Billboard JAPAN


Special

<インタビュー>初日売上200円から日本最大級へ――カカオピッコマ・泉忠宏が語るデジタルマンガの未来【WITH BOOKS】

インタビューバナー

Interview & Text: 高嶋 直子
Photo: 辰巳 隆二


 ビルボードジャパンが2025年11月よりスタートした総合書籍チャート“Billboard JAPAN Book Charts”。本チャートは、紙の書籍(書店/EC)と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャートだ。

 本シリーズでは、アーティストや作家、書籍業界関係者にチャートへの期待を聞いていく。今回は、株式会社カカオピッコマの取締役COO・泉 忠宏氏に話を伺った。サービス開始初日の売上はわずか200円、許諾を得た出版社も2社のみ。そんなスタートから10年で、カカオピッコマは日本最大級の電子書店プラットフォームへと成長した。業界初となる「話単位の販売」と「待てば¥0」というビジネスモデルを武器に、ユーザーの課金転換やクリエイター育成に取り組み、出版社の懸念を実績で払拭してきた同社。コロナ禍を経た踊り場にある今、次の10年を見据えた戦略を聞いた。

初日売上200円、許諾2社からの出発

――ピッコマが誕生して、今年で10年を迎えます。立ち上げ当初の課題について、改めてお伺いできますか。

泉 忠宏:私が入社したのは2021年の4月ですが、その前から金 在龍社長とは面識があったので、ピッコマの立ち上げについては話を聞いていました。正直に申し上げると、当時ですでに100以上の電子書籍サービスが立ち上がっていたので、「勝算は難しいのでは」と感じた覚えがあります。ただ、社長が考えていたのは我々とは全く異なる次元の話でした。当時の日本では漫画は「巻単位」で売るのが業界の常識で、それ以外の発想は、ほぼありませんでした。ですが「話単位の販売」と「待てば¥0」という仕組みを考えたんです。

 話単位への分割自体が業界初の試みでした。出版社さんからいただくデータは巻単位ですから、そこから話ごとに分割する作業を我々の側で行わなければならない。当初はその作業もすべて手作業で、分割した内容を出版社さんに監修していただいて公開するというプロセスを一つひとつ丁寧に積み上げていきました。現在は自動化が進んで楽になりましたが、初期の地道さはすごかったですね。


――出版社からの反応はいかがでしたか。

:サービス開始時に許諾をいただけた出版社はわずか2社、日本文芸社さんと竹書房さんだけでした。作品数もごく僅かのスタートです。ちなみに初日の売上は200円で、おそらく社員が自分で買ったんじゃないかと言われているくらいです(笑)。


――「コンテンツを無償で提供すると価値が毀損される」という反発はなかったですか。

:我々が説得のためにお伝えしたのは「これは立ち読みに近い感覚で作品との出会いを作るものだ」ということです。無料で読める範囲があることで、より多くの方に作品に触れていただける。その結果として課金ポイントまで来てくださるお客様が生まれ、そこで得た収益をきちんと出版社さんにお返しできる——その実績をちょっとずつ見せていった結果、今では集英社さん、小学館さんといった大手出版社さんとも強固なパートナーシップを築けています。コンビニでの立ち読みが本離れを防いでいた側面があるように、「触れていただく機会」を作ることの重要性は今も変わらないと思っています。


――ユーザーが本格的に増えたきっかけは何でしたか。

:じわじわと右肩上がりではあったのですが、やはり2020年のコロナ禍が大きな転換点でした。巣ごもり需要で急激にユーザーが増える中、韓国発のウェブトゥーン『俺だけレベルアップな件』が、リリース当初はそれほど目立たなかったのに、この時期から月間売上が億単位に達するほど浸透していった。あれが一つの象徴的な出来事でした。この時期は作品数を増やすことに全社的に注力していて、韓国のカカオグループが持つ大規模スタジオから安定的に作品を仕入れられたことも大きかったですね。

 また、古い作品の発掘という意味でも実績が出てきました。『静かなるドン』のような、当時すでに新刊が出ていない作品を話単位に分割してお届けしたところ、大きな売上につながったんです。今でも新刊が出るタイミングやアニメ化のタイミングで旧作がまた動き出すという現象は繰り返し生まれています。



課金転換率を追い続ける独自戦略

――ユーザーを無料のまま離さず、課金へ転換させるためにどんな工夫をされていますか。

:我々が売上と並んで最も大事にしている指標が、RU(リードユーザー)数です。実際にどれだけの方がその作品を読んでいるかという数字ですね。世間的にはあまり話題に上がっていない作品でも、ピッコマ内でリードユーザーがしっかりついているものは伸びしろがある。そういった作品については出版社さんにデータを示しながら独自施策をご提案させていただくことがあります。「『待てば¥0』の範囲を少し広げて露出を増やしてみませんか」「新しく始めた『爆読み¥0』でこの作品を展開してみては」といった形です。紙ではあまり売れていなかった作品がデジタルで掘り起こされるきっかけになることも少なくありません。

 課金転換率についても細かく追っています。どの話数でユーザーが離脱しているか、その理由はどこにあるかを分析して、自社グループのスタジオが関わっている作品であれば、作り方そのものへのアドバイスをすることもあります。

 施策には大きく二種類あります。出版社さんから提案を受ける「共通施策」は、新刊発売やアニメ化・ドラマ化のタイミングに合わせて他のプラットフォームとも横並びで展開するキャンペーンです。一方でピッコマ独自の提案施策は、RUや課金転換率をもとに個々の作品に最適化した露出や無料範囲の設計を行うもので、ここが他プラットフォームとの差別化の核だと思っています。詳しい中身はノウハウになるのでなかなかお伝えしにくいのですが。

 2025年12月に始めた「爆読み¥0」も新しい試みの一つで、毎週月曜日に100枚の無料チケットを配布する仕組みです。「昔の週刊漫画を手に取る感覚を若い世代に届けたい」という発想から、あえて月曜日配布にしています。無料施策はクリエイターへの健全な還元と両立できる範囲で設計しており、コンテンツの価値を守るバランスを常に意識しています。


NEXT PAGE
  1. クリエイターへの還元と、つながりについて
  2. Next>

クリエイターへの還元と、つながりについて

――クリエイターへの還元という観点では、どのようなお考えをお持ちですか。

:我々は電子書籍プラットフォームですので、作家さんと直接契約を結ぶ立場にはほとんどありません。日本の出版社さんを経由した横読み漫画も、海外スタジオから仕入れるウェブトゥーンも、契約の主体は間に入る法人です。ですから作家さんへの最大の還元は、「売上を最大化して出版社さんに多く戻す」ことが基本ですが、ピッコマノベルズ大賞やくじ・ANIMEといった直接的なIP育成支援を通じて、クリエイターとの接点も広げてきています。

 プロモーションコストも相当な金額を自社負担で賄っています。無償でコインを配布するキャンペーンなどは出版社さんに費用負担をいただかずに行っているので、その分が出版社さんの売上のかさ上げにつながっている部分もある。具体的な金額は申し上げにくいですが、かなりの規模になります。我々が赤字になってしまうと出版社さんへの還元もできなくなりますので、収益構造のバランスは常に気にしています。


――クリエイターと直接つながる取り組みはされていますか。

:はい、一つの試みが2022年11月に始めた「ピッコマノベルズ大賞」です。ウェブトゥーン向けのジャンルやテーマを設定して小説を公募し、読者審査員の評価で大賞・佳作を決定して賞金をお渡しする。さらにその入賞作品のSMARTOON化も進めており、「原作ノベル→SMARTOON→コミカライズ」というかたちでIPを育てながら、作家さんとの直接の関係も築けてきています。

 またIPの育成という観点から、2025年12月に始めた「ピッコマくじ」も重要な取り組みです。作品に関連したグッズをくじ形式で販売するもので、制作コストは全額ピッコマ負担なので、作家さんにはリスクなしでアドオンの収益をお届けできます。2026年5月には短尺ANIMEの制作・配信も始めました。7月からは国内出版社さんからいただいている作品のくじも展開予定で、対象作品の幅が広がっていきます。いずれも「作品を傷つけずに、魅力を広げる」ことを大前提にしています。どういうグッズを作るかは読者の方の声も拾いながら判断しており、読者の方の熱量も非常に大事にしています。

 韓国の作家さんから「日本で出版するなら特定の出版社さんにお願いしたい」という要請を受けて、我々が橋渡しをする場面も生まれています。デジタルだけでなく、紙の本として作品を残したいという作家さんの願いを叶えることも、我々の役割の一つだと思っています。



電子と紙を横断するデータの可能性

――ビルボードでは昨年から電子・紙・図書館・SNSを合算した本の総合チャートを始めました。こうしたチャートが出版業界や御社のビジネスに貢献できると思われますか。

:データが客観的に可視化されること自体は、とてもいい方向性だと思っています。我々はデジタルのデータを常に細かく分析していますが、どうしてもリアル書店の売上データや紙の動向というのは持っていない。電子で読まれた作品が紙の購買にどう影響しているか、あるいはその逆の流れがあるのかといった分析は、今の我々だけではなかなかできないんですよね。そういう意味で、電子と紙と図書館を横断した分析が可能になることは、業界全体にとって意義があると思います。


――音楽業界でも、ストリーミングとフィジカルの売上を、ビルボードのチャートのデータ比較できるようになったことで、「デジタルとフィジカルは共存できる」という実証がされていきました。出版業界でも同じようなことが起きる可能性はあると思います。電子で話題になった作品が紙でも動いているといったことが可視化されれば、業界全体で次の一手を考えやすくなるはずです。また、チャートはユーザーにとっての新しい作品との出会いの場にもなり得ます。

:今すぐ直接的にデータをご提供するのはなかなか難しい面もあるのですが、こういった形でデータの可視化が進んでいく方向性は、業界全体にとって良いことだと思っています。ただ、実際に弊社としてどう関与できるかについては、チャートの整備状況や業界の動向を見ながら、慎重に検討していく段階です。


――次の10年に向けて、どんな課題と展望をお持ちですか。

:電子書籍市場全体が踊り場を迎えていますので、ここからどう成長させていくかは常に考えているところです。特に危機感を感じているのが若い世代の離れです。昨年、小学生・中学生・高校生を対象に調査をしたのですが、小学生のうちはまだ漫画を読んでいただけているのが、中学生でスマートフォンを持ち始めるとほぼ読まなくなってしまうという結果が出て、正直ショックを受けました。スマホがあるのに使うのはSNSや動画で、ショート動画に慣れた世代には縦スクロールすら「めんどくさい」と感じる方もいるようです。可処分時間の奪い合いという意味では業界全体の課題でもあって、答えはまだ出ていません。

 一人あたりの単価(ARPU)を上げることとユーザーを増やすことの両方が必要で、「ARPUだけ上がってユーザーが減れば、サービスとして持続的な成長は見込めない」という意識は常に持っています。くじ、ANIME、ノベルズ大賞といった取り組みはスーパーファン層の熱量を高めるためのものですが、入口を広げる施策も同時に考え続けなければいけない。

 変化の速い時代ですが、「作品ありきのサービスであること」、そして作品を傷つけないという軸だけは変えずにやっていきたいと思っています。この10年も激動でしたが、次の10年もきっと想像を超えた変化があると思いますので、そこにどう対応していくかが問われ続けるのだろうと思っています。


※「ピッコマ」「SMARTOON」「待てば¥0」「爆読み¥0」は、株式会社カカオピッコマ商標または登録商標です。

関連キーワード

TAG