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桑原あい インタビュー



 スティーヴ・ガッド(Dr)、ウィル・リー(B)という名プレイヤーを迎えた新作を携え、このトリオでのステージを6月21日(水)ビルボードライブ大阪で行う桑原あい。2012年の鮮烈デビュー以降、気鋭ピアニストとして輝かしいキャリアを邁進するなか、実は3rdアルバム完成直後からスランプに陥っていたという。1年半にも及ぶ長いトンネルを抜け出すきっかけとなったのが、2015年『モントルー・ジャズフェスティバル』で出会った巨匠クインシー・ジョーンズからの「君の音楽はジャズだから、そのまま進みなさい」との言葉だった。そして、2013年『東京JAZZ』での初対面から「いつか一緒にやろう」というスティーヴの誘いにも臆していた彼女が「今なら出来る気がする」と敬愛する2人の胸に飛び込み実現した本作。クインシーの背中を“歌った”「The Back」などオリジナル5曲にカバー4曲が並ぶ、「すべては必然だった」この重要作からライブについてまで、真摯に語ってくれた。

ナチュラルになれるようにやってきたことが全部繋がった

―タイトル『Somehow,Someday,Somewhere』にはどういう思いが?

桑原あい:アルバムに収録もされている(1957年初演のブロードウェイ・ミュージカル)『ウエスト・サイド・ストーリー』の楽曲『Somewhere』の歌詞の最後の一節なんですが、世界の中で、私は今どこにいて、何をして、どういう風に生きてるのかっていうのを2人の先輩(作者のレナード・バースタイン/スティーヴン・ソンドハイム)を鏡に、見つめたかったんです。私はこの曲が世界で一番好きで、だからこそ今までできなくて。でもスティーヴとウィルとならやりたいと。曲はもちろん、歌詞が本当にすごくて、グサッとくるメッセージを持ってるんですよね。私自身にピッタリ来るし、今の私の課題でもあって。この一節をどうしても使いたかったんです。

―憧れの2人とのトリオは幸せな反面、覚悟が必要だったのでは?

桑原あい:そうなんです。もうすごく緊張して、アメリカに着いてからずっと吐いてたくらい(笑)。でも2人が“リラックスして良いんだよ。あいのリーダー作だし、あいは素晴らしいから”って、そういう空気を作ってくださったんです。コンフォータブルな状態じゃないと本当に良い音やナチュラルで真っ直ぐな音が出て来ない、大事な音が聴こえてこないからって言葉でも言ってくれていたし、それは2人の音を聴けばわかるので。例えば、ブレイクする時でも、普通はアイコンタクトで“止まるよ”ってやるんですけど、そんなのをしなくても一斉に止まれたんです。ビックリして、耳で分かるってこういうことだなと。空間を聴くというか、目とか使わなくても通じ合える時ってあるんだって。スランプ中に、それまでの自分を追い込んで作る音楽がエゴだってことに気づいて、そんなエゴを捨てて凝り固まった自分を削ぎ落すというか、ナチュラルになれるようにやってきたことが全部ここで繋がった感じでした。

―スランプだったという2014年頃は、ちょうど3枚目を作って周りからの評価とともに「桑原あい」というアーティストが確立された時期だったと思いますが。

桑原あい:その録音が終わった直後ですね、糸が切れたかのように曲が書けなくなっちゃって。もう書いても、書いても、ダメで、自分が出すものすべてがイヤでした。“ここまでかな、私”って思った時もありましたね。(3枚目までは)レコーディングも楽しいというよりいつも張り詰めた状態で。その緊張状態でこそ高尚なものが生まれるというか、人間がリラックスしてない時にカッコイイと思える音楽みたいなのを目指してたんですよね、どこかで。でも、それは違うんじゃないかって。音楽ってもっと日常にあるべきだってことにスランプのタイミングで気づいてしまって。“私には絶対何かが欠けてるんだ”って思って、それを探しているうちに停滞しちゃったっていう。

―オリジナル曲への思い入れも強かった?

桑原あい:そうですね。作曲法もすごいこだわっていて。人とか外の世界を一切遮断して、自分の脳内だけで沸き上がって来るものだけで作るんだって。そういうことをしていたので、すり減るだけなんですよね、体力も脳も。そうすることで良いものが出来ると当時は信じていたし、ただ、そういう時にしか書けなかったものが書けただろうと今では思いますね。でも、やっぱり糸が切れたように……(笑)。だから今回のアルバムは公園だったり、自転車に乗っている時だったり、書こうと思わなくても、出てきたものを信じて書いてあげるっていうか。リラックスしているナチュラルな自分から発せられるものを言葉にするみたいな感覚で曲を書いていたので、レコーディングもすっごい楽しくて。ちゃんと音楽を楽しいと思えたし、演奏自体にも集中できました。

―それが音源にも現れていて、シンプルで優しくも研澄まされている感じで。

桑原あい:今まではどれだけ弾くか、音をどれだけ使うかみたいなところもあったんですが、今回はシンプルに、歌っていうのをすごく意識しました。歌をどれだけピアノで表現できるかって。音楽ってやっぱり歌なんだろうなって、すごく思ったし、そこはこれまでと全然違う部分だと思います。

―個人的にはオリジナル曲の「All life will end someday, only the sea will remain」が好きで、スリリングな演奏に、年齢やキャリアを超え、正三角形を見るように3人の対等な関係が伝わってきます。

桑原あい:私も気に入っていて、ウィルとのスキャットもあって……。この曲、初日に録ったんです。1日目の3曲目、ラストに。これをやって、“あっ、大丈夫だ”って思いました。

―続くビル・エヴァンスの「B Minor Waltz」のピアノには色気を感じました。新たな一面だなと。

桑原あい:それはプレイヤーとしてすごく嬉しい。この曲もすごく好きで、自殺してしまった妻への曲で……ビル・エヴァンスって悲しいとかカチッとしたイメージを持つ人も多いかと思うんですが、私はどうしても彼の涙みたいに音が聴こえるんですよ。そこは真似できないところであり、好きな部分だったりもして。そのこぼれ落ちる美しさみたいなものを私というフィルターを通したらどうなるかなって。ビル・エヴァンスはラヴェルを物凄く尊敬してたんですよね。ラヴェルの和声法って独特なんですが、ビル・エヴァンスの曲をあえてラヴェルみたいな和声法に変換してみたらどうなるかなと思って。いざやってみると不思議な世界になって、それが私の中でしっくりきたんです、私が弾く「B Minor Waltz」として。

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自分の原点はピアノ・トリオで、ちゃんと極めたい

−−これまでのアルバムはすべてトリオで出されていますが、トリオであることにこだわりが?

桑原あい:あります。例えば、オーケストラとかビッグバンドみたいな大編成なら、音がいっぱいあって色んな音が鳴らせるし、大きい音楽になるのは当たり前で、それはそれで好きなんです。でも聴こえてない時の音っていうんですかね、見えない時に見える音みたいな。イメージを与えられなくても想像出来る瞬間ってあるじゃないですか。その聴こえないけど、聴こえるものを音楽の一部とした時に、一番大きい音になり得るのがトリオだと思うんですよね。ソロピアノも自分だけで弾けるし、自分の世界が出せるんですけど、ジャズ(の醍醐味)をアンサンブルと考えた時に3人というのは最強な気がするんです。だから、そこを突き詰めたい。将来的にオーケストラと一緒に「ラプソディ・イン・ブルー」を弾きたいとか、もちろんありますが、自分の原点はピアノ・トリオで、ちゃんと極めたいっていうのがありますね。

−−そのピアノ・トリオを極めるにあたって、今後やりたいことはありますか?

桑原あい:もし今後アルバムを作るなら、(一枚に)色んな人との色んなトリオを収録したいです。

−−メンバーが変わると音の出し方も変わりますか?

桑原あい:変わりますね、人間がやるものなので。音楽=人なので、会話のテンポでも違うじゃないですか、人によって。その人のすべてを受け入れて音を出そうとすればする程、全然違ってきますね。逆に変わらないっていう方が違うと思います。それだと化学反応は絶対起こり得ないし、自分の殻に閉じこもっているだけだと。私はどんどん自分が変わっていくのを面白がれるようになりたいと思いますね。

−−それは今回のアルバムを作ったことが大きかった?

桑原あい:間違いなく、それはあります。

−−そんな本作の生披露が本当楽しみですが、ご自身にとってライブとは?

桑原あい:ライブに来てくださるお客さんの、お金もそうだけど、時間とか、その人の寿命の一部をもらってるわけですよね。そう思うと、色んな命が集まってる場所なのかなとも。その一部をちゃん楽しませなきゃって思いもあるし、私自身も楽しいんだけど、ただ楽しいというだけじゃ収まらなくて、やっぱり怖い時もいっぱいあって。ピアノは物凄く正直な楽器なので、私の心も全部映ってしまうような、弾くには毎回、勇気がいるんです。“ピアノ=私”という音を鳴らしたいと思えば思う程。そんな風に色々考えてしまうんですが、結局演奏する時はもう自分の持ってるものを全部ボンっと出すしかないので、ライブは全力で生きる場所なんだと思います。

−−あいさんの演奏している姿は何か映像が見えている感じがするのですが……。

桑原あい:何か降って来るというか、聴こえ来てるものを弾いてる感じなんです。頭で考えた音じゃなくて。それを聴こうとすると“何か見えてる?”(笑)って顔になるんだと思います。特に一緒にプレイするメンバーが委ねられる人だと、そういう感覚になりますね。その中に自分がダイブすれば良いだけなんで。だから、今回のビルボードライブでは完全にダイブできる状態になるので、自分がどこまでいけるか楽しみです。

−−そのステージに向けたメッセージを。

桑原あい:スティーヴとウィルと演るのは、もう一生に一度かなって思うぐらいの機会。ただでさえ音楽は、特にジャズはその瞬間でしかないものなのに、こんな人達と一瞬一瞬を作れるっていうのは物凄く大きな出来事だし、それをぜひ生で目撃して欲しいなって。聴いてくださる方々の気持ちに寄り添える部分が絶対あると思うんです。

−−夏にはソロピアノ・ツアーも決まっていますが、昨年初めてソロピアノ・ツアーを行われたんですね。

桑原あい:ピアノと向き合いたかったっていうのが大きいかな。ピアノへの意識を変えたかったっていうのもあるし、ツアーをやることで変わったこともあって。そのツアーが終わった後にピアノをより好きになったとも言えるので、ピアノともっと友達になるためにはさらにツアーをした方がいいなって。(内容は)基本的にセットリストは決めないんです。“これ弾きたいから弾きます”って、自分だけで作れるのがトリオとの違いですね。




Ai Kuwabara with Steve Gadd & Will Lee「Somehow, Someday, Somewhere」

Somehow, Someday, Somewhere

2017/02/08 RELEASE
QECT-2 ¥ 2,750(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.Somehow It’s Been a Rough Day
  2. 02.Home
  3. 03.Somewhere
  4. 04.Never Neverland
  5. 05.All life will end someday, only the sea will remain
  6. 06.B Minor Waltz
  7. 07.Extremely Loud But Incredibly Far
  8. 08.The Times They Are a-Changin’
  9. 09.The Back

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