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<インタビュー>登場人物は、ある瞬間に作家の手を離れて動き出す――古内一絵が語る『マカン・マラン』誕生の背景【WITH BOOKS】

インタビューバナー

Interview & Text: 伊藤美咲
Photo: SHUN ITABA


 書籍や文筆と縁深いアーティスト、また音楽と縁深い作家へ、自身の書籍や音楽とのかかわりについて訊くインタビュー企画「WITH BOOKS」に、作家の古内一絵が登場。

 仕事を終えた深夜、体にやさしい食事を求める人のための場所があったら。そんな思いから生まれた小説『マカン・マラン』シリーズは、10年にわたり多くの読者に寄り添い続けてきた。

 本作を手がける古内一絵は、物語の中に登場する料理や人物をどのように描き出しているのか。そして、その創作を支える音楽との関係とは。食と物語、そして音楽が静かに交差する創作についてをたっぷりと語ってもらった。

“深夜の理想の食卓”から生まれた『マカン・マラン』

――『マカン・マラン』シリーズ誕生のきっかけから教えてください。

古内一絵:私はデビュー前、20年間映画会社で働いていました。当時は会社を出るのが22時過ぎになることも多く、夜ごはんを食べられる場所といえばラーメン屋か居酒屋くらい。その時間から自炊するのも大変ですし、コンビニのごはんにも飽きてしまう。「遅い時間でも体にやさしい料理を食べられるお店があったらいいのに」と、ずっと思っていました。

そしてデビューから数年後、次にどんな作品を書こうかと考えたときに、その“理想のお店”を書いてみようと思ったんです。主人公のシャールは、デビュー作『銀色のマーメイド』に登場していた料理上手な人物から自然に決まりました。どんなお店にするかを考えていく中で、編集者の方と打ち合わせで訪れた「その人に合わせてお茶をブレンドしてくれるお店」がヒントになり、「その人の体調に合わせて料理を出す場所」という形が見えてきました。

最初は1作だけの予定だったので、大きな反響があったときは「マカン・マランのようなお店がこんなに求められているんだ」と驚きましたし、それだけ疲れている人が多いのだとも感じました。シリーズ化の話をいただいたときには、「続けるなら『ふたたび』『みたび』『おしまい』の4部作で、起承転結のある形にしたい」と提案しました。


――「マカン・マラン」というお店にはモデルがあるそうですね。

古内:そうなんです。まさに「マカン・マラン」のように、商店街の細い路地の奥にあって、看板も小さく、たどり着いた人だけが来るようなお店でした。マダムが一人でやっていて、私もよく通っていました。

来ているのも一人客ばかりでしたが、イラストレーターやお医者さん、記者の方など、おもしろい人が多かったんです。マダムが作ってくれる料理もとてもおいしくて、常連さんたちとの会話も楽しい。私がデビューしたときも、みんながとても喜んでくれて。今はそのお店もなくなってしまったのですが、本当にリラックスできる場所でした。


――作中にはシャールをはじめ、毎話個性的なキャラクターが登場します。キャラクター像はどのように作られていったのでしょうか?

古内:シャールが最初に登場した『銀色のマーメイド』は、10代のトランスジェンダーの少年少女を主人公にした物語です。そうした子たちが直面する壁を乗り越えるために、導いてくれる存在が必要だと思っていました。

ただ、親や先生の言葉はなかなか届かない年代でもあります。「どんな人なら耳を傾けるだろう」と考えたときに、「異世界から来たようなドラァグクイーンだったら聞くのではないか」と思ったんです。背が高くて華やかな格好をした存在が現れたら、それだけで魔法のような説得力がある。そうして生まれたのがシャールでした。

登場人物は不思議なもので、ある瞬間から作家の手を離れて動き出すんですよね。「この人にカフェを任せたらどうなるだろう」と思ってみたら、ちゃんとオーナーとして店をやってくれた、という感覚でした。

各話の登場人物については、編集者の方と相談しながら作っていきました。たとえば20代の男性キャラクターを描くときには、同世代の悩みをアンケートで集めてもらったり、派遣社員のエピソードも実際に働いていた方の話を聞いて取り入れたりしています。取材を通して人物像を立ち上げていくことが多いですね。

いろんな年代や立場の人を登場させているので、読者の方が「誰かひとりには共感できる」ような形になっていたらいいなと思っています。“美魔女”の取材をしたときは、彼女たちの使っている言葉がまったく分からなくて(笑)。そういう発見も含めておもしろいですね。


――各話に登場する料理も魅力的ですが、メニューはどのように決めているのでしょうか?

古内:実はそこまで緻密に決めているわけではなくて、打ち合わせの中で「何が食べたい?」という会話から決まることも多いです。「冬の果物といえばリンゴだよね」という話から、タルト・タタンのエピソードができたこともありました。

ガレット・デ・ロワも、お正月に各国で食べられている料理を調べていく中で、「これがおもしろいね」と選んだものです。最初から“この物語にこの料理を”と決め打ちするというよりは、登場人物を配置すると、その人物たちが自然と料理に対する正解を見つけていく、というイメージです。


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  1. 「書店で育ててもらった『マカン・マラン』シリーズ」
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書店で育ててもらった『マカン・マラン』シリーズ

――ご自身の生活の中で、料理とはどのように向き合っていますか?

古内:実はそこまで得意ではないんです。もちろん料理はしますが、凝ったものは作れなくて、ご飯と味噌汁、焼き魚といったシンプルなものが中心ですね。作中に出てくる料理については、実際にお店に食べに行くことが多いです。編集者さんと一緒に行くこともあれば、一人で行くこともあります。


――印象に残っている食の体験はありますか?

古内:最近だと、『女王さまの休日 マカン・マラン ボヤージュ』の取材で台湾に行ったときに食べた料理が印象に残っています。編集者たちと3人で行ったのでいろいろな種類を食べられて、その中でもガチョウがとてもおいしくて。燻製した胸肉に生姜をたっぷり乗せて、ご飯と一緒に食べるんですが、すごくおいしかったです。

ガチョウの脂を使ったご飯もあって、日本ではなかなか食べられない味でしたね。人数がいたからこそ、いろいろ試せたのも良かったと思います。


――映像作品は視覚で「美味しそう」と伝えられますが、小説は文章で読者の想像に委ねる部分が大きいですよね。料理のイメージを立ち上げるうえで、意識していることはありますか?

古内:実際に食べに行くときは、かなり写真を撮りますね。シェフに話を聞ける場合は調理法や味付けについても伺いますし、以前モデルにしていたお店のマダムにも「これは何で出汁をとっているんですか?」といったことをよく聞いていました。

それと同時に、色や香り、食べたときの印象をしっかり覚えておくことも大事にしています。文章で味を伝えるのはやはり難しいので、自分が感じた味覚の記憶はメモするようにしています。


――作中に登場する料理で、お気に入りはありますか?

古内:書いた中で食べてみたいと思うのは、「世界で一番女王なサラダ」ですね。モデルになったお店でも、野菜中心で小さなおかずがたくさん並ぶような料理が出てきていて、それが強く印象に残っているんです。本当に毎日通っても飽きないような場所で、ああいうお店にはもう出会えないだろうなと思います。


――登場人物が料理によって癒されたり変化していく描写も印象的ですが、物語を描くうえで、大切にしている視点はありますか?

古内:登場人物については、実際にインタビューやアンケートで聞かせてもらった話をもとにすることが多いので、その分責任も感じています。大切な話を預かっている以上、安易には書けないなと。

ただ、あくまでモデルにするわけではなくて、そこから着想を得て人物を作っていきます。そのうえで、物語の中では登場人物自身に考えさせて、その結果として出てきたものを書くようにしています。私がコントロールするというより、登場人物の選択を尊重する感覚ですね。

ときには、自分が書こうと思っていた方向と違う結論になることもありますが、その場合でも登場人物が選んだ道を優先します。私は作者よりも登場人物のほうを信用しているので。


――『マカン・マラン』シリーズは10年続く人気作品になりました。あらためて、この作品は古内さんにとってどんな存在ですか?

古内:こんなに長く愛していただけるとは思っていなかったので、本当にありがたいですね。作品って、どんなに売れても数年で入れ替わっていくものだと思うんですけど、それでも続いてきたのは、編集や営業の方々、そして書店員さんが大切に届けてくださったからです。

特に書店員さんの力は大きくて、この作品は書店で育ててもらったという実感があります。大きな賞を取ったわけでも、映像化されたわけでもない中でここまで続いたのは、読者の方の口コミも含めて、いろんな方に支えていただいたおかげですね。


――読者としても「こんなお店があったら」と思わず探してしまいます。

古内:ありがとうございます。「『マカン・マラン』はどこにあるんですか?」とよく聞かれますし、私自身も夜遅くなると「シャールさんどこ?」と思います(笑)。海外でも反響があって、やっぱり同じようにほっとできる場所を求めている人は多いみたいですね。


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クラシックと80年代ロックが支える執筆時間

――古内さんと音楽の関係についても伺えればと思います。普段はどんな音楽を聴かれていますか?

古内:執筆中に聴く音楽は、クラシックが多いですね。バッハやドビュッシー、サティ、ショパン、マーラー。あとは坂本龍一、ヨハン・ヨハンソン、マックス・リヒターも好きですね。言葉のない音楽のほうが集中しやすいので、シャッフルで流しながら書いています。

執筆に集中するために、音楽は欠かせません。仕事場に入っているときは朝から晩までずっと音楽を流して、環境を整えています。『マカン・マラン』にクラシックがよく登場するのも、実際にそのとき流れていた曲を書いているからなんです。


――作品の空気感ともつながっているんですね。

古内:そうですね。書いているときの空気が、そのまま物語に入っていると思います。 気分転換のときは80年代の音楽をよく聴いています。当時はMTV全盛期で、テレビ神奈川でやっていた『billboard TOP40』をよく観ていたんです。

その中でも特に好きだったのが、ビッグ・カントリーというスコットランドのバンドです。「In a Big Country」という曲がヒットしたんですが、ギターでバグパイプのような音を出す独特のサウンドが印象的で。ロックだけど、どこかフォークロアのような雰囲気もあって、すごく惹かれました。

最近だとスピッツの草野マサムネさんも好きだとおっしゃっていると知って、やっぱりあの音は特別なんだなとあらためて感じました。どうやってあの音を出しているのか、いまだによくわからないんですが(笑)。


――いろいろなアーティストのお名前が出てきましたが、そうした音楽とはどのように出会ってきたのでしょうか?

古内:80年代の音楽は『billboard TOP40』ですね。それ以外だと、ラジオから知ることが多いです。

私は『JET STREAM』(エフエム東京)が大好きで、いいなと思った曲は番組のホームページからすぐ調べて、そのままダウンロードしています。ヨハン・ヨハンソンやマックス・リヒターもそうやって知りました。自分ではなかなか辿り着けないような曲に出会えるのが、ラジオのおもしろさだと思います。

あと、ミュージシャンの方々がやっている『THE UNIVERSE』(J-WAVE)もよく聴きます。音楽をよく知っている方たちが選ぶ曲って、やっぱりおもしろいんですよね。特にくるりの岸田さんの選曲が好きです。


――見つけた音楽を、周囲の方とシェアすることもありますか?

古内:パートナーもとても音楽が好きなので、「あれが良かった」「これが良かった」とよく話しますね。彼に勧められて好きになった曲もありますし、逆もあります。

20代の頃からずっと一緒にいるので、感性が合うんだと思います。読む本も、聴く音楽も、観る映画もかなり似ていますね。


――日常的に音楽があるんですね。機材や音響にもこだわりはありますか?

古内:こだわりというより、今はCDプレーヤーに困っています(笑)。CDを山のように持っているんですが、プレーヤーが経年劣化でだんだん読み込めなくなってしまうんです。今はMP3に落として聴いたりBluetoothも使ったりしていますが、CDが聴けなくなるのは困りますね。


――ストリーミングが主流になりつつある時代ですが、やはりフィジカルならではの魅力がありますよね。

古内:そうですね。もちろんストリーミングも使っていますが、それとは別に、物として持っている良さもあると思います。昔好きだった音楽を、棚から取り出してまた聴く。その感覚は特別ですよね。もうCDを買うのはやめようと思いつつ、未だにCDショップを見かけるとつい入ってしまいますし、時々買ってしまいますね。


――昔から好きなものが、今も変わらず好きであり続けているんですね。

古内:昔からロックでいえばオルタナティブが好きで、ブライアン・イーノのようなアンビエント寄りの音楽もよく聴きます。マニック・ストリート・プリーチャーズやケイト・ブッシュも含めて、振り返るとヨーロッパの音楽に惹かれてきたのかもしれません。イングランドやアイルランド、スコットランドあたりの空気感には、ずっと魅力を感じていますね。


――音楽からインスピレーションを受けて、作品に反映されることもありますか?

古内:書いているときに流れている音楽が、ふと“その小説のサウンドトラック”のように感じられることはあります。

たとえばドビュッシーやショパンのような、アルペジオが美しいピアノ曲を聴いていると、その響きが小説の構造とどこか似ている気がするんです。単調に重なっていくようでいて、そこに奥行きが生まれていく。その感覚は、文章を書くときにも通じるものがあるように思います。

坂本龍一さんの音楽もそうですね。とてもエモーショナルなので、ラストシーンを書くときに流れていると、自然と気持ちが引き上げられることがあります。

作品によっては、その土地の音楽を意識して聴くこともあって。『灼熱のメイダン』でドバイを舞台にしたときは、アラブ音楽を流しながら書いていましたね。


――最後に、Billboard JAPANブックチャートをご覧になった感想をお聞かせください。

古内:SNSでフォロワーの方に「『マカン・マラン』がランクインしてますよ!」と教えていただいて、このチャートを知りました。とてもありがたいですね。

実際にチャートを拝見すると、とてもおもしろいランキングだなと思いました。本は時代を写すものだと思っているので、時代ごとに分けている点が特に興味深いですね。たとえば「昭和10年」「平成20年」といった区切りで見られるようになると、さらにおもしろくなりそうです。ちょうど今、昭和から令和までの時代とスイーツをテーマにした作品『スイーツアラモード』を連載中なので、そうした視点にはとても関心があります。


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