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<インタビュー>“憧れの人”から“理解者”へ――戌亥とこ×阿部真央が語り合う、表現者としての美学

Interview & Text:沖さやこ
にじさんじ所属の戌亥とこが、2ndミニアルバム『One day』をリリースする。“とある1日の様々なシーン”を切り取った全6曲を収録しており、ソングライター陣には彼女がかねてより影響を受けていると公言している阿部真央や、バンドサウンドとクラブミュージックを融合させたサウンドデザインでマルチに活躍する音楽プロデューサー、Shin Sakiuraなどが参加し、さらには戌亥が初めて自ら作詞を手掛けた楽曲もあるなど、多彩な一作に仕上がった。
そのアルバムのリリースを祝して、戌亥と今作1曲目「君の声があれば」を手掛けた阿部真央との対談が実現した。戌亥が阿部の音楽に惚れ込んだ理由、阿部が思う戌亥のボーカルの優れた点や「君の声があれば」の制作過程はもちろん、コンセプチュアルな作品となった『One day』の話題を通して考える今の時代のアルバム論など、両者のアーティストとしての美学が垣間見られる対話となった。
阿部真央さんの曲は自分の人生とともにある
――戌亥さんは以前より阿部さんへのリスペクトを公言していますよね。いつ頃、どんなきっかけで阿部さんに憧れたのでしょう?
戌亥とこ:忘れもしない2009年です。たまたま立ち寄ったCDショップで阿部真央さんの1stフルアルバム『ふりぃ』が大きく展開されていて、ジャケットのインパクトに引き込まれてそのまま試聴機を再生したら10秒も聴かないうちにその声に引き込まれて、そのCDをレジに持っていきました。家に帰るまで待ちきれなくて、近くの電気屋さんに寄ってヘッドホンとCDプレーヤーをすぐ買って、聴きながら帰ったんです。帰ってからMVを拝見したらアコギをかき鳴らしている姿もとってもかっこよくて、その影響からアコギも買いました(笑)。阿部真央さんにはバラードからロック、ポップスまでいろんな曲があって、どの楽曲も本当に素敵なんですよね。
Mao Abe/阿部真央 - ふりぃ (Free)[Official Music Video]
阿部真央:(笑)。とこさんは会うたびにいつもこうやって言ってくれるんですよ。ふたりで会ったときもずっと言っていて。
――では、もうだいぶ仲良しなんですね。
阿部真央:今回の楽曲提供の打ち合わせをさせてもらったあと、すぐに一緒にお出かけをしました。あれが今年の4月くらい?
戌亥とこ:びっくりなんですけど、2月です(笑)。
阿部真央:そんなに前!? お揃いのリンゴの香水を買ったりしましたね。とこさんはそのときも「そんなところまで!?」と思うくらい本当に気を遣ってくれて。
戌亥とこ:ライブも行けるときは必ず行っていたくらい大好きなので、同じ香水を買うときも恐れ多すぎて「わたしが同じものを買ったら怖いですか……?」と聞いちゃいました(笑)。こうしてお話しさせていただいて、楽曲提供もしていただけるなんて本当に夢みたいなんです。だから、今も浮足立ってます。
――そんなおふたりのファーストコンタクトは、2021年に阿部さんがSNS上で戌亥さんの「いつの日も」のカバーに言及したことに遡ります。
阿部真央:とこさんのファンであり阿部真央の曲も聴いてくれているリスナーの方が、リプライで私に知らせてくださったんです。バーチャルの場で活動していて、なおかつ阿部真央のことを好きな方を知ったのは初めてだったのですごくうれしくて。それでカバー配信のアーカイブを聴いたら、とこさんの歌がうますぎて衝撃がすごく大きくて、SNSで言及したんですよね。
!? ずっとずっと大好きな阿部真央様が配信を見てくださった上にツイートまで……😭夢…?わたしもあまりの衝撃に声出ました… YouTubeライブほんまにめちゃくちゃ素敵で、YouTubeチャンネルにも素敵が詰まってるからみんなぜひ…ぜひ…
— 戌亥とこ🍹 (@inui_toko) December 1, 2021
戌亥とこ:阿部真央さんのその投稿にすぐ気づいたんです。予期せぬタイミングでずっと大好きで、ずっと曲を聴いている方からそう言っていただけたのがうれしすぎて、どうお返事をしようかすごく悩んで、マネージャーさんに相談していたらお返事に2時間かかっちゃいました……。阿部真央さんの東京国際フォーラムのライブをおばあちゃんと観に行ったり、ずっといろんなタイミングでいろんな曲を聴いているので、曲を聴くと自分のそのときの記憶を思い出すんです。だから、阿部真央さんの曲は自分の人生とともにあるんですよね。
楽曲提供をして勝ちを確信する瞬間
――その阿部さんに、今作『One day』のタイミングで曲を作ってもらいたいと思われた決め手とは?
戌亥とこ:わたしの数年間の活動を通して見たもの、感じたこと、それを経たうえでの今の思い、この先どうしていきたいかという願望を詰め込んだ曲を今作に入れたくて。あと、わたしの存在を受け入れてくれている方々への感謝や、どんなふうに感謝をしているのか、感謝の手前にあるささやかな気持ちや自分のメンタルを主軸にしたかったんです。阿部真央さんはわたしがすっごく好きな世界観で気持ちや情景を表現している方なので、こんなにも膨大な情報量でも阿部真央さんだったらきっと余さず曲にしてくださるんじゃないか……とかなり熱烈にお願いをしてしまいました。
――それに阿部さんが応えた楽曲が「君の声があれば」ということですね。
阿部真央:対面で打ち合わせをさせていただいて、その時点でとこさんとチームの皆さんの表現したいことがはっきりしていたんです。だから、それを深掘りしていきつつ、世間話的な感じで2時間近くお話しをさせてもらって、そのなかで印象的だった素敵な言葉を歌詞のなかに散りばめました。
戌亥とこ:すごく丁寧にヒアリングして、細かくメモを取ってくださって。
阿部真央:特に何度もとこさんが言葉にしていたのが、先ほどもおっしゃっていた「自分のことを受け入れてくれるファンの方への感謝」と「ファンの方と歩んでいく日々を1日でも長く続けたいという願望」だったんですよね。これがとこさんがファンの方へ持っている愛の言葉だと感じたのでBメロに入れました。Bメロはサビに入る前のいちばん大切な場所だと思っているので、自分の曲でもここにエモい感情を込めがちで。〈一日でも長く君と生きたい〉という歌詞はとこさんの言葉から生まれたラインですね。
――視点を変えて聴いてみると、ファンの方から戌亥さんに向けた楽曲にも思えました。やはり戌亥さんの声に惹かれたファンの方は多いと思うので。
阿部真央:アーティスト本人の主観を書いていても、聴いているうちに主語が聴き手になるくらい感情移入ができる曲は自分にとっての理想形ですね。「君の声があれば」をとこさんが歌うことで、とこさんの人生や状況を歌っている曲であることもわかるし、主語やシチュエーションを書き込みすぎないことで、聴き手に主軸を据え置くことができる曲にできたらとは常々思っています。
戌亥とこ:歌詞のギミックはもちろん、メロディやサウンドも阿部真央さんの提案が本当に素晴らしかったんです。わたしから曲調のリファレンスを出して、阿部真央さんはそれに沿ったデモを作ってくださったんですが、それだけではなく「とこさんの声と伝えたいメッセージなら、こういうメロディと曲調のほうが合ってるんじゃないかな?」ともうひとつデモを作ってくださって。それが「君の声があれば」なんです。
――配信などでの話し声を彷彿とさせる落ち着いた低音から始まって、爽やかで伸びやかな高音を感じられるサビという、戌亥さんの声の透明感を感じられる楽曲だと思います。
戌亥とこ:もちろんわたしの希望を通してくださったデモも素敵だったんですが、チーム全員が聴いた瞬間に「絶対に阿部さんが提案してくださった楽曲がいい!」と即決でした。わたしの素直な気持ちをまっすぐに伝える歌だったので、演じる要素や飾りを大げさに入れない、ただ素直にまっすぐな気持ちで、とにかく大切に歌うようにしましたね。楽曲が素晴らしいので、それにただ身を任せて歌っていきました。
阿部真央:楽曲提供をして勝ちを確信する瞬間は、「私が歌うよりも提供するアーティストさんが歌ったほうがこの曲は輝いている」と思ったときなんです。そこに快感や幸せを感じるんですよね。「君の声があれば」もまさにそうでした。とこさんの歌が良すぎて、大大大大満足!
戌亥とこ:とんでもないです。気持ちを音楽にするというのは、歌詞だけでなく音やメロディも含めてできることなんだなと思いました。「君の声があれば」を聴いて、わたしが持っている気持ちってこういうものなんだと気づけなかった思いにまで気づかされて。「7年以上の気持ちを1曲に収めてください」なんて、本当に無茶なお願いだなと思っていたんです。でも、こまごまとした気持ちも全部話した結果、みんなに届けることを踏みとどまってしまっている気持ちまで入った、すごくキラキラした歌詞になっていて……。本当にうれしかったです。
阿部真央:でも今回、とこさんも1曲作詞を担当しているんですよね? その曲を聴くのがすごく楽しみで。
――アルバムのラストを飾る「Dawn」で、戌亥さんが初めて作詞に挑戦しています。「君の声があれば」と同じくらい、さまざまな気持ちが詰め込まれた楽曲だと感じました。
戌亥とこ:夜明けの時間は新しい幕開けや希望でもありつつ、眠れないまま朝になった場合は焦りを感じるという、複雑な時間帯だと思うんですよね。わたしはそのときに、今となってはどうしようもないこと、たとえば友達と別れた後に「あれは言わなくてよかったな」のような、過ぎたことだからどうすることもできないことへの後悔が湧き上がることが多いんです。だから「Dawn」は独り言でもあり、客観的に自分に対して投げかけている言葉でもあり、みんなに投げかけている言葉でもあって。だからこそ「Dawn」の後にまたもう一度、1曲目の「君の声があれば」に戻ってきてほしいなと思ったんですよね。
【全曲試聴】#戌亥とこ 2nd Mini Album『One day』クロスフェード 【2026年10月7日(水)発売】
――『One day』は“戌亥とこのとある1日”がテーマになっていて、「君の声があれば」の朝から始まり、午後、夜、夜中、夜明けという曲順で進んでいきます。夜明けの「Dawn」からまた「君の声があれば」で新しい朝を迎えるということですね。
戌亥とこ:「Dawn」はミニアルバムの最後として聴いてもらってもいいし、「君の声があれば」のひとつ手前としても聴いていただきたい曲ですね。歌詞を自分ひとりでフルで書くことが初めてだったし、普段はあまり言わないこと、言葉にしないような細かい感情を歌詞にしているので、最初提出するときはすっごい不安で(笑)。でも、チームのみんなからいいねと言ってもらってほっとひと安心しています。
自分の好きなストーリーから離れずブレずに
――『One day』は日常のさまざまなシーンを落とし込んだ多彩な楽曲を、時系列で構成したコンセプチュアルなアルバムです。デジタルリリースが主流となった2020年代において、アルバムに対する考え方は、プレイリストのようにデジタルシングルや表題曲的な華やかさを持った楽曲で構成するか、アルバムのトータルバランスを考えた作品性の高いものか、二極化している印象があります。おふたりが考える、今の時代に制作する理想のアルバム像はどんなものでしょうか?
戌亥とこ:『One day』は来年4月に開催する【2nd Solo Live“リスタート”】と連動したものにしたくて、普段応援してくれている方とわたしの精神的な距離がもう一歩近くなれるアルバムにしたいという思いがありました。いただくコメントやお手紙には皆さんからの素直な気持ちが書かれていて、それならわたしも今までわざわざ言葉にしてこなかったこと、ネガティブなものもポジティブなものも伝えることによって皆さんとの心の距離を縮められたらいいな……と思って、感じたことのある気持ちをそれぞれの時間帯と絡めながら1曲1曲を制作したんですよね。だからこそ、朝というリスタートを迎えるタイミングと総集編のような内容を絡められた楽曲を阿部真央さんにオファーさせていただいたんです。
阿部真央:実際「君の声があれば」の最初の打ち合わせのときも、とこさんが「カーテンを開けた瞬間のような、朝を感じられる曲調だとうれしい」とおっしゃっていたし、先ほどおっしゃっていた「1曲目でありラストにもなれる楽曲」というイメージを共有していただいていたんですよね。アルバム自体が戌亥とこというアーティストの内面に踏み込んだものであり、ファンの方々との距離をぐっと近づけるという意志が土台にある。クリエイティブという面ではとても理想的なアルバム制作だと思います。でも、私が音楽活動をしているこの約20年で、音楽の聴かれ方はガラッと変わって。
――2000年代後半よりCDの需要が下降傾向になり、ライブ市場が主流となった2010年代を経て、ストリーミングが主流となった2020年代に突入し、アーティストのリリースもデジタルシングル曲が注目されることが増えました。
阿部真央:音楽をアルバム単位で聴く人はすごく少なくなっているので、どうしても制作の比重がデジタルシングルになってくるんですよね。私はコンセプトのある、作品性の高いフルアルバムに美しさを感じるタイプだけど、セールス的なことを考えると今の時代にそぐわない。この時代にアルバム作るのムズ!(笑)。だからこそ『One day』のような作品が映えるんです。とこさんの意志や伝えたいことがわかりやすくて、はっきりしていて、アーティストとしてここから大きな一歩を踏み出すことが確定している。こういう作品作りはすごく理想的だなと思っていますね。
戌亥とこ:ありがとうございます(照れ笑い)。わたしの場合は「最近これが流行っているからこういうものを作らなきゃいけない」と考えすぎるのもあんまり良くないのかなと思っていて。今回は自分の内面にフォーカスした作品になったけど、自分の好きなものであれば実体験に基づくものでなくても全然いいんです。自分の伝えたいこと、自分の好きなストーリーから離れずブレずに音楽制作をしていきたいし、今後作詞ももっとたくさんやっていきたいです。
――2027年4月に東京ガーデンシアターで開催される【2nd Solo Live“リスタート”】も素敵な夜になりそうですね。
戌亥とこ:わたしの思いがぎゅっと込められたアルバムを連れていって迎える2ndソロライブなので、歌はもちろんMCやパフォーマンスでも、できる限りの方法でみんなに思いを伝えたいです。『One day』はわたしの気持ちを落とし込んだアルバムでもあり、聴いた方が自分の気持ちを重ねられるアルバムでもあるので、【リスタート】も戌亥とこのライブに初めて来る人も楽しく過ごしてもらえる時間にしたいです。
阿部真央:今回、楽曲提供をなさったアーティストのファンの方で、とこさんのライブに初めて行く方も多いと思うんです。そういう方がとこさんの歌を聴いたら絶対に「こんなにうまいの!?」とびっくりすると思うんですよ。早くそれを知らしめたい(笑)。本当に歌がうまい人って、一言発しただけで全然違うのがすぐわかっちゃうんですよね。
――確かに声だけで一気にその人の色に空間が染まるような感覚になるときがあります。
阿部真央:考えるより先に「この人、歌うま!」と本能的にわかることってありますよね。「君の声があれば」のメロディも、私が思うとこさんのボーカルのおいしいところを出すようにしたんです。とこさんは滑舌とリズム感がいいから子音がしっかり聞こえて、言葉と音程がくるくる変わる曲が非常に得意なんですよ。それは言葉を伝えるうえでとても大切なポイントで、戌亥とこワールドに引き込まれるひとつの鍵だと思っていて。だからこそ「君の声があれば」は、私が歌うよりもとこさんが歌ったほうがいい曲に聴こえるし、戌亥とこのオートクチュールなんですよね。ここまで速く的確に言葉や音程を当てられる人はいないと思っています。だから、ライブで直に彼女の歌のすごさを感じてほしいですね。
戌亥とこ:ありがとうございます。こうやって阿部真央さんに言っていただいて意識が変わったというか……いろいろと吹っ切れました。
阿部真央:“吹っ切れた”?
戌亥とこ:わたしはVTuberとしてデビューして、配信活動をする延長線上で歌を始めたので、当初は「プロじゃないのになんで音楽活動をするの?」「歌唱力もプロとはだいぶ差があるね」と言われることがよくあったんです。そのときに傷つくとか落ち込むとかではなく、ただシンプルに「どこからがプロなんだろう? メジャーデビューをしたらプロ? 歌手でキャリアをスタートさせればプロ?」とすごく考えて。でも最終的に、別に自分の歌を好きと言ってくれる人がいて、自分も歌うのが楽しいなら、別にプロだろうがプロじゃなかろうがどっちでもいいかと思ったんです。いま阿部真央さんからそう言っていただいたことで、気持ちがすごく晴れやかになりました。
阿部真央:なら良かった。とこさんの活動は、いろんな壁を越えてくれるきっかけになると思っています。
――これを機会にもっとおふたりが仲良くなって、第2弾、第3弾のタッグにも期待しています。
阿部真央:ぜひもっと仲良くしてください! ご飯とかも行きたいし。でも、なんだかまだ距離を感じるから(笑)。
戌亥とこ:そんな、わたしからお誘いしたら怖いんじゃないかなと思って……!
阿部真央:だからもうそういうのやめて!(笑) 友達じゃん! とは言いつつ、こういう思慮深いところ、いまもこんな初々しい反応をするところもとこさんの魅力ですね。阿部真央が絡めば絡むほど、戌亥とこの可愛いところがファンの方にいっぱいバレていくと思うので(笑)、今後とも公私ともによろしくお願いいたします。
戌亥とこ:はい、ご連絡します!
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