Billboard JAPAN


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2020/09/28

クラシック音楽界の概念を超えた大型オンラインフェスのレポート到着 アーティストによるライブ&真鍋大度、オノ セイゲン、藤倉大らが”未来を語った”1日

 2020年9月22日に東京・半蔵門のTOKYO FMホールにて、オンラインフェス【BLUOOM X SEP 2020】が開催された。

 およそ8時間、2会場同時配信となったこの一大イベントはクラシック音楽国内最大手のマネジメントKAJIMOTOがオーガナイズしたもので、総勢30名近くのアーティストによるライブと、音楽シーンの仕掛け人たちによる5つのトークセッション、出演アーティストによる裏トーク配信などが実施された。

 新型コロナウイルスの影響で、クラシック音楽界も大きな打撃を受けた2020年。3月1日に先陣を切って6時間にわたる生番組を配信した同社が、約半年ぶりに実施するオンラインイベントとあって、”こんな時だからこそ、敢えて未来を語ろう”という明確なコンセプトと個性的なラインナップが光っていた。

<注目の次世代アーティストを一挙目撃>

 フェスティバル前半、有料配信(BLUE STAGE)では「New Generations」というテーマで、20台前半を中心とした新進気鋭の次世代アーティストが出演。

 オープニングトークの後、最初に登場したのは、大学1年生にして群を抜いた実力をもつ外村理紗と、ピアニスト小林愛実による初めてのコンビで「グリーグ : ヴァイオリン・ソナタ 第3番」を披露。外村の艶やかな音色と、初共演とは思えぬ精度の高いアンサンブルで、アクセル全開のスタートを飾った。外村の青いスカーフと小林の青いパンツが見事に映像に映え、クラシックアーティストの新世代が魅せるビジュアル感覚を表したステージだった。

 次に登場した亀井聖矢はベートーヴェンイヤーに合わせて「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第21番《ワルトシュタイン》」を熱演。その集中力はカメラ越しにもビシビシ伝わってくる迫力だった。続いてはすでに国内外のオーケストラとも共演し活躍する、高木凛々子が鮮やかなワンピース姿で登場。雰囲気を一気に明るくし、アザラシヴィリのノクターンなどの演奏ではその優しい音色で会場を暖かく包み込んだ。フルーティスト瀧本実里は、飛ぶ鳥を落とす勢いで国内コンクールを総なめにしているが、緻密に構築された完璧なパフォーマンスが印象的。伴奏の成田有花とお揃いのブルーの衣装が爽やかな印象を与えた。

 世界的な活躍を見せる小林愛実のソロステージ。外村との共演とはうってかわり、ブラックのスタイリッシュな衣装に身を包んで、ショパンのノクターンと、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ 第8番「悲愴」を演奏。2年前、このオンラインフェスのルーツでもあり、同会場で開催された「BLUOOM」にも出演していたが、この2年間だけでも驚くべきほど演奏に磨きがかかっており、そのポテンシャルの高さには舌を巻くばかりだった。彼女のピアニズムは聴くものを引き寄せる不思議な魅力を兼ね備えているが、今回は映像の美しさと合わさって見事なまでにそれが伝えられていた。

 前半戦も終盤に差し掛かり、注目のヴァイオリニスト、荒井里桜が「フバイ : カルメンによる華麗な幻想曲」などを丁寧かつ大胆に演奏。荒井のような次世代スターの存在を垣間見る瞬間が随所にあるのはこのフェスならでは楽しみだ。

最後はピアニスト、角野隼斗のステージ。角野は”かてぃん”名義でYouTuberとしても活躍しているが、今回のステージも角野ワールド全開と言える世界観だった。既存の楽曲を独自に展開、インプロヴァイズし、さらに超絶技巧を加えるという荒技で、作曲家へのリスペクトを持ちつつも、クラシック音楽が一種の伝統芸能だけではなく、現代に生きる音楽としてアプローチされる新しい感覚を覚える。終了後のインタビューでの会話でも語っていたが、そういった信念が貫かれたパフォーマンスだった。

<裏トーク配信でアーティストのオフステージを楽しむ>

 一方、YouTubeでの無料配信(GREEN STUDIO)では、同時進行でクラシカルDJのAoi Mizinoが進行を務める「裏トーク配信」が行われていた。いわゆる紅白歌合戦の副音声、のような感覚だろうか、さっきまで有料配信(BLUE STAGE)で熱演を繰り広げていたアーティストがその直後、ここに登場する。

 緊張感漂うパフォーマンス時とは異なる、オフステージの表情が楽しめる時間。最近ではSNSが普及したことで見えてくるようになったアーティストの人柄も、クラシック音楽の場合はMCがないことが基本なので、こう言った試みは未だ新鮮だ。同世代のAoi Mizunoの進行ということもあり、話しが弾み、時間内に収まらないハプニングも。

 BLUE STAGEの模様がワイプで中継されているなど、同時にイベントとしてのリアルタイム性を感じさせるもので、家にいながらもワクワクさせられるものだった。

<音楽シーン最前線のキーマンが登場したトークセッション>

 中盤戦は各会場でトークセッションが繰り広げられた。

 まずはGREEN STUDIOで、「DSDとインターネットの現在、そして未来」と題した、オノ セイゲン (録音エンジニア/アーティスト)、大石耕史 (株式会社コルグ 執行役員/技術開発部 部長)、杉田元一 (ソニーミュージック/プロデューサー)の3名によるセッションが行われた。コロナ禍でコンサートホールでの観賞が不可能になったことで、音楽提供サイドは、インターネットなどを通して、音楽を届けることになったが、それは肝心の「音質」の重要性について改めて考えさせられる出来事になった。
トークでは様々な規格の違いから、その歴史、DSDの可能性、コルグによるハイレゾ・オーディオに対応する動画配信システム「Live Extreme」の紹介など多岐にわたった。Google ChromeやSafariといった通常のブラウザで再生可能な高音質ライブストリーミングは決して遠い未来の技術ではない…そんな期待と、それを実装する音楽提供サイドの感覚を磨くことの重要性も改めて認識させられるセッションだった。

 BLUE STAGEでは、アーティスト/プログラマー/DJの真鍋大度と音楽ジャーナリスト柴那典によるセッション「ライブエンタテイメントの現在、そして未来」が行われた。

 2020年2月26日といえば、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う大規模イベントの開催自粛要請がされた日だが、まさにその日にツアーの千秋楽を迎えるはずのPerfumeの東京ドーム公演が開演直前に中止になったことは当時、エンタメ業界に大きなインパクトを与えた。演出の技術サポートを手がける真鍋もまさにその一員として現場に立ち会っていたが、前日9月21日に開催されたオンラインフェス『”P.O.P. ” Festival(Perufme Online Present Festival)』はまさにその日に無念の思いを、オンラインで開花させたものだったそう。

 トークでは2018年に実施されたdocomoによる5G実験にて、Perfumeが東京/ロンドン/NYに分かれて行った遠隔パフォーマンスの生配信事例や、リモートパフォーマンスにおける可能性や今までの実験、リアルタイム性を表現するための試み、次のフェーズに向けたマスクを活用したエンタテイメントデバイスの開発等々、斬新な切り口が紹介され、コロナ時代におけるライブエンタテイメントの可能性を真鍋ならではの視点で語られた。

 続けて同じBLUE STAGEで行われたセッション「音楽体験の現在、そして未来」は、ロンドンから作曲家の藤倉大がリモートで参加。DSD~のセッションに登壇していたオノ セイゲン、ソニーミュージックの杉田元一も参加し、作曲家・武満徹の娘でもあるKAJIMOTOの武満真樹がモデレーターを務めた。

 藤倉は以前からリモートで演奏者とやりとりをする作曲手法をとっており、生活としては「コロナ前と殆ど変わらない(むしろ旅行が減って作曲に集中できる)」とのことだったが、ロックダウンの中でも精力的に作曲活動を展開し「Longing from afar」を発表。この楽曲はテレワークでの演奏を前提として書かれているため、レイテンシーの問題は起きず、さらにどんな楽器でも演奏できるオープンスコアという形式をとった作品だ。トークでは録音に対する考え方についても触れられ、コロナ禍で、アーティスト自身が撮影録音する際の”音、録音物に対する興味”の問題も改めて浮き彫りになった。ロンドンとのリモートで行われたセッションだったが、殆ど距離感を感じない配信映像であった。

 前半のライブセッションでトリを努めた角野隼斗、Billboard JAPANの高嶋直子、音楽ジャーナリストの柴那典が参加したのは「アーティストの現在、そして未来~デジタル時代におけるアーティスト活動の変容~」だ。アーティスト活動を軸に、特にここ数年で大きく変わったヒットチャートの推移からみえる、音楽産業全体の動向や、新型コロナウイルスによって変わった2020年上半期、そしてクラシックのピアニストでありながらYouTuberでもある角野の活動について掘り下げた。コロナ前からの動きであったCD売り上げの衰退とストリーミングの台頭が一気に加速し、クラシックにおいてもインターネットでの活動が急速に広まる中で、角野の考える文化的なルーツの違いや、数字をもとに解像度を上げて展開されたセッションは、音楽関係者やアーティストにとっても非常に有意義なものになったに違いない。

 トークセッションの最後は「オーケストラとコンサートホールの現在、そして未来」。東京交響楽団・事務局長の辻敏、 亀田総合病院の集中治療科部長、林淑朗、リモート出演で東京芸術劇場の中村よしきが登壇。まずは林から、今回クラシック音楽界における感染症対策に関わるに至った経緯を説明。今年に入り「どうしても専門家のアドバイスが必要」であるはずの根拠をもった感染症対策が実践されていないことを危惧した林は、感染症対策の専門医たちが医療現場の最前線にいる状況下で、自身も音楽ファンであることから公演開催に向けてできることを考えた。3月に「サー・アンドラーシュ・シフ公演」の開催を決定したKAJIMOTOとともに最大限のリスク低減を目指した感染対策を実践したことがきっかけとなった。その対策は追い風となり同月に開催された東京交響楽団公演などでも反映されたが、その後緊急事態宣言が発令。活動再開に向かう中で、ヨーロッパで発表されたクラシック音楽におけるガイドラインが日本でも普及してしまったが、その対策は国内において非現実的なもので、科学的なアプローチによって現実化にする必要があった。それが、日本クラシック音楽事業協会らで組織されるクラシック音楽公演運営推進協議会(文部科学省が推奨する業種別ガイドラインを作成)らによる研究実験にの実現と、今月発表された政府による定員制限の緩和に向けたアクションにも繋がった、と言う経緯だ。

 一方、東京交響楽団は3月にニコニコ生放送によってコンサートホールからの無観客ライブ配信をいち早く実施した他、未だ海外招聘が叶わない中で、音楽監督ジョナサン・ノットによるリモート指揮など、斬新な取り組みを続けている。ノットとのエピソードなどが披露される中、印象的だったのは、中村が今後長期的な影響に触れたことに続いて、辻が「我々がリタイアしたところで音楽が滅びることはないが、若い世代の業界関係者の方にはこんなことが起きたと言うことを忘れずに、なんかと文化の火を消さずにリレーをして乗り切って欲しい」とした言う言葉だった。

<エリック、中川、本田・・・最強プレイヤーが集うブラスの祭典>

 有料配信(BLUE STAGE)のライブセッション後半戦は「Super Brass Stars」と銘打った、ブラス界(ここでは金管楽器ではなく「吹奏楽」を意味している)のトップスターたちによる、夢の祭典だ。

 トップバッターは新日本フィルの客員首席奏者、オーボエの古部賢一とギタリスト鈴木大介によるデュオ。このコンビによるCD『カフェ1930』のレコーディングをはじめ、2人は旧知の中で、3月1日に行われたKAJIMOTOによる生配信番組では、息のあったトーク (古部は料理の腕前を披露!)を繰り広げていた。さすがのベテランによる余裕たっぷりのステージは、前半とは打って変わったある種の心地よさ、気持ちよさを感じられ、夕食時としても絶妙なタイミングでの配信だった。

 続いてはサクソフォン奏者の齊藤健太が、なんとベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第4番を披露。サックスという楽器自体に古典派の作品が残っていないためのアプローチとのことだが、息継ぎが必要な管楽器であるからして、難易度の高さは想像に難くない。しかしそんなことは微塵も感じられない軽やかな演奏に釘付けになった。NHK交響楽団の首席トランペット奏者、菊本和昭と長谷川智之、ピアニスト新居由佳梨によるトリオは、滅多に聴かれることのないトランペット2本を中心としたアンサンブル。しかもN響の首席奏者がオーケストラで以外で共演するという極めて貴重な機会だった。

 侍BRASSは、ポップス/ジャズと、クラシックの一流ミュージシャンによって結成されている金管9重奏 (ドラムセットも入れて10重奏となる)。オリジナル楽曲を中心に年に1回の東京公演を基本に活動しているが、全国の吹奏楽っ子憧れの存在であるにも関わらず、実は映像作品は殆ど存在しないため、満を持しての登場だ。今回参加しているアーティストの中で最も多い人数ということもあり、そのド迫力に圧倒された。エリック・ミヤシロのハイトーンも絶好調、エキストラで参加した若手ドラマー竹内大貴のプレイも見事で、いよいよ終盤に向けて一気にテンションも上がる。

 8時間にわたる大型配信の、ヘッドライナーを努めたのは、日本が誇るファーストコールミュージシャン、中川英二郎(トロンボーン)、本田雅人(サックス)、エリック・ミヤシロ(トランペット)の最強トリオ。ピアノもベースも一切なく完全に3名のみ、しかも殆どがデュオという、まず他に前例のないステージだ。
 
 「元々はジャムセッションのような形で、その場でのインプロビゼーションに任せようと思っていた」と中川。しかしエリックをはじめ、直前にセットリストが続々と思いつき、結果的にラインナップされた楽曲たちはいずれも超絶技巧の嵐。カメラワークもそれまでとは異なり徹底的な”ヨリ”で圧倒的なライブ感を伝えた。途中エリックと中川が奏でたバッハの「G線上のアリア」は、照明演出と見事にマッチし、心が浄化されるひとときだった。最後は3名のBirdlandで一気に盛り上がり、フェスティバルを締め括った。

<クラシック・オンラインフェスの金字塔>

 新型コロナウイルスの感染拡大によって企画された今回のオンラインフェスではあったが、クラシックやジャズのライブ配信ではなかなか出会うことの少ない、大胆かつ斬新なカメラワークから、目の前で演奏しているかのような高いクオリティの音響、独特の世界観を演出する照明、そしてライブとトークによって構成すると言うイベント全体の演出にいたるまで、”仕方なく”オンラインに移行したものではなく、例えコロナ禍ではなくても楽しめる、むしろ「映像配信だからこそ味わえる価値」を強く提示するフェスティバルとして、一つの金字塔となったことに違いない。

 アーカイブ配信は10月22日まで行われ、その間チケットの新規購入も可能なので、当日見逃した方や全部見切れていない人は、ぜひ体験して欲しい。


◎イベント情報
【BLUOOM X SEP 2020
organized by KAJIMOTO
#1 New Generations & Super Brass Stars】

【有料配信】アーカイブ配信中 [BLUE STAGE]
視聴可能期間 : 2020年9月22日(火・祝)13:30~10月22日(木)23:59
http://www.kajimotomusic.com/bluoomxsep/

【無料配信】アーカイブ配信中 [GREEN STUDIO]
https://youtu.be/6H0vkQ50Gic

【前夜祭配信】"The Night Before BXS"
https://youtu.be/XoJlj5YLRug

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