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<コラム>iriが『Mステ』初出演、バイラルヒット「会いたいわ」がもたらした“揺るぎない自信”



コラム

Text:小野田雄

 5月10日に通算6作目となるアルバム『PRIVATE』を発表するiri。そのリリースに先駆け、5月5日放送のテレビ朝日『ミュージックステーション』に初出演し、代表曲である「会いたいわ」を披露した。

 2017年にリリースされた『life ep』においてカップリング曲に近い形で収録されたこの曲は、発表から2年後の2019年11月にTikTokアプリ内の「エモい」プレイリストにピックアップされたことをきっかけに、異例となるバイラルヒットを記録。現在に至るまで、ストリーミング総再生回数が8,600万回を超える息の長いヒット曲となった(レーベル調べ)。しかし、発表からすでに5年が経過した楽曲であり、発表を直前に控えた新作アルバムには収録されていない。


▲『life ep』

 では、なぜ、このタイミングでiriは「会いたいわ」を歌ったのか。彼女の存在を知らしめた代表曲が求められているからという外部要因以上に、この曲が現在のiriと密接にリンクし、その活動や作品を考えるうえで重要なターニングポイントとなったことがこの曲の歌唱披露に繋がったと推測される。


 iriにとって「会いたいわ」はどんな意味を持つ曲なのか? 2016年に1stアルバム『Groove it』を携えてデビューを果たした彼女は、歌とラップをシームレスに行き来するボーカルスタイルを特徴とするシンガーソングライターだ。新作にも参加しているYaffleやケンモチヒデフミ、mabanua、STUTSといったプロデューサー、アレンジャーを迎えた楽曲は、オーセンティックなヒップホップのビートを下敷きにした「rhythm」や「ナイトグルーヴ」からオールドスクールなディスコトラック「半疑じゃない」まで、オントレンドなサウンドを巧みに取り入れたサウンドを打ち出し、その後も打ち込みのビートを主体として、クールに着飾るようにヒップホップ、R&B、ソウル、ファンク、ダンスミュージックの洗練されたクロスオーバーを極めていった。

 では、一般的に、ビート主体の楽曲はどのように作られるのか。ヒップホップにおいては、楽器が弾けなくても、ビートのループに対して、フリースタイルでラップや歌を乗せる曲の作り方がよく知られている。また、メインストリームのR&Bやダンスポップにおいては、複数のソングライターがチームを組み、アイデアを出し合ったり、得意分野で分業したりすることで、楽曲を仕上げていくコライトの手法が注目を浴びていて、そうした楽曲を聴いた瞬間に、オーセンティックなソングライティングで用いられるピアノやギターの存在を思い浮かべる機会は以前に比べて減っている。DTM時代のモダンなプロダクションは演奏者のハンドクラフト感覚を感じさせない緻密なアレンジの構築を容易にしているのだ。

 しかし蓋を開けてみると、最先端の意匠を競い合うR&Bシーンにおいても、アレンジ前の原曲は楽器を用いたオーセンティックなソングライティングが元になっているケースは少なくない。ローリン・ヒルの『MTV Unplugged No 2.0』やインディア.アリーの『アコースティック・ソウル』をはじめ、エイミー・ワインハウスやH.E.R.など、歌姫と形容されるアーティストたちの作品やライブを紐解くと、彼女たち自ら演奏するギターやピアノが原曲を支えていることに気づかされる。


 同じことがiriの作品にも当てはまる。デビュー前、ジャズバーでライブを重ねてきた彼女の曲は、リスナーを全く意識せず、何気なく生み出された「会いたいわ」をはじめ、実はアコースティック・ギターを手に生み出されたものが少なくない。モダンなアレンジが耳を惹きつけるシングルが華やかな場に着飾って出かけるような感覚だとすると、アコースティック・ギターのオーガニックな響きを活かしたシンプルな楽曲は、化粧を落とし、普段着に着替えたiriが誰にも見せない姿を投影したもの。そして、その二面性は、人の目を気にして生きる現代のほとんどの人間が使い分けているものでもあり、その落差に「エモさ」を感じたからこそ、「会いたいわ」は大きな共感を呼んだのかもしれない。


 その考察はあくまで筆者の勝手な解釈であるが、肩の力が抜けた自然な状態で生み出された「会いたいわ」が異例の支持を集めたことは、iriのその後の音楽活動に確信をもたらすことになった。バイラルヒット以降に制作された前作『neon』は、コロナ禍という特殊な状況下で自分らしくあろうと強く意識することでストイックな作品となったが、再び自然体に立ち返った最新アルバム『PRIVATE』のiriは人の目を気にすることなく、思うがままに創造力を発揮している。サウスロンドンのプロデューサーedblやLAのプロデューサーAsoとの初顔合わせとなるコラボレーションを行う一方で、常連プロデューサーであるESME MORIやケンモチヒデフミと80'sマナーのシンセポップやジャージークラブといった今までにないサウンドアプローチを指向したかと思えば、「染」や「moon」、「boyfriend」では、原点回帰を果たし、ギターを手に、ありのままの思いを歌い紡いでいる。


 つまり、最新作『PRIVATE』はバイラルヒットで得た確信を作品にコネクトさせた新たな転機のアルバムであり、それゆえに『ミュージックステーション』という大舞台でiriは、現在の彼女を育んだ「会いたいわ」を多くの視聴者に届ける必要があったのだろう。公の場で素顔をさらすことは、ともすれば、怖さを伴うものでもあるはずだが、いまのiriは揺るぎない自信と共に大きな一歩を踏み出そうとしている。

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