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<コラム>瑛人「香水」からwacci「恋だろ」まで――2020年代ラブソングの歌詞から読み解く“自分”と“君”の普遍性、そして多様性



コラム

「最も再生された曲」をラブソングが占める現状

 2022年末、Spotifyが、2022年に世界&国内で最も再生されたコンテンツをまとめたランキングを発表した。特に興味深かったのが「国内で最も再生された楽曲」トップ5。1位はTani Yuuki「W/X/Y」、2位はSaucy Dog「シンデレラボーイ」、3位は優里「ベテルギウス」、4位はマカロニえんぴつ「なんでもないよ、」、5位は優里「ドライフラワー」とラブソングが上位を占めている。

 新型コロナウイルスによる感染症の流行は、「感染予防のため、大切な人になかなか会えない」という未だかつてなかった状況を社会全体にもたらした。そんななか、“人が人を想う気持ち”を歌ったラブソングが人々の心の隙間にフィットし、ヒットに繋がったのが、コロナ禍元年の2020年だったと認識している。そのひとつが瑛人「香水」で、当時アマチュア・ミュージシャンだった彼は、同曲で『第71回NHK紅白歌合戦』への出演を果たした。「香水」のヒットから約3年が経つが、リズムに乗って歌われる〈ドルチェ&ガッバーナ〉のフレーズは今聴いても新鮮でオリジナル。物語の始まりは元恋人からの3年ぶりのLINEで、この3年間で自分は〈クズ〉で〈空っぽ〉になったと言う主人公の発言から垣間見えるのは自己肯定感の低さや傷ついた心。彼にとって3年前の失恋はかなり大きな出来事だったのだろう。結局LINEに返信したのか、曲の中では明確に描かれていないが、〈でもまた同じことの繰り返しって/僕がフラれるんだ〉という締め括りから、彼自身の心の声のまま終わっている曲なのではと想像したくなる。


香水 / 瑛人


 Spotifyのランキングで5位に位置づけた優里「ドライフラワー」も2020年にリリースされた曲で、『THE FIRST TAKE』への出演により人気が一気に拡大した。〈多分、私じゃなくていいね〉〈多分、君じゃなくてよかった〉といった歌い出しからは“これは運命の恋ではない”とう令和らしい価値観が窺え、ややドライな印象を受けるが、タイトルにもなっているドライフラワーのモチーフに着目すると、主人公の涙はまだ乾ききっていないことが分かる。1番、2番では生花に比べて花の色が鮮やかではないことを恋の終わりに見立てているが、最後のサビではこの恋を〈まだ枯れない花〉と呼び、相手に対しても〈ずっとずっとずっとずっと/抱えてよ〉と願っているのだ。直前の〈大嫌いだよ〉はきっと文字通りの意味ではないと感じられて切ない。


ドライフラワー / 優里


 また、「ドライフラワー」同様、歌詞におけるモチーフの使い方が秀逸なのが、DISH//「猫」。シンガー・ソングライターのあいみょんが2017年にDISH//に提供したバラードで、『THE FIRST TAKE』での北村匠海の歌唱動画をきっかけに、3年越しにヒットした。猫は、人間からは気まぐれで好きに生きているように見える生き物であることから、相手がいなくなったことを〈猫になったんだよな君は/いつかフラッと現れてくれ〉と表現しているのが面白い。終盤に登場する〈捨て猫〉もおそらく比喩で、だとすれば、〈君がもし捨て猫だったら〉から始まるラインは“他の人と付き合って、上手くいかなくなって、別れたあとでもいいから、もう一度戻ってきてくれたら嬉しい”という切実な想いを歌っているのだろうか。そしてラストでは、相手の言動や状態を表したワードだった〈猫〉が、実体を伴って目の前に現れる。しかしこれも仮定と想像の域を出ていないことから、もう君が現れることはないと、主人公自身が誰よりも痛感していることが伝わってくる。


DISH// (北村匠海) - 猫 / THE FIRST TAKE


 一言でラブソングと言っても、もちろん形は様々。「あなたのことをこんなにも想っています」と伝える求愛ソングもあれば、誰にも言えない気持ちを静かに打ち明ける片思いソングもあるし、失恋ソングの主人公には、別れた相手と過ごした日々を想い感傷に浸る人もいれば、悲しみに沈んでいる人も、怒りを発露させている人もいる。そのうえで、2020年以降にヒットしたラブソングには、主にふたつの傾向があるように思う。ひとつは、リラクシーなサウンドに乗せて、好きな人との日常を“ありふれているが、かけがえのないもの”として愛おしむ気持ちを歌った曲。Spotifyのランキングで1位を獲得したTani Yuuki「W/X/Y」をはじめ、もさを。「ぎゅっと。」、川崎鷹也「魔法の絨毯」、Novelbright「愛とか恋とか」などがこれにあたる。もうひとつは、好きな人はきっとこちらを振り向いてくれないと分かっているのに想いを断ち切れずにいる心情を、生々しく赤裸々な描写を交えながら歌った曲。和ぬか「寄り酔い」、りりあ。「浮気されたけどまだ好きって曲。」、にしな「ヘビースモーク」などがこれにあたる。もちろん全ての曲がどちらかに分類できるわけではないが、この2タイプに当てはまる曲が目立ちつつあるのがここ2、3年の傾向だろう。

 TikTokの流行もあり、2020年以降はソロのシンガー・ソングライターによるラブソングが数多くヒットしたが、2022年に入ってからは、優れたソングライターのいるバンドによるヒットが目立っている。

 そのひとつがSaucy Dog「シンデレラボーイ」だ。シンデレラは深夜0時になると魔法が解けるが、どんなに体を重ねても、相手の男性(=シンデレラボーイ)の想いの矢印はこちらを指していないと、この曲の主人公が気づいてしまうのが、そのくらいの時間帯なのだろう。歌詞を読む限り、彼女はそういった夜を何度も越えてきているようだ。例えば友人がこの曲にあるような状況にいたら「そんな男やめときなよ」と言いたくなる恋愛No.1といった感じだ。歌詞は女性目線だが、〈カラダは単純なのね/男なら尚更ね あぁあ〉と容赦ない言葉選びができるのは、男性作者ゆえだろう。


シンデレラボーイ / Saucy Dog


 マカロニえんぴつ「なんでもないよ、」にも言及したい。〈僕には何もないな〉と自覚する主人公が“君”の存在を理由に〈ってそんなこともないな〉と思い直している様子がユニークなこの曲は、相手への想いを歌ったラブソングであると同時に、この恋心とともに自分のことも認めてあげようという歌なのかもしれない。歌詞でははっきりとしない物言いが続くが、だからこそ、やや唐突に登場するシンプルかつ普遍的な願い〈ただ僕より先に死なないでほしい〉が活きているし、恋愛中の人の曖昧な心模様を曲にしようというソングライターの気概が全体から感じられる。キーフレーズは曲中二度登場する〈からだは関係ないほどの心の関係/言葉が邪魔になるほどの心の関係〉だろう。テーマを明言することで、この曲をどう聴けばいいか、リスナーをさりげなくエスコートしているように感じる。


なんでもないよ、 / マカロニえんぴつ


 おそらく、Saucy Dogの石原慎也やマカロニえんぴつのはっとりに影響を受けたニューカマーが今後出てくるだろう。そして現在進行形でフォロワーが多く見受けられるのが、back numberの清水依与吏。NHK連続テレビ小説『舞い上がれ!』の主題歌としてバンドが昨年10月にリリースした「アイラブユー」は、back numberには珍しい両思いソングだが、〈公園の落ち葉が舞って/飛び方を教えてくれている/親切にどうも/僕もそんなふうに/軽やかでいられたら〉という歌い出しから主人公のひねくれた性格が感じられて、これぞ“依与吏節”といった印象だ。基本的に“君がいかに大切な存在か”が歌われている一方、〈お洒落ではないけど唯一のダサさで/君が笑えたらいい〉〈道のりと時間を花束に変えて/君に渡せたらいい〉といった歌詞は“遠回りしがちな自分なりの誠実さで君に向き合えばいいんだ”という自己肯定の気持ちから出てきた言葉として読める。他者を愛することは自分を愛することに繋がるという、人生の真理にも迫る歌だ。


アイラブユー / back number


 Official髭男dismの藤原聡も他にはない歌詞を書く人物のひとりだ。ドラマ『silent』の主題歌としても知られる「Subtitle」は、人間関係の難しさや、他者の心に触れる時の繊細さを歌ったバラード。まず、冒頭のライン〈「凍り付いた心には太陽を」そして「僕が君にとってそのポジションを」〉で“君=冷たい⇔僕=熱い”という関係性を定義しつつ、さらに〈そんなだいぶ傲慢な思い込みを拗らせてたんだよ〉とまとめているのが印象的だ。明るさや社交性が時に暴力になり得るというテーマは、Official髭男dismのこれまでの楽曲でも見受けられた。藤原の作家性のひとつと言えるだろう。曲中ずっとふたつのものを対比し続けているからこそ、2番に登場する〈救いたい=救われたい〉も効いてくる。また、この曲は何といっても言葉の流れが気持ちよく、母音や子音の配置が周到に計算されているように感じるし、押韻に関しても、踏む箇所/踏まない箇所の判断が絶妙。実際に歌ってみると“口が気持ちいい”状態を味わえるため、ぜひ試してみてほしい。


Subtitle / Official髭男dism


 最後に紹介するのは、wacci「恋だろ」。“相手をまっすぐに想う気持ちを、老若男女に伝わるシンプルな言葉に乗せて歌ったバラード”にトライしてきたアーティストは古今東西様々いるが、この領域で根強い支持を獲得することに成功したのは、彼らがJ-POPスタンダードを追求し続けてきたバンドだからこそだろう。橋口洋平の手掛けた歌詞からは、“仏像を彫るのではない、木の中から仏様を探し出すんだ”といった具合に核心のみを形にする職人のような凄みを感じる。この曲の歌詞にある言葉は、浮つく自分を俯瞰し、時に自嘲しながらも〈でもこんな僕にもちゃんと芽生えてくれた/この気持ちを認めてあげなくちゃね〉という気持ちでいる主人公が、あくまで自分自身に向けて紡いだもの。なかでも印象的なのはサビで、性別、年齢を筆頭に、恋を諦める理由になりそうな要因を列挙しつつ、それらのハードルを〈関係ないのが恋だろ/乗り越えられんのが恋だろ〉という力強い言葉で以って乗り越えていく様子が心に残る。そして彼が彼自身の人格を肯定することが、聴き手の背中を押すことにも繋がるというポップソングとして理想的な在り方。ラブソングであると同時に、エールソングであり、人間賛歌でもあるという懐の深い歌だ。


恋だろ / wacci


 コストパフォーマンスやタイムパフォーマンスの観点から“恋愛は面倒くさい”と考える人もいることから“恋愛離れ”という言葉が生まれたり、そもそも他者に対して恋愛感情を持たない指向の人がいるということが以前よりも広く知られるようになったりしている現代においては、“人はみんな恋をするから、いつの時代でもラブソングは歌われてきた”という考えはもはや古い。しかし、それでもラブソングが多くの人に聴かれ続けているのは、人にとって他者との社会形成とは逃れられない課題であり、自分と相手の両方がいて初めて成り立つ恋愛で発生する悩みや葛藤、愛情を歌った楽曲には、やはり普遍性があるからではないだろうか。恋をする人も、しない人も、ラブソングの深みにぜひ触れてみてほしい。(Text:蜂須賀ちなみ)

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