2026/09/24 13:30
今も愛される1980年代のヒット曲の数々で知られるシンセポップ・デュオ、ネイキッド・アイズを共同で結成し、リード・ボーカルを務めたシンガー・ソングライターのピーター・バーンが亡くなった。74歳だった。
米ビルボードに提供された訃報のプレス・リリースによると、バーンは短い闘病の末、現地時間2026年9月14日に米ロサンゼルスで安らかに息を引き取った。遺族はきょうだいのアイリーン、サンディ、キャロル、スティーヴ、3人の子どもであるマーリン、ディラン、クロエ、そして元妻のエレナで、葬儀は近親者のみで執り行われる予定だ。
北ロンドンのイズリントンで生まれたバーンは、イングランドのバースで音楽キャリアをスタートさせた。初期の活動には、1976年から1977年にかけてのジェフ・スターズとのデュオや、1977年から1979年にかけてのバンド、スタジオがある。その後、故ロブ・フィッシャーに加え、のちにティアーズ・フォー・フィアーズのメンバーとなるニール・テイラー、マニー・エリアス、カート・スミス、ローランド・オーザバルらが在籍したグループ、ネオンに加入した。
1982年にバーンとフィッシャーはネイキッド・アイズを結成し、EMIレコードと契約を結んだ。英国では『バーニング・ブリッジズ』、米国では『ネイキッド・アイズ』のタイトルでリリースされたデビュー・アルバムは、プロデューサーのトニー・マンスフィールドとともにアビー・ロード・スタジオでレコーディングされた。同作は1983年に米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で最高32位を記録している。
デュオ最大の成功となったのは、故バート・バカラックと故ハル・デヴィッドによる「Always Something There to Remind Me」をシンセポップ・アレンジでカバーした楽曲で、1983年に米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で8位まで上昇した。この曲は現在もネイキッド・アイズにとって同チャート唯一のTOP10ヒットとなっている。また、米ビルボード“Mainstream Rock Airplay”チャートで20位、“Dance Club Songs”チャートで37位にも到達した。
ネイキッド・アイズはその後、Hot 100でさらに3曲のTOP40ヒットを放った。バーンとフィッシャーが書いた「Promises, Promises」は1983年に11位を記録し、同年後半には「When the Lights Go Out」が最高37位をマークした。デュオ最後のTOP40ヒットとなった「(What) In the Name of Love」は1984年に39位に到達している。(「Promises, Promises」は、世界中で愛されるポップ・アイコンのマドンナとも縁がある。1980年代にジョン・“ジェリービーン”・ベニテスが手がけた同曲のリミックスで彼女がバック・ボーカルを務めたが、これらのバージョンが世に出たのは何年も後のことだった。)
フィッシャーは1999年に他界したが、バーンはその後もネイキッド・アイズのレガシーを引き継ぎ、楽曲制作やレコーディングを続けながら、米国内外でツアーを行った。2001年にはピート・バーン名義でソロ・アルバム『ザ・リアル・イリュージョン』をリリースし、その後ネイキッド・アイズとして2007年に『ファンブリング・ウィズ・ザ・カヴァーズ』、2021年に『ディスガイズ・ザ・リミット』を発表した。2025年には、グループのオリジナル・セルフタイトル・アルバムのリマスター盤がリリースされている。
発表された声明によると、追悼の意を表したい人々には、バーンの音楽を応援してほしいとのことだ。また、ネイキッド・アイズの公式サイトでお悔やみのメッセージを投稿することもできる。
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