。データから見えてきた日本音楽の価値とは。

石塚健二郎:各アーティストのストリーミング再生回数を見ていくと、依然として国内集中の傾向が強い。ただ、グローバルに聴かれているケースを掘り下げると、韓国のアーティストと似たような国・地域で聴かれていることも分かります。J-POPやK-POPは、他の多くの音楽ジャンルと比べると、地理的な近接性や言語的な親和性にとどまらず、世界のさまざまな地域で聴かれる傾向が見られます。韓国の音楽産業は、母国語圏ではない地域でもヒットを生み出してきた実績があり、日本の音楽についても、発信の仕方やメディアミックスの組み方次第で、言語の壁を越えて海外のリスナーに届くポテンシャルは十分にあると感じています。


――様々なデータサービスが存在するなか、LUMINATEはDSPから直接データを取得しているため精度が高いとされます。データ精度の重要性について、お二人はどう見ていますか。

中山:音楽ほどデータの整備が進んでいるコンテンツはない、というのが正直な印象です。ストリーミング以降の可視化は圧倒的で、他のエンタメ領域とは比較になりません。ただ業界内でCDなのかライブなのかストリーミングなのか、見るべき指標のスイッチングがあまりに激しいので、現場のリテラシーが追いついていない側面はあると思います。


石塚:LUMINATEのデータで特に印象的だったのは、アーティスト単位・楽曲単位で、再生回数だけでなく、聴かれている地域や時系列のトレンド変化まで、かなり細かく把握できるようになっている点です。これまで感覚的に語られてきた人気や広がりを、データを通じてより客観的に捉えられる。音楽の価値評価や、投資家に対する透明性の高い説明を行う上で、非常に重要な材料になり得ます。


石塚:野村ホールディングスとしても、金融機関として培ってきたデータ分析やリサーチの知見を、音楽の価値理解にどう活かせるかを検討しています。アーティスト・楽曲単位での聴取動向、地域別・時系列のトレンド、将来収益のシナリオ分析などを組み合わせることで、楽曲やアーティストの価値を多面的に捉えられる可能性があると考えています。今後はストリーミングデータに加えて、ファンクラブ、ライブ、SNS、グッズ、タイアップといった、より幅広いデータを組み合わせていくことで、音楽IPの価値を立体的に理解できるようになると期待しています。ただ、データだけで音楽を捉えられるわけではないので、業界関係者の方々と対話・連携しながら、長期的な成長につながる形を一緒に考えていきたいと思っています。


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  1. 「日本の推し活文化とIP金融化の可能性」
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日本の推し活文化とIP金融化の可能性

――海外で語られる“スーパーファン”と、日本の“推し活”はニュアンスが違うとよく言われます。CDが買われ続け、ファンダムビジネスが成立する日本市場の独自性は、なぜ生まれたとお考えですか。

中山: 宝塚やSTARTO ENTERTAINMENTが粛々と築いてきたカルチャーが土台にあることに加え、水道哲学(水道のように安価で大量に供給するという松下幸之助の経営思想)も影響しているかと思います。日本のエンタメ大手は、価格を上げない。本当はもっと取れるのに、安い価格で全員に平等に提供する。スーパーファンを特別扱いせず、グッズも全員ランダムで平等に配る。小林一三以来の日本のエンタメトップの哲学だと思います。これが、階級のない薄く広くのファンダムを生んだ。金額が上がらずデフレに苦しんできた一方で、階級のないファンダムが日本独自の推し活文化の土台になっているのではないでしょうか。


――石塚さんは、金融のポジションから、一緒にIPを育てていく仕組みを検討されているとうかがいました。具体的にはどのような構想ですか。

石塚:目先すぐ実現するものではないですが、ブロックチェーンやWeb3的な考え方は、将来的な可能性の一つとして認識しています。。現状の構造は管理者-アーティスト-運営-ファンという階層型ですが、UGC(ユーザー生成コンテンツ)を通じたファン関与が重要になる中で、ファン活動を適切に可視化し、健全なインセンティブが設計できれば、ファンを含めた新しい経済圏を作れる可能性がある。

石塚:金融がそのエコノミーの設計に関与できるとすれば、ファンの応援や参加を含めた活動が、アーティストや楽曲の価値向上につながるような仕組みづくりに貢献できる余地があると思います。さらに長期的には、アーティストの活動が終わった後、あるいは運営側が不在になった後も、ファン主導で推し活が半永久的に継続する世界線も視野に入ります。日本の「推し活」文化を踏まえながら、IPを中長期的に育てていくための枠組みを、業界の皆さまとともに検討していくことが重要だと考えています。

石塚:日本のIPの魅力は、音楽、漫画、アニメ、ゲームといった分野がそれぞれ独自の発展を遂げ、多様なジャンルにわたってコンテンツが蓄積され、かつ国内外に熱量の高いファン層を持っている点にあります。グローバルに見ても非常にユニークで、そこに大きな魅力を感じています。また、作品や楽曲単体で完結するのではなく、音楽、映像、ライブ、グッズ、イベント、ゲーム、海外展開などと連動しながら広がっていく力を持っています。漫画がアニメ化され、主題歌がヒットし、ライブやグッズ、ゲーム、海外展開へとつながっていく。複数の領域が連動するメディアミックスの強さは、日本IPの大きな特徴だと思います。

石塚:金融の視点から見ると、IPは長期的に価値を生み得る可能性があり、収益機会の広がりという点で、伝統的な金融資産とは異なる特性を持つ領域として注目される余地があると考えています。加えて、日本には過去の楽曲や漫画・アニメ作品の中にも、時代や国境を越えて再発見される可能性を持つものが多くある。シティポップの再評価や、旧作アニメ・漫画の再ヒットのように、カタログIPの再評価・再活用にも、日本IPならではのポテンシャルがあると思っています。


“音楽”という資産の魅力

――土地や株式など多様な投資対象がある中で、“音楽”という資産の魅力はどこにあるのでしょうか。

石塚:伝統的な金融資産(株式、債券など)に投資している投資家の中には、それらと値動きの連動性が低い、いわゆる相関の低い投資対象を求める方々がいます。当社でも、プライベート・アセット(未公開資産)を含む新たな投資領域について、日頃から調査・研究を行っています。

石塚:音楽は、株式市場とは異なる値動きや収益特性を持つアセットクラスと認識しています。たとえば、株式市場が下落したからといって、直ちに音楽の視聴行動が大きく変化するとは限りません。また、景気変動や地政学リスクの高まりといった局面においても、音楽やエンターテインメントは日常生活に深く浸透しているため、需要が比較的底堅い面もあると考えています。もちろん、音楽関連資産にも、アーティストや作品の人気変動、配信プラットフォームの動向、権利関係、各国の規制など、固有のリスクがあります。そのため、投資対象として捉えるには、収益構造やリスク要因を慎重に分析する必要があります。現状、音楽への投資機会は限定的で、一般の投資家がアクセスできる手段も多くはありません。ただ、今後、こうした資産へのアクセス手段や枠組みが整えば、ポートフォリオの分散という観点から検討される余地のある資産領域になると考えています。

石塚:日本の音楽著作権・原盤権への投資については、大きな可能性がある一方で、非常に丁寧に向き合うべき領域だと考えています。ストリーミングサービスの普及によって、再生データが可視化され、音楽の聴かれ方や収益の状況を以前よりも把握しやすくなっています。また、カタログ楽曲が時代や国境を越えて再評価される機会も増えてきました。こうした背景から、海外では音楽が機関投資家を含めた幅広い投資家層から関心を集める領域になっていると理解しています。日本においても、音楽を新しい投資対象として捉える動きは、今後広がっていく可能性があると感じています。ただし、音楽はアーティストや業界関係者の創造性や努力、そしてファンの方々によって支えられているものであり、単なる投資対象として捉えるべきものではありません。その価値や文化を大切にしながら、業界の持続的な成長に金融の側面からどう貢献できるかを、慎重に考えていく必要があると思っています。


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1兆円目標と、金融が果たす役割

――日本政府は2033年までにエンタメ・コンテンツ産業の海外市場規模を20兆円に拡大する目標を掲げ、業界5団体(CEIPA)も音楽産業の海外売上高を2033年に1兆円とする目標を打ち出しています。この“1兆円”という数字に、どのような課題があると見ていますか。

中山:1兆円という数字は、正直、レーベル側からは「高すぎる」という声も上がっていると思います。CDなどのフィジカル以外で単価を取るのが難しい構造の中で、達成は容易ではない。ただし韓国は、ストリーミングをテコに越境市場をこじ開けてきました。15年ほどかけて実現したわけですが、同じアジア圏で達成した事例として画期的です。

中山:音楽はアニメ・ゲーム・漫画と比べると少しずれた位置にあって、3次元と2次元をつなぐメディアにもなっているなと最近感じます。私が直近でハマったのは劇場版『チェンソーマン レゼ篇』の主題歌である米津玄師さんの「IRIS OUT」です。作品に対する彼の強烈なリスペクトとオリジナリティが同居した協奏作用のようなコラボのあり方ですね。こういった説得力のあるコラボを積み重ねながら、1兆円に挑んでほしいと思っています。


――石塚さんは金融の立場から、この目標をどのように見ていますか。

石塚:金融の立場で言えば、業界内の資金に加えて、金融投資家を含む外部資金が適切に参加しやすい環境を整えていくことが重要だと考えています。

石塚:株式や債券の場合、開示項目や評価の考え方、過去実績の確認方法などについて、一定の枠組みが整備されています。一方で、IPや音楽関連資産については、投資判断に必要な情報の見え方や説明の様式が、まだ十分に標準化されていない部分があります。

石塚:課題というより、さらに成長していくための重要な論点として、金融の立場から特に感じているのは、業界外からも長期資金が入りやすい環境をどう整えるかという点です。日本の音楽を海外に広げていくには継続的な投資が必要ですが、その資金を業界内だけでなく、金融投資家を含む外部資金も適切に参加できるようにすることが、今後の成長余地を広げる上で重要だと思います。

石塚:一方で、音楽は原盤権、出版権、パブリシティ権など、権利と収益の構造が案件ごとに異なり、外部の投資家から見ると、どの収益がどこに帰属し、どう分配されるのかが必ずしも分かりやすくありません。権利の所在、収益の流れ、データの見え方、説明の様式といった“投資判断の前提”を、音楽業界の皆さまと連携しながら、より分かりやすく標準化していくこと。これが重要だと考えています。標準化を通じて、権利・契約・収益・情報開示の接続面を分かりやすくすることで、業界外資金が参加しやすい土台づくりに、金融側として貢献できる余地があるのではないかと考えています。


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