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<コラム>エリカ・バドゥ、その軌跡──ネオ・ソウルの女王が描き続けるライブ・アート

コラム

Text:池城美菜子

※本記事は、2026年6月発行のフリーペーパー『bbl MAGAZINE vol.219 7月号』内の特集を転載しております。

 エリカ・バドゥは生き方そのものが、アートである。芸術的なライフスタイルをもつ〝アーティスト〞という、わかりやすい意味ではない。ビリー・ホリデイの再来、新しいシスター像の体現、ネオ・ソウルの女王、俳優、MC、ソウルクエリアンズ、魔性の女性、スピリチュアル・リーダー、アクティビスト、妊婦や産婦を精神的に支えるドゥーラ(Doula)、3児の母。さまざまな呼び名と役割をまといながら、約30年のキャリアで時代に流されずとも抗わず、自分を進化/分化させて「エリカ・バドゥ」というひとつのライブ・アートを作り続けている。アワードやチャートに爪痕を残しつつ、音楽と生き方でリスナーの感性に強烈な印象を残していく。そういう、稀有な存在なのだ。

 デビュー・アルバム『Baduizm』がリリースされたのは1997年2月。前年の年末にリリースされた先行シングル「On & On」が、ニューヨークではすでにヘヴィ・ローテーションされていた。ふつう、デビュー作のアートワークでは、顔をはっきり写す。だが、エリカは腕で顔を隠していたので、「On & On」と「Next Lifetime」のミュージック・ビデオで全貌(あえて、美貌と書こう)が広まったときに衝撃が走ったのはよく憶えている。当時、大きな影響力を誇っていた『VIBE』誌の表紙も、新人ながらすぐに飾った。いまとなっては、マネージャーにして、ユニバーサル・レコーズ傘下のモータウン・レコーズの社長だったキダー・マッセンバーグの手腕だったとわかっているが、当時はトレード・マークのヘッドラップを含めて、〝仕掛けられた感〞を嗅ぎ取った人もいた。この時期、ブルックリンのダウンタウンの小さな会場で行われたライブで、インセンスを咥えてベルを鳴らす彼女を見た私も、ギミックが強めかな、と思ってしまった。数年のうちに、大いなる勘違いだとわかり、深く反省するわけだが。




 「あなたを欲しがるなんてダメだよね/私はもう決まった人がいるんだから」とコーラスで歌う「Next Lifetime」は、輪廻転生しながら──最後は31世紀まで飛ぶ──アウトキャストの〝3000〞をつけ加える前のアンドレ、ピート・ロック、ウータン・クランのメソッド・マン全員が恋人になる筋書きだった。90年代ヒップホップの人気ラッパー2人とプロデューサーが、まだ新人だったエリカの相手役を務めたのだ。あざといながらも、かなりおもしろかったこのMVは、その後、彼女がアンドレ、コモン、The D.O.C.、ジェイ・エレクトロニカなどと恋愛遍歴を重ねたため、演者が入れ替わった未来の予告編となる。デビュー作の9か月後にライブ盤をリリースしたのも驚いた。独特な歌声と豊かな表現力を伝えるためと、第1子を身籠もっていたからという2つの理由があったのだろう。




 デビュー・アルバムは2つのグラミー賞を獲得した。ブームとも呼べるネオ・ソウル人気と、よく比べられたローリン・ヒルのソロ・デビュー作『The Miseducation of Lauryn Hill』が大爆発した20世紀末、エリカもまた、着実にキャリアを築いていく。仲のいいザ・ルーツのアルバム『Things Fall Apart』の「You Got Me」に客演し、これが大ヒット。この頃、彼女はエレクトリック・レディ・スタジオで、ソウルクエリアンズの面々、ディアンジェロ、クエストラヴ、ジェームス・ポイザー、ピノ・パラディーノ、コモン、J・ディラらと『Mama's Gun』で新しいサウンドを模索していた。独特のタメがあるサウンドも斬新ながら、私生活や信念と音楽のつなげ方もエリカは一歩、先を行っていた。『Mama's Gun』がリリースされた2000年に、アウトキャストの「Ms. Jackson」もヒット。ここで長男・セヴンの父親であるアンドレが、エリカ・バドゥと彼女の母親に対し、別れを申し訳なく思っている気持ちをラップ。そこでは、ゴシップではない現実の恋愛における真摯な感情がリリックに昇華されていた。21世紀に入って有名人と一般人の、そして公的な姿と私生活の境界線がますます曖昧になる直前の出来事。いまから振り返ると生々しいほどの素直な感情を、品を失わずにアートにする先がけになった曲だった。




 2002年には、コモンとヒップホップ愛をテーマにした「Love Of My Life (Ode To Hip Hop)」という名曲を生んでいる。2000年代のエリカはアバンギャルド色を強めていく。自らコンピューターを操るようになり、よりヒップホップ色が強い『Worldwide Underground』(2003年)は、彼女にディーヴァの枠から出てほしくない批評家筋はあまり褒めなかったが、もともとはラッパーだったエリカのリリックの切れ味は、いま聴いても色褪せない。コンセプチュアルな連作、『New Amerykah Part One (4th World War)』(2008年)と『New Amerykah Part Two (Return of the Ankh)』(2010年)も、攻めた作品だった。パート1のリスニング・セッションは、アメリカでは珍しく参加者が床に座るセッティング。楽器やベルをエリカ本人が演奏しながら新曲を披露して、さながら彼女の居間に招かれたような体験だった。2010年にはパート2のシングル「Window Seat」のMVの撮影を、故郷のダラスで敢行した。非常にメッセージ性の強い内容で、街を練り歩きながらエリカは少しずつ衣類を脱ぎ去ったため、軽犯罪に問われてしまう。ただし、実際にその場にいた通行人からの苦情はなく、集団思考(groupthink/同調を重んじるばかりに、集団でまちがえた意思決定をすること)への警鐘という意図も徐々に理解された。



 2010年代以降も相変わらず自らの音楽性をつねに刷新しつつ、とくに下の世代のアーティストが手本とするようなアイコンとして、自然に崇められる立場になっていった。タイラー・ザ・クリエイター(「Treehome95 feat. Coco O.」)やジャネール・モネイ(「Q.U.E.E.N.」)、テヤナ・テイラー(「Lowkey」)、BTSのRM(「Yun」)といった若い世代の人気者から共演を請われ、どのコラボレーション曲でもさすがの存在感を示した。2015年のミックステープ『But You Caint Use My Phone』は、初期の名曲「Tyrone」のオチがタイトルだ。金欠のボーイフレンドを家から追い出した1997年の話を糸口に、電話を別世界とつながるデバイスに見立て、アッシャーやドレイクのヒットを織り込んだセンスでファンを痺れさせた。エリカ・バドゥの魅力のひとつに、幅広い知識をユーモアに包んで届けてくれることがある。彼女の音楽を楽しみながら、新しい考え方や視点を学べるのだ。

 ライブでの表現、演出も突出している。自ら音楽フェスの主催を務めることもしばしば。2025年はアメリカとヨーロッパでセカンド・アルバム『Mama's Gun』の25周年を祝うツアー【The Return of Automatic Slim Tour】を敢行し、各地をソールドアウトにしたばかりだ。レジェンド・プロデューサーのアルケミストとのコラボ・アルバム『Abi & Alan』の完成を心待ちにしているファンも多いはず。7月の来日では、7年ぶりに復活する大型ヒップホップ・フェスティバル【SOUL CAMP 2026】に4ピースのバンドと共に出演。ビルボードライブのステージは、キーボーディストとエリカ本人によるピアノ・デュオのエクスクルーシヴなセットで、まったく違うパフォーマンスになるはず。現在進行形のエリカ・バドゥのライブ・アートを、この目で目撃する絶好のチャンスだ。

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