Special
<インタビュー>マカロニえんぴつ、EP『運命さがし / 終宵』で辿り着いた等身大の覚悟

Interview:天野史彬
Photo:Yuma Totsuka
この3曲でアルバム1作並みの濃度がある。そういうレベルの作品である。マカロニえんぴつがリリースしたEP『運命さがし / 終宵』。アニメ『ワールド イズ ダンシング』のオープニング・テーマとして既に配信リリースされていた「終宵」に加え、「運命さがし」と「グッドラック・マイラバー」という2曲の新曲を収録した本作は、以下から始まるインタビューでの田辺由明(Gt)の言葉を借りるなら、まさに「会心の一撃」と呼ぶにふさわしい重量感とポップネスを持った作品だ。切なくも衝動的なピアノが鳴り響く威風堂々としたロックバラード「運命さがし」、フレーズも構成も異次元的でありながら、生身の肉体の躍動と軋みを感じさせる「終宵」、そして風が涙をさらっていくような「グッドラック・マイラバー」。もはや「ジャンル:マカロニえんぴつ」と言うべき3曲。この曲たちは、誰もが傷だらけの昨日を抱えていること、そして、それでもまだ私たちは明日を諦めきれないということを、その音と言葉で伝えている。本作で間違いなく、マカロニえんぴつは新境地に到達した。
もう1度運命に出会うまでの、あるいは、自分で運命を決めるまでの歌
――新作EP『運命さがし / 終宵』、収録された3曲すべてが名曲と言える傑作だと思います。収録曲の中では「終宵」が先に7月に配信リリースされましたが、もうひとつの表題曲「運命さがし」はいつ頃作られた曲なんですか?
はっとり(Vo./Gt.):今年の頭です。「終宵」はそのちょっと前、去年末にはもう録り終えていて。ツアーはまだ終わっていなかったけど、『physical mind』の後にできた曲たちですね。僕は年の節目にその時の自分が持っている答えやモードを曲にしたいと思いがちなんですけど、2025年から2026年にかけて年を跨いだときに、自分の中のクリエイトのバケツが溢れる感覚がはっきりあって。そこで出てきたのが「運命さがし」です。
――〈きみが好き、ただきみが好き〉を繰り返す、この真っ直ぐな歌詞もすぐに出てきましたか?
はっとり:そうですね。「終宵」はサビで〈それでも裸になる〉と歌っていますけど、あの曲は自分の血に問うというか、自分を曝け出して、自分の覚悟を歌っている曲で。その覚悟に恥じないような、ブレないようなことを「運命さがし」では歌いたかった。言いたいことは「終宵」も「運命さがし」も大きくは変わらないと思います。「取り繕わずにいたい」っていうこと。ここ最近、ちゃんと裸になれていないなっていう負い目もあったし、曝け出したくなった。その準備が整った、という感じだと思います。
――そのはっとりさんのクリエイトのモードに、3人はすぐに入り込んでいけましたか?
田辺由明(Gt./Cho.):はっとりがさっき「バケツが溢れる」と言いましたけど、そういう感じで突発的にはっとりから出てきた曲は凄い曲が多いって、僕らはわかっているんですよ(笑)。
長谷川大喜(Key./Cho.):確かに(笑)。
田辺:「ヤングアダルト」もそうだったし、「悲しみはバスに乗って」もそうだったし。
高野賢也(Ba./Cho.):「静かな海」もそうだね。
田辺:そうそう。そういう曲が来る予感はしていましたね。実際、間違いなく会心の一撃と言える曲ができた自負もあります。
高野:曲を作り始めた後も4人のピントが合うのは凄く速かったと思います。デモの段階で歌詞も完成されていたから、アレンジもすぐに決まっていきましたし。
――はっとりさんから「運命さがし」が届いた時、皆さんは最初どんなふうに受け止めましたか?
田辺:凄くストレートな曲だけど、僕は恋に落ちた瞬間の曲というより、恋に落ちたことを自覚したタイミングの曲だと思ったんですよね。〈きみが好き〉と叫んでいるけど、〈気付きたくなかった〉とも言っているし、高揚しているけど不安もある、そんな葛藤がこの曲にはあって。そこに僕はギュッと胸を掴まれる感覚がありました。タイトルも面白いなと思って。「運命」という言葉の後って大体「~を変える」とか「~に抗う」とかが続きがちだけど、「運命さがし」は聞いたことがなかった。

――はっとりさんとしては、このタイトルはどんなふうに決めたんですか?
はっとり:運命って、若いうちは舞い上がるし、はしゃげるんですよね。でも、生きていれば間違いなく「運命違い」を知るわけで。「これは運命だ」と信じていたものが、「これじゃなかった」と自分の中を通り過ぎていってしまうことがいくつも起きる。そんな経験をすることで、人は運命に迷ったり、運命を疑ったりしてしまうんだと思うんですけど。でも、「それでもこの人は……」と思うくらいの恋をした時。その時に、よっちゃん(田辺)も言ったような葛藤が起こるんだと思うんです。舞い上がりたくないし、もう運命なんてものは当てにしたくないから。でも、もしかしたら運命って、自分の覚悟によってイエスにもノーにもなるのかもしれなくて。みんな、運命って待っていたらやってくるものだと思っちゃうんですよ。だから「変える」とか「変えられない」とか「抗う」とか言うんだけど、そもそも、なんで運命は「襲ってくる」前提なの?って思わない?
田辺:確かにね。
はっとり:そうじゃなくて、自分で「これは運命だ」と覚悟を持って言えるかどうか。それだけ腹が決まってんのか?っていうこと。この曲は、「これは運命だ」と次は迷わず言う、そのための生半可じゃない覚悟を決めた男の歌なんです。だからタイトルは「運命さがし」。この男も本当の本当は、まだそこまで自信を持つことはできていないんです。「いいんだな?」と聞かれると、まだファイナルアンサーは出せない。その迷いは歌詞の最後の1行に出ていて。だから「運命さがし」はまだ続いていくのかもしれないし、でも答えはもう自分の中に決まっているのかもしれないし。
――では、はっとりさんの中で「運命さがし」の主人公は、運命が自分の中を通り過ぎてしまった過去がある人なんですね。
はっとり:そうです。そういう経験はみんなにあると思います。でっかい運命を逃した経験は。その上でこの曲は、もう1度運命に出会うまでの、あるいは、自分で運命を決めるまでの歌なのかなと思います。

――サウンドは、はっとりさんのデモの段階でどのくらい固まっていたんですか?
はっとり:デモはアコギだったんですけど、その時点で僕の頭の中ではピアノが鳴っていましたね。なのでピアノメインになるのはマストでした。男の人、っていうか俺が、ピアノで弾き語っているような音像になってほしいと思って。聴いた人の頭の中に、ビリー・ジョエルが出てくるような音像というか。
――冒頭のピアノの音から衝動を感じる、凄いインパクトがありますよね。
はっとり:最初はドラムのフィルで入ろうとしていたんですけど、「ドラムのフィルなしで、いきなりピアノから入った方がいいんじゃない?」って、確か大ちゃん(長谷川)か高浦(“suzzy”充孝/サポートドラム)が言ったんですよ。
田辺:高浦じゃないかな。
はっとり:「その手があったか!」と思って。僕はウルフルズの「いい女」みたいな強烈なドラムで勢いよく入るイメージだったんだけど、ピアノのグリッサンドでバーンっていうのは、めちゃくちゃ凄いインパクトだなって。今回、大ちゃんにはベン・フォールズ・ファイブを聴いてもらったりしたね。
長谷川:そうだね。

――ベン・フォールズ・ファイブも、男の子がピアノで弾き語りながら世界に立ち向かっていく感じがありますよね。
はっとり:そうそう(笑)。気弱な男が、ピアノを歌うときだけヒーローになる感じ。ベン・フォールズとかウィーザーとか、ああいうナードな男が無骨な音を鳴らしている感じが大好きなんだよなあ。
――高野さんは、ベースに関してどんなことを意識されましたか?
高野:この曲のサビの部分って、この感情に曲の主人公も驚いているんじゃないか?っていうくらい真っ直ぐなんですよね。でも、Aメロの部分は自分を俯瞰で見ていたり、一瞬冷静になったりするような感覚もあって。そういう感情の落差を、デモを聴いた段階から感じたんです。でもその上で、どれだけ不安があっても、この気持ちに嘘を突いちゃいけない、っていうことを歌っている曲だと思ったので。レコーディングでも音を出すときは「ちょっとお洒落にしよう」とかそういうことはやらずに、感情に嘘をつかないように弾こうと思いましたね。

――僕が「運命さがし」を聴いて感じたのは、〈きみが好き〉って凄くシンプルなラブソングのメッセージですけど、この言葉を言うことは、やっぱりもの凄く勇気がいることなんですよね。否定されるかもしれないし、受け入れられるかもしれないし、未来がどう転ぶかなんてまったくわからなくて、それでも言わずにはいられないし、立ち向かわずにはいられない。そうやって未来に飛び込んでいこうとする人間の姿がこの曲には歌われているなと思ったんです。改めて、最初にはっとりさんが言っていた2025年から2026年に入る頃に自分の中に持っていた答えやモードというのは、どんなものだったんですか?
はっとり:僕がやりたい表現って、10代の頃から一貫して変わっていないんですよ。それは慰めであり、孤独にスポットを当てることで。でも明らかに変わった部分があるとすると、去年、横浜スタジアムで3万人の前で「静かな海」を歌った時、「もうなんでも言える」と思ったんです。無理に寂しがる必要はないと思ったし、より素直に、笑いながら泣いてみることもできるんじゃないかと思った。曲の中の人たちが、こっそり人知れず涙をこらえるんじゃなくて、みんなの前で笑いながら泣いていてもいいんじゃないかって。それは大きい変化だったと思います。マカロニえんぴつというバンドのことを、もう自分の肉体のように自然に感じるようにもなったし。
そうなると頭でこねくり回すことが鬱陶しくなってくるんですよね。感じたまま、素直にやったほうがうまくいく気がしたし、実際にそれでうまくいくようになってきたし。『physical mind』の制作やツアーを通して、より直感型になっていったなと思います。なった、というか、なれた、というか。あと今回のEPの3曲、俺はそんなに自分でギターを弾いてないんですよ。
田辺:そうだね。
はっとり:「終宵」は初めてアナログレコーディングをやったんですけど、「おまえら、アナログだからやり直しはできないからな!」とか3人に偉そうに言って、結局、俺が一番録り直したんですよ(笑)。
一同:(笑)。
はっとり:3人とも上手くなっちゃって、口出しできなくなってきたんですよね。前までは「全部俺にやらせろ!」って感じでエゴが凄かったんですけど、なんなら俺が一番楽器下手になってて(笑)。もう演奏面でも3人に頼れるし、俺、弾かなくてもいいかなあって。こんなこと、前は考えられなかったよな?
長谷川:うん(笑)。
はっとり:そのくらい周りに頼ったし、それによって話が早くなったし。だから、曲が自分の中にいる時間が減ったと思います。ずっと自分の曲を自分の中で可愛がるのが好きだったんだけど、そこにも執着しなくなりましたね。
――『physical mind』のインタビューで僕がお話を伺った時、はっとりさんは、あのアルバムには「壊れかけの人間の歌が多い」と言っていたんです。それで言うと今回のEPの3曲は『physical mind』の先のどんな場所にいる曲たちなんだと思いますか?
はっとり:さっき言ってもらったように、どうなるかはわからないけど新しい世界を信じて突っ込んでいく勇気、あとは、覚悟。そういう男気がある曲たちって感じがします。「着いてくりゃわかるよ」と言っている感じがする、この3曲は。『physical mind』ではまだ手に入れることができなかった図太さと覚悟がここにはある感じはしますね。もちろん『physical mind』を作ったから、ここに来ることができたんですけどね。
「一生残るものにしたい」と思いながら作りたい

――「終宵」は、「運命さがし」に比べても、よりはっとりさん自身が喋っているような感覚がある曲だと思うんですけど、この曲はどんなところから生まれましたか?
はっとり:「終宵」の歌詞の冒頭6行は、実は文章として前からあったもので。タワレコの「NO MUSIC, NO LIFE」のポスターを久々にやらせてもらうことが決まった時に実際に提出までしていた文章なんですけど、「ちょっと長すぎるな」と思って(笑)、取り消して別の文章を書いて送り直したんです。でも、この時代の中での音楽の立ち位置とか、マカロニえんぴつの立ち位置、俺とロックの在り方、スタンス……そういうものを測った上で書いた言葉だったし、俺はこの6行が大好きで、この文章をなかったことにしたくなかったんですよね。で、ちょうどその時に『ワールド イズ ダンシング』のオープニング・テーマの話が来て、主人公の鬼夜叉と、この6行にはフィットする感覚があるなと思って。「何故、人は舞うのか?」を問い続ける鬼夜叉の苦悩も痛いほどわかったし、そこに重ねて「何故、俺たちは音を奏でるのか?」「なんで俺はこんなに必死こいて歌ってんだ?」と見つめ直した時に、グーっと入っていっちゃったんですよね。アニメチームの気合いも感じたしね。
田辺:そうだね。Cypic(『ワールド イズ ダンシング』を制作するアニメ制作スタジオ)さんは「僕らは今までにない凄いアニメを作りたいと思っているから、マカロニえんぴつさんも収まりがいい曲じゃなくて、尖ったものを作ってほしい」と言ってくださって。
はっとり:だから、みんな手癖は一切使わずに作りましたね。「終宵」を作っている時間は、デモを作っている時も、初めてアナログでテープを回しながら録った時も、「残してんなあ」って感じがあった。「いい音、残してんなあ」って。
――アナログレコーディングって、やり直しには手間とコストがかかるし、保存するにしても劣化していくものだし、デジタルに比べて扱いが難しいものですよね。それでも、この曲だからこそアナログで録りたかった、ということですよね?
はっとり:そうですね。ずっとタイミングは見計らっていたんですけど、「終宵」ができて、今しかないなと思いました。スタジオを探すのも大変でしたけどね。それこそアナログテープって、劣化するし、音は揺れるし、でもそれって凄くいいと思うんですよ。表現って、摩耗してナンボだと思うんです。衰えたり、擦り減ってナンボだと思う。1回放出しないと次の表現は生まれないということも、俺たちはもう知っているし。そういう意味でも、「終宵」は生命を感じさせたい曲だったし、アナログはピッタリだったんですよね。
――3人は「終宵」でのアナログレコーディングはいかがでしたか?
田辺:生きた音を録ることができた感じがしましたね。この曲自体、凄く生き物っぽいというか、全員が命を削って残した感が強くて。同じアナログRECをやったとしても、こういう経験はもうできないかもしれないな、とも思いますし。自分の音楽人生が色付くような経験だったなと思います。
長谷川:デジタルで録るのとは本当に音の奥行が違ったからね。「あの曲もアナログで録りたかったなあ」みたいな妄想も沸いてきたりして(笑)。
はっとり:わかる(笑)。
高野:でも、やっぱり「終宵」だからよかったっていうのはあると思う。この曲の歌詞は「命を使ってでも、自分が表現したいものを表現する」ということを歌っていると思うけど、それは『ワールド イズ ダンシング』でも描かれていることでもあるし、能もそうやって何百年も受け継がれてきたものだし。テープが擦り減っていくアナログRECは、それ自体が命を使っている感覚に結びついたし、録る曲が「終宵」だったからこそ、音に命を賭ける責任感をより強く感じることができたんだと思うんですよね。
はっとり:そうだね。
高野:Cypicさんとの打ち合わせの時、アニメスタッフの方が「今は1クールに凄い量のアニメが放送されているけど、『誰も観てくれないだろう』という中でも凄いアニメを作ろうとするクリエイターもいれば、『誰も観てくれないから適当でいいや』と作られるアニメもある。その中で私たちは一生残るアニメを作りたい。『また観たい』と思われるアニメを作りたい」と言っていて。曲作りもそうだと思うんですよね。どんな曲もいつかは聴かれなくなるとしても、だからって諦めるんじゃなくて、作っている間は「一生残るものにしたい」と思いながら作りたい。「終宵」の歌詞の頭6行も、そういうことを歌っていると僕は思ったので。この曲のレコーディングは気合いが入りましたね。
――「終宵」という言葉、僕はこの曲のタイトルで初めて知りましたが、いいですよね。
はっとり:僕もタイトルを考えている時に初めて知りました(笑)。「夜通し」という意味の言葉なんですよね。報われるまでは夜なんですよ。でも、信じて夜通し願っている者が勝ったりするわけですから。人が見ていないところや人が知らないところで命を削っている人がいる。そういうことに僕は美学を感じます。あと、「肯(よい)」という言葉が『ワールド イズ ダンシング』のテーマなので、「よい」と読める漢字は入れたかったんですよね。
マカロニえんぴつ「終宵」MV
――3曲目の「グッドラック・マイラバー」は、はっとりさんにとってはどんな曲ですか?
はっとり:「運命さがし」と「終宵」の収録が決まって、あと1曲は遊びのある曲でもよかったんですけど、でも、ちゃんと3部作じみたものというか、それぞれが訳あってそこにいる3曲にしたかったんですよね。「グッドラック・マイラバー」は、歌っている内容的にも、「運命さがし」とは対極にある曲なのかなと思います。もしかしたら「グッドラック・マイラバー」で1度運命を手放した人が、その後、「運命さがし」に進むっていう時系列なのかな、と思ったりもします。
――ある意味では、傷を知っている人間の歌が3曲入ったEPという感じがしますね。そこがもの凄く素晴らしいと思います。
はっとり:どっしりしている曲たちだなと思いますね。「傷を知っている人たち」と言ってくれましたけど、その傷すらも似合っているところがカッコいいなと思う。変に抗っていない。真っ直ぐに、自分の人生にけじめをつけようとしている。その感じが僕は単純にカッコいいと思える。『physical mind』はまだ若さを取り戻そうとしているところがあったけど、それも経て、このEPには今の等身大の、無理のない素直な我々の姿があると思います。なので、自信を持って世に出せます。自分でも凄く好きなEPですね。
リリース情報
関連リンク
関連商品



























