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<インタビュー>湊かなえ「“守る”は、ときに支配になり得る」――最新長編『王国』が問いかける、善意のすれ違い【WITH BOOKS】

Interview & Text: 黒田隆憲
Photo: 辰巳隆二
書籍や文筆と縁深いアーティスト、また音楽と縁深い作家へ、自身の書籍や音楽とのかかわりについて訊くインタビュー企画【WITH BOOKS】。今回登場するのは、小説家の湊かなえ。
湊かなえの最新長編『王国』は、海辺の町を舞台に、「地域創生」というひとつの目標のもとへ集った9人の若者たちを描くブロマンスだ。『告白』『母性』などで閉ざされた人間関係の深層を描いてきた湊が、本作では初の本格的な群像劇に挑戦。海洋環境保全やウェルネスツーリズムといった現代的なテーマを織り込みながら、「守る」という行為の意味を多角的に問いかける。群像劇という形式を選んだ理由、海を舞台にした背景、そして「守る」という言葉に込めた思いを聞いた。
「この町は本当にあるんじゃないか」――鶴居村の取材が生んだ、現実と地続きの物語
――新刊『王国』のストーリーは、どのようなところから着想を得たのでしょうか。
湊かなえ:まず、群像劇を書いてみたいと思いました。これまでは母と子や教師と生徒など、一対一、あるいは少人数の閉じた人間関係を深く掘り下げる作品を書くことが多かったんです。でも実際の社会では、もっと多くの人が関わり合っていて、そのなかでさまざまなすれ違いや葛藤が生まれていますよね。
群像劇というと、どうしても出来事や人の動きが前面に出がちです。でも、一人ひとりの内面まで踏み込んだ心理ミステリーとして描けたら、人と人とのつながりや、その複雑さをもっと可視化できるんじゃないかと思ったんです。
――おっしゃるように、登場人物一人ひとりの心理描写が非常に丁寧に描かれていました。
湊:ありがとうございます。登場人物たちが共通の大きな目標を掲げているからこそ、それぞれの立場や責任の違いから葛藤や歪みが生まれる。今回は、その構図を描きたいと思いました。
私は島で暮らしていますし、これまでは山を舞台にした作品も書いてきたので、今回は海を舞台にしたいという気持ちもありました。何もないと思われがちな地方だけれど、故郷の海を、世界中から人が集まる場所へ再生しようと奮闘する若者たちの物語にしたかったんです。

――これだけ多くの人物を、どのように組み立てていったのでしょうか。
湊:今回は、役割から考えていきました。大きな目標として「ウェルネスツーリズムの拠点を作る」という構想があったので、そのためにはどんな人が必要だろう、と。第三セクターを立ち上げる人がいる。行政で手続きを進める人がいる。企画を世界へ発信する人がいる。大学でダイビング機材を研究する人がいる。漁師がいる。海上保安庁の人がいる。外部から客観的に見る人も必要だろう、と。
そうやって役割をまず決めてから、「この仕事を選んだ人は、どんな人生を歩んできたんだろう」「海にどんな思いを持っているんだろう」と、一人ずつ肉付けしていきました。
――いつもの人物の作り方とは少し違ったのですね。
湊:はい。人数が多い分、それぞれをきちんと書き分けなければいけませんでした。小説は映像と違って顔が見えませんし、挿絵もありません。同年代の男性が9人も登場するので、読者が「これは誰だっけ」とならないようにしたかったんです。だから、一人ひとりに明確な使命や役割を持たせました。みんな色の違うミサンガを身につけていますが、あれも「この人はこの役割の人物なんだ」と自然に整理できるようにしたかったからです。
――そう言われてみると、容姿についてはほとんど書かれていませんね。
湊:実はデビュー作の『告白』からそうなんです。輪郭や髪型、身長、服装など、物語に必要のない外見描写はほとんど書かないようにしています。読者それぞれが、自分の知っている人だったり、好きな俳優さんだったりを自由に当てはめてもらったほうが、その人自身の物語になると思うんです。

――実際、読み終えたあとには9人それぞれの顔が頭の中に浮かんでいました。口調や考え方、小さなこだわりから、自然と人物像が立ち上がってくるんですよね。
湊:本当ですか。それはすごく嬉しいです。例えば「この人は髪をあまりセットしないだろうな」とか、「もっとおしゃれをしたら格好いいのに」とか(笑)。そういう細かな感覚を積み重ねながら、それぞれ違う人生を歩んできた人物として書いていきました。
――物語の最後には、現実とフィクションが溶け合うような「あとがき、もしくは、序章 」と題した印象的なパートがあります。
湊:読んだ方に、「この町は本当にあるんじゃないか」「この人たちはどこかで暮らしているんじゃないか」と感じてもらいたかったんです。自分の世界と地続きの場所に彼らがいるような感覚になっていただけたら嬉しいなと。実際、作中に登場するウェルネスツーリズムの構想には、有明で開催された展示会への取材が反映されています。そこには地域創生のブースがあり、そのなかで北海道・鶴居村のお話を詳しく伺う機会がありました。
鶴居村では、タンチョウを観察する展望台を整備するため、第三セクターを立ち上げたり、国の補助金を活用したり、インバウンドも見据えながら地域全体で取り組んでいる。若い人たちが本気で町を変えようとしている姿に惹かれました。そのリアリティも作品のなかに反映できたらと思ったんです。
- 海の中だけが、本当に情報から切り離される場所
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海の中だけが、本当に情報から切り離される場所

――今回、海やスキューバダイビングが物語の大きなモチーフになっていますが、湊さんご自身もダイビングをされていたそうですね。
湊:大学3年生のときに西表島でライセンスを取得しました。その後もしばらく潜っていましたし、青年海外協力隊としてトンガ王国で2年間暮らしていたこともあります。作中に登場する南の島は、そのトンガがモデルなんです。そこで見た海の景色は、今でも人生で一番美しかったと思えるくらい印象に残っています。ただ、結婚を機にダイビングからは少し遠ざかってしまいました。そうした自分自身の思いも、作品の最後に少し重ねています。
――物語の核となる、スキューバダイビングとウェルネスを結びつけた「海の王国」構想もとても魅力的です。それも、取材を通して生まれたアイデアですか。
湊:まず、スキューバダイビングを書きたいという思いが先にありました。私がダイビングを始めた頃は、まだ少しバブルの名残もあって、「レジャー」や「遊び」というイメージが強かったんですよね。でも実際に潜ると、海の中には潜った人にしか見えない世界が広がっている。音もほとんど聞こえなくなって、自分の鼓動だけが耳の奥に響いてくる。そこには自然の美しさだけではなく、自然の脅威もありますし、人間はあくまで海に“お邪魔させてもらっている”生き物の一人なんだという感覚になるんです。
今は情報があふれていて、山奥でもスマートフォンがつながる時代です。そんな中で、本当に情報から切り離される場所って、海の中くらいなのかなと思ったんです。そう考えたとき、スキューバダイビングは心身を回復させる力を持っているんじゃないかと思い、ウェルネスというテーマと結びつけました。

――実際、呼吸も深くゆっくりになりますし、瞑想に近い感覚がありますよね。僕も潜るのですが、海底に想像以上のゴミがあることに衝撃を受けました。
湊:そうですよね。もちろん有名なダイビングスポットはきれいに管理されています。でも少し外れた場所へ行くと、「こんなにゴミがあるんだ」と驚くことが私もありました。『王国』ではブロマンスを前面に打ち出していますが、実はSDGsをテーマにしたミステリーでもあると思っているんです。地域創生や環境問題など、普段はあまり意識されない世界にも思いを巡らせてもらえたらいいなと。
海は広いから、何かを捨ててもなくなるわけではありません。そこには生き物がいて、そのゴミを飲み込んでしまう命もある。そういう現実を物語の中で自然に伝えられたらと思いました。
――ダイバーの間では、ウミウシの人気も高いですよね。作中にも登場していて、嬉しくなりました。
湊:私もウミウシは大好きです(笑)。クマノミも好きですけど、ウミウシはダイビングを始めて初めて、その種類の多さや色の美しさを知りました。こんなにかわいらしい生き物なのに、とてもたくましく生きている。ウミウシ図鑑を眺めるのも好きですね。
――潜って初めて知る世界って、本当にありますよね。
湊:おっしゃる通りです。ウミウシもクマノミも、水族館で見てももちろん楽しいんですけど、一度海の中で出会っているからこそ、「ここにもいるんだ」と興味が広がるんですよね。作品の中でも書きましたが、「こういう世界があることを知ったら、人はゴミを捨てるだろうか」という思いはありました。知ること、想像することって、本当に大事なんです。だから今回は立場の異なる人物たちを登場させて、それぞれの視点から海を描きたいと思いました。
――マンボウのカレーも印象的で、食べてみたくなりました(笑)。
湊:トンガ王国にいた頃、市場でマンボウが切り身で売られていたんです。淡白な白身魚で、とても食べやすかったですね。その後、神戸の和食屋さんで「イカの唐揚げかな」と思って食べたら、「実はマンボウの腸なんですよ」と教えられて驚きました。太平洋側では比較的よく食べられているそうなんです。
「マンボウを食べる」とだけ聞くと驚く人もいるかもしれませんが、作中では自然への敬意も含めて描いています。かわいいから食べないとか、そういうことではなく、命をいただくことへの敬意を書きたかったんです。地元の人たちは自然の恵みに感謝して、残さずいただいている。その姿勢も伝わったらいいなと思いました。

――先ほどおっしゃったように、9人全員が「海を守る」という同じ目標を持ちながらも、その方法や考え方はまったく違います。中でも印象的だったのが、「守る」という言葉の意味が人物によって少しずつ異なっていたことでした。
湊:それぞれ役割が違うからこそ、「守る」という言葉の意味も変わってくるんですよね。例えば地域創生というのは、まず故郷を守るという思いから始まるものだと思っています。その共通するテーマを置くことで、一人ひとりの役割だけではなく、人間性もより立体的になるんじゃないかと思いました。最初は「海を愛する」というテーマも考えたんです。でも、それだと少し漠然としている気がして。「守る」という言葉にしたことで、それぞれの立場や役割がよりはっきり見えてきました。
それに今回は「海の騎士」というモチーフも大切でした。海の底にお城があって、そこを騎士たちが守っている。そんな少しファンタジックな世界観と、「守る」というテーマが自然につながる気がしたんです。
――海を守るというテーマも、作中では一つの答えに収束しません。「守る」という善意が、必ずしも相手のためになるとは限らないことも描かれています。
湊:そこも書きたかったところです。「守る」という言葉自体は、とても尊いものですよね。誰かを思いやる気持ちですし、本来は善意から生まれる行動です。でも、「守ること」と「信じること」は、果たしてどちらが大切なんだろう、と。
「守る」というのは、どこか自分のほうが余裕のある立場にいて、相手に手を差し伸べるようなイメージがあります。でも、それが本当に相手の望んでいることなのか、対等な関係なのかというと、そうとも限らない。善意から始まった行動が、結果として相手を苦しめてしまうこともありますし、その人の可能性を狭めてしまうこともある。その難しさを書いてみたいと思いました。
――確かに、「信じきれない」から守ろうとしてしまう、という側面もありますよね。
湊:そうなんです。例えば親子関係であれば、守る・守られるという関係は比較的わかりやすい。でも、それが過剰になると、いつまでも子ども扱いしてしまうことにもなりますよね。どこまで信じて見守るのか、どこで手を差し伸べるのか。そのバランスは本当に難しいと思います。
大人同士だとなおさらです。今は「男性が女性を守る」といった価値観も変わってきていますし、対等であることや、お互いを尊重することのほうが重視される時代になっています。だからこそ、「守る」という一見美しい言葉の中にも、すれ違いや誤解が生まれるんじゃないかと思ったんです。
――「守る」という行為は、ときには支配にもなり得る。
湊:はい。悪人がいるから事件が起きるのではなく、みんな善意で動いている。それでも少しずつ気持ちがすれ違ってしまう。世の中には、そういう出来事のほうが多いような気がしていて。だから誰かを責めるのではなく、自分一人が黙って抱え込めばいい、自分が身を引けばいい、と考えてしまう人たちを書きたかったんです。

――ところで、作中には汐音が好きだったアイドルグループの楽曲がフィーチャーされるシーンがあります。グループ名や楽曲名をあえて具体的にしなかったのは、読者の想像に委ねたかったからですか。
湊:そうですね。『王国』は雑誌『anan』での連載でしたから、読者の皆さんが自分の「推し」を自由に重ねられるようにしたかったんです。「この人なら、このグループかな」「この場面には、この曲が合いそう」と、自分だけの主題歌を思い浮かべながら読んでもらえたら面白いなと思って。
私自身は執筆中に音楽を流すことはあまりないんですが、車で移動中は、その作品の世界観に合う音楽を聴いて気持ちを保つことがあります。今回は同郷のポルノグラフィティをよく聴いていました。私も因島出身で、二人とは二歳違い。歌詞に出てくる海や風景は、私自身の思い出とも重なっています。
――その空気感が、『王国』にも自然と流れているように感じました。Billboard JAPANでは現在ブックチャートも展開しています。本にも音楽チャートのようなランキングがあることについては、どのように感じていますか。
湊:まず、書店へ行く機会が減っている今、「どんな本が読まれているのか」を知るきっかけになりますよね。テーマ別やジャンル別に見ることで、「今はこういう作品が求められているんだ」と世の中の空気も感じられますし、自分と同じ本を読んでいる人がたくさんいるんだということもわかる。読書は一人でするものですけれど、チャートを見ると、「こんなに仲間がいるんだ」と感じられるのも面白いところだと思います。
『王国』は、ブロマンスという切り口ではありますが、一人ひとり異なる正義や価値観を持つ人たちが、それでも同じ海を見つめ続ける物語です。読者それぞれが、自分自身の「守る」という言葉を見つめ直すきっかけになる一冊になれば嬉しいです。

























