2026/08/03 17:00
国内最大規模の国際音楽賞【MUSIC AWARDS JAPAN 2026】開催ウィークの一環として、6月12日に東京・渋谷のセルリアンタワー東急ホテルで【JASRAC Creator Seminar】が開催された。テーマは、日本音楽の海外展開。プラットフォーム側から見た日本音楽の現在地、そしてクリエイターの現場から見た海外展開のリアルを通して、世界へ作品を届けるために必要な視点が多角的に語られた。
セミナー冒頭では、世界の著作権管理団体を統括するCISACの事務局長ガディ・オロン氏が登壇。日本のクリエイターが国境を越えて活動していくうえで、作品の権利が適切に守られ、公正な対価が還元される仕組みの重要性を語った。日本音楽が世界へ広がるチャンスが大きくなるほど、それを支える国際的な著作権管理のインフラもまた欠かせない。そうした前提を共有したうえで、第1部「世界から見た日本の音楽の現在地」はスタートした。
登壇したのは、Spotify Japan 音楽企画推進統括の芦澤紀子氏と、YouTube日本音楽パートナーシップ責任者の鬼頭武也氏。モデレーターを交えたディスカッションでは、世界の音楽市場の現状、日本楽曲の海外での聴かれ方、クリエイターがグローバルに作品を届けるための具体的なヒントが、両プラットフォームの視点から語られた。
芦澤氏によれば、2025年に世界の音楽市場は初めて300億ドルを突破。なかでもストリーミングが市場全体の約7割を占め、11年連続の成長を牽引しているという。Spotifyのユーザー数は全世界で7億6100万人、そのうち有料会員は2億9300万人に達し、180の国と地域で展開されている。最大市場であるアメリカに加え、今後の成長市場として注目されているのがインドとラテンアメリカだ。インドは巨大な人口を抱えるだけでなく、国内に多様な言語と文化を持つ“ひとつの大陸”のような市場であり、ラテンアメリカではレゲトンをはじめとするジャンルが言語圏を越えて広がっている。
そのなかで日本は、世界第2位の音楽市場でありながら、いまだにフィジカルの比率が4割を超える独自性を持つ。推し活文化に象徴されるように、CDやグッズ、ライブといったオフラインの接点が強く、ストリーミングとフィジカルが共存している点が特徴だ。だからこそ、ストリーミングの伸びしろという意味では、日本は世界でも特に大きな可能性を持つ市場だと芦澤氏は指摘した。
日本音楽の海外での存在感は確実に拡大している。Spotifyが日本でサービスを開始した2016年当初は、国内楽曲がストリーミングで大きな再生数を記録するケースはまだ限られていた。しかしコロナ禍の少し前からカタログが増え、状況は変化。現在では、Spotify上で1億再生を超えた国内楽曲が260曲を突破し、海外における国内楽曲のストリーム総量も2025年は前年比で20%増加したという。
かつて、日本音楽が海外で聴かれるためにはアニメタイアップが強力な入口だと考えられてきた。もちろん今もアニメは非常に大きなエンジンである。しかし芦澤氏は、近年はアニメ関連曲に限らず、海外で聴かれる楽曲が多様化していると語る。さらに、特定の1曲だけが突出してヒットするのではなく、アーティスト単位で海外リスナーに聴かれるケースも増えている。海外ツアーなどを通じてアーティストの認知が広がり、結果として複数の楽曲が聴かれていく。日本音楽の海外展開は、単発のバズから、より持続的なファンベースの形成へと移行しつつある。
具体的なケーススタディとして、芦澤氏が紹介したのは、HALCALI「おつかれSUMMER」の事例だ。2003年に発表された同曲は、2025年春頃から突如として海外でスパイクを見せた。最初はベトナム、カザフスタン、サウジアラビアなどのバイラルチャートを駆け上がり、その後アメリカにも波及。最終的には35カ国以上のバイラルチャートに入る現象となった。TikTokではサビではなく、大サビの変化部分が切り出され、投稿の背景音楽として拡散。レーベル側も素早く反応し、ニュースリリース、切り出し音源、アニメーションによるリリックビデオ、リミックス、グッズ、アナログ盤などを展開した。カタログ楽曲であっても、海外でのバイラルを起点に再び物語を動かすことができる。これは、ストリーミング時代ならではの発見と再文脈化の事例だと言える。
続く第2部「日本音楽の海外展開」では、実際に作品を生み出し、海外のリスナーやマーケットと向き合ってきた3名のクリエイターが登壇。ソングライター/プロデューサーのher0ism、劇伴・アニメ音楽作曲家の林ゆうき、ボカロPのねじ式が、それぞれの経験をもとに、日本音楽が世界へ広がるための現場感を語った。
現在LAを拠点に活動するher0ismは、海外展開のきっかけについて、15、6年ほど前にスウェーデンをはじめとする海外の作家たちが日本に来てJ-POPを作るようになったことを挙げた。海外の作家が日本の音楽を作るなら、日本人が海外のポップスを作ってもいいのではないか。そんな発想からヨーロッパへ渡り、その後、世界の音楽制作の中心地としてLAへ拠点を移したという。
一方、林ゆうきにとっての海外展開は、自身の音楽がすでに海外で聴かれていたことを知るところから始まった。2020年、Spotifyの海外再生ランキングで自身の名前を見つけ、アニメという日本発の大きなコンテンツが、世界でどれほど見られ、聴かれているのかを実感した。ねじ式の場合、海外との接点はボカロ同人イベントから生まれた。日本のイベントに海外からファンが訪れ、台湾などの海外イベント出演へとつながっていったという。
制作環境の違いについて、her0ismは日本と海外を「社会と理科ぐらい違う」と表現した。海外の制作現場では、アーティストファースト、クリエイティブファーストの考え方が強い。まずアーティストが心から良いと思える曲を作り、その後に企業やタイアップがついていく。一方、日本ではプロジェクトやクライアントの要望が起点になりやすい。
林は、日本の劇伴制作の特殊性をむしろ肯定的に捉えていた。海外では映像に合わせて音楽を作るフィルムスコアリングが一般的だが、日本のアニメやドラマでは、音響監督や選曲家が提示する「音楽メニュー」に沿って、シチュエーション別の楽曲を作ることが多い。その楽曲がどの場面で使われるかを作曲家自身が知らないこともある。この仕組みは海外の人に驚かれるというが、同時に、劇中の一場面から独立した音楽として成立しやすい側面もある。
ねじ式は、ボカロPやネットクリエイターの制作環境について、一人で完結できることの強みと限界を語った。自宅で作ったものがそのまま作品として発信される一方で、一人で作り込む文化は閉じた側面も持つ。近年はボカロP同士の共作など、新たな可能性も模索されているという。
海外へ作品を届けるための実践にも、三者三様のアプローチがあった。her0ismがまず挙げたのは、「海外にいること」そのものの重要性だ。LAではネットワーキングの場やパーティーが頻繁にあり、そこに顔を出すことで思いがけない出会いが生まれる。リモートで音楽制作ができる時代になっても、現地にいるからこそ受け取れる情報や、直前の誘いに応じられるフットワークは、海外で仕事を広げるうえで欠かせない。
林が強調したのは、スピード感と体制づくりだ。海外のシンク案件では、24時間から48時間以内に返答しなければ機会を逃してしまうこともある。だからこそ、音楽出版社や製作委員会と事前に方針を共有し、依頼が来た瞬間にすぐ返事ができる体制を整えておく必要がある。また、海外での利用を見据えるうえでは、楽曲タイトルや作家名などのメタデータの整合性も重要になる。名前の間にスペースがあるかないかだけで、正しく検索・照合されないこともある。
ねじ式は、ISRCを自分で取得し、JASRACの作品コードを付与し、必要な情報を埋め込んだうえで作品を公開する実践を紹介した。YouTubeでは25か国から30か国ほどの字幕を用意し、公開後はアナリティクスを確認して、どの国で聴かれているのかを分析する。オンラインで生まれた反応を、オフラインのイベント出演へとつなげることで、長期的に応援してくれるファンが生まれていく。
ディスカッション後半では権利契約の話題にも多くの時間が割かれた。her0ismは、Sony Music Publishing USと全世界契約を結んでいる。そこに至るまでには、弁護士やマネージャー、アメリカ側と日本側のチームを交えた長いやり取りがあり、契約成立まで1年以上を要したという。日本とアメリカでは、音楽出版の考え方そのものが大きく異なる。日本のポップスでは、出版社がレコード会社や制作会社などに紐づいているケースが多いが、アメリカでは作家自身がどの出版社と契約し、自分の権利管理や回収を誰に任せるかを選んでいく。契約時に弁護士を立てることも当たり前であり、適切な弁護士やマネージャーがいなければ交渉の場に立つことが難しい。
her0ismは、強いマネージャーと強い弁護士の必要性を語る一方で、日本におけるJASRACからの入金の安定性にも触れた。海外では楽曲がリリースされても、何もしなければ当然のようにお金が入ってくるわけではない。だからこそ、利用実績を把握し、海外からの使用料を回収して分配する仕組みの重要性が際立つ。
林は、劇伴作家ならではの権利契約上の課題を指摘した。ドラマやアニメの劇伴では、作家が自由に出版社を選べるわけではなく、作品に紐づいた音楽出版社の預かりになることが多い。料率も50対50が基本で、契約期間も10年、あるいは著作権存続期間に及ぶ場合があるという。もちろん、利用開発を担う出版社の役割は大きい。しかし、日本の作品が海外でさらに広がっていくなら、海外の契約慣行とも向き合いながら、作家がより納得できる形を模索する必要があるのではないか。
ねじ式は、ボカロ文化における権利のコントロールについて語った。ボカロ曲は「歌ってみた」「踊ってみた」「演奏してみた」、さらにはVTuberによるカバーなど、二次創作によって広がっていく文化でもある。そのため、楽曲提供の依頼を受ける際にも、原盤を誰が持つのか、ボカロ版や本人歌唱版を出せるのか、自分がどこまで自由に作品を使えるのかを丁寧に確認するという。自分の楽曲を長く生かすためには、そのすり合わせが欠かせない。
セッションの最後に、her0ismは海外アーティストによる世界的なヒット曲を生み出すことを自身の命題に掲げた。その先には、日本人アーティストをコーチェラのメインステージに連れていくという夢もある。自分だけが成功するのではなく、次の世代が続いていける環境を作ること。そのために、コライティングキャンプを海外にも広げ、日本人クリエイターが外へ踏み出す足がかりを作りたいと語った。
林は、日本の劇伴やアニメ音楽を世界で楽しむ人を一人でも増やしたいと話し、ねじ式は、作品が完成した瞬間からそこには権利が生まれるのだと、クリエイターが自分の楽曲を大切な財産として意識することの重要性を訴えた。
今回のセミナーを通して見えてきたのは、日本音楽の海外展開が、単に楽曲を配信すれば実現するものではないということだ。どの地域で聴かれているのかを知ること。UGCが生まれやすい素材や導線を整えること。現地に身を置き、人と出会うこと。素早く許諾に対応すること。メタデータを整えること。そして何より、自分の権利を理解し、守ること。プラットフォームのデータ、クリエイターの実践、著作権管理のインフラが結びついたとき、日本音楽の海外展開は一過性のブームではなく、持続可能な可能性として広がっていく。「JASRAC Creator Seminar」は、その現在地を具体的な数字と現場の言葉で示す場となった。
Text by 黒田隆憲
関連記事
最新News
関連商品
アクセスランキング
インタビュー・タイムマシン
注目の画像


<インタビュー>日本の音楽は、もっと世界に届く~CHORUSが切り拓く新たなグローバルステージ
<イベントレポート>ゲーム音楽のIP価値を世界へ――NexTone×Spotifyが示すデジタル戦略の最前線
Luminate、2026年上半期レポート公開 R&B/ヒップホップは減少、ダンス音楽は増加、CD売上は16%急増
【2026 IFPIレポート】世界音楽市場317億ドルで11年連続成長、AIとグローバル化が次の競争軸に
レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、カタログをワーナー・ミュージック・グループに3億ドル超で売却















