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2021/12/28

<ライブレポート>Kitriが2人で、そして心強い仲間を伴って魅せた音楽家としての強さ

 12月18日、恵比寿ザ・ガーデンホールでKitriのワンマンライブ【Kitri Live Tour 2021 AW キトリの音楽会#4“羊飼いの娘たち”】が開催された。されたのだ。が、照明が絞られ、開演時間が訪れた瞬間、「ここではないどこか」への切符を手に入れることはこんなにも容易かっただろうか。

 新型コロナウイルス感染拡大対策で市松型にレイアウトされた客席には多種多様な背中が並んでいた。セーター、着物、黒地にピンクのCANのコーチジャケット、アンティークの着物と羽織。会場の外でグラスワインを嗜む大人たち、ここに座るんだよと言い聞かせる親子連れの姿も、ついさっきまで視界の片隅にあった筈なのに、瞬く間に消え失せてしまった。

 拍手はおろか瞬きや唾液を飲む音すら憚られる緊張感と静謐さの中、仄暗いステージでも目を惹く真っ赤な2着のワンピースが下手側に鎮座するピアノまで辿り着き、楽譜を照らすライトを点ける。転瞬、インストゥルメンタルの「マ・メール・ロワ No.3」で神経を絡め取られた。背後の幕は空をパズル状に砕く枝葉に似た影が刻まれる。

 興奮と戸惑いのまま、真逆の季節が流れ込む流れ込む「シンパシー」。具体的な数値と名前のつかない情動が入り乱れ、喉を詰まらせる炭酸水の泡のように忙しない鍵盤の音に胸が躍る。ひとりぼっちで踊る自由さと勇気を与えてくれるダンスミュージック「NEW ME」ではマゼンタと真紅のライトが交差し、内省的な歌詞を物憂げに口ずさむウイスパーボイスと相反した感情の昂りと目まぐるしい血の巡りを錯覚させる。原曲とは異なってギターもサックスもない、歌とピアノだけのミニマルでシンプルな編成の潔さが素晴らしい。

 「Monaです」「Hinaです」と自己紹介と共に来場への感謝の言葉が発され、MCの時間が始まり、「ここでやらせていただくのは初めてなんですけど」「前を歩くたびにいつかやりたいなと思ってて」と吐露する2人の笑顔で体がほぐれるまで、ここがイルミネーションで彩られた広大な施設の奥の一室であることをすっかり忘れていた。

 その後、サポートメンバーの吉良都(Vc&Cl)、羊毛(Gt&Mand / 羊毛とおはな)が呼び込まれ、軽やかな高音とハスキーな低音のハーモニーからグリーグの「ペール・ギュント」組曲「朝」を組み込んだ壮大なプログレッシブポップ「水とシンフォニア」へ。激しい2人のピアノにつむじ風を想起させるチェロとギターが光り、間奏パートが終わった刹那の沈黙、4人はまずは一仕事やり終えたと言わんばかりに汗を流し、頬を緩めた。

  Monaの凛とした情感豊かなボーカルと怪しげなクラリネット、羊毛のカッティングとHinaのパーカッションが“アイリッシュボサノヴァ”とでも形容すべき不思議へと誘う「赤い月」、下手で弾き語るMonaと中央でパーカッションを演奏するHinaがブレイクの度にアイコンタクトでタイミングを計る様が目に楽しく、羊毛のマンドリンが雨粒のように光る「傘」、儚げなイントロから荘厳な曲想の中で語りかけるかのごとく優しいボーカルが響く「Lily」。赤いマスクをはじめとしたグッズ紹介で和らいだ空気の中、ミラーボールの光芒が壁に穴を開ける中で奏でられた「時の詩」でまず第1部が幕を下ろしたが、MonaとHinaの繊細で美しい運指やボーカリゼーション、夜道を歩く人を追う月のように寄り添い、2人の音楽の光度と純度を自然とあげてしまう吉良と羊毛のテクニック、4人のチームワークに拍手はなかなか鳴り止まなかった。

 15分ほどのインターバルを挟み、再びMonaとHinaがグランドピアノに並び第2部の幕が上がる。スタートを切る前に一度深く構える姿勢、心臓の早鐘の叫びをそのまま取り出して創作への熱と音に変えてしまったアップテンポの「一新」、扇情的なミドルテンポのポップソング「青い春」にミュージシャンズミュージシャンたる2人の完成度の高さに「これ以上、何も望むことはない」と息を飲んだ次の瞬間、吉良、羊毛が現れ、今度はダイヤモンド型のライティングが場内を飾る。どこにもない浮遊感に覆われた蠱惑的でトライバルな「矛盾律」だ。複雑巧緻なピアノのソロに目を見張りつつも、Hina、吉良、羊毛のパーカッシブな音色が泳動しながら同期し、妖艶でありながらダンサブルですらある。極彩色のコラージュをイメージさせる喧騒と、モノクロ映画を思い起こす静けさも合わせ持ったこの曲では、Monaが最後の鍵盤を叩き終わった時、パンドラの箱に触れる寸前のような不謹慎な高揚感すら生じた。

 そこから一転して奏でられたのは、テレビアニメ『古見さんは 、コミュ症です。』のエンディングテーマ「ヒカレイノチ」。シンプルなメロディーと普遍的でやさしい言葉遣いに呼応するようにもう一度ドットのライトが客席を照らす。ともすれば“綺麗事”と顔を背けられてしまうかもしれない明るさを、指先に、声に、言葉に吹き込む強さ、それを多くの人々に届けられる2人の笑顔、パートごとにチェロとクラリネットを使い分ける吉良のさりげない技術とアレンジが眩しい。

 続くMCでは「ヒカレイノチ」の制作について、さらに、ある映画の楽曲を手掛けていることを明かし、「早く聴いてほしい!」と喜びを露わにした。このコンサートだけでも平和な日常から霧に包まれた森の最奥、地獄の入り口や天国の手前、夏のソーダ水の中や異国の祭りと彩り豊かな万華鏡の内側に引き込まれているというのに、2人は一体どこまで行ってしまうのだろう。聴かせて、見せてくれるのだろうと、終演前であるにも関わらず次々に扉を開く赤い背中に気が急いてしまう。

 そこから「ストーリー性のある歌詞が大好きです」という前置きと共に披露されたのは、B’z「いつかのメリークリスマス」のカバー。羊毛のリリリリリ……と物悲しく鳴るマンドリンと、スモーキーなハーモニーが原曲とは異なる、しかし決して劣らない切なさを作り上げて行った。

 ラストは前かがみにギターを弾く羊毛、終盤でチェロの低音を浮かべる吉良に演奏を委ね、ボーカリストとしての2人の芳醇さと豊潤さが輝く「Lento」。「あなたがいて わたしがいる なんて当たり前なことだろう」と歌う2人。ずっと2人で続けてきたからこその真摯な自信、序盤で語っていた「この4人でやる心強さ」を実感する、軽やかで贅沢なステージだった。

 アンコールを求める拍手に応え、三度4人が登場。最後の最後に選ばれたのは、メジャーデビュー第1弾EPの冒頭に据えられたタイトル曲「羅針鳥」だった。ダウナーでクラシカルなアレンジの楽曲にギターとチェロが加わることでポップスとしての明度が増しながらも、「ここからはじめまして あなたは羅針の鳥」「ひたすら胸の中の音を頼りに飛んでいけ」という歌詞の背中を押す強さは変わらない。KitriはKitriで、4人は4人で音楽を奏で続ける。あなたはあなたのまま飛んでいけと、音楽は全ての人のものなのだから時にそれを羽にしてと。「いつまでもここにいたい。終わらないでほしい」という怠惰に溺れる自分の頬をつねられた気分だった。

 感染対策で順に会場をあとにする“キトリスト”たちは物言わぬままだったが、彼らの心にはどの曲が残っただろう。全15曲、例え曲であったとしても、都会の身を切るようなビル風を打ち砕くほどの「Kitriの音楽がここにある」という多幸感に溢れていることだろう。

Text by 町田ノイズ
Photo by Masatsugu  ide

<セットリスト>
1.マ・メール・ロワ No.3
2.シンパシー
3.NEW ME
4.水とシンフォニア
5.赤い月
6.傘
7.Lily
8.時の詩
9.一新
10.青い春
11.矛盾律
12.ヒカレイノチ
13.いつかのメリークリスマス / B’zカバー
14.Lento
アンコール
15.羅針鳥


◎公演情報
【Kitri Live Tour 2021 AW キトリの音楽会#4“羊飼いの娘たち”】
東京公演:恵比寿ザ・ガーデンホール
2021/12/18(土) 開場16:00 開演17:00

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