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<インタビュー>洗練された完璧なジョビンを小野リサ流に 林正樹や渡辺貞夫と作り上げた新たなジョビン作品集がここに

Text & Interview: 服部のり子
Photos: 辰巳隆二
小野リサの6年半ぶりの新作『Sue Ann~アントニオ・カルロス・ジョビンへのオマージュ』は、サブタイトルにもあるように、生誕100周年を迎えるボサノヴァのレジェンドに捧げるアルバムだ。ピアニスト・林正樹との初めてのデュオ作品でもあるこの新作には、渡辺貞夫が3曲でゲスト参加し、村上春樹がライナーノーツ執筆という豪華な話題もある。
有名曲から隠れた名曲まで、ブラジルで育ち、ボサノヴァをよく知る小野リサならではのセンスを感じさせる12曲が収録。アルバムのタイトルにもなったインスト曲「スー・アン」の後半でスキャットの歌が流れたり、「白と黒のポートレイト」でピアニストの口笛が聴こえたり、すべてがナチュラルで軽やか。これがボサノヴァの洒脱感なのだろうと思わせる。そんな音楽の背景に見え隠れするレジェンドとの交流など貴重なお話を含めて、いろいろ語ってもらった。
──6年半ぶりの新作は、どのようなアイディアからスタートしたのでしょうか?
小野リサ:【築地JAM】というフェスに参加したことから始まりました。そのときに林正樹さんとデュオで演奏をしまして、同じく出演されていた渡辺貞夫さんにもひさしぶりに楽屋でお会いしました。渡辺さんの素晴らしい演奏に感動したんです。そして、その後フェスの総合プロデューサーとレコード会社の方からアルバムを作りませんか、とご提案をいただきました。
──その時点で、アントニオ・カルロス・ジョビンの作品集というのは決まっていたんでしょうか?
小野リサ:ブラジル音楽というのは決まっていました。そこからジョビンの生誕100周年をお祝いしたいと思いまして、ジョビンの曲をレコーディングすることになりました。

──プロデュースとアレンジをピアニストの林正樹さんが担っていますよね。林さんとのお付き合いはいつ頃からですか?
小野リサ:最初にお会いしたのは2014年の【モントルー・ジャズ・フェスティバル】です。私はエリック・ミヤシロさんのビッグバンドで数曲歌ったのですが、そのときのピアニストが林さんでした。そのあと、私のコンサートでも演奏していただくようになりました。林さんのピアノは美しい包容力があります。その包み込まれるような素敵なサウンドで歌いたいと思って、新作では共同プロデュースとアレンジもお願いしました。
──2007年にも『ザ・ミュージック・オブ・アントニオ・カルロス・ジョビン“イパネマ”』というアルバムをリリースしていますよね。
小野リサ:『ボッサ・カリオカ』(1998年)という10作目のアルバムを、ジョビンの息子のパウロさんと孫のダニエルさんと一緒に作りました。でも、そのときは私の楽曲も入っていたので、そういえば、ジョビンの作品集を作ったことがないなと思って。それでパウロさん、ダニエルさんと作ったのが2007年のアルバムです。おふたりともに佇まいがもう、ジョビンそのものなんですよね。歌舞伎のような世界で、おふたりがジョビンの伝統を受け継いでいます。2007年の時は、そんなブラジルの世界を残しておきたいと思ってアルバムを作りました。
──その作品のジャケットにジョビンが写っていますが、この写真というのは?
小野リサ:6作目『エスペランサ』(1994年)の「白い道」という曲にジョビンに参加していただいたとき、彼のお家にお邪魔して撮ったスナップ写真です。ジョビンの家にはこの大きなヤマハのグランドピアノが置いてあって。窓の外を見ると、7色のきれいな小鳥が群れになっていたので、私が写真を撮ろうとすると、野鳥がいなくなっちゃうからダメって。そういうときの彼は、とてもチャーミングなんですよね。私にとって夢のような時間でした。
──そんな交流もあったジョビンにはたくさんの名曲があります。選曲は、どのように決められましたか?
小野リサ:林さんとアイディアを出し合ったのですが、みなさんがよく知っている有名曲「おいしい水」や「想いあふれて」、メドレーにした「ウェイヴ~ソ・ダンソ・サンバ~ワン・ノート・サンバ」を入れつつも、デュオという編成を考慮して、あまり知られていないけれど、歌いたいと思ったメロディアスな曲を選びました。

──今回レコーディングして、あらためて感じたジョビンの魅力はありますか?
小野リサ:ひとつは完成された音楽の魅力です。たとえば、スタンダード曲をリハーモナイズすることはよくありますが、ジョビンの曲は、それができないくらい完成されています。クラシックの世界みたいに、カタチを崩してしまうと、パズルがすべてズレてしまうような。それに、洗練、ソフィスティケートという言葉が一番合うと思います。ヘンリー・マンシーニの言葉だったと思いますが、ソフィスティケートすることは大変だと。そのセンスの有無と、それをどう磨くか。マンシーニ自身がとてもソフィスティケートされていたから、そんな発言をしたのだと思います。ジョビンはクラシック音楽が大好きで、その影響をポピュラー音楽にしていったわけですが、自然で耳馴染みがよく、ソフィスティケートされているのに、それを誇っている感じがなくて、そこがまた素晴らしいと思います。
──ジョビンは、クラシックの印象派が好きと聞きますが……。
小野リサ:印象派は好きだったと思いますが、お家に遊びに行ったときは、ピアノでジャ~ン♪なんてチャイコフスキーを弾いてくれたりしました(笑)。もともと印象派とボサノヴァの関係は近くて、例えば、中流階級出身のシコ・ブアルキ(ミュージシャン&詩人)はご家庭ではポルトガル語ではなく、フランス語をしゃべっていたそうです。彼の歌詞にフランス的な風情があるのは、そういう影響があるのかなと思います。
──その続きでお聞きしますね。ボサノヴァは、詩的で、哲学的でもある、と言われる歌詞が高く評価されていますが、歌詞についてはどう思われますか?
小野リサ:ヴィニシウス・ヂ・モライスという作詞家が好きなのですが、彼は外交官でもあったので、フランス語、イタリア語など複数の言語を話すインテレクチャー(知識人)でした。でも、「イパネマの娘」の歌詞などは誰でもわかりやすい言葉を使いつつ、すごく洗練されている。語彙を増やすとか、知的な言い回しとかではなく、美しく見える言葉の並べ方がされているからだと思います。7曲目の「ア・フェリシダーヂ」の歌詞に〈花びらに落ちる涙の雫〉といったような表現があって、かわいさの中に、奥深さも感じさせます。
──アルバム・タイトルになった「スー・アン」は、もともとインスト曲ですか?
小野リサ:そうです。ジョビンがカリフォルニアに住んでいた頃、映画音楽をいくつか手がけていて、「スー・アン」もそのひとつ。映画『冒険者』(1970年公開)の挿入歌です。今回は、歌ばかりではなく、インストゥルメンタルの曲もあったらいいなと思って、以前から大好きだった「スー・アン」を入れることができて、うれしかったです。

──さて、ここから2つの大きなトピックについてうかがっていきたいと思います。まずは3曲で渡辺貞夫さんが参加されています。冒頭でも少しお話されていましたが、あらためて貞夫さんの参加についてから。
小野リサ:貞夫さんに初めてお会いしたのは子供の頃でした。アメリカの【ニューポート・ジャズ・フェスティバル】で私の父がお会いして、「ブラジルに行きませんか?」と誘ったと、父が生前そう言っていた気がします。その後、貞夫さんがサンパウロの私の家に来て、童謡の「七つの子」を吹いてもらった記憶があります。その滞在中に貞夫さんはサンパウロでアルバム(『ブラジルの渡辺貞夫』)を録音されました。成長してからも何度か接点があって、昨年【築地JAM】で再会したのですが、もともと林さんが貞夫さんのバンドのピアニストということもあって、貞夫さんが吹いてくださったら素敵だねっていうお話から、ご依頼させていただきました。
──スタジオで演奏を聴かれていかがでしたか?
小野リサ:ずっとドキドキしていました(笑)。貞夫さんのバラードって、最初の一音から本当に素晴らしくて。「この美しい景色の中に私はどうやって入っていったらいいのかな?」という感じで、もう身を委ねました。
──その渡辺貞夫さんのサックスですが、キイを押さえる音とかも入っていますよね。
小野リサ:エンジニアの奥田泰次さんの素晴らしい手腕です。今までのレコーディングではノイズはカットして、キレイに音を作ってきましたが、今回はリアルな空気感を大切にしています。貞夫さんのサックスもキイを押す音とかが入っていて、まるで近くで聴いているように感じられる音の作り方になっていて、そこに私もビックリしました。マスタリングもニューヨークの巨匠(マーク・ワイルダー、クリス・ゴールド)が手がけてくださっています。

──さて、もうひとつ大きなトピックが村上春樹さんのライナーノーツです。これはどういう経緯で?
小野リサ:2021年に村上春樹さんが企画されて、大西順子さん、村治佳織さんなども出演された【いけないボサノヴァ】というイベントで、(村上さんに)初めてお会いしました。当時はまだコロナ禍だったので、そういう場を設けてくださったのもうれしくて、そのご縁で私からお願いをしました。
──最後にもうひとつ、アルバムとは別に3月11日にシングル「花は咲く」を配信されましたよね。東日本大震災復興支援ソングをポルトガル語で歌われていて……。
小野リサ:「花は咲く」の歌詞は、長年NHKに勤められて、今はポルトガル語の先生をしている日系ブラジル人の三浦マリエさんが翻訳してくださいました。彼女自身が東日本大震災から感じるものがいろいろあり、翻訳するにあたって、この曲にすごく思い入れがあったようです。そのポルトガル語の歌詞が素晴らしくて、ブラジルの友人が涙したくらいです。震災から15年経ちますが、あらためて世界に届いてほしいと思っています。
リリース情報

『Sue Ann~アントニオ・カルロス・ジョビンへのオマージュ』
2026/4/8 RELEASE(SHM-CD)
UCCJ-2255 3,520円(tax in.)
2026/5/20 RELEASE(LP)
UCJJ-9058 4,950円(tax in.)
再生・ダウンロード・CD購入はこちら
ライブ情報
【築地JAM 2026】
2026年5⽉24⽇(⽇)東京・築地本願寺
⼊場料:無料
出演アーティスト(50⾳順):Answer to Remember - Special Guests: 吉⽥美奈⼦・岸⽥繁(くるり)、⼩野リサ with 林正樹、Tokyo×Seoul Band(⾺場智章・シンサカイノ・Jaeshin Park・JK Kim・Youngwoo Lee)、⺠謡クルセイダーズ
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