2026/03/03 19:00
シンガーソングライターの藤原さくらが、2月23日にキャリア初となる日本武道館公演【藤原さくら 10th Anniversary 武道館大音楽会】を開催した。
バンドマスターは、2月にリリースされたニューアルバム『uku』のプロデューサー、石若駿(Dr)。さらにマーティ・ホロベック(Ba)、井上銘(Gt)、閑喜弦介(Gt)、渡辺翔太(Key)、松井泉(Perc)、ermhoi(Cho)、Taikimen(Mp)と、藤原の近年の楽曲制作を支えるミュージシャンたちが集結した。
本公演は、藤原のデビュー10周年を祝う一夜。アルバム『uku』からはもちろん、この10年間でリリースしてきた楽曲を新旧織り交ぜたセットリストを、石若率いるバンドメンバーとともにリアレンジし“現在進行形の藤原さくら”を浮かび上がらせていく。さらにVJとしてVIDEOTAPEMUSICが参加。ステージ上に下ろされた紗幕に映像が投影され、照明演出とも調和しながら、音楽の世界観を立体的に演出していた。
なお、開場中から会場に流れていたのは、藤原が『uku』制作時に「よく聴いていた」という曲のプレイリスト。やがて開演時間になると、Raoul Zéqueira y Su Orquestaによる「ベサメ・ムーチョ」が徐々に波の音や鳥の声へと溶けていき、薄暗いステージにバンドメンバーが登場。会場には静かな拍手が広がる。『wood mood』ツアーのオープニングでは深い森の中に迷い込んだようなSEが印象的だったが、『uku』を「自分にとっての桃源郷のようなアルバムにしたい」と語っていた彼女らしく、この日は南の島の波打ち際でくつろいでいるようなムードがじわりと満ちていった。
最初に鳴らされたのは、『uku』収録曲の「My summer」。緩やかなイントロが奏でられるなか、藤原さくらがステージ左端からゆっくりと姿を見せる。飾り立てたドレスや派手な衣装ではなく、まるで普段着でふらっと現れたような佇まい。キャリア初の武道館ワンマン、デビュー10周年という節目でありながらも、飾らず、気取らず、気負わず――自然体でこの晴れ舞台に立つ彼女の心持ちが、そのまま表れているかのよう。中央に立ち一礼、緩やかなグルーヴに乗ってスモーキーでブルージーな歌声が揺蕩い、そこにermhoiのコーラスがやさしく重なりながら、バンド・アンサンブルへと溶け合っていった。
続く「Angel」は『uku』の冒頭を飾る楽曲。これまで関わってきた人たち――ファンやバンドメンバー、スタッフを自分の“天使”に喩え、ここまで運んできてくれたことへの感謝を示す。ラテンビートを強調したリズム、躍動感あふれるグルーヴ、トロピカルなアレンジは、深く内省するような『wood mood』から一転、深い森を抜けて“自分だけのパラダイス”に辿り着いた喜びを、静かに浮かび上がらせる。紗幕にはVIDEOTAPEMUSICによる花のコラージュ映像が流れ、色彩の揺らぎが音の躍動と呼応していた。
「Dance」のイントロで藤原は「皆さんこんばんは~! 藤原さくらです。元気でしたか?」と挨拶し、武道館は大きな歓声と拍手に包まれた。はねるモータウンビートに南国ムードのフレーズが散りばめられた無国籍な楽曲で、バックビートの効いたシャッフルに合わせてオーディエンスの身体も自然と揺れていく。そして、低音の魅力を強調しながら歌う藤原の佇まいには、どこかニーナ・シモンすら思わせる包容力と凄みがあった。
ハンドクラップに導かれるように、会場いっぱいに手拍子が鳴り響くなかで藤原がウクレレを手にしたのは「OK」。シンプルなコード進行を反復しながらじわじわと熱を上げていく、カントリータッチの賑やかな一曲だ。井上銘がバンジョーをかき鳴らし、祝祭感はさらに増幅していく。
続く「Walking on the clouds」で、時間は一気に10年前へと巻き戻る。藤原さくらのメジャーデビューミニアルバム『à la carte』に収録された爽快なミディアムナンバーが、弾むようなピアノのカッティングと歪んだギターのザクザクとした刻みに支えられ、力強く鳴らされた。これまでさまざまなアレンジで聴いてきた曲だが、新しい歌い方と声を身につけた“今”の藤原の魅力を、ここまで鮮やかに引き出す手腕はさすが。『wood mood』以降の音楽的パートナーである石若駿が率いるバンドならではの説得力があった。
エレピの柔らかい音色にトレモロギターが彩りを添えたのは、2020年のアルバム『SUPERMARKET』収録曲「生活」。VaVaと組み、ラップに挑戦した意欲作だが、話すように歌う心地よいフロウは、いまの藤原のボーカルスタイルにさらにしっくりくる。そんな彼女の声にermhoiがオクターブユニゾンでコーラスを重ね、声の輪郭を際立たせていたのも印象的だった。
ホロベックのベースソロに導かれたのは、1stアルバム『good morning』から「Give me a break」。藤原はアコギを奏でながら、ハスキーなウィスパーボイスを聴かせる。続く「Cigarette butts」では、柔らかなキックとアコギの響きが混じり合い、切なげなムードが会場に満ちていく。
ライブ中盤では、藤原がフロア中央に設置されたステージへ移動。アコギを抱えて椅子に座ると、観客との距離の近さに思わず「めっちゃ近い!」と声を上げ、客席から笑いが起きる。
「武道館で今までいろんなコンサートを観てきました。ポール・マッカートニーを見たときは一番端っこの奥のほう、見切れ席に座ってみたんですけど、そんな大好きなアーティストたちが残していったパワーを吸収しながら頑張りたいと思います」と話して会場を和ませ、「10年いろんなことがありました。デビューしたての頃に歌った歌を、遠いところまでたどり着いたなという気持ちで歌います」と挨拶した。
そして披露された「500マイル」はアメリカの伝統的なフォークソングであり、2016年放送のフジテレビ系月9ドラマ『ラヴソング』で、藤原扮するヒロインの佐野さくらが歌唱した劇中歌だ。故郷を離れ列車で旅立つ哀愁を描いたこの歌を、彼女は優河とのプロジェクトJane Jadeのライブでも取り上げるなど、10年間ずっと大切に歌ってきた。ギターをつまびきながら、まるでつぶやくように、心のうちを明かすように歌う姿にあらためて胸を打たれる。
続いて石若駿が呼び込まれ、『wood mood』収録曲「sunshine」を披露。藤原が自身の姪に向けて愛を綴ったこの曲で、石若はピアノとドラムを同時に演奏しながら、アコギをかき鳴らし歌う藤原を支える。互いの目を見て、呼吸を合わせる、そのやりとりの一つひとつが、深い信頼関係と強い絆を感じさせた。
さらに藤原と石若はフロア中央のステージに残ったまま、再びメインステージへ戻ったバンドメンバーを迎え入れ「Ellie」へ。藤原が18歳の頃に作った初期曲で、メジャーコードとマイナーコードを行き来する曲調が、甘さと翳りを同時に運んでくる。藤原がフェイヴァリットに挙げるポール・マッカートニー『Ram』の世界観を受け継いだような、瑞々しい名曲だ。
藤原と石若もメインステージへ戻り、「daybreak」へ。ピアノの音色が導くなか、バックスクリーンには『wood mood』のアートワークをモチーフにした藤原の顔が映し出される。彼女を囲むボタニカルの茎や葉は次第に伸び、スクリーンを飛び出して武道館の天井に届かんばかりの勢いで広がっていく。
ミニマルな電子音とメロトロン風の音色に導かれて始まったのは「my dear boy」。『wood mood』の冒頭を飾り、深い森の奥へと分け入っていくような、静かだがドラマティックな大曲だ。VIDEOTAPEMUSICが映し出すのは、深海とも宇宙空間とも森の奥とも、あるいは藤原の心象風景ともとれるような神秘的かつ幻想的な映像。一方、スピリチュアルでジャジー、どこかフォークロアの匂いも漂うアレンジは、二人のパーカッショニストを迎えたことでさらに躍動する。
ここから再び、懐かしい曲が顔を出す。ドラマ『学校のカイダン』挿入歌としても知られる「Just One Girl」は、トリッキーなコード進行を持ちながら、それを感じさせないほど自然に耳へ馴染むメロディが魅力。光の粒が舞う幻想的な映像は武道館の天井を超えるかのように大きく広がり、観客はまるで宇宙へ放り出されたような感覚に包まれていった。
映画『3月のライオン』後編の主題歌としても知られるのが、スピッツの名曲「春の歌」のカヴァー。オーディエンスのハンドクラップが広がり、軽やかなシャッフル、ソフトロック風のアレンジが会場をやさしく弾ませる。さらに「Soup」を、最新バージョンのアレンジで投下。ジャジーでソウルフル、ピアノを基調としたグルーヴィーなミディアムテンポのなか、バックスクリーンには藤原の10年間を振り返る映像が映し出される。
躍動感あふれるリズムが心地よい、ファンキーな「Super good」を経て本編ラストを飾ったのは、1stアルバム『good morning』収録曲の「『かわいい』」。切なく狂おしいメロディを、カントリーフォークの手触りで鳴らし切り、最後にメンバー全員を紹介すると武道館は盛大な拍手に包まれた。
鳴り止まぬアンコールに応え、まず届けられたのは「mother」。母への思いを起点に、壮大な愛の曲へと発展していったこの曲は、彼女の音楽性のターニングポイントとも言える名曲だ。薄いパープルの照明に包まれながら奏でられたアレンジは、コーラス系のエフェクトをまとったギターにシンセサウンド、打ち込みの質感も混ぜ込んだドラムが溶け合い、どこかコクトー・ツインズをも彷彿させるドリームポップの陶酔を立ち上げていく。
そして最後に披露されたのが、彼女が敬愛してやまないニーナ・シモンの「I Wish I Knew How It Would Feel To Be Free」。『wood mood』にも収録されたこのカヴァーは、より祝祭感に満ちたアレンジで鳴らされ、公演は晴れやかな余韻の中で幕を閉じた。
「精神的な薄着になって、みんなの前に立ちたい」
そう語った藤原が、「今、晴れやかな気持ちでみんなの前に立てることがすごく嬉しいです」と率直な心境を明かした場面も印象深い。10年間の活動の中で、ドラマやミュージカル出演などさまざまな経験を重ね、それぞれのターニングポイントで出会ってきたファンやスタッフ、ミュージシャンたち。彼女が“天使”と呼ぶ、そんな存在への感謝が凝縮された、まさに“大音楽会”というタイトルにふさわしい一夜だった。
Text:黒田隆憲
Photo:廣田達也、上飯坂 一、Kana Tarumi
◎公演情報
【藤原さくら 10th Anniversary 武道館大音楽会】
2026年2月23日(月・祝)
東京・日本武道館
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