Billboard JAPAN


Special

楽園おんがく Vol.23: SUBMARINE インタビュー

楽園おんがく Vol.23

 旅と音楽をこよなく愛する、沖縄在住ライター 栗本 斉による連載企画。第23回は、何度も聴き返してしまう中毒性を持つ、日渡正朗と新城賢一による異色グループ=SUBMARINEのインタビューをお届け!


 沖縄出身では、屈指の異色グループといってもいいかもしれない。SUBMARINEは、いわゆるヒップホップの2人組である。しかし、US直系のB-BOY的な雰囲気は一切無いし、かといって属に文学系なんて言われているシリアスなイメージも薄い。吸血鬼から宇宙、エロネタまでが交錯した寓話的な世界を繰り広げ、誰にも似ていない独自のスタイルを作り上げている。それらが、シンセを基調にしたエレクトロな響きからアコースティックまで、ヒップホップの枠を軽く超越したサウンドでコーティングされているのだ。

 おもにMCとリリックを手がける日渡正朗と、ソングライターでありトラックメイカーの新城賢一のコンビによるSUBMARINE。2004年にアルバム『SUBTITLE』で世に出たが、続くミニ・アルバム『MARINE STADIUM』の後は沈黙。そしてようやく、8年10ヶ月ぶり通算3作目のアルバム『島唄』が届けられた。プロデュースには□□□(クチロロ)の三浦康嗣が全面参加し、アレンジやヴォーカルなど多くの楽曲に手を加えている。日渡のラップ&ヴォーカルと新城によるトラックを基本としているが、三浦同様に□□□のベーシストである村田シゲやANIMAのヴォーカリストでもあるシンガー・ソングライターの小島ケイタニーラブをはじめ、ユニークなゲスト陣を迎えている。おまけに『島唄』と名付けているにもかかわらず、沖縄らしさは微塵も感じられないのも謎である。

  つかみどころのない音楽性でありながら、なぜか何度も聴き返してしまう中毒性の持つSUBMARINE。彼らの音楽の秘密に迫りつつも、やはりつかみどころのないインタビューをお楽しみいただききたい。

ロック・バンドをやってたんですけど向いてないなあと思って、
ラップをやってみようと

??お二人とも同い年なんですか。

新城賢一:1979年生まれで、那覇市の高校の同級生なんですよ。

??聴き始めた音楽は共通しているんですか。例えば沖縄民謡とか。

日渡正朗:民謡はないですね(笑)。最初に買ったレコードは、バブルガム・ブラザーズのシングル盤なんですけど、テレビの「平成教育委員会」のエンディングテーマ(1992年発表の「DA SCHOOL RAP」)です。今思えばラップだったんですよ。それが最初ですね。だからといって、それでラップにハマったわけではないんですけど(笑)。

??バンドをやったりはしてないんですか。

日渡:中学の頃にみんなバンドをやるじゃないですか。定番のユニコーンとかブルー・ハーツとかああいうのは全然通ってないんです。聴いていたのはいわゆるビジュアル系ですね。BUCK-TICKとかX JAPANとか。

??意外なところですね。新城さんの最初の音楽体験は。

新城:パッと思い当たるのは、映画『風の谷のナウシカ』の主題歌ですね。細野晴臣さん作曲で、安田成美さんが歌っていたんですけど、小学校3年生くらいかな。あの曲が大好きで。その後は、B'zとかCHAGE & ASKAとか普通のJ-POPですね。

日渡:たしかにチャゲアスは僕も聴いていましたね。

新城:それで、中学生の時にクリス・クロスという二人組のラップ・グループがいて、たしか同い年くらいだったんですよ。それで共感して、少しずつヒップホップを聴き始めたんです。

??楽器もやってたんですか。

新城:そうですね。中学生からギターも弾き始めました。高校では日渡と一緒にバンドを始めたりして。

??高校では同じクラスだったんですか。

新城:いや違うんです。でも彼はオシャレで目立ってたんですよ。髪を赤く染めたりしていて。かっこいいやつがいるなあと思って。

日渡:その頃僕はハンドボール部だったんです。沖縄ってハンドボールが盛んなんですよ。

新城:それで「友達になりたいなあ」と思って、僕もハンドボール部に入りまして(笑)。友達になってバンドを始めたんです。

??その時のバンドはどういうものなんですか。

日渡:ニルヴァーナとかのコピーですね。

??いきなりグランジに飛ぶんですね(笑)。結構ヘヴィな感じですか。

新城:うん、でもメタル方向には行かなかったですね。そんなにハードではなかったかも。

??そのバンドはいつ頃まで続いたんですか。

日渡:高校3年くらいまでですかね。高校って掛け持ちするじゃないですか。だからいろんなバンドやりましたよ。

??高校生活の後はどういう音楽遍歴が。

新城:高校卒業後は、僕は音楽を作りたいと思ってました。ロック・バンドをやってたんですけど向いてないなあと思って、ラップをやってみようと。

??自分でトラックも作り始めたんですか。

新城:そうですね。別の友達とやり始めたんですけど、少し経ってから日渡にも「一緒にやろうよ」って声かけて。

日渡:僕も教えてもらいながらですけど。彼の家はMTVが観れたので、うらやましかったんですよ(笑)。それで家に行っていろいろと聞いているうちに、「ラップはこれから聴けばいい」とかアドバイスもらって。ウータン・クランとか。

??最初は何人編成だったんですか。

新城:最初は4人かな。DJという観念もなかったので、シンセを持ち込んで、ラッパーは3人という感じです。

??ビースティ・ボーイズみたいですね。音楽的な目標はあったんですか。

新城:当時はDJ YASが好きだったんですけど、「SUBMARINE」って曲があって、PVもかわいらしいんですよ。でも少し不気味な感じもあって。そんなイメージでやっていけたらいいなと思ってましたね。そこからSUBMARINEという名前ももらったんですよ。

NEXT PAGE
  1. < Prev
  2. 「お前の曲には泥臭さがない」ってディスられまして(笑)
  3. Next >
「お前の曲には泥臭さがない」ってディスられまして(笑)

??SUBMARINEとして活動が始まったのはいつからですか。

新城:1999年だから、20歳頃ですね。

??ということは大学生ですね。

日渡:そうですね。大学は別々だったんですけど、音楽は一緒にやってました。

??SUBMARINEとしてのライヴはすでに行っていたんですか。

新城:やってましたね。同じラッパーと一緒にやったり、ロック・バンドと対バンしたりいろいろですけど。

??その頃とスタイルは違いますか。

日渡:全然違いますね。

新城:もうちょっとワルな感じでしたね。他の二人のメンバーがワル系が好きだったので、もっとやんちゃなイメージというか。

??SUBMARINEとしての音楽性がはっきり見えてきたのはいつ頃ですか。

新城:明確にあるんですが、それがいつ頃かはちょっと覚えてないです。でも、他のヒップホップの人たちと話したりしているうちに、「お前の曲には泥臭さがない」ってディスられまして(笑)。というのも、普通はサンプリングとかMPCとか使うと思うんですけど、自分たちはシンセの軽い音色で作ってたんです。言いたいことはわかるんですけど(笑)。ちょっと悩んだんですが、逆ギレみたいな感じでいちばん安っぽい音だけで作ってみたんです。それがなんかツボにはまって。あ、これでいこうって。そしたら、そこそこ評判がよかったり悪かったり(笑)。

??でも、それが個性として形になった訳ですね。ラップのパートにも変化はあったんですか。

日渡:他の2人は悪そうなヒップホップが好きだったんですけど、俺らはケンカが強いわけでもスラムで育ったわけでもないから、なんか違和感があって。だから、ショボい音であえてやってみたら結構良くて。ほかにこういう軽い音でやってる人もいないし。

??リリックの内容はどんな感じだったんですか。

日渡:もう今思うとかなり恥ずかしい内容ですよ(笑)。

新城:リリックもこうしたいっていうのが特になかったんですよ。逆に、「これは言いたくない」っていうのはすごく強くて。「俺が、俺が!」とか地元レペゼンとかは禁止にしていました。やってる人たちを否定するつもりはないんですけど。

??自分たちのカラーではないということですね。

新城:そう、それで作っているうちにストーリー仕立てになったりして。自慢話みたいなのを禁止ワードにしてたので、そうすると自分のことじゃなくてもよくなるじゃないですか。そうすると、テーマを決めていろんなことができるんですよ。「この曲はこういうイメージかな」とか考えながら曲を書くと、自然とストーリー仕立てになるんですよ。歌モノの歌詞と違って、ラップって言葉が多いじゃないですか。そうすると自分のことだけじゃ間が持たないんです。

??参考にした文学とか映画とか、そういうものはあるんですか。

新城:特にはないんですけど、ア・トライブ・コールド・クエストとかスチャダラパーとか、そういう人たちは参考にしたかもしれない。そこになりたい訳ではないけど、憧れはあったし影響を受けていました。

日渡:でも、日本のラップってほとんど聴いていないんですよ。ブッダ・ブランドとか全然通ってなくて。スチャダラパーくらいですかね。

??最初のアルバム『SUBTITLE』は、2004年ですよね。ここに至るまでは。

新城:MCの2人が抜けて2人組で活動し始めたんですけど、他のロック・バンドなんかと一緒にコンピレーション・アルバムを作ったんですよ。それがそこそこ評判良くて。それで、CD作るのっていいなって思って。ちょうどその頃、沖縄にライヴで来ていた□□□(クチロロ)の三浦(康嗣)さんに友達がCDを渡していたらしく、「めっちゃいいって言ってたよ」って聞いて嬉しかったんです。それで、「リミックスとか欲しいね」って思った時に、「□□□はヒップホップに詳しいらしいっ」て聞いて(笑)。おそるおそる一曲だけお願いしてみたら、全部やってくれるってことになったんです。

??じゃあ、それまでは□□□とは交流もなかったんですか。

新城:名前も友達から聞いた程度で(笑)。

??レコーディングは沖縄でやったんですか。

新城:そうですね。自宅でやってたんで、あまりにも音が悪くて。それで、ちゃんとミックスしたほうがいいだろうってことになって、エンジニアを紹介してもらったりとかして、ようやく形にしました。

??最初のアルバムの反応はどうでしたか。

新城:若気の至りで「もっと売れるだろ!」なんて思ってたんですけど、今考えるとあのやり方でよく売れたなと。タワーレコード那覇店の当時の店長さんが気に入ってくれたこともあって、セールス的にはそこそこ形になりました。

??当時の沖縄のシーンってどんな雰囲気でしたか。

新城:ヒップホップはほとんどウータン・クランみたいなワル系でしたね。

日渡:あとはロック・バンドだけどMCがいるようなミクスチャーとか、本格的に英語を使ったバイリンガル・ラッパーとか。

??じゃあ、SUBMARINEは浮いてそうですね(笑)。

新城:かなり浮いてましたね(笑)。でもライヴはいろんな人たちとやってましたよ。

??2006年にはミニ・アルバム『MARINE STADIUM』を発表していますが、この頃はどういう活動をしていたんですか。

新城:地道にライヴをやってました。

??東京に出てきたきっかけはなんだったんですか。

新城:実は、SUBMARINEを解散して、個人的に東京に行こうと思っていたんですよ。音楽をやるとかじゃなくて、元カノと県外で一緒に住もうと思っただけで(笑)。そういう話をしたら、日渡が「解散したくない」って言ったんで、一緒に東京へ(笑)。それが2010年ですね。

??東京では、定期的にライヴをやっていたんですか。

新城:誘われたらやるっていうくらいですね。

NEXT PAGE
  1. < Prev
  2. 妖怪ネタとかハンバーグの歌とか、
    沖縄では全然ウケなかったんですよ(笑)
  3. Next >
妖怪ネタとかハンバーグの歌とか、
沖縄では全然ウケなかったんですよ(笑)

??新作『島唄』までかなり時間が経ってるんですが、その間は曲を書きためたりしていたんですか。

新城:実は『MARINE STADIUM』を作った時に、アルバム分くらいの曲はできていたんですよ。リリース先もほぼ決まっていたんですけど、それが急にできなくなってモチベーションも下がって。東京に来てもそんなに上がらずに。でも、本当にたまたまなんですが、□□□の三浦さんの家が近所で、よく飲むようになったんです。そしたら、「この曲はちゃんとした方がいいよ」とかいって、勝手にミックスしていたりとか(笑)。

??三浦さんのSUBMARINEに対する思い入れが伝わる話ですね。

新城:そうですね。本当に感謝しています。それで、そうこうしているうちにアルバムの話が進んでいったんです。

??具体的にリリースの話が浮上したのはいつ頃ですか。

新城:これまた三浦さんがHEADZ(『島唄』のリリース元)とつながっていたので、勝手に話が進んでいって(笑)。でも締め切りがないと動かないからってことで、設定して。それが2年半前(笑)。

??ずいぶんかかりましたね(笑)。曲は揃ってはいたんですか。

新城:そうですね。東京に行く前にはすでにありましたから。

??じゃあ、アルバムの形も見えていたんですね。コンセプトはどういうものだったんですか。

新城:過去の作品が、あまりにも子どもっぽくて。妖怪ネタとかハンバーグの歌とか、沖縄では全然ウケなかったんですよ(笑)。俺らもそれで自信が無くなって、それで大人っぽいオシャレなアルバムを作ろうと思っていたんです。でも、そういうのは「他のアーティストでもいいだろう」って話になって、それからドラキュラの曲を付け足したりとかして今の形になりました。

??レコーディングの手順は。

新城:トラックは自宅での作業です。歌録りもですね。あと、三浦さんの家は大きな声で歌ってもいいので。いや、ほんとはダメらしいんですけど(笑)、そこでやったりとか。

??せっかくなので一曲ずつコメントをもらいたいんですけど。「VAMPIRE EMPIRE」は、さっき言ってたドラキュラの歌ですね。なんでまたこういう曲が生まれたんでしょうか。

新城:オシャレで年相応の内容でまとめようと思ってたんですけど、東京だと意外にこういうのを歌ってる方が評価されたりしたんですよ。それを鵜呑みにして作りました(笑)

??こういうちょっと非現実な世界は、どこから出てくるんですか。

新城:僕らは基本的に曲先行なので、作っているうちに「これはちょっと怪しいから、ドラキュラっぽいな」とか、そんな感じです。

日渡:もともとは「ビジュアル系っぽい世界をラップにしたらどうなるんだろう」ってことで始めたら、ドラキュラっぽいのができたんです。

??そこで、ビジュアル系に戻るんですね(笑)。

日渡:前からやってみたいなとは思ってたんですけどね(笑)。

??シンセの音が印象的なんですけど、三浦さんが関わっているのはどのへんなんですか。

新城:基本的にほとんど自分たちなんですが、最後のほうでドラマチックになってから入ってくるシンセは三浦さんが入れてくれました。

??最後の曲の「新世界」も非現実的というか物語性が強いんですが、そういう楽曲を最初と最後に持ってきたというのは、やはり意味があるんですか。

新城:実は「新世界」は一曲目にしようと思っていたんですよ。でも最後に持ってきた方が尻すぼみ感を出さなくていいんじゃないかなと思って。

??なるほど。最初と最後のインパクトが強いので、ちゃんと締まりのあるアルバムになってますね。

新城:そういってもらえると嬉しいです。

??2曲目にいきなり「Skit」という形で小ネタが入っていますよね。こういうのを入れた意図はなんですか。

日渡:ヒップホップのアルバムって、よく語りが入っていたりするじゃないですか。そういうのやってみたくて(笑)。

新城:なんかブレまくりですね(笑)。あとは、ラーメンズがCD出してて、コントのようなものにハマっていた時期があったんですよ。でも、自分たちでやっても全然面白くなくて、友達に頼んだんです。

??TARO THE DARKというクレジットが入っていますね。

新城:NHKの「おかあさんといっしょ」とか幅広く脚本を作ってて、お笑いにも詳しいふじきみつ彦さんという人と、夙川アトムというお笑い芸人もやってた俳優がいるんですけど、その二人がTARO THE DARKというコンビで活動していたんです。その二人にお願いしました。

??この「4分前」は、いきなり「何語だよ?」っていう訳わからなさが面白いですね、他にも「手を上げてください」と「不在票」というネタが入っていますけど、僕らの世代だとスネークマンショーを思い出します。

新城:そうそう、そういうイメージもあります。シュールなネタで。「Skit」に関しては、みんなで集まって「こういう感じでいこう」って話をして決めて、あとは任せています。

NEXT PAGE
  1. < Prev
  2. 過激だけど音自体はコミカルじゃないですか
    でもなんだか不気味というか
  3. Next >
過激だけど音自体はコミカルじゃないですか
でもなんだか不気味というか

Midnight Tour Guide
▲ 「Midnight Tour Guide」

??「Midnight Tour Guide」はとてもポップですね。シングル・カットされてラジオから流れていても違和感ないというか。そういうポップさは意識しているんですか。

新城:とくにそういうのはないんですけど。これは僕が失恋して立ち直りかけた頃に、「じゃあ、曲にしてやろう」と思って書いたんです。できてみたらサビは歌メロにした方がいいなと思ってこうなりました。でも歌詞ありきかもしれないです。

??日常の気怠い感じが良く出ていますね。ヴォーカルに参加しているのは名児耶ゆりさん。

新城:三浦さんつながりの女優さんです。小劇場の世界では売れっ子です。

??この曲以外でもいくつかあるんですけど、三浦さんの他に村田シゲさんのベースなど他のミュージシャンも参加しているじゃないですか。そういうのは希望があったんですか。

新城:このあたりは三浦さんが手をかけていますね。より生っぽくするために差し替えもされて、かなり変わりました。

??ということは、ポップな印象は三浦さんの力が大きいということですか。

新城:それはありますね。

??かと思えば、「Electrical Parade」は真逆の実験的で過激なイメージですね。ビープ音を使ったりとか。こういうのはよくやるんですか。

新城:こういうのが、もともとSUBMARINEでやりたかったテイストなのかもしれないですね。過激だけど音自体はコミカルじゃないですか。でもなんだか不気味というか。

??歌詞がお祭りっぽいですけど。

日渡:明るくはしようと思ったんですけど、不穏で不気味なパレードにしたかったんですよ。

??異色に感じるんですけど、実はこれが原点なんですね。

新城:そんな気がしますね。

??変わって「道」は強烈ですね。

新城:沖縄に住んでいた時に、極端にスポ根的な曲を作った一曲です。『MARINE STADIUM』の頃に、もうひとりメンバーにDJが入っていたんです。それが、ヴォーカルを取っている香川宗一なんですけど。これ、最初は合唱にしようと思ってたんですけど、彼がひとりで歌うとめちゃくちゃ面白くて、それをそのまま採用しました。本人はすごくいやがっていましたけど(笑)

??さすがに一瞬、耳を疑いました(笑)。

新城:本人は真面目に歌ってるんですよ(笑)。

??「導かれし者たち」は、これまたすごいですね。超大作でありながら、前半と後半のギャップが強烈だし、小島ケイタニーラブさんや夙川アトムさんなどいろんな人が参加していますし。これはどういう成り立ちでできたんですか。

新城:三浦さんの家がいろんな人のたまり場なんですよ。それで、飲みながら曲を作るかってことになって始めたんですけど、どんどん変な方向に行っちゃって(笑)。最初の方は僕が作ったんですけど、実はエッチなところからは三浦さんが歌詞を書いているんです(笑)。

??内容がヤバいですよね(笑)。公共の電波には乗せられないレベルです。

新城:だから歌詞は掲載していないんですよ。

??こういうのってライヴでもやるんですか。

日渡:やりますよ。お母さんの前でもやりましたし(笑)。

??お母さんは何か言ってましたか。

日渡:特に何も触れず(笑)。

新城:もったいないっていう意見が多いですよね。「曲はいいのに歌詞は…」って(笑)。もともとはお遊びで作ってたんで、SUBMARINEとして出すつもりも無かったんですよ。でも、「アルバムに入れたら」っていう話になってしまって。

??「Angel」はファンキーなリズムやオルガンっぽい音が印象的です。

新城:これは古き良きアメリカのサウンドというイメージです。

??ヴィンテージ感がありますね。そういう古いソウルとかも聞くんですか。

新城:ソウルとかは好きですね。作る曲にはあまり影響しないですけど。影響されてるとかいったら怒られそうだし(笑)

??「Midnight Tour Guide」はアコースティック・ヴァージョンになってますけど、これを入れたことの意味は。

新城:この曲は三浦さんと「こういうアレンジにしたらいいんじゃないか」って話をしていたんですよ。それで、「じゃあ、酒を買いに行ってきます」って言って出かけて、買って帰ってきたらもうできてたっていう(笑)。

??歌は三浦さんですか。

新城:そうなんです。僕らは一切演奏していないんですよ(笑)。

??なんだかSUBMARINEではなく、三浦さんのアルバムに思えてきました(笑)。次の「Pussy Cat」は個人的にとても気に入ったんですけど。オールドスクールな感じですね。

新城:ナイトクルージングというかドライブミュージックみたいなイメージですね。これは年相応の内容にしたかった大人なイメージですね。

??いわゆるクラブの風景ですが、実体験ですか。

日渡:いや、全部想像の世界です(笑)。こういう経験はゼロではないですけど、若い頃は(笑)。

??コーラスの今村洋一さんはどういう人なんですか。

新城:いわゆる舞台の俳優さんですね。

??そういう純粋なミュージシャン以外の人が結構参加していますが、それが珍しいですね。そして、「ウォーキングマン」は語尾をコーラスで合わせるのが面白いんですが、こういうアイデアはどこから得たんですか。

新城:これは『MARINE STADIUM』の頃に作ったんでずいぶん前なんですよ。だからあまり覚えてないです。

NEXT PAGE
  1. < Prev
  2. アイデア一発も大事だけど、そのアイデアを聞いてもらえる
    クオリティに持って行くのが大事なんですよ
  3. Next >
アイデア一発も大事だけど、そのアイデアを聞いてもらえる
クオリティに持って行くのが大事なんですよ

??この曲だけでなく、何曲か新城さんが詞曲両方書かれてますけど、お二人の役割分担とか棲み分けってどうしているんですか。

日渡:彼が最初に曲を書いて、コンセプトやイメージを伝えてくれるんですよ。それをもとに僕が詞を書くんですけど、上手く咀嚼できなかったりすると、結局彼が書いたりします。「怠けてすいません!」って感じで(笑)。この曲ももともとラップ部分もあったんですけど、長かったので「省いて歌だけにした方がいいんじゃないか」って。

??「Beauty×Beauty」はとてもキャッチーな曲ですね。

新城:『MARINE STADIUM』の1曲目に「COSMETIC」というもとになった曲があるんですけど、それも飲んでたら三浦さんが勝手にアレンジしてて(笑)。「ああ、面白いですね」ってことで採用になりました。

KIDS
▲ 「KIDS」

??「KIDS」はこの流れでは、珍しく溌剌とした印象がありますね。ライヴ受けしそうというか。

新城:たしかにライヴでは評判いいですね。作った時にBPM早くした方がいいかなって思ってこうしただけなんですけど。

??「深海魚」も3拍子で、ちょっと異色のイメージです。歌詞はまたエロですが(笑)。

新城:これはサンプリングを結構使って作ってます。サビはシンセで弾いているんですけど、後は全部サンプリングです。ベースは生音ですけど。これも大人なSUBMARINEをアピールする曲です。

??「Dreamin'」は羊を数えるだけなんですけど、なぜこの曲が入っているのか謎です(笑)。

新城:たしかになんでこんな曲作ったんだろうって、僕らも思ってますけど(笑)。

??「道」を歌っている香川さんがしゃべりを担当していますが、彼の立ち位置がよくわかりますね(笑)。

新城:かなり重要です(笑)。

??このアルバムは8年ぶりということなんですが、出来上がってみてどういう感想を持っていますか。

日渡:当然ですけど、これまででは一番いい作品だし自信作ですね。時間がかかったっていうのもあるんですけど、やっと出たという気持ちもあるし。あとは、三浦さんのおかげで曲が良くなったっていう満足感もあります。

??たしかに三浦さんの力は大きいんでしょうけど、元の音源を作っているのはお二人ですから、自信を持っていいと思いますよ。

新城:今までに比べるとクオリティがぐっと上がってるんじゃないかなと思います。三浦さんも言ってたんですけど、アイデア一発も大事だけど、そのアイデアを聞いてもらえるクオリティに持って行くのが大事なんですよ。今回は聴いてもらえるレベルになったかな、というのがありますね。

??あとずっと気になってるのは『島唄』というアルバム・タイトルなんですが、これはかなり冒険ですよね(笑)。

新城:賛否両論ありましたけどね。マスタリングしている時に思いついたんですけど、最初は『沖縄』がいいんじゃないかなって半分ネタでいったんですよ。それが発展して『島唄』にしようってなって。けっして揶揄しているとかはないんですけどね(笑)。

??日頃、沖縄出身だってことを意識しますか。

新城:別に毎日意識するようなことはないですけど、例えば友達に紹介される時って、必ず「沖縄出身の」って言われるんですよね。千葉県とか徳島県の人だとそう言わないじゃないですか。そういう意味ではキャッチーですよね。いやが上にもアイデンティティが強くなりましたね。

日渡:顔の濃さなんかは沖縄出身ならではですから。そういわれることが多いですね。

??実際に音楽に沖縄は影響していますか。

新城:民謡とかは聴き込んでいるほどではないですけど、結構好きなんですよ。いろんなジャンルと同じように民謡もあったので、ゼロではないと思いますね。

??今後の目標は。

新城:今回、いろんな人が手伝ってくれたんで、きちんとお返しできるくらい売れたいなとは思っています。

日渡:親がそろそろ沖縄に帰ってこいって言ってるんですよ(笑)。年齢的にも音楽やってる場合かっていう。だからきっちりと結果を出したいですね。

新城:うちは親が自営業なので、親父の収入を超えられるようになれば、ずっと続けていられるなと(笑)。金の話ばかりだけど(笑)。

??音楽的には何かないんですか(笑)。

新城:このアルバムは、ほとんど昔の曲なんですよ。だから最近の感性で新しく作りたいなっていうのはありますね。

??じゃあ新曲はたまってるんですか。

新城:いや、そんなでもないんですけど。

日渡:昔の曲が少し残ってるくらいですね。

??沖縄に帰って音楽をやろうとは考えないんですか。

新城:遅かれ早かれ、沖縄には帰ろうとは思っています。もちろん音楽は続けますよ。

??最後に、“楽園おんがく”と聞いて、お二人はどういう音楽を思い浮かべますか。

新城:ジョイスを思い浮かべました。ブラジル音楽も結構好きなんですよ。音の成り立ちが心地よくて、跳ねている感じがしますよね。

日渡:僕は、、、あまり思い浮かばないです。

??まさかビジュアル系で止まっているわけではないですよね(笑)。

日渡:原点はBUCK-TICKですから(笑)。

??そういえばBUCK-TICKに「楽園」って曲がありましたね。

日渡:あ、そうですね。じゃあ、それで(笑)。

SUBMARINE「島唄」

島唄

2015/02/11 RELEASE
HEADZ-198 ¥ 2,530(税込)

詳細・購入はこちら

関連キーワード

TAG

関連商品