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<インタビュー>伊藤紺が『わたしのなかにある巨大な星』で“自己崇高感”とともにたどり着いた視点とは【WITH BOOKS】

インタビューバナー

Interview & Text: 伊藤美咲
Photo: 辰巳隆二


 ビルボードジャパンが、2025年11月6日に総合書籍チャート“Billboard JAPAN Book Charts”をローンチした。このチャートは、紙の書籍(書店/EC)と電子書籍の売上、サブスクリプション、図書館での貸し出しやSNSでのリアクションなどを合算した日本初の総合ブックチャートだ。

 書籍や文筆と縁の深いアーティスト、また音楽と関わりを持つ作家に話を訊くインタビュー企画【WITH BOOKS】。今回は、歌人の伊藤紺が登場する。初エッセイ集『わたしのなかにある巨大な星』は、「自分の魂についてずっと考えている」という伊藤の渾身の一冊。日常のこだわりや違和感を手がかりに、自身の内側にある“巨大なもの”を見つめていく。

 短歌とエッセイの違いや「自己崇高感」というキーワード、さらに音楽との関係にも触れながら、その創作の根底にある思考をたどる。

「自分の魂についてずっと考え続けている」

――『わたしのなかにある巨大な星』が一冊の書籍として完成してみて、「こういう本になったな」という実感はありますか?

伊藤紺:今の自分にとってとても大事な本になりました。当初はもっとかっこいい本になるんじゃないかって思ってたんですけど……かっこいいことだけでは、全然足りなくて。自分の内側にあるものをしっかり引き出して書く必要があると、書き進める中で気づきました。その過程で、これまであまり言葉にしてこなかった内容にも踏み込みました。

また自分は、短歌や言葉の研究者ではないので、それらを語るにあたっては未熟な部分も多くあると思います。ただ、エッセイというのはそういった未熟さも受け入れてくれる器なので、「今の自分の視点で書く」ことによって、意味のある一冊になったと思います。

――創作においてリアルを大事にしていることや、「自分にとっての真実しか書きたくない」と書かれていた点が印象的でした。

伊藤:短歌については作品なのでそうですね。 エッセイは自分の中ではあまり“作品”という感覚ではないんです。

今回の本は短歌で書いていることの散文バージョンでは全くなくて、作歌の裏で起きていること、わたし自身の過去や創作、言葉についての考えを書いています。なので、作品というよりは、思考や現時点でのメモとかのほうが感覚としては近いかも。


――作中では、社会となじめなかった性格や経験もつづられています。多くの人は社会とのズレに対して「合わせなければ」と感じると思うのですが、その向き合い方についてはどう考えていますか?

伊藤:自分では、あまり「ズレている」という感覚はないんです。ただ、書いたり記憶をたどったりする中で、「ズレているのかもしれない」と気づく瞬間はあります。

ズレを感じたときに調整できるほうがいいのかもしれませんが、わたしは「自分だけが正解なんじゃないか」と思いながら進んできたので、そのことで悩んだことはあまりありません。


――もし社会とのズレに対して悩んでいる人がいたら、「自分を信じたほうがいい」とアドバイスしますか?

伊藤:いや、しないですね。調整できるならそのほうが、たぶん生きやすいと思うので。



――伊藤さんは、自分の軸をしっかり持っている印象があります。昔から自分に自信があったのでしょうか?

伊藤:自信があるわけでもないんです。先日、友人の山田由梨ちゃんから「紺ちゃんは自己崇高感だよ」と言われて。それがすごくしっくりきたんですよね。

自己肯定感ともまたちがう、「自分は別に誰にも劣っていない、崇高な存在だ」という感覚が自分の奥のほうにあるんです。 心はしょっちゅう揺らぐから、自分のことを責めたくなる日もあるんですけど、その奥にある魂は決して揺らがず、自分をみくびったりしない。わたしは自分の魂を信頼しているのであって、自分自身のことはあんまり信じていないんです。


――なるほど、すごく腑に落ちました。短歌とエッセイでは、言葉の使い方や距離感の違いは感じますか?

伊藤:なにもかもちがいますね。 たとえばエッセイでは、「わたし」という言葉が自分自身を直接指すことになるので、自分の体重分の重さが常につきまとう。一方で、短歌での「わたし」は、伊藤紺という人間のボディーやバッググラウンドやから解放されているので、自由で軽い。その軽さが、自分の真実について書くことを可能している感覚があります。

エッセイを書き始める前は、短歌にできない悩みや失敗などなんでもネタになるのではと思っていましたが、全然そんなことなくて。書きかけのままの原稿も山ほどあります。最初に思っていたよりずっと大変でした。

とはいえ、散文には散文の自由さや軽さもあって。意味さえ整理すれば、一旦完成へ辿り着けるという気持ちよさはありましたね。


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  1. 「それぞれの形で、自分の魂を持つ人へ向けた一冊」
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それぞれの形で、自分の魂を持つ人へ向けた一冊

――エッセイを書いたことで、短歌にも影響や変化はありましたか?

伊藤:この本を書いたことで、短歌とは何か、今の自分の考えが整理されました。題詠がすごく苦手だったり、書きたいことの少なさにうっすら負い目を感じることもあったのですが、短歌は自分の魂の論理を書き表すものなんだという考えに行き着いたことで、いろいろな題で歌を作れなくても当然だと思えるようになって。 今は「短歌を書きたい」という気持ちに、より集中できている感覚があります。


――個人的には、「巨大なこと」というエッセイがとても印象的でした。日常の細かなこだわりこそが自分にとっては巨大で大事なことだと、ハッとさせられました。

伊藤:午前中に仕事を入れたくないとか、コーヒーをゆっくり飲みたいとか。それらが「些細なこと」だと言われる理由が、あまりよくわからないんですよね。他人の夢や人生の出来事よりも、今目の前で淹れているコーヒーのほうが、自分にとってはずっと巨大じゃないですか。遠近法で。


――その感覚は昔からあったものなんですか?

伊藤:そうですね。小さい頃から、朝早く起きることや制服を着ることが本当に嫌だったんです。そういう反発って、社会の中では「わがまま」として押し込められがちだと思うんです。でも自分にとっては重要なことなので、そこに対してはずっとNOを突きつけていたいという気持ちはありますね。


――それが書き続ける理由にもつながっているのでしょうか?

伊藤:つながっていると思います。以前、バンドをやっていた友人が「昔は、世の中に対する違和感や怒りで作品を作っていたけど、大人になって自分で自分の機嫌とれるようになっちゃった。だから、もう作れないんだよね」と言っていたことがあって。そっか、そういう人もいるかって。いろんなタイプがあって、いろんな道がありますよね。 わたしの場合、違和感や怒りは制作の材料というより燃料という感覚ですが、どちらにせよ、そういうものがなくなる感じは全然なくて。


――むしろ、なくしたくない?

伊藤:本当になくなったら、短歌も書かなくなるかもしれないですね。でも、魂がある限りなくならないんじゃないかなあ。なくなったら、またそのとき取材してください(笑)。


――『わたしのなかにある巨大な星』を、どんな人に届けたいですか?

伊藤:『わたしのなかにある巨大な星』は、言葉と創作を巡るエッセイです。自分が歌人なので、「言葉」の印象を強くもたれるかもしれませんが、もっと根本にある、自分の魂についてずっと考え続けている本でもあります。特定のジャンルに限らず、それぞれのやり方で何かを表現している人たちに通じる内容になっていると思っています。分野に関係なく、それぞれの形で自分の魂を持っている人に読んでもらえたら嬉しいです。


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短歌の影響を受けるのは、本よりも音楽

――普段、音楽はどんな聴き方をしていますか?

伊藤:最近は聴きたいときに特定のものを検索して聴くことが多いですね。執筆中は無音ですが、家事をしているときや移動中などはよく音楽を聴いています。


――今、特に好きなアーティストはいますか?

伊藤:このところよく聞いているのは、君島大空さん。ガーデンシアターのライブにも行ったんですが、めちゃくちゃよかったですね。なんか泣いちゃいました。 去年はDYGLの新しいアルバム『Who’s in the House ?』とkumagusu『kumagusu』が、どちらも夏のリリースで、それぞれすばらしくてたくさん聴きました。あとはSACOYANS、岡林風穂さんもたくさん聴きましたね。 しばらくあんまりライブに行けていなかったのですが、最近はまたなるべく行きたいなと思っています。


――音楽と創作活動が結びつくことはありますか?

伊藤:自分の短歌には歌の力が必要だと思っているので、音楽もそうですが、「歌」との強い関係があると思っています。どちらかというと本よりも音楽から受ける影響のほうが大きいかもしれません。


――中学時代に音楽に目覚めたそうですが、どんな音楽に影響を受けていましたか?

伊藤:中学時代はチャットモンチーと9mm Parabellum Bullet がすごく好きで。14歳のとき人生で初めて行ったライブが9mmだったんですけど、モッシュがすごくて、人から肉の匂いがして、「音楽のライブって肉のにおいがするんだ!」という間違った認識をもっていました。


――人の体から肉のにおいがするとは、初めて聞いた表現です(笑)。当時の曲づくりを振り返ってみて、どう感じますか?

伊藤:高校生でしたし、時代もちがうし、本当になにもわかっていないまま、とにかく作って、録音してみたっていうだけで、今思えば何もしていない等しく、特になにも感情はないのですが……勢いだけは素晴らしかったなと……。 中2でベースを買ってから大学までやっていたけど、今思えばずっと、本当の意味でしっくりはきてなかったんですね。しっくりくる感覚に気づいたのが短歌をはじめてからなので、当時はなにも気づいてなかったけど。短歌をはじめたとき別に何も学んでないうちから、わかることがたくさんあって。最初から扉が開いてたというか。その人に合っている表現ってなんかやっぱりあるんだと思いますね。 とはいえ、音楽をずっと聞いて、ずっと楽器を弾いていた時代があったからこそ、短歌にたどり着いたんだと思っています。


――最後に、Billboard JAPANブックチャートをご覧になった感想をお聞かせください。

伊藤:あっ『コンビニ人間』が上位に入ってる。ちょうど去年読んだんです。冒頭の、死んだ鳥を食べようとして周りに怖がられるシーンから、なんというか他人事と思えなくて。 ちょっとちがうんですけど、すごく幼い頃、親に「もう少し感情を持ってほしいな」と言われて、戦争の前にゾウを殺さなくちゃいけない飼育員さんの苦悩が描かれている『かわいそうなぞう』という絵本を渡されたことがあって。それがすごくショックで(笑)。 自分の中には、強い感情がいろいろとあるのに、それらがわかりやすく「悲しみ」とか「愛情」といった決まったかたちをして表出されなければ、ないことになっちゃうんだって。なんかそのときのことを思い出して。この世で「普通」とされているかたちにひりひりしながら、途中ちょっと泣きながら夢中で読みましたね。すごく印象的な本でした。


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