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<インタビュー>高木正勝 感謝と奇跡で溢れたスタジオ地図の楽曲歌集『うたの時間』ができるまで

インタビューバナー

Text & Interview: 黒田隆憲

 音楽家の高木正勝が、スタジオ地図との長年のコラボレーションを経て生まれた「うた」の数々を1枚にまとめたアルバム『高木正勝 うたの時間』をリリースした。

 『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』そして『未来のミライ』と、細田守監督作品のサウンドトラック制作の過程で生まれながらも劇中では使われることのなかった「うたのスケッチ」たち。それらを高木があらためて音楽として結晶化させたのが本作である。

 クレモンティーヌ、アン・サリー、角銅真実、寺尾紗穂、Hana Hopeといった個性豊かなシンガーたちが、作詞やアレンジの段階から深く関わり、それぞれの文脈で「うた」を響かせた。高木自身はあえて主導権を手放し、演奏家として寄り添う姿勢で制作に臨んでいる。

 5月17日にはビルボードライブ大阪、5月31日にはビルボードライブ横浜での公演も決定。アルバムに込めた思いや制作の舞台裏について、たっぷりと語ってくれた。

──今回のアルバム『高木正勝 うたの時間』は、どのような経緯で制作されたのでしょうか?

高木正勝:実を言うと、細田守監督から『おおかみこどもの雨と雪』(2012)のサウンドトラックのオファーをいただいたときは、実写映画のサントラを作るプロセスとの違いに戸惑ったんです。実写の場合、すでに撮影された映像があり、そこに音をつけていく場合がほとんどなのですが、アニメーションの場合はまだ何もない状態から楽曲を作り始めるんです。一応、絵コンテはあって、それを読んで「ここに音楽が必要なのだろうな」とはわかっても、どう付けたらいいのかが最初はまったく掴めなくて。

それで苦し紛れに、絵コンテを読んでから一旦置いて、読書感想文を書くようにピアノを弾いてみました。そのときに……今考えても理由はよくわからないのですが、自分でうたを歌っていたんですよ。歌詞とかはもうデタラメだったんですけど。当時はそれを「スケッチ」と呼んでいて、そんなスケッチをたくさん作っていたんですね。最終的には13パターンくらい集まって、それをそのまま監督にお渡ししたら「このシーンとこのシーンに、このスケッチを使ってみたい」といった具合に振り分けてくださり、そこからインスト曲へのリアレンジを経てレコーディングをしていきました。

──そんな変則的な制作方法だったとは驚きました。

高木:今だったら、おそらく誰もそんな作り方はしないと思います。もともと映像制作も10年ほどやっていて、当時は絵コンテをスキャンして、自分で映像を作っていたんですよ。自宅で一コマずつ、絵コンテに書かれた指示をもとに「これは0.5秒だな」と計算しながら映像を組み立てて、それに音を当てていくというやり方で。いずれにせよ、最初に作った「うた」の部分はほとんど使えなかったんです。歌詞を乗せられない事情もありましたし、そもそも作品の形に合わないことも多くて。なので、完成したときには「いいものができた」と思う反面、「これは本来『うた』だったのにな……」という、ぬぐいきれない感覚が心のどこかに残っていたんです。

──そういった曲が、今回のアルバムに収録されているのですね。

高木:はい。『未来のミライ』(2018)までの3作品から全部で13曲が収録されていますが、実際にはその倍くらい、うたとして成立しそうな曲がありました。それでスタジオ地図さんに、「これをちゃんとアルバムとして形にしたい」と打診したところ、制作に向けて動き出すことが決まったんです。今から5年くらい前でした。

ちょうどその時期にコロナ禍となり、いったんは全体の流れが止まってしまったのですが、ソニーの小山さんがディレクターとして関わってくださったことで、再び進み始めるきっかけになりました。そこから一気に動き出していった感じがありましたね。


──そういう経緯があって、「13年越しの夢が叶った」とコメントされていたのですね。

高木:本当に、長い時間がかかりました。それまでのあいだ、僕自身も含めて、どうやって形にすればいいのか誰も明確な答えが見えていなかったんです。たとえば、「1曲につき1人に歌ってもらうべきなのか」「詞はどうお願いすれば書いてもらえるのか」、さらに言えば、「できればアレンジもお願いしたいけれど、それってどこまでお願いしていいものなのだろう?」とか。

冷静に考えると、かなり無茶なリクエストなんですよね(笑)。普通は誰かが「あなたの曲でトリビュート・アルバムを作りたい」と言ってくれるものなのに、本人が「トリビュートを作ってください」と頼むような話ですから。

──確かに(笑)。

高木:そんなふうに、最初はかなり曖昧な状態で進んでいたのですが、小山さんから、「(ボーカリストとして)クレモンティーヌはどうですか?」と、ご提案をいただいて。彼女の録音がとてもスムーズに進んだことで、ようやく「このやり方でいけるかもしれない」と、アルバム全体のイメージが見えてきた感覚がありました。


クレモンティーヌ

──クレモンティーヌさんとは、どのようにやり取りをしたのでしょうか?

高木:彼女が最初に送ってくれたデモは、ギター1本に声を乗せた、すごくラフな録音だったんです。「スタジオでしっかり録った」という感じではなくて、自宅でさくっと録ったような。それがもう最高で、「このまま出したい」と思ってしまったくらい、僕が最初に思い描いていた「うた」そのものだったんですね。

だから本番のレコーディングでも、デモの雰囲気を壊さないよう意識しました。僕の関わり方も、彼女が持ち込んでくれた空気感を崩さないように、寄り添うようなスタンス。そちらのほうが、うまくいくと確信していたんです。

その後、寺尾紗穂さんや角銅真実さんといった日本のアーティストにもお願いしたのですが、みなさんから届いたデモを聴くたびに、クレモンティーヌさんの時と同様「このままでいいな」と思ったんですよね。その人の世界がそのまま曲として完成していて、ほとんど手を加える必要がなかったんです。

──レコーディングやライブに向けてのバンド編成についても、それぞれのアーティストに任せた部分が多かったのですか?

高木:はい。レコーディングメンバーもそれぞれのアーティストに選んでもらいました。僕自身、折に触れ一緒にライブをやってきた仲間はいるのですが、それがいつの間にか「里山の祭り」みたいな演奏をするバンドに育ってしまったんですよね、「エンヤコラ」じゃないけど(笑)。

さすがにこれは、今回のアルバムのテイストとは違うだろうと思っていたところ、Hana Hopeさんが「このバンドと一緒にやってみたい」と。僕たちが以前演奏していた映像を、YouTubeか何かで観て、そう思ってくれたらしくて。「本当にいいのかな?」と少し不安もありましたが、京都からバンドメンバーと一緒に東京へ向かい、実際に合わせてみたらすごくよかったです。


Hana Hope

──その「バンド」というのが、今度ビルボードライブで共演されるミュージシャンの方々なのですね?

高木:はい。今回のライブもそのメンバーでお届けします。

──『うたの時間』というタイトルも、そうした制作の流れのなかから自然に生まれたものだったのでしょうか?

高木:そうですね、本当に自然に出てきたタイトルでした。うたの「完成形」というより、うたが生まれてくるその時間、あるいは場のようなものを記録した作品なので、そんな感覚にぴったりの言葉だなと。

レコーディングもなるべく一発録りで、編集も極力しないようにしました。エフェクトなども使わず、録ったままの状態を残しています。もちろん、多少のミスや「ああ、こうすればよかったかな」と思う部分もあるかもしれません。でも、そういう小さな揺らぎがあることで、次の演奏につながるエネルギーになったりもするので、あえて直さないようにしました。実際に手を加えたのは、たぶん、うたくらいですね。


──制作する上で、他に意識していたことはありますか?

高木:一曲ごとに別々の方にお願いするのではなくて、2~3曲ずつ同じアーティストにお願いしました。ライブのことも少し頭にあったんですよ。もし一曲だけの参加だと、いざステージに立つときに負担が大きくなってしまうじゃないですか。2~3曲あると、まとまりも出てくるし、世界観の共有もしやすいです。

レコーディングに入る前から、ビルボードライブで公演をやるかもしれないという話がありましたし、その延長線上で、「もしかしたらフランスにも行けるかもしれない」といった話も出てきて。なので、今回、自分のバンドメンバーを呼ぶ流れに自然と向かっていけたのだと思います。もしライブの予定がなかったら、もっと作り込んで、エディットにも時間をかけて、全体の構成も違うものになっていたと思いますね。

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「何も話さなくとも通じ合えることってあるんだな」と

──今回のシンガーの中で、アン・サリーさんは実際のサントラにも参加していますね。

高木:アンさんと初めて関わったのは『おおかみこどもの雨と雪』でした。それまでお会いしたことはなかったのですが、YouTubeで彼女が歌っている姿を観て、心を掴まれたんです。彼女とサントラを製作したとき、「声の強さや繊細さは、ピアノのそれとまた全然違う」と思いましたし、だからこそ今回のアルバムでは「このメロディをどうやって生きたものにしていくか」という部分まで含めて、歌う人に託したいと思いました。


アン・サリー

さっきも言ったように、かなり無茶なリクエストでしたが、みなさん本当に前向きに引き受けてくださいましたね。たとえばクレモンティーヌさんは、映画の内容をしっかりと汲み取り、登場人物の名前をユーモラスに歌詞に盛り込んでくれました。Hana Hopeさんも、映画の情景や空気感を自分の表現にうまく重ねてくれて、「前からこういう曲だったんじゃないか」と思えるような仕上がりです。みなさんが作品の世界をちゃんと感じ取って、それぞれの言葉で歌ってくださったのが、とてもうれしかったですね。


──ほかに印象的だった楽曲はありますか?

高木:「朝には星を辿って with 角銅真実」ですね。これはもともと7分くらいある長いデモで、実際に映画で使われたのはその最後の1分くらいなんです。僕が一番大事にしていた「うた」の部分は、まるごと使われなかった。それだけに、この曲は特に心残りが強くて、ようやくアルバムという形で発表できたことが、とてもうれしく思っています。

歌詞についても、実はあまり角銅さんには細かく説明をしてなかったんですよ。僕は「生まれてきた『あと』の少年の歌」というイメージで作っていたんですが、彼女は「生まれてくる『まえ』の風景」として歌詞を書いてくれました。しかも僕がうまく言葉にできていなかった部分をすごく丁寧に紡いでくださって。これまで20年以上、創作を通じてずっと探ってきたような深いテーマを、彼女が自然な言葉にしてくれたことに心から感謝しています。


角銅真実

あと、寺尾紗穂さんが書かれた「まだ生まれてもいない大地から」の歌詞のなかに〈夢を孕む〉という言葉が出てくるのですが、それを見たときも、ちょっと鳥肌が立ちましたね。

──それはなぜですか?

高木:実は以前「ユメハラミ」という名で、いろんな分野の人たちと意見交換をするメールグループのような場を作っていたことがあったんです。そのときに「孕む」という言葉を使ったのですが、「ちょっとキツい言葉に聞こえるかも」と言われて。僕はその言葉がすごく好きだったので、少し気にしてしまっていたんですよね。

──それが、今回、寺尾さんの詞の中に自然と出てきた。

高木:そうなんです。こちらから何も伝えていなかったのに、その言葉が使われていて。思わず「あっ」と声が出るような、不思議な瞬間でした。うまく言えないのですが、「何も話さなくとも通じ合えることってあるんだな」と実感し、すごくうれしかったですね。


寺尾紗穂

さっきも言ったように、今回、僕はあえて極力関わらないようにしていました。小山さんから、「もっと前に出てください」と叱られるくらい、一歩引いていたんですよ(笑)。それでも気づけば、僕がずっと書きたかったような言葉が曲の中にずらっと並んでいて。「これ、僕が書いたんじゃなかったっけ?」って思うくらい、自分らしいものに仕上がっていました。

主導しないこと、関与しすぎないこと。それがこんなふうに、自分に返ってくるなんて思ってもいなかったので、本当にありがたくて不思議な体験でした。

──むしろ、自分らしさが滲み出るような作品に仕上がったわけですね。

高木:そうなんです。先日、別のインタビューで言われて気づいたのですが、これまで僕は「うただけで構成されたアルバム」を作ったことがなかったんです。あまり意識してなかったけど、たしかに今回は「うたしか入っていない」。でも、僕としては「うたのアルバムを作った」というより、「うたが生まれる『場』を作った」という感覚のほうが近いですね。自分の言葉は、一言も入れていないわけですし。

なので、このアルバムに自分の名前を入れることには、かなり迷いがあったんです。「『高木正勝』と入れる必要があるのかな?」と本気で考えていました。まわりからは「いやいや、何を言ってるんですか」と言われましたが(笑)。

『Marginalia』の制作中も、ずっと考えていたんですよ。「自分の名前って、どうしたら消せるんだろう」って。とはいえ、こうやって「誰かとともに何かを作る」ことが、自分にとって自然で、やりたいことでもあるんですよね。だからきっと、それがそのまま個性として表れて、名前を載せる理由にもなっているんだと思います。なんだか不思議ですよね。

「日常と音楽が自然に交差するような場」になったらいいなと考えているところです

──レコーディング前から何となく構想があったというビルボードライブでの公演ですが、どんな内容になりそうですか?

高木:実は僕、ビルボードライブに行ったことがないんです。写真や映像では何度も見ているのですが、今まで自分が演奏してきた空間とは、ずいぶん雰囲気が違う印象があります。これまでは、もう少し「音楽しかないような空間」、いわゆるコンサートホールのような場所で演奏することが多かったです。でもそれが、特に『Marginalia』を始めてから少しきつくなってきたというか。

──というと?

高木:たとえば自宅だと、窓を開けただけで『Marginalia』の世界が始まるんです。今の季節なら、ウグイスが鳴いたり、カエルの声が聞こえてきたり、雨が降ってきたり。自分で用意しなくても(音が)自然に入り込んできて、それだけで音楽の半分以上が満たされるような感じがあるんですよね。

でも、ホールに行くとそれがない。空間が静かすぎるんです。ピアノの音は確かに美しく響くけれど、どうしても「作り込み」が必要になってきます。マイクを立てて、スピーカーを通して調整して……つまり、自宅で自然に起きていた現象を人工的に再現しなきゃいけないというこの作業に、違和感を覚えるようになったんです。

──なるほど。

高木:僕が本当に好きなのは、その場にある音をひとつも無駄にしないこと。なかったことにしないこと。たとえば誰かがくしゃみをしても、それを「邪魔な音」として排除するんじゃなくて、「そこにあった音」としてちゃんと受け止めるような感覚で音楽をやりたいと思っていて。ホテルのロビーでピアノを弾いている方っていますよね? ああいう状況に、ずっと憧れていたんです。旅先でピアノを見かけると、お願いして弾かせてもらうこともあります。

今回のビルボードライブも、そういった「日常と音楽が自然に交差するような場」になったらいいなと考えているところです。もちろん、実際に始まってみたら印象が変わるかもしれませんが、今はそういう想像をしながら準備しています。


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