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<コラム>大切なものはずっとここに…オリヴィア・ディーンが奏でるさまざまな愛のカタチ



コラム

Text: セメントTHING
Photo: Lola Mansell

 昨年の【サマソニ】で初来日し、日本でも話題を呼んだ英イーストロンドン出身の新鋭シンガーソングライター、オリヴィア・ディーン。2019年のデビュー以来、その人気を着実に伸ばしてきた彼女がいま、驚くべき飛躍をみせている。

 そのきっかけが2ndアルバム『ジ・アート・オブ・ラヴィング』だ。今年9月26日にリリースされた今作は、翌週10月3日付全英アルバムチャートで初登場1位を記録。さらに同時期シングルチャートでも収録曲「マン・アイ・ニード」が1位を獲得し、全英チャートをシングル/アルバムともに制覇するという、女性ソロ歌手としては実にアデル以来となる偉業を達成した。


 そしてその勢いは母国のみにとどまることなく、世界中へと広がっている。『ジ・アート・オブ・ラヴィング』はオランダやオーストラリアなど7か国で1位を記録。アメリカでは「マン・アイ・ニード」が12月16日時点で “Billboard Hot 100”に15週チャートインし(最高4位)、なんと【第68回グラミー賞】の〈最優秀新人賞〉にまでノミネートされた。いまや彼女はイギリスを代表する、世界的スターになったといえるだろう。


 そんなオリヴィアの音楽性を特徴づけているのが、クラシックなソウルやR&Bへの愛だ。アレサ・フランクリンやザ・スプリームスへの敬愛を隠さない彼女の楽曲は、どれもメロウでスウィート、レトロな魅力に満ちた仕上がりになっている。

 けれどオリヴィアは単純に往年のソウルのムードを再現することだけにこだわっているわけではない。そのアレンジやリズムは、現代のヒップホップやポップスを通過した以後のものだ。古典に軸足をおきつつ、幅広い影響元から好きな要素をのびのびと取り入れる。そのこだわりすぎない自然なあり方が、配信時代のリスナーの感性にも響く耳馴染みのよさに繋がっているのだろう。


 そしてオリヴィアの等身大の自分を大切にする姿勢は、その歌詞からも強く感じられる。フェミニストである母親の薫陶を受けて育った彼女は、これまでも自身の感情や視点を大胆に表現してきた。最新作『ジ・アート・オブ・ラヴィング』では、そこからさらにもう一歩踏み込み、自身の内面をより深く掘り下げている。

 今作の重要なテーマが、タイトルにもなっている「愛」だ。それは恋人同士の愛だけではなく、他者や世界、そして自分自身に対するものも含めた複合的な感情である。そんな彼女の考える「愛」の内実を解きほぐしていくのが、アルバムの実質的なオープナーである「ナイス・トゥ・イーチ・アザー」だ。「私はいわゆる“彼氏”が欲しいわけじゃない」けれど、「お互い優しくすることはできるかも」しれない。世間一般の「恋愛」の形はしっくりこないし、失敗の可能性には身がすくむこともあるけれど、それでもただ優しくあることができればいい。完璧にラベル付けする必要なんてない。他人の声に惑わされず、自分らしい「愛」のあり方を誠実に求める。それこそが彼女の考える「愛の技法」なのだ。


 続く「レディ・レディ」では、オリヴィアの「愛」は変わり続ける自分自身やそれを取り巻く世界へと向けられる。さまざまな経験のなかで、思いがけない変化を何度も経験する、20代後半という時期。彼女はそんな人生の大きな流れに女性的な神性を見出して「Lady」と呼びかけ、ゆったりとしたソウルのリズムに乗せながら、そのすべてを受け入れ生き続けることを祝福する。


 このようにして『ジ・アート・オブ・ラヴィング』は、ある女性の切実な自己探求の過程を、「愛」というテーマを軸に鮮烈に表現している。愛がもたらす高揚感(「マン・アイ・ニード」)、失望(「レット・アローン・ザ・ワン・ユー・ラヴ」)、痛み(「ラウド」)、そしてそこからの回復(「ベイビー・ステップス」)。そんな旅路を締めくくる最終曲「アイヴ・シーン・イット」では、いろんなことを経験したあとも、愛は失われることはなく、いつも自分のなかにあった……という美しい着地点が、繊細な歌唱を通して描かれる。この誠実で、どこまでもパーソナルなアルバムを聴き終えたリスナーは、まるで彼女の心の奥底に一瞬触れたかのような感覚になるだろう。


 そしておそらく、このリスナーとの間に感情的な「親密さ」を作り上げる力こそが、オリヴィアのアーティストとしての一番の強みなのだ。生活のなかでさらりと聴き流せる洗練されたポップさがありつつも、歌詞や歌唱には胸を突く生々しさが残っていて、ふいにその言葉がリスナーの気持ちへ入り込んでくる。他者の存在を実感しづらいSNS全盛期にあって、混じり気のないリアルな感情を、聴く人へとまっすぐ伝える力をもったアーティスト。それこそが、オリヴィア・ディーンなのだ。

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