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<対談>『ヒットの復権』出版記念――柴那典がビルボード編集会議に潜入! 礒﨑誠二と音楽の役割について語り合う(後編)

インタビューバナー

Interview: 礒﨑誠二
Text: Ayako Kurosawa
Photo: 辰巳隆二


 音楽ジャーナリストの柴那典が、5月8日に『ヒットの復権』(中央公論新社)を発売した。2016年に発売した『ヒットの崩壊』の続編的位置づけとなる本書では、「なぜ、いま日本の音楽が世界に届くようになったのか?」をヒントに2016年からの10年間を辿り解き明かす。

 今回本書の発売を記念して、Billboard JAPANの礒﨑誠二との対談企画が実現した。Billboard JAPANチャートが果たしてきたこと、ヒットチャートの実態等、礒﨑とBillboard JAPAN編集部から寄せられた質問をもとに話を聞いた。(前編はこちら)

スターアーティストが持つ、消費されても残る強度と奥行き

礒﨑:柴さんって、褒めますよね、どんな作品っていうか、どんなアーティストのインタビューのところでも。これって○○だよ、というスタンスとかないですよね。


:そうですね。本当にありがたいことに、インタビューとかレビューさせていただいてるアーティストは基本的に皆好きだし、いいと思っています。そういう幸福な立場でお仕事させていただいてます。なのでイマイチだと思ったものをわざわざ言及するモチベーションがあまりないというか。


礒﨑:なるほど。あと、ここも面白かったです。いわゆる音楽のあるべき姿につながるところですが、「アイドル」に関してのコメントをAyaseさんがされたときに、メロディの強度というところをとにかく大事で、これができたから勝ったと思った、みたいな感じの話でした。ミセスが勝ちまくるところで、その理由に関してコメントするところでは、間口の広さ、それから、奥行きの深さを併せ持ってるというところが、いわゆる広い世代に対してリーチすることができたというところもありました。ここら辺がキーワードなのかなと思いながら読んでました。


:なるほど。確かにそうですね。ただ、Ayaseさんの言ってることと、大森さんの言ってることって、ちょっとレイヤーが違う。Ayaseさんは「アイドル」のヒットの理由として、曲調がいろいろ変わるとか、TikTokで踊れるとか、いろんな人がいろんなことを言ったけども、自分はソングライターとして、いいメロディが書けたことに尽きるみたいなことを言っていた。メロディの強度というのは、音楽の純度の高さみたいなことを言っていた。

大森さんの「間口の広さと奥行きの深さ」っていうのは、ソングライターとしてっていうよりは、ミセスの活動スタンスについての話ですね。間口の広さっていうのは、ビジュアルやキャラクターも含めて、大衆的なポップアイコンに自らがなっていく。だけど、そうなると、絶対大事なのが、ファンやリスナーが楽曲や表現に深みを感じるものをちゃんと作らないと意味がない、と。ソングライターというよりは活動スタンスの話です。

なんですが、でも、結果的に同じことを言ってるとも思います。つまり、Ayaseさんも大森さんも、ヒットっていうことは、いろんな人がいろんなことを言う、というイメージで捉えている。つまり、大衆的になるってことは、自分たちの作品や自分たちの存在自体がいろんな人に使われる。拝借されて利用される、消費されるっていうことで、これはもう古今東西そうですよね。スターになるっていうのは消費されることである。だから消耗する。これはもうどの時代もそうなんだけれども、そうなった時も、純度の高さや奥行きの深さを持ってることで、消費されない部分が生まれる。


礒﨑:そうなんです。だから、消費されまくってもまだ残るものがあるということなのかなと。


:そうですね。Ayaseさんも大森さんもそこにソングライター、ミュージシャンとしてのプライドを持ってるし、そこにアイデンティティを持ってる。自分自身はいくら消費されても奪われないものがあるっていうのが、たぶん強度であり奥行きかなと。


多様性が複雑化していく中で、その界隈を越えるには

礒﨑:そして、最近、柴さんともちょいちょい話すのは、界隈を越える話です。

多様性が出来上がっていく、増えていく、複雑化していくというところで、じゃあ、その界隈を接続するっていうところをまさにファンダムの人たちが考え始めている。断絶を越えていくっていうところでいうと、いわゆる探鉱のカナリアとしての音楽の象徴的な事例だな、と思ってたりするんですが、界隈を越えるためには、僕らは何をやっていくべきだと思いますか。


:これは、本の中でも最後に書きましたが、ミセスが去年やったことの中で、【CEREMONY】を僕は一番評価してるんです。まさにいろんな界隈の人を呼んで、フェスじゃなく、エンタテインメントメディアと銘打って、「授賞のないセレモニー」という新しい枠組みのメディアイベントをKアリーナでやった。つまり、あそこにあったのは、それぞれの界隈、それぞれのファンダムのミックスだった。なんだけれども、見せ方がとても上手かった。グラミーのように円卓が客席の一番前に置かれていて、パフォーマンス前のアーティストとか、パフォーマンスが終わったアーティストが必ずそこに来るっていう段取りになっていた。つまり、その日に出演した人たちは、必ずほかのアーティストのパフォーマンスを見るんです。そのことによって、違う界隈、違うファンダムをつなげるみたいなことを意識してやってるのが【CEREMONY】だと思っています。それによって何が起こったかっていうと、ファンにとっては推しのグループの出演する以外の時間の過ごし方が変わった。他のイベントと違って、【CEREMONY】では基本的に推しのグループがずっと円卓に座って、他のアーティストのステージに盛り上がってたり、楽しんでたりする姿が常にビジョンに映る。なので、どのファンダムもずっと楽しめる時間だったんですね。これは「界隈を越える」っていうことに対してのかなり具体的な一手なんだと思いました。かなり感銘を受けたので、本書の最後では、アルゴリズムによる分断を越えるための一つの可能性なんじゃないかと【CEREMONY】を位置付けて終わっています。


礒﨑:アワードのときでも、授賞式のでミセスとCreepy Nutsとかがいろいろ並んで座ってる、ちょっかい出して遊んでるとか、藤井風もちゃちゃ入れるとか、ちゃんみながめっちゃ喜ぶみたいなところを見れたところとかがすごく見てて良かった。


:そうですね。【CEREMONY】だけでなく【MUSIC AWARDS JAPAN】も当然、そういう意味でもすごく価値があったと思います。単純にアワードとしての話題性や権威性だけじゃなくて、授賞式でアーティスト同士があんなふうにコミュニケートしている。それが楽屋裏じゃなく、ちゃんと放送や配信に乗って象徴的な場面として伝わったことで、すごく意味を持つようになったと思います。


礒﨑:だから、フェスの見せ方とか、いろんなアーティストのイベントが出てくるイベントを作るときの見せ方が、ああいう形とかができていったらまた面白いのかなと。


:思います。【CEREMONY】はミセスがやったっていうところも大きいと思っていて、要は、2025年のミセスって誰がどう見てもヒットチャートにおいては勝者だった。でも、一人勝ちっていうのは、経済においてはシェア独占みたいな意味で喜ばしいことかもしれないけれども、カルチャーにおいては避けていくべきだと僕は思うんですね。【CEREMONY】にはそういう意思表示も感じました。一人勝ちではなく、勝者がたくさんいる方が望ましい。それぞれの界隈でそれぞれの勝者、それぞれの一番がいる。そして、これはビルボードのインタビューで三宅香帆さんが仰ったことですが、チャートというのは界隈を超えるための目印にもなる。今はこの人が一番人気なんだ、この人を聞いてみよう、みたいな入口になるっていうことです。何が必要かっていうと、単純に【CEREMONY】みたいなフェスだけじゃなくて、やっぱりアワードも含めて、いろんな界隈のいろんなコミュニティのトップがお互いリスペクトしてたり、仲良かったりしてる絵だと思います。


礒﨑:ありがとうございます。


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  1. 「インタビューをする際に常に意識されていることは?」
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インタビューをする際に常に意識されていることは?

礒﨑誠二:続いて、スタッフ質問で、最近、Billboard JAPAN編集長の高嶋からですが、インタビューをする際に常に意識されていることは何でしょうか。


柴那典:明確にあります。僕の考えとしては、インタビューの醍醐味は、見立てを示すことだと思ってます。つまり、アーティストにとっての作品や、企業家にとっての企業活動っていうのが、どういうことであるのか。その仮説を立てる。もちろん、インタビューとして訊くべきことは一通り訊きます。それに加えて、私は、あなたの作品をこう解釈しました。これは今の世の中にとって、こういう角度で意味を持つものだと思います、みたいな見立てを示す。それがハマると、インタビューイーは、ギアを上げてくれるんです。用意してきた答えとは別に、その仮説に触発されたことを答えてくれる。解釈や見立てを示すことで相手のギアが上がるっていうのを意識してます。


礒﨑:なるほど。2番目の質問。グローバルでのヒットアーティストとして地位を確立するのに、曲や発言でやっぱり英語の必要ってありますか。


グローバルでのヒットアーティストとして地位を確立するために
曲や発言で英語は必要ですか?

:必要だと思ってたんですけど、なくなってきましたね。【コーチェラ】 を見ても、もちろん藤井風くらい英語が堪能なら望ましいですが、Creepy NutsのR-指定のあの英語でいいんだって。あの愛嬌が英語圏の人もちゃんと伝わった。歌詞についてもそうですね。グローバルに出るために英語で歌うみたいなことをしなくても良くなったのが【コーチェラ】で示された。なんせカロルGは全編スペイン語でしたからね。


礒﨑:あと面白かったのが、【コーチェラ】でただ単にみんなライブやるんじゃなくて、そのアーティストの人となりというか、バックボーンをちゃんとアピールする。こういうようなライブアクトがすごい増えたなって気がしてて、フェスの見せ方が日本と結構、全然違うものになってきてるんだなと。


:ていうよりは、【コーチェラ】だけですよね。これは【コーチェラ】が特別なフェスになったということだと思います。これはやっぱりビヨンセの「ビーチェラ」以降ですが、今はあの場所にいる人に向けてのパフォーマンスだけでなく、YouTubeを観ている全世界の人に見せるための映像になっている。サブリナ・カーペンターもジャスティン・ビーバーもそうでした。この先もそうなっていくと思います。


礒﨑:もうああいうのMAJでもやってほしいと思って見てました。次に、ジャンル分けってまだ必要ですかと、悩める村田からの質問です。


ジャンル分けがまだ必要だと思われますか?

:ジャンル分け、実は必要だって思ってます。10年前くらいは全然要らないじゃんって思ってました。フランク・オーシャンとかが出てきたころって、ポストジャンルだって言われるようになって。もうHIPHOPもR&Bも全部引っくるめてポップなんだし、ジャンル分けする必要ないじゃんって思ってたんです。でも、今はジャンルって、音楽のスタイルではなく、界隈なんだと思うようになりました。MAJの部門を見ても感じることで、ダンス・アンド・ボーカルというのは打ち込みのビートだからということではなく、ダンス・アンド・ボーカルという活動のスタイルであり、コミュニティである。そして、ガールズアイドルとボーイズアイドルが分かれたのも、これもジャンルっていうのは界隈なんだっていうことの意思表示だと思っているので、必要だなって思うようになりました。


礒﨑:髙橋から難しい質問が来ました。PitchforkとかRate Your Musicとかいっぱいレビューサイトができてます。同様のサービス、定性的な評価軸(01:10:00)というのは、例えば、リリースされたところに10点、9点、8点とかを付けていくというようなものっていうのは日本でも必要ですか。


定性的な評価軸が日本の音楽シーンでも有効に機能する必要性は感じますか?

:まず、PitchforkとRate Your Musicは全然違うものなので分けないといけなくて、Pitchforkは基本、権威として評論家が点数を付けるということだと思います。たぶん、日本にPitchforkみたいなものがないのは、僕も含めて、音楽に序列を付けたり、点数で価値判断を示したりすることに消極的な書き手が多い気がします。それよりは紹介することや、それぞれの盛り上がりに向き合う人が中心である。ただ、Rate Your Musicへの試みはあります。yoynっていうウェブサービスが今年始まったり、Onga9っていうサイトが始まったりしている。どっちも注目しています。あとは「ネットの音楽オタクが選んだ年間ベスト」みたいな企画もある。あれも大事なものだと思っています。あれが実質的に「Rate Your Music」だったんじゃないかというのが僕の見立てです。


礒﨑:ラジオの話で、SNSのアルゴリズムだ、DSPのレコメンドだというようなところで、ラジオというものは音楽の出会いの場としての影響力もあるはずだ、あったはずだ。現状のラジオの影響力、そして、どうなったらいいなと思いますか。


ラジオが持つ影響力について、どのようにお考えですか?

:ラジオはとても重要だと思ってます。というのは、今日ずっと話してきたことと結び付くテーマで、アルゴリズムによってパーソナライズドが進んでいると。だから、それってどういうことかというと、出会いがアルゴリズムに操作されるということなんです。つまり、僕はTikTokでよく新しい音楽を見つけるんですけど、TikTokのタイムラインだと、これいいなって思ったときに同じように、これいいなって思ってる他者がどこにいるのかが分からない。この話の中でずっと界隈とかコミュニティって言ってたんですけど、それは何かというと、僕が生きているこの時代に、同じ時代を生きて、同じようなものに興味を持っている他者がいる。その他者とどっかで会うことができる、みたいな実感がコミュニティだと思ってるんです。フェスはそれが分かりやすい。【POP YOURS】でも【森、道、市場】でも、同じようなものに興味を持っている他者の存在を実感できる。これはコミュニティ、界隈である。それがラジオだと作れるんです。同時に同じものを聞いて、SNSでやり取りもできる。しかも大きくなりすぎない。ラジオは多くてもやっぱり数万人のコミュニティである。だから、テレビと違ってマスを意識する必要がない。YouTubeとかTikTokのショート動画と違って、同じ時間を過ごしてるっていう意識が生まれる。ポッドキャストが今すごく注目を集めているっていうのも、それと同じ論理だと思っています。だけど、ポッドキャストは曲を流せない。だから、やっぱりラジオしかないって思ってます。


礒﨑:そうですね。やったら楽しいですもんね、ラジオは。


:そうですね。


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編集部からの質問

礒﨑:結構、時間がないところではありますが、質問を受けてくださいという話はしましたので、もし参加されてる方々で、これ以外のところを柴さんに聞きたいぞ、がある方、挙手。


:ぜひ。


編集部:アニメ×バイラル=グローバルっていうところが勝ち筋としてあるっていう話だったと思うんですけど、それでも今の世界の日本の楽曲のシェアって3%ぐらいで、欧米とかだと1%以下なんです。これを越えるためにはどうすべきですか。


:地道にやってくしかないが、たぶん一つだと思ってます。アニメコミュニティの熱量を越えていくためには、やっぱりさっき言ったAuthenticityであると。だから、飛び抜けた才能であると。磯﨑さん、どう思いますか。


礒﨑:いや、今の藤井風とかYOASOBIとかAdoとかは、それこそ点じゃないですか。それを何とか線にしていくのはレコード会社とかマネジメント、イベンターはやっていけるのかもしれない。ところが、それらを線であるものをつなげて面にして見えてくものは現地のメディアであったり、僕らがどう発信していくかっていうメディアとしての役割ってすごく大事なんだよなっていうのを思います。


:おっしゃるとおりです。


礒﨑:それを言語化していただける、いろいろな方々がいて、それをちゃんと海外のところへも発信していく必要ってあるんだろうなと。だから、K-POPも最初、BTS、もっと前の『江南スタイル』みたいなのが、こんだけいっぱいいるんですよっていうのを見せることができたのは、やっぱりメディアの頑張りがめちゃめちゃあったんだろうと。


:そうですね。K-POPとJ-POPを比較すると、日本はだいたい15〜16年遅れてるっていうのが僕の持論で、16年っていうのは、韓国にコンテンツ振興院ができたのが2009年で、MAJが立ち上がったのが2025年。BTSが全米1位取ったのが2020年なんで、J-POPが海外でちゃんと受け入れられるのは2036年くらいをめどにしようって感じですね。


礒﨑:2033年にコンテンツ産業の海外売上を20兆円持っていくために音楽業界も結構な売上の目標があるんです。


:BTSがアメリカン・ミュージック・アワードでパフォーマンスして、ファンダムを可視化させたのが2017年なので、それに相当するのが2033年くらい。そこくらいでちゃんと何か成果が出せてたらいいですねって感じです。


礒﨑:なるほど。


編集部:『ヒットの復権』でも書かれた、2007年のYouTube、2017年のTikTok、現時点で2030年につながるような大きな動きの前兆とかって見えてたりしますか。


:これはもう後書きに書いたとおり、誰がどう見てもAIだと思ってます。AIって、ChatGPT、Claude、Gemini、何でもいいし、僕全部使ってるんですけど、たぶん、90年代のWindowsやインターネットの登場と同じだと思っていて、インターネットが出る前のところへはもう戻れないし、ドットコムバブルが起こったのと同じように、今AIバブルは起こってると思うんですが、AIバブルがはじけたからといって、もう人々がAIを使わない未来にはもう戻らない。基本的に僕は楽観的な人間であるので、仕事はなくなるだろうと。少なくとも労働はなくなると思います。もう仕事なくなるしかないでしょうって思ってるんですけど、じゃあ、それで例えば、週休3日なり週休4日になったときに、みんなたぶんやることなくなって、みんなそれぞれ推し活するだろうと。推し活っていうものの概念がもっと広がるであろうと。今はアイドルとかダンス・アンド・ボーカルとかだけだけれども、もっと大きなものになる。その先に、ハンナ・アーレントが言う「労働」、「仕事」、「活動」のうち、みんな「活動」を始めるはずだと思います。そういう未来が20年後の2040年ぐらいには来てる。その転換期に僕らはいるという認識です。


礒﨑:今日はありがとうございました。


:ありがとうございました。


      
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