Special
<インタビュー>「市場を見るためではなく、市場をつくるためのチャートなんだ」――河出書房新社小野寺優社長が語る、本と読者の"新しい出会い方"【WITH BOOKS】

Interview & Text: 麦倉 正樹
Photo: 板場 俊
ビルボードジャパンが2025年11月よりスタートした総合書籍チャート"Billboard JAPAN Book Charts"。本チャートは、紙の書籍(書店/EC)と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。
本シリーズでは、アーティストや作家、書籍業界関係者にチャートへの期待をインタビュー。今回は、河出書房新社の代表取締役社長・小野寺優氏に、出版市場の現状認識、「読者と直接つながる」ための情報発信戦略、日本文学の海外展開に向けた具体的取り組み、そしてビルボードの書籍チャートが出版業界にもたらす可能性について話を聞いた。
本に対する潜在的な需要はまだまだある
――2025年は、紙の書籍の販売金額が50年ぶりに1兆円を下回り、電子と合わせても4年連続で減少となりました。まずはこの現状について、どのように捉えていますか?
小野寺優:当然のことながら、非常に厳しい状況です。販売金額のみならず、歯止めがかからない書店数の減少や書店への来店客数の減少、これがやっぱり出版界の根幹に関わる問題だと感じています。というのも、出版界では、ずっと書店の店頭こそが最大の情報発信基地でした。情報が欲しい人は本好きであっても、そうでなくてもまず書店に足を運びましたから、私たち出版社は刊行した本を書店の良いところに置いてもらえれば、あまねくその本の存在や内容を知らしめることができた。そしてときには、その本目当てで来店したわけじゃないお客様も、店頭でたまたま目にして買ってくださることがあった。それが、インターネットが登場し、スマホが普及することによって、本好き以外の方はスマホから情報を得るようになり、書店に足を運ばなくなった。その結果、我々出版社は、本の情報を広く伝えることができなくなってしまった。この変化が本の売り上げに大きく影響していると思っていて。これは自戒を込めて言うのですが、現状に適した情報発信の手段を、出版界は一日も早く構築しなければならない。それができれば本に対する潜在的な需要はまだまだあるし、掘り起こせると思っています。
――ちなみに御社としては、具体的にどんなことを行っているのでしょう?
小野寺:SNSなどを通じた情報発信は当然として、書店のリアルイベントであったり……あと、弊社の場合は、ささやかですが「河出クラブ」という読者と直接繋がる場を設けています。基本的には、新刊情報などを掲載したメルマガを定期的に送っているのですが、それを通じた交流イベントなども行っています。今後そういった、読者と双方向のコミュニケーションがとれる場はさらに増やしていきたいと思っています。また、ここ数年意識しているのは、熱量の高い読者が存在していて、その方たちがいま読んでおかなければ、と思ってくださるような付加価値の高い企画の開発です。
――具体的には、どのような商品を開発しているのでしょうか?
小野寺:ひとつ具体例を挙げるのであれば、弊社は一昨年、『美術の物語 ポケット版』という本を刊行しました。この本はもともと定評があり、全世界で800万部を超えるベストセラーになっている美術書のコンパクト版なのですが、刊行にあたって初版分のみ通常よりも安い特別価格を設定しました。この本については、価格を読者に購入のきっかけと感じていただく付加価値としたわけです。おかげ様で、初版分はすぐに完売し、内容の良さが伝わることによって、そのあと通常価格に戻してからも版を重ねています。今後もそういった企画の開発を引き続き行うほか、機会があれば海外の著者の招聘も積極的に行いたいと思っています。昨年は新作『NEXUS 情報の人類史』(上下)の刊行にあわせ、著者であるユヴァル・ノア・ハラリさんを招聘し、さまざまなイベントを開催しました。一方、海外に向けた日本の作品の版権輸出についても力を入れています。そういったイベントや海外市場の開拓、映像化などの二次利用など、ひとつのコンテンツに出合うための入り口をなるべくたくさん作って、知っていただく機会を増やすこと――それが結局、そのコンテンツの可能性を最大化し、国内市場の活性化にも繋がるだろうと考えています。

――いまの「情報発信」という話とも少し繋がるように思いますが、昨年の11月にビルボードは、世界でも初となる書籍チャートを立ち上げました。それについては、どのような感想をお持ちでしょうか?
小野寺:最初にその話を伺ったときから、すごく面白いと思いました。単純にいま何が売れているかだけなら、我々もある程度情報を持っているのですが、ひとつのコンテンツがどういうふうに読まれているのか、あるコンテンツについて、どういった潜在的な需要があるのかを捉える術は、十分に持ち合わせていませんでした。そして、いちばんハッとさせられたのは、これまで我々が当たり前だと思っていた、単行本ランキング、文庫ランキング、もしくは電子書籍のランキングといった刊行フォーマット別のランキングではなく、あくまで、いまどのコンテンツが読まれているか、関心を持たれているかという、純粋なコンテンツ別のランキングになっていることです。考えてみれば当たり前のことで、読者がいちばん知りたいのは、どういったコンテンツが読まれていて、どれが面白そうかということであって、それを単行本で読むか、文庫で読むか、電子書籍で読むか、というのは、その後知ればいい情報なんですよね。
――たしかに、そうかもしれないです。
小野寺:そういう意味で、本当に読者視点に立とうとしているチャートなんだなということに、私自身は魅力を感じました。あと、これはみなさんおっしゃっていると思いますが、「Showa Books」だったり「Heisei Books」、「Hot Shot Books」というチャートは、非常に面白いですよね。そこでは、これまでだったら恐らくチャートインしないであろうコンテンツを、数多く目にすることができる。過去のコンテンツを掘り起こすきっかけになるかもしれないと思いました。いまの出版界って、どうしても新刊の話題にばかり集中してしまい、端的に言うと、新刊を売ることばかりに集中しがちです。こういったチャートがあることによって、優れたロングセラーに光が当たるようになれば、読者へのコンテンツの提示の仕方も、これまでと変わってくるかもしれない。それは、とても豊かなことだし、面白いことだなと思っています。
――なるほど。
小野寺:最初にこのチャートの説明を伺ったとき、同席していた弊社の営業部長が「これは市場を見るためではなく、市場をつくるためのチャートなんですね」とつぶやいたのが印象的で、その通りだと思いました。たとえば、昨年刊行した恩蔵絢子さんの『感情労働の未来』という本があるのですが、それが今年に入ってから「Hot Economy Books」に何度かチャートインしていたんです。もともと、着実に売れていた本ではあったのですが、従来のランキングに入ってくるような派手な動きではなかった。ところが、ビルボードさんの「Hot Economy Books」には、何度もチャートインしていて「これは、どうなっているんだろう?」と内訳を見てみたら、SNS上での動きを反映したものだったんです。そういった動きは、ともすれば見過ごしてしまいがちですが、ビルボードチャートによって、それに気づくことができる。それは、大変ありがたいことです。また、音楽業界はすでに行っていると聞いていますが、このチャートを見ながら、次の戦略として、書店店頭、ネット書店、SNS対策など、どこに注力すればいいのかを考える参考にもなるのは、非常に大きいと思っています。
- 「海外から注目される、新作だけではない日本文学の可能性」
- Next>
関連リンク
海外から注目される、
新作だけではない日本文学の可能性
――いま、音楽業界の話が出ましたが、チャートの先行事例として、音楽業界の動きや変化をどのように見ているのでしょう?
小野寺:音楽業界は、ある意味我々よりも、もっと厳しいところを乗り越えてきたという印象があります。アナログレコードからCD、そして配信、さらにサブスク、とリスナーが音楽を聴くスタイルがどんどん変わり、街からショップが減り……そういった変化の中で生き残っていくのは、とても大変だったのではないでしょうか。ただ一方で、非常に興味深く思ったのは、近年の昭和歌謡のブームや、シティポップの世界的流行です。いまの若い人たちは、サブスクだったりYouTubeなどで音楽を聴いているから、流れてきた曲が新しい作品なのか古い作品なのか、もしくはどこの国のミュージシャンの曲なのかっていうことを意識せず、単純にその楽曲が好きか嫌いかで判断しているのでしょう。その結果として、昭和歌謡とかシティポップを新鮮に捉え、ブームになっていったというのは音楽と出合うスタイルが変わったからでしょうし、コンテンツを掘り起こす新たな可能性を感じます。先ほど、我々出版界は、どうしても新刊中心で考えてしまうと話しましたけれど、本に関しても同じような出合いを創出できないかな、っていうのは、音楽業界を見ているとすごく感じることですね。
――なるほど。ちなみに、こういったカテゴリーがあったら良いのにといった希望みたいなものは何かありますか?
小野寺:やはり、海外各国で売れている日本の作品のチャートですね。ここ数年、漫画は言うに及ばず、日本文学に対する海外からの注目――とりわけ、英語圏からの注目が急速に高まっています。現代の作家だけでなく、松本清張や池波正太郎の作品なども、英語圏で受けているんです。先ほど言ったように、我々も海外に向けた版権輸出を強化しようとしているので、それがチャートで見えてくると、新旧に関わらず、今後どのコンテンツを海外に紹介していくかという参考になります。また、海外で話題になっていることが可視化できると、国内市場の活性化にも必ずつながるだろうと思っています。

――海外で評価されている日本の作品と言えば、それこそ昨年イギリスの権威あるミステリー賞「ダガー賞」の翻訳部門を受賞した王谷晶さんの『ババヤガの夜』をはじめ、柚木麻子さんの『BUTTER』、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』など、女性作家たちの作品が、近年大きな注目を集めています。そういった状況について、どのように捉えているのでしょう?
小野寺:本当に、ここ数年で一気に変わったと感じています。ずっと以前から、世界レベルで評価される日本の作家はたくさんいるはずだと思っていましたが、私たち出版社が国内市場を重視していたことや翻訳者が少ない、といった問題もあって十分な市場開拓ができていなかった。それに、以前は日本のコンテンツに対する英語圏からの注目度が、非常に低かったんです。それが、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』の英語版が出たあたりから、ガラッと変わり、以前とはまったく違う状況になってきました。弊社では「文藝賞」という新人文学賞を主催していますが、今ではその受賞作までチェックしている。その背景には、すぐれた翻訳者が出てきていることもあると思います。柚木麻子さんの『BUTTER』はポリー・バートンさん、王谷晶さんの『ババヤガの夜』はサム・ベットさんという方が英訳していますが、お2人は文化庁翻訳コンクールの受賞者です。こういった翻訳者が英語圏で好まれそうな作品を見出し、工夫を凝らして翻訳している影響は大きいと思います。あとはやっぱり、日本の漫画ですよね。漫画やアニメが海外市場を切り拓いてくれた。あれだけ想像力豊かな漫画が生まれる日本ならば、きっと文学作品にも面白いものがあるんじゃないかって思われたんじゃないいでしょうか。そういう意味で、漫画やアニメが果たした役割というのは、すごく大きいと思います。
――それは、音楽の世界も同じですよね。日本のアニメと共に、そこで流れる音楽が浸透していったところがあって……。
小野寺:そうですよね。その影響力というのは、やはりすごいなと思います。幸いなことに、いま政府も、日本のコンテンツの海外輸出に対して支援体制を整えてくれていますので、この機会を逃さずに積極的に進めていく。同時に、翻訳者や海外市場に詳しい人材の育成もやっていく。そうすればもっと多くの作品を海外に届けることができるでしょうし、それは、作家にとっても大切なことだと思うんです。海外にも読者がいれば、作品の可能性が広がり、執筆のチャンスも増える。そのためにも、やらなければいけないことだと思っています。
――そういった海外展開について、御社としては何か具体的な方策を取られたりしているのでしょうか?
小野寺:はい。弊社では数年前に版権輸出専門の部署を設けました。日常的に海外の出版社や国内外のエージェントはもちろん、翻訳者とも密なコミュニケーションを取って、なるべくその国に向いた作品を紹介できるように情報交換をしています。さらに昨年からは、雑誌『文藝』の前編集長がその部署に加わりました。そうすると、最新の日本文学のシーンを踏まえた上で、作品を紹介していくことができます。なるべく海外のブックフェアにも派遣して、海外の出版社や翻訳者と直接コミュニケーションを取るようにもしています。
――ここまでの話を踏まえて、最後に今後の展望をお聞かせください。
小野寺:そうですね……良いコンテンツを生み出すというのは当然、最も重要なことですが、いまの読者――特に若い読者は、近所に書店がない、家に家族の本がたくさんあるわけでもない一方、生まれたときからインターネットがあって、困ったときにはAIに聞けばいいというのが当たり前の環境で育っています。私たちが育ってきた環境とはまったく違う。それを大前提として、ものを考えてなくてはいけないと痛感しています。そういった世代に、「それでも本を読みたい」と思ってもらうためには何をすればいいのかっていうところから考えなければいけない。だとすれば、これまで以上にネットでなく、本でなければいけない理由、本だからこそ得られる楽しみを徹底的に考えなければならない。大変だけれどもそれはもしかすると、本というものをより洗練させ、魅力的なものにしていく可能性もあるんじゃないかと思っています。また、できる限り他業界と連動してひとつのコンテンツを広げる可能性を模索したいとも思っています。今回のビルボードさんのチャートに関してもそうですが――他業界の方だからこそ、出版の世界を客観的に見て、我々が気づいていない、または見落としている本の魅力を見出してくれるかもしれない。それを知るためにも、他業界の方たちと一緒に考えるということが重要だと思いますし、ビルボードさんともそういった仕事がご一緒できたら面白いな、と思っています。
プロフィール
株式会社河出書房新社 代表取締役社長。1964年生まれ。信州大学人文学部国文学科卒業。1988年河出書房新社入社、営業部へ配属。販売会社、書店、特販、企画広報などを担当した後、2001年編集部へ異動。編集担当として秦建日子・著《刑事 雪平夏見シリーズ》などを手がける。
2008年2月、取締役編集本部長、2010年2月、常務取締役編集本部長、2011年2月、代表取締役社長に就任。また2020年6月より、日本書籍出版協会理事長も務め、現在に至る。
























