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<インタビュー>「紀伊國屋は本屋だ」――紀伊國屋書店高井昌史会長が語る、文化を横に繋ぐことで見える新たな可能性とは【WITH BOOKS】

Interview & Text: 黒田隆憲
Photo: SHUN ITABA
ビルボードジャパンが2025年11月よりスタートした総合書籍チャート“Billboard JAPAN Book Charts”。本チャートは、紙の書籍(書店/EC)と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。
本シリーズでは、アーティストや作家、書籍業界関係者にチャートへの期待をインタビュー。今回は、株式会社紀伊國屋書店の代表取締役会長・高井昌史氏に、Amazon上陸以降の書店・出版業界の変化、「本屋の紀伊國屋」として守ってきた軸、海外で「現地の本屋」として書店を育ててきた姿勢、そしてチャートが新たな読者を獲得する可能性について話を聞いた。
「本屋の紀伊國屋」として、世界で本を売る
――社長職を次世代に託された今、高井会長がもっとも意識しているテーマは何でしょうか。
高井:藤則社長に社長職を引き継ぎ、私は会長になりましたが、仕事の中身が大きく変わったわけではありません。いま特に意識しているのは、海外事業をさらに発展させることです。紀伊國屋書店は1969年から海外に進出してきましたが、さらなる発展のためには、海外で勝負できる会社にならなければならないと考えています。
一方で、国内でもやるべきことは多い。出版不況と言われる中でも弊社はチャレンジを続けてきました。創業100周年に向けて国内100店舗を目標に掲げて、旭屋書店、啓文堂書店のM&Aによって達成しました。今後はその基盤をどう育てていくかが大きなテーマです。私は長く営業畑にいて、大学やさまざまなお客様との関係も築いてきましたから、そうしたつながりを継続していくことも自分の役割だと思っています。日常的な業務は社長に任せつつも、実際には今も一緒に動いています。会長になっても、藤則社長と二人三脚でやっているということですね。
――1971年にご入社されて以来、書店と出版業界は大きく変わってきたと思いますが、特に「ここがターニングポイントだった」と感じる時期や出来事はありますか。
高井:出版業界にとってAmazonの上陸は大きかったですね。昭和の頃は、本が今よりもっと生活の中心にあり、店にも若い読者が溢れていました。そこへAmazonが送料無料・会費不要で入ってきたことで、業界の構造が大きく変わりました。
さらに遡ると、コンビニの台頭が出版業界に与えた影響も無視できないものがありますね。加えて、インターネットの普及によって情報収集が大きく変わり、娯楽も多様化しました。さらに受験競争の低年齢化で、子どもたちがゆっくり本を読む時間も失われていった。そうした変化が重なって、出版業界は大きく変わったのだと思います。
社長に就任した頃には、市場の縮小は避けられないと見ていましたが、実際には想像以上のスピードで進みました。私はまさに、その厳しい時代が本格化する直前に社長になったのだと思います。
――そうしたさまざまな変化があるなかで、御社が増収増益を続けてこられた背景には、海外展開のような新しいチャレンジと、「本屋の紀伊國屋」であり続ける姿勢の両方があったのでしょうか?
高井:もちろんそれも大きかったのですが、私が社長になっていちばん強く意識したのは、やはり「うちは本屋なのだ」ということです。つまり、新宿に拠点を置く本屋として、紀伊國屋書店の旗をしっかり立てなければいけないということですね。
そのうえで、地方でも求められる場所には出店してきました。紀伊國屋書店らしい規模と品揃えを持ち、地域に喜ばれる本屋をつくることを重視してきました。雑誌や新刊だけでなく、医学、看護、理工、社会科学といった専門書まで揃える。本を必要とする人は全国にいるのだから、そこに応えるのが本屋の役割だと思っています。
業界全体が厳しいなか、弊社の店もすべてが順調というわけではありません。それでも、きちんと本を置き、きちんと売る書店が減れば、そのまま出版社の経営も苦しくなる。だから紀伊國屋書店は、本を売るという姿勢を崩してはいけないと思っています。海外展開を進めながらも、その軸を守ってきたことが、今につながっているのだと思います。

――早くから海外展開を進めてきた紀伊國屋書店は、現地でどのように書店を育ててきたのでしょうか。
高井:紀伊國屋書店の海外進出は、1969年のサンフランシスコ店が最初です。私が入社する前のことですが、今振り返っても、あの時代によく海外に店を出したものだと思います。創業者たちには、本当に先見の明がありました。
当初は海外に住む日本人を主要なお客様として想定していた面もあったかもしれませんが、英語の本も取り扱うことで、現地の本屋として商売をする方向に進んでいった。単に日本の本を売る店ではなく、現地の市場の中で本屋を経営する。その姿勢が、紀伊國屋書店の海外事業の発展の源泉だったと思います。
もう一つ大きかったのは「人」です。海外で店を展開するには人材を送り出さなければいけませんが、私はできるだけ自由にやらせることが大事だと思ってきました。もちろん財務やリスク管理、報告は必要です。その上で、現地では自分たちで考え、自分たちで動いてもらう。その自由度が人を大きく育ててきたと思います。実際、若手社員が海外で大きく成長して、いまでは支配人や総支配人として活躍している例も少なくありません。
日本は国際化の中で、このままではまずいという危機感があります。硬直した組織のままで会議だけを重ねているようでは勝てない。紀伊國屋書店は、海外の事業展開はできるだけ現地の判断に任せて、人を育てながら展開してきました。そうやって現地の幹部や店長が育ってきたことが、海外事業を支える大きな力になっていると思います。
伝統を守りつつ、変化を取り入れ新たな強みに
――ところで、Billboard JAPAN Book Chartsはご覧になったことはありますか。書店での売上だけでなく、ネットや電子書籍、SNSでの投稿など、複数の指標を組み合わせて作られたチャートですが、こうしたものにはどんな影響や効果があると思われますか。
高井:紀伊國屋書店のベストセラーとはだいぶ違いますね。もちろん、それがいいと思います。紀伊國屋書店はオーソドックスな本屋としての品揃えを重視していますから、ビルボードジャパンのチャートを見ると、「いま受けているのはこういう本なのか」と刺激を受けます。
紀伊國屋書店の読者層はかなり年齢が高くなっています。もちろん大切なお客様ですが、若い人たちが何を読んでいるのか、何に反応しているのかを把握していくことも非常に重要です。そういう意味で、こうしたチャートには目から鱗の部分がありますし、出版業界の外からの視点を入れることの大切さも感じます。紀伊國屋書店は伝統的な本屋としての強みを持っていますが、それだけではダメで、変わらなければいけないこともたくさんある。たとえば店頭でこうしたチャートを生かすことも含めて、新しい読者層をどう掘り起こしていくかは大きな課題ですね。
――こうした取り組みと連携していく可能性については、どうお考えでしょうか。
高井:それは面白いと思いますね。結局、「いま読まれているもの」をどう可視化して、どう読者に届けるかという話ですからね。特に20代、30代の読者層に強く届いているのであれば、紀伊國屋書店としても非常に関心があります。
それから、海外で読まれている日本の本を可視化するような取り組みにも意味があると思います。文化庁で、日本文学を英訳して、海外で読んでもらうためのプロジェクトに関わっていますが、日本の本が海外でどう受け入れられているのかを、見える形にしていくことには大きな意味があると思います。
「本」と「音楽」、文化とともに未来を創造する
――海外展開や文化発信という観点から見ると、これから書店にはどんな役割が求められるとお考えですか。
高井:考えてみれば、本屋は本屋、音楽は音楽、それぞれの業界の中で縦割りでやってきたんですよね。そこを横につなぐ発想は、本当はもっと早くから必要だったと思います。日本は個々の文化の質は高いけれど、全体としてつながらないと大きな力になりにくい。だからこそ、官に頼る以前に、民間同士がもっと一緒にやっていかなければいけないと思います。海外でも同じで、紀伊國屋書店一社で勝負するのではなく、出版社などと連携しながら世界市場に入っていかなければならない。しかも、日本の本だけを売っていても成り立つわけではなく、現地の言語、現地の市場に合わせてビジネスを展開していかなければならないと言えます。
以前、アメリカの出版社の方が「業績がいい理由のひとつは(英語の)識字率の上昇だ」と書いていて印象に残ったのですが、結局は教育なんですよね。教育が広がり、本を読める人が増えれば、市場そのものも広がっていく。そういう視点で、海外で日本のコンテンツをどう届けていくかを考えなければいけないのだと思います。

――実店舗を持つことの強みはやはり大きいと感じますし、出版業界や書店業界が変わっていく中で、その役割もまた変わりつつあると思います。いま紀伊國屋書店、特に新宿本店のような旗艦店には、どんな役割があるとお考えでしょうか。
高井:新宿に建つ紀伊國屋ビルは大規模な改装と耐震補強工事を行い、建て替えるのではなく、この建物を残して活かしていく道を選びました。その結果として、「紀伊國屋らしい本屋が残った」と受け止めていただけていると思います。ここには紀伊國屋ホールもある。演劇や落語、講演会、文芸イベントも含めて、ここは単なる本屋ではなく、知や文化を発信する拠点として機能してきました。本屋がこれだけの劇場を持ち、日常的に文化を発信している例は、世界的に見ても珍しいと思います。
ただ、それを新宿だけのものにしてはいけないとも思っています。地方にも、講演やイベントが開かれて、専門書にも出会えるような文化の発信拠点としての本屋が必要です。そのためには、書店同士が連携し、流通のあり方も含めて変えていかなければならない。東京に来なくても、その地域で満足できる本屋があることが業界の発展のためには大切であると言えます。
同時に、読書そのものを支える仕組みも必要です。私は以前から、学校教育の中に読書の時間をきちんと位置づけ、指導できる教員も置くべきだと言ってきました。図書館整備も含めて、書店、図書館、学校がそれぞれの役割を果たしながら、本と文化の基盤を支えていかなければいけないと思っています。
本も音楽も同じ文化です。媒体を越えて一緒にできることがあれば、そこからまた新しい可能性が生まれてくるのではないかと思いますね。
プロフィール
株式会社紀伊國屋書店 代表取締役会長
1947年、東京都出身。成蹊大学法学部卒業。1971年、株式会社紀伊國屋書店に入社。各地の営業所長などを経て、1993年取締役、1999年常務、2004年専務、2006年副社長を経て、2008年代表取締役社長に就任。
2015年より会長を兼務。2023年より現職。株式会社ブックセラーズ&カンパニー代表取締役会長。公益財団法人図書館振興財団理事、一般財団法人出版文化産業振興財団(JPIC)理事、東京都書店商業組合特任理事なども務める。
著書『本の力』、編書に『日本人が忘れてはいけないこと 国の礎は教育にあり』(ともにPHP研究所)。























