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<インタビュー>擬態するメタ、ヨルシカ「あぶく」MV制作の想い/新しさを突き詰める理由

Text:沖さやこ
Photo:興梠真穂
映像制作ユニット・擬態するメタが手掛けたヨルシカの「あぶく」のミュージックビデオが、国内外で話題を集めている。2026年4月24日の公開とともに、日本のYou Tubeにて4月25日付デイリーチャートで1位を獲得。韓国、台湾でもチャートインした後、欧米に飛び火して4月29日にカナダで44位、4月30日にはアメリカで54位まで上昇した。
擬態するメタがヨルシカとタッグを組むのは、2024年7月に公開された「忘れてください」のMV以来2度目となる。トートロジー(同語反復)を題材に制作された「あぶく」に対して、擬態するメタが当てたのは、主人公が暗殺者に何度も殺されるという無限ループに陥りながらも密室からの脱出を目指す物語だ。試行錯誤を重ねながら脱出を試みる主人公の奮闘や、ラスサビでの大胆な演出に称賛も集まり、レイアウトなどの細かいディテールも視聴者の考察欲求を掻き立てている。
この話題作はどのような経緯から生まれたのか。擬態するメタのふたりによる「あぶく」MVの制作秘話からは、ヨルシカのアーティストとしての特異性、擬態するメタのMV制作の美学、現代を生きるクリエイターたちの苦悩と矜持が浮かび上がってきた。
*写真左からしまぐち ニケ、Bivi
――擬態するメタのおふたりが手掛けた「あぶく」のMVが国内外でヒットしています。この状況をどう捉えていますか?
しまぐち ニケ(アニメ作家/キャラクターデザイナー):もちろんすべての作品が全世界に観られることを目指して作っているとはいえ、まさかここまで広がるとは……というのが正直なところです。
Bivi(映像作家/コンポジッター):今までの作品の中では海外でウケそうな部類とは思っていたものの、想像以上でしたね。「あぶく」のMVに着手するにあたっては、“まだ見たことがないルックを作ろう”というテーマを掲げていたんです。
しまぐち:MVを作るうえでは常にアーティストさんの新しい切り口になれたらと思っていて、ファンだけが喜ぶものにしないように意識しています。アイデアはすべての人が共通して楽しめるものなので、「あぶく」のMVもアイデアが話題になることでファン以外の人にも楽曲が届いて、その人たちに「ヨルシカいいね」と思ってもらえるものを目指していました。
ヨルシカ - あぶく(OFFICIAL VIDEO)
――「あぶく」のMVは2026年の頭から企画に着手し、約4か月かけて制作したそうですね。
Bivi:4か月のうちの2か月間を、企画固めに使いました。ここまで時間が掛かった理由は、このふたりの意見がなかなか一致しなかったからなんですよね。
しまぐち:最初は自分の発案した企画を進めていたんです。ひとりの人に執着し続ける絵描きを主人公にしたダークサスペンスで、自分としては気に入っていたし、ヨルシカのn-bunaさんも了承してくださったのでその案を進めていたんですが、どうもBiviさんがそこに乗り切れていないな……というのはうすうす感じていて。
Bivi:しまぐちさんが好きそうなアイデアだなと思ったし、しまぐちさんにここまでの熱量があるなら乗っかってもいいのかなと思ったんですよね。それこそ前回の「忘れてください」のMVは、しまぐちさんのアイデアをそのまま採用したんです。
しまぐち:一人旅で運転中にふと、「忘れてください」のMVのほぼほぼ完成形の映像が思いついて、その瞬間に涙が出てきたんです。「これは絶対にいいMVになる!」と強く思ったので、ゴリ押ししちゃいました。
ヨルシカ - 忘れてください(OFFICIAL VIDEO)
Bivi:僕は掴み切れていないままだったけど、しまぐちさんのテンションに押し切られるかたちで撮影をして(笑)。でもそれを実際に編集して並べたときに「わ、めっちゃいい!」と言語化できてない領域にたどり着けたので、その後はわりとスムーズに進められたんです。でも「あぶく」では、どうしてもしまぐちさん主導のアイデアに気持ちを乗せられなかったんですよね。そうなると一緒にディレクションを進めていくのは難しくて。
しまぐち:ふたりで4時間くらい「本当にこの案で進めるのか?」と会議をしたり、ほかの人の意見を交えたりもして、もともと進めていた僕の案をバラすことにしたんです。
Bivi:その際にふたりが持ち寄ったアイデアが、しまぐちさんの“ループするストーリー”と、僕の“GIF動画”でした。このふたつを合わせて「短尺のループ」を基盤にした映像が作れそうだなと思って、完成形に至ります。思い返すと、最初の企画会議でも”脱出劇”というアイデアはあがっていたんです。
――そうだったんですね。制作でもループが起こっていただなんて。
Bivi:音からのインスピレーションで思い浮かんだアイデアで、感覚的には面白くなりそうだけど何かが足りないな……と感じていて、押し通せなくて。のちに“ループ”と“GIF動画”が合わさったことで、脱出劇のアイデアに抜け落ちていたのが“短いループ”だったんだと思いました。だからここを「あぶく」のMVのコアにしようと思いましたね。意見が違うふたりが好きなものを持ち寄って作ったアイデアで、お互いの出したものに対してお互いが好きだと思えたんです。そんなところも今回の作品が多くの人に届いた要因なのかなと思いました。
――「あぶく」のMVのYouTubeのコメント欄には、映像に対する様々な感想が書き込まれています。とりわけ男が画面外の視聴者を映像の中に引き込んで、視聴者が暗殺者の次なるターゲットにされてしまうという演出は、SNSや現代社会の風刺として捉える感想が多いです。そういった問題提起のニュアンスはどれほどあるのでしょう?
しまぐち:MVが飽和している時代に対して一石を投じたいという少しばかりの反骨精神めいたものは持っているとはいえ、MVの主役は何よりも楽曲だと思っているんです。だから楽曲の主張がMVの主張になるべきだし、MVに自分たちの主張を勝手に入れるのは良くないことだなと思っています。
Bivi:ラスサビで観ている人を引きずり込むオチも、「メタ的な要素を入れたらMVを観ている人にいたずらを仕掛けるみたいで面白いよね」という意味で取り入れたもので。だから風刺を目的にしたわけではないんですよね。
――公式コメントの「n-bunaさんから伺った“トートロジー(同語反復)”というテーマを映像表現に落とし込むことを起点に、“創作物と観察者”という構造を客観的に捉え、最終的にはそこを超えていく面白さを目指しました」という言葉そのままということですね。
しまぐち:そうですね。僕自身、社会に対する怒りはそれほど強くないタイプなんです。だから楽曲の主張をお借りして発信できる、擬態できるという意味で、MVは面白いなと思います。楽曲と一緒にn-bunaさんから「前回の『忘れてください』は光属性の擬態するメタで作ってくださったと思うので、『あぶく』では闇属性の擬態するメタを作ってください」という発注をいただいたので、それを元にBiviさんと僕でそれぞれアイデアを練って。その後直接n-bunaさんと打ち合わせをさせてもらいました。

――n-bunaさんから楽曲に関する解説などはありましたか?
しまぐち:断定的に「こういうことを歌っています」とは言われていないですね。n-bunaさんは生粋のアーティストで、曲に込めた思いや感覚のニュアンスを“作品”としての言葉で伝えてくださるんです。
Bivi:n-bunaさんの感覚がそのまま言葉になっているような感じなんですよね。その言葉を通して、言葉にしていない心の奥のn-bunaさんと会話をしているような感覚になるというか。だからn-bunaさんとの打ち合わせの後は、しまぐちさんと僕の解釈が分かれていることが多いです。
――ヨルシカの音楽に通ずるものがありますね。「あぶく」のアレンジもトートロジーという要素を各楽器のリフレインで表現していたりと、抽象性と具体性が境目なく入り組んでいるような。
しまぐち:右脳と左脳の切り替えのコントロールができることも、一貫性を持った活動も含めて、作家としてすごくかっこいいなと思います。最新アルバム『二人称』も、書き下ろしのタイアップ曲がたくさんあるのに、今もなおポリシーを捨てずにアルバムをしっかりと作品として成立させていることに本当に驚きました。
Bivi:「あぶく」もMVの依頼を受けて曲を聴いたときに、一聴して「めっちゃいい!絶対に受けたい!」と思ったんです。じつは最初、音の感じは好きだったけど歌詞の内容を掴みきれなくて。でもMVの制作中にふと「創作にモチベーションを保てなくなる瞬間があるけれど、やるしかないからどうにか自分の心に火をつけてくれるものを探す」という感覚のことを歌っているのかな?と思ったんです。そういうボディブローのような、何度も繰り返すことで伝わる歌詞がいいなと感動して。それに気づいてからさらに聴いていますね。だからヨルシカの曲は、自分の気づいていない魅力をまだまだたくさん秘めているんだろうなと思います。

――MV制作は曲のリズムと詞世界をどれくらい映像に取り込むかが重要ですが、擬態するメタのMVは振付師並みに音と歌詞を拾っていますよね。映像表現においてそれをやりすぎるとチープになりそうなところ、そのバランスを崩さずに絶妙な塩梅でまとめている。だからこそスタイリッシュでキャッチーな仕上がりになるのだろうなと感じています。
Bivi:そのバランスが保たれていると感じてもらったのは、たぶん、僕らがまずストーリーから作っているからだと思います。「あぶく」のMVで男が靴で画面を殴って割るシーンも、動きを音に合わせているけれど、「ここで画面を割りたいからそれに合わせたストーリーを作ろう」という発想ではないんですよね。創作物と観察者の境界を超えるという展開が物語の最後にあるから、「じゃあこの音に合わせてその壁を壊すシーンが入れられるな」という考え方なんです。
しまぐち:MVにおいて、楽曲と映像が乖離したら意味がないと思っているんです。だからストーリーという幹に、演出で枝葉をつけるという感覚。でも皆さんが考察してくださってるような、〈消える〉という歌詞で男が布団をかぶって姿を消すとか、〈満身創痍〉という歌詞でぐったりする姿を入れるとかは、あんまり考えてなかったんです。
Bivi:ほんとほんと。たまたまでした(笑)。
しまぐち:でも〈満身創痍〉という歌詞が出てくるのは、楽曲においても緊迫感のある間奏が明けた、ちょっと落ち着くタイミングなので、僕らが無意識のうちに曲に引っ張られて、必然的にそういうシーンになったんだろうなと思います。だから殺され方の案も完全に後出しです。全部大喜利ですね。
――いろんな殺され方、抵抗の仕方があるんだなあと感心してしまいました。そこがちょっと喜劇的でもあって。
Bivi:16画面で16通りの殺されるシーンを映し出しているところは、撮影現場での演者さんのアドリブもあります(笑)。
しまぐち:2番の電気を消して暗殺者の目をくらまして反撃するシーンは、撮影の数日前に急遽書き換えたものなんですよね。そういうひらめきも大事にしつつ作っていきました。
いつも以上にルックを突き詰めたのは、
世の中に対してのアンサーでもあった

――コメント欄には命を落とすとタイムループをする3Dアドベンチャーゲーム『Twelve Minutes』の影響を指摘する人も多いですが、そちらはいかがですか?
Bivi:不勉強だったんですが、ふたりともそのゲームを知らなかったんです。僕らはいろんなものを組み合わせて新しいものを作ることを信条としているので、既にあるものをそのままパロディのように引用することはしないです。だから『Twelve Minutes』を知っていたら、このMVは作っていないと思う。
しまぐち:擬態するメタにおいて、レファレンスだと思うぐらい近いものはレファレンスではないので、コメントで「これレファレンスかな?」と言われるものは違ったりすることが多いですね。
Bivi:MVを作るうえでは“その曲でなければ作れなかった映像”を大切にしたいので、映像をレファレンスしたらそのMVならではの必然性が薄まる気がして。だからあえて全然関係ないジャンルから引っ張ってくるようにしているし、そういうところからインスピレーションになりそうなものを見つけたときにテンションが上がるんですよね。
しまぐち:でも何がレファレンスになっているか、もう自分でもわからなくなっている節もあるかもしれません。それこそ一人称視点はFPSっぽいけれど、これはレファレンスの域を超えていると思う。ただ生きている中でいろんな経験をして、それらが勝手に自分の中でどんどん醸成されていって、勝手に組み合わさってアイデアとしてアウトプットされるというか。だから「あぶく」のMVを客観的に見てみると、昔Flashで観た脱出ゲームの影響が出ているんだろうなと思うし。だからもしかしたら『Twelve Minutes』の作者も、僕らと似たものを吸収しているのかもしれない。
Bivi:あくまで推測ではあるけれど、『Twelve Minutes』のレイアウトを観て「この作者もスタンリー・キューブリックの作品が好きなんじゃないかな?」と思ったりもしました。
――擬態するメタの制作する映像は、ただ観ているだけの人間も作品の一部になれる感覚を得られます。それも支持を集める理由のひとつなのではないでしょうか。
Bivi:没入体験をしてもらおうと意識したことはまったくなかったけれど、確かに没入させる映像が多いな……と、言われて思いました。自分たちがそういうものが好きだから自然と出てくるんだろうなと思います。
しまぐち:やはり僕らがやりたいテーマが“大衆的実験映像”なので、多くの人に届けることと新しい表現を両立させていきたいんですよね。それぞれの要素にファンがいるので、そのふたつを行き来できたら面白いなと思っているんです。「あぶく」のMVはBiviさんがストーリーを活かした素晴らしいルックを作ってくれたなと思っていて。
――確かに見事なコンポジットですよね。絵なのか、CGなのか、実写なのか、得体が知れない雰囲気にちょっとした不気味さがあって、なおさら引き込まれていく。
しまぐち:僕は完成形に至るまでに、何回か「もうこれくらいで充分じゃない?」と言ったんです。でもBiviさんがディテールの追求を諦めなかったから、あれだけのものができたと思います。
Bivi:コンポジッターとしてどうしても新しいルックを作りたいという気持ちが大きくて。背景をCG、身体は実写、顔とかは絵にしていて、それらを1画面として見せるためのコンポジット調整は、馴染みすぎてもダメだし、異物感がありすぎてもダメだなと思いながら何度も行いました。いろんなアイデアが生まれて、生成AIが台頭してきている今の時代において、新しいものを生み出すため、クリエイターとして生き残るためには、針の穴に糸を通すようなことをしっかりとやっていかなければいけないんだろうなと思うんです。いつも以上にルックを突き詰めたのは、世の中に対してのアンサーでもあったんですよね。
しまぐち:新しいものがどんどん生まれている時代に、過去の焼き増しのルックを作ることに何の意味があるんだろうかと思うんです。それは前向きな理由というよりは、ある種の強迫観念かもしれない。
Bivi:自分で創作をする意味を見失ったら終わりだと思っているんです。でもふとした瞬間に「俺が作る意味なんてないんじゃない?なら作る必要もないし、やめればいいんじゃない?」と気づきそうになるんです(笑)。でもそしたら自分の人生の意味がなくなっちゃう。だから気づかないふりをしながら、新しいルックを作りました(笑)。
しまぐち:Biviさんはメンタルがロックなんですよ(笑)。
Bivi:だから「あぶく」の歌詞に、痛いほどに共感したんですよね。〈もっと私に火をつけて〉って、めっちゃわかるな……って。
――クリエイターはもちろん、現代に生きる人々が「未来はどうなっていくんだろう」という危機感を抱えているのかもしれないですよね。だからこそ「あぶく」のMVの“閉塞感”や“堂々巡り”、“破壊”という題材を、多くの人が自分事として捉えられるのかもしれないなとお話を聞きながら思いました。
Bivi:そこを狙ったわけではないけれど、生み出すものには気づかないうちにその時代の空気が自然と反映されてくるんだろうなと思います。
しまぐち:その理論でいくと、回り回って『Twelve Minutes』もレファレンスなのかもしれない(笑)。SNSにおいて映像は目立つから注目されやすいけれど、最終的に長く残るのは楽曲だと思うんです。だから映像で引き寄せられた人が、そのアーティストさんの他の曲を聴いてもらえたら、映像作家冥利に尽きますね。
――おふたりが楽曲や創作に真摯に向き合っていることを痛感するお話でした。コスパタイパをどう良くするかが重要視されがちの今の時代、新しいものはインスタントには生まれないのかもしれません。
Bivi:納品前の3、4日間、ほぼほぼ徹夜だったんです。全部終わってゴミ袋を見たら、エナジードリンクの空き缶が山盛りで(笑)。でもこれがいいものを作る代償だよな……と思ったけどずっとこんな身を削った生活を続けるのは難しいし、世の中には1日8時間労働でとんでもないクオリティの作品を作る作家さんがいらっしゃるのも事実で。だからこそ、クリエイターに「擬態するメタのこのルートいいな」「こういうことができるならクリエイターは死なないな」と思われるような道を、早く見つけたいですね。
しまぐち:確かに。仲間を増やしたいですね。MV制作はお題に答えていくような面白さがあるので、本当に楽しいんです。それと並行してMVと違うものを作ることにも興味が向いていて、映像の分野から外れたこともしてみようかなという話もしています。今後もいろいろ悩みながら、新しいものを生み出せるように力を注いでいきたいですね。

























