Special
<インタビュー>日本アーティストの海外展開の最前線を支える米音楽ベンチャー「Nebula17」 が育むクリエイティブ・エコシステム

Text & Interview:Mariko Ikitake
日本のアーティストが米国のクリエイターとコライトセッションを重ねて生まれた日米コラボレーション作品が、ここ数か月、相次いでリリースされている。星街すいせいが世界的R&BシンガーソングライターのSabrina Claudioらと共作した「GUM & DROP」、ボカロ楽曲共同制作プロジェクト「BEYOND BORDERs」のコラボレーションEP『EMERGE M♡DE MIKU』、そして9月18日にリリースされたBE:FIRSTのグローバルEP『WATCH ME』。これらはすべて、米ロサンゼルス拠点の「Nebula17」が米国側のA&Rをリードして制作された。
Nebula17は、元Avex USAのCEO・長田直己氏が2025年7月に設立した音楽・クリエイティブ企業だ。アメリカのリスナーに自然と響くメロディやサウンドを生み出す現地クリエイターを起用し、現地でのセッション・レコーディングを通じて、日本のアーティストが描くビジョンを形にしてきた。完成した音源は、ニーズがあれば米国の自社レーベルからリリースし、米国のアーティストと同じ土俵でプロモーションを展開する。日本にいては難しいこれらの工程を、各分野のプロフェッショナルが一手に担う。だからこそ、多くの日本人アーティストが目指す「米国展開」を、現地のやり方で一貫してリードできるのだ。日英バイリンガルのスタッフが在籍しているため、言語面での不安も軽減できる。
「アメリカで活躍したいという意思に対して、僕たちはベストな入射角度を調整するお手伝いをします。アメリカ人に興味を持ってもらえるものを作らなければなりませんが、それ以前に、アーティストの独自性、オーセンティックな部分が根っこにないといけません。僕たちはそれをリスペクトして中心に捉え、エッセンスを付け加える作業をします。」
長田氏は2004年にエイベックス株式会社に入社し、20年以上にわたって同社の音楽事業を支えてきた。Avex USAのCEOとして米国市場の開拓を率いたのちに独立を選んだのは、「会社という枠を越えて何かできないか」という思いからだった。自社スタジオハウスで行われたBillboard JAPANの取材で、長田氏はこう語る。
「僕が作りたいもの、作ってきたもの、そしてこれから作っていくものは、クリエイターや新しいアイデアを持ったイノベーターたちの集まり、才能ある人たちが伸び伸びと活躍できる環境、そこから作品が生まれるエコシステムです。」
社名の“Nebula”は、英語で星雲を意味する。星雲は宇宙空間に漂うガスや塵の集まりであるが、それらが重力によって引き寄せられ、やがて新しい星も生まれる。“17”は、長田氏の誕生日である7月1日の「71」を反転させた数字でフレッシュさを表した。Nebula17から生まれた作品やアーティストが、遥か彼方で輝き続ける星のように、人々の心に長く残っていくこと。それがNebula17の描くビジョンだ。
しかし、壮大なビジョンとは対照的に、長田氏が掲げる理想像は「カウンター8席しかない銀座の鮨屋」と、意外なほど小さな規模である。
「僕らスタートアップ企業は、アーティスト側と細かく丁寧にコミュニケーションを取り、一人一人に目を向けることができます。大きな会社がお金を費やしても一気には作れない独自のカルチャー、コミュニティこそ、僕らのコンペティティブ・アドバンテージ(競合他社に対して優位性を持つ要素)。それにやっぱり若いクリエイターたちには、新しくてクールなところに属したいという考えがありますよね。僕らはそういった才能のある若者をターゲットに、彼らの価値観やビジョンに自然と人が寄ってくるエコシステムを作っています。」

住宅街の一角に構えるオフィス兼スタジオには、3つのインハウス・スタジオがある。訪問した日も、ちょうど日本のアーティストが現地のクリエイターとコライトセッションを行っている最中だった。ある部屋ではメンバーと作詞家が膝を突き合わせ、“純度100%のR&B” に見合う一節を探っている。大音量が響く別の部屋では、サウンドメイクが軽快に進んでいく。こうしたセッションの采配も、Nebula17の重要な仕事だ。
主要スタッフは長田氏を含めて8名。YGエンターテインメントUS支社のCEOとしてBLACKPINKの全米進出に貢献したDaniel Hong氏(Nebula17 COO)や、ブティックレーベルのNice Life Recording CompanyでThe MaríasやTinasheのマーケティング、Interscope Geffen RecordsでBTSらのデジタル・マーケティングを手がけた人材など、経験豊富な顔ぶれが揃う。スタジオを一緒に作ったヘッド・エンジニアのOscar Cornejo氏はTylaの【グラミー賞】受賞作品にも参加している。


事業の柱は大きく二つある。一つは、インディペンデント・レーベルと音楽出版だ。米国のアーティストやプロデューサーと契約し、IPビジネスを拡大している。所属クリエイターには、DoechiiやSZAの楽曲を手がけたプロデューサーのOh Gosh Leotusも名を連ねる。「昨日、あるトップK-POPアーティストと一緒にセッションしたみたいで。ほかにも大型アーティストのキャンプによく呼ばれていたりするので、大物になると思います」と、長田氏も注目するサウンドデザイナーだ。
ほかにも、フロリダ出身のソングライターHydraや、XG「SHOOTING STAR」で知られ、Sabrina ClaudioやTWICEへの楽曲提供をしてきたプロデューサーのXANSEIが所属しており、出版部門には才能あるクリエイターが揃う。レーベル部門では、XANSEIとKAMIYAによるデュオ・XAMIYAをはじめ、気鋭のアーティストたちと契約している。The Orchardとグローバル流通パートナーシップを結んでいるため、SpotifyをはじめとするUSの主要DSPへのダイレクトなアプローチが可能で、リリース戦略の要となるDSPピッチ(配信サービスの編集者にプレイリスト掲載を検討してもらうための、楽曲データ、ストーリー、プロモーション計画をまとめた資料やその営業)も手がける。
もう一つの柱は、日本のアーティストやパートナー企業の米国進出を支える戦略パートナー事業だ。冒頭の3作品に加え、RZAがプロデュースしたAwichの2025年のアルバム『Okinawan Wuman』にも携わっている。“表に出にくい部分ではあるが、一番大事な部分の一つ” である契約交渉・締結、リスク分析、印税スキームの調整等のリーガル面を、現地弁護士をアサインし、連携しながらリード。Nebula17の強みの一つとして、同作のリリースを支えた。
「星街さんは実際にこのスタジオに来てくださり、3日間、コライトキャンプをしました。この1年でAwichさん、HANAやAyumu Imazuさんも制作をされ、cosmosyのメンバーも遊びに来てくれて、STARGLOWのシングルも1曲、ここで作られました。」
VOCALOIDカルチャーを世界へ発信する日米共同音楽プロジェクト「BEYOND BORDERs」では、株式会社ドワンゴから全幅の信頼を寄せられ、Nebula17がA&R、マーケティング、流通、客演契約を主導した。発端は、ドワンゴの織本五郎清健氏からの「ボカロの海外進出を本気でやるために政府から支援を受けることができたので、一緒にやらない?」という誘いだった。
「ボカロ界隈の市場の大きさを知っていましたが、初音ミクをリサーチしてみたら、結構興味深いことがわかって。僕は30代~40代の男性を中心とした、日本だけで盛んなマーケットだと思っていたのですが、全世界のデータを見てみると、一番大きな市場がアメリカで、そのファンの多くは20代前半の女性。そんな状況にもかかわらず、誰も一定の規模で音楽のローカライズ開拓をしてこなかった気がして。アーティストやプロデューサーに声をかけてみたら、反応がすごくよかったんです。これはチャンスがあると思いました。」
米国における初音ミクとボカロカルチャーの認知度の高さを追い風に、プロジェクトはとんとん拍子に進んだ。最終的にはGrimes、slayr、MOLIY、Odetari、George Clanton、Frost Children、XAMIYAらが客演として参加(Spotify月間リスナー数合計は3,000万人を超える)。初音ミクの声と姿を通じて、国内ボカロシーンで活躍する若手プロデューサーたちが世界へ羽ばたいた。
エレクトロニック・ポップシーンを代表するGrimesは、日本のアニメやマンガ、ネットカルチャーにも精通し、中毒性の高いサウンドで根強い支持を集めるアーティストだ。実は、Grimesには、かつて初音ミクの楽曲に挑戦しながらも発表を見送った過去があったという。Grimesに本プロジェクトへの興味を尋ねたところ、二つ返事で快諾の返事が届いた。Grimesのスタジオで、本人とさたぱんP、XANSEI、プロデューサーのVADAKINの4人がセッションを重ねて完成したのが「Miku-Maxxing」だ。6月には都内でミュージック・ビデオを撮影。来日のタイミングが【MUSIC AWARDS JAPAN】と重なり、Grimesは日本でレッドカーペット・デビューも果たした。
プロジェクトの今後については、「今年中に何曲かリミックスを出して、来年3月くらいまでに新しいコラボレーション・シングルを出せたらいいなと思っています。夢は近い将来、Billie EilishやLady Gagaのようなメガポップ・アーティストに参加してもらうこと。今回の作品で実績を作れたので、そういったアーティストたちとのコラボレーション実現に向けて、積極的に動いていきたいと思っています」と、長田氏自身も楽しみにしているという。
また、きゃりーぱみゅぱみゅや新しい学校のリーダーズ、「KAWAII LAB.」のアーティストを擁するアソビシステムは、今年8月、北米事業の強化を目的に「ASOBISYSTEM USA」の設立を発表。長田氏は同社とも連携し、所属アーティストの全米展開を支援していく予定だ。
そして、BE:FIRSTの全米デビュー作の舞台裏も語ってくれた。長田氏が大切にしている言葉「Innovate or Die(生き残るためには、新たな価値を生み出し続けなければならない)」。BMSGが掲げるミッション「才能を殺さないために。」。そして、日本のボーイグループの限界を塗り替えようと日々奮闘するBMSG代表・日高光啓氏の覚悟。それらが共鳴し、今年1月、日高氏とATL Jacobを交えた曲作りが始まった。EPからの第1弾シングル「BRUCE WAYNE feat. Flo Milli, ATL Jacob」は、ボーイグループのデビュー曲としては意表を突くR&Bアーバントラックだ。
「普通に考えたらアーバンすぎるというか、『濃すぎるかも!?』っていう話もあったんですけど、あえてこの曲を一発目に出して、『何これ?』と思わせて、徐々にメインストリームに持っていくほうが違いを見せられるんじゃないかという話になり、GOとなりました。彼らの既存のファンの方々にとってはかなり意外な方向性だったかもしれませんが、日高さんが大胆にリスクを取られた結果、Spotify USの “New Music Friday”にもピックアップされるなど、うまく成立したと思います」と振り返る。EP『WATCH ME』は、Billboard 200で初登場130位を記録した。
設立から1年余りで大型プロジェクトのリリースが続き、長田氏の新章は順風満帆に見える。だが、ここに至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。競争が激しく、変化のスピードも速いアメリカのエンタメ業界、イノベーション業界で、ほかにないものを生み出すには何が必要か。長田氏は常にその答えを探し続けてきた。Avex USA時代には、パンデミックで帰国もままならない中、業績を向上させなければならなかった。「とにかくやるしかない」と無我夢中で走り続けた結果、CEO在任中にBrandon Silverstein氏率いるS10への戦略的出資を実現し、Jay-Z率いるRoc Nationとのグローバル提携にも導いた。さらにSilverstein氏と音楽出版のジョイントベンチャーを立ち上げ、Harv(Justin Bieber「Peaches」)、Jasper Harris(Tate McRae「greedy」)、GENT!(Doja Cat「Agora Hills」)らとの契約を果たしている。
ここ数年、国境を越えて音楽やエンタメが楽しまれる機会が広がり、グローバル展開を視野に入れるアーティストや企業、プロジェクトも着実に増えている。海外進出も、以前にも増して現実味を帯びてきた。海外と関わるビジネスで活躍したいと思う若い世代も多くいるだろう。そんな次世代に向けたアドバイスを聞いたところ、「ほかにはない、人と違うことに挑戦すること。そしてどんな状況であってもそれを継続することですかね。この二つは自分としてもこれからも続けていこうと思っています」と、自ら道を切り拓いてきた人ならではの、芯のある言葉が返ってきた。その原点には、恩師と仰ぐエイベックスの松浦勝人会長とのやり取りがある。MBAを取得してエイベックスに戻り、M&A業務について相談したところ、「お前よりそれが得意なやつはほかにいる。それよりお前にしかできないことは何なのか考えてみろ。それをやってくれるのが一番いい」と諭されたという。
「自分にしかできないことを見つけるのは簡単なことではないですが、やっていくうちに勝手に浮かんでくるものです。僕は人より特別何かが優れているというよりは、ほかの人よりちょっと得意なことが2~3個あって、それを組み合わせるのが得意なだけ。みなさんも自分なりの“得意”を組み合わせて、それにコミットしてやり続けてみては。そうすると、結果が雪だるま式に大きくなっていく。自分で磨いた努力、自分にしかできない強みを見つけて組み合わせることが大事だと思います。」
もうひとり、尊敬する起業家として名前を挙げたのが、世界各地に展開する日本食レストラン「NOBU」のオーナー、松久信幸氏だ。“Nobu” の愛称で知られる世界的な料理人であり、日本食の概念を覆して新たな“日本食” を確立したパイオニアである。
「松久さんは日本料理のルーツを感じさせながら、アメリカ人が好むものを作られている。お客さんもそこで働くスタッフもアメリカ人だけど、ホスピタリティやオペレーションには日本の精神があり、日本食、寿司をアメリカナイズしてNOBUそのものをブランド化し、現地パートナーと共に事業として大きくスケールさせているところに感銘を受けます。僕らも、経営者は日本人だけど、スタッフやアーティストの大部分はアメリカ人。日本のテイストを残しながら、アメリカンにハイブリッドして、独自のカルチャーを作る。それこそが自分たちにしか作れないものです。今後も新しいカルチャーのブレンドやハイブリッドを生み出していきます。」
将来的には、ジョイントベンチャーのような形で日本のパートナーとともにアーティスト・ディベロップメントにも挑戦し、スケールを目指したいと語る長田氏。“8席のカウンター” から、次はどんな星が生まれるのだろうか。

























