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<インタビュー>人物に入り込むことで描く。國安ユウキが挑んだ“禁書”のコミカライズ『ヰタ・セクスアリス』制作の裏側【WITH BOOKS】

Interview & Text: 伊藤 美咲
書籍や文筆と縁深いアーティスト、また音楽と縁深い作家へ、自身の書籍や音楽とのかかわりについて訊くインタビュー企画「WITH BOOKS」に、漫画家・イラストレーターの國安ユウキが登場。森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』を題材に、そのコミカライズについて話を聞いた。
100年以上前に発表され、発禁処分となった『ヰタ・セクスアリス』。哲学者・金井湛が幼少期から青年期に至るまでの自身の性にまつわる経験を振り返る、自伝的な色合いの強い作品だ。いまなお“禁書”として語られている本作品を、國安は人物に入り込むような手法で描き、原作の余白や衝動を可視化していく。
本作の制作背景や制作アプローチ、制作時に聴く音楽との関係について語ってもらった。
“イタコ芸”で人物に入り込んで生まれた『ヰタ・セクスアリス』
――まずは『ヰタ・セクスアリス』を漫画化することになった経緯や、そのときの心境を教えてください。
國安ユウキ:編集さんからコミカライズのお話をいただいたのがきっかけです。原作の内容というよりは、「どんな作品でもやってみたい」という気持ちが強かったですね。以前に描いた読み切り『ユイチと花』を見て、詩的で文学的な表現や耽美的な描写が『ヰタ・セクスアリス』に合いそうだと思ってお声がけしたと聞いています。
――原作を読んで、どんな印象を持ちましたか?
國安:最初は淡々としていて、抑揚の少ない不思議な話だなという印象でした。ただ、終盤の金井湛が原稿を捨てて終わる場面がすごく印象的で。その切れ味がとても面白いと感じました。作品の本質を突いているようなラストで、あの結末があるからこそ作品として成立しているんじゃないかと思ったんです。だから、そこに向かって漫画を描いていけたら面白くなるだろうと考えていました。
――原作を読んだ段階で、漫画としてのイメージもすぐに浮かびましたか?
國安:そうですね。まず表紙の絵がぱっと出てきて、それを起点に考えていきました。制作の中で情報を足していくことはありますが、結局最初の印象が軸になることが多いです。最初の見開きを「これだ」と決めて、そこから全体の構成を組み立てていきました。
――実際に漫画として描く際にはイタコ芸をされたとのことですが、どのようなことを意識されていましたか?
國安:今回は形から入ることをかなり意識しました。最終話に「まんじゅう茶漬け」を食べるシーンがあるんですが、これは実際に森鴎外が好んでいた食べ物で、自分でも数ヶ月くらい食べ続けたんです。正直ちょっと泣きたくなるくらい大変でした(笑)。
あとは鴎外が邸宅の庭に椿の木を植えていたので、自分も椿が咲いている道を歩いてみたり、森鴎外記念館のある千駄木に通ったりして、自分の感覚に鴎外を入れていくようなこともしていました。そうやって自分がどう変わるのかを試しながら描く、実験みたいな感覚でしたね。

――森鴎外記念館に行って得た気づきはありましたか?
國安:展示を見ていると、子どもの頃は意外と可愛らしい人だったんだなとか、どうしてそこから少しこじれていったのかとか、そういう部分が見えてくるんですよね。住んでいた場所の景色や美意識も感じられて、すごく美しいものが好きな人だったんだろうなと。
ただ、その美意識があるからこそ、性に触れていくことへのコンプレックスや歪みも生まれているように感じて。その矛盾がすごく面白いなと思いました。
――森鴎外、あるいは金井湛という人物については、どのように解釈していますか?
國安:人前では自分を見せないけれど、性に対する葛藤や友人への感情もちゃんと持っている、すごく普通の人だと思います。ただ、秀才というレッテルや時代背景の中で、『ヰタ・セクスアリス』のような作品を書いてしまったのは衝動的なものだったんじゃないかと感じていて。その人間らしさが魅力的だと思いました。
――原作では簡潔に描かれている場面を、漫画では数ページにわたって描写されていますが、シーンの組み立てはどのように考えられましたか?
國安:金井湛が20歳で性体験をする場面は、原作では1〜2行にまとめられています。それもひとつの表現だと思うんですが、恥ずかしさや怖さがあったからなんじゃないかとも感じていて。その領域に踏み込んでしまった後ろめたさも含めて、むしろ全部描いてしまおうと思いました。彼が亡くなった今だからこそ、描ける部分でもあると思います。
鴎外が体験したであろうことを、自分が追体験したらどう感じるか。その状態をつくっていく過程は、すごく楽しかったですね。
――制作の過程はスムーズでしたか?
國安:締め切りは大変でしたけど、描くこと自体は楽しかったです。もっと出せる、もっと出せるという感覚があって、とにかくおもしろいと思ってもらえるものを描きたいという気持ちでした。性体験を描く4話は厚く描こうと編集さんとも話していて、見せ場をしっかり膨らませていきました。
――作中では、虫やろくろ首といった印象的なモチーフが描かれていますが、そうしたビジュアルはどのような発想から生まれたのでしょうか?
國安:物語を機会的に描くのではなく、まず「描きたい絵がある」状態が大事だと思っています。もともと虫や複雑な造形を描くのが好きなので、その欲求をベースに、『ヰタ・セクスアリス』とどう結びつけるかを考えました。
幼少期を描いた1話から虫が出てきますが、単にリアルにするのではなく、子どもが想像するような曖昧で不気味な形を増幅させることで、不安や恐怖の象徴として機能させています。芸者の首が伸びて絡みつくようなイメージや、それが増殖していくビジュアルも、描きたいという欲求から発展していったものです。
――人物や背景も緻密に書き込まれていて、まさに「書きたい」という欲求が含まれていそうですね。
國安:実は、キャラクターごとに着物の紐の結び方も結び方を変えています。性格によって結んでいなかったり、固結びにしていたりと、細かく描き分けています。あまり公には言っていないんですが、気づいてもらえたら嬉しいです。
――コミカライズとオリジナル作品では、手法に違いはありましたか?
國安:これまでのオリジナル作品は自分の実体験をもとに描くことが多かったんですが、コミカライズは今回が初めてだったので、イタコ芸を取り入れたのもこの作品が初になります。ただ、原作があることで道筋が決まっているのはやりやすかったですね。ゴールは決まっていて、どう歩くかは自由というのは自分に合っていると感じました。
――あとがきで「自分にぴったりな原作」と書かれていましたが、その理由について教えてください。
國安:ぴったりすぎるわけでもないところが、逆に良かったんだと思います。編集さんが「この人に描かせたら面白くなる」という意図で依頼してくれているのを感じたので、それに応えたいという気持ちがありました。結果的にいい作品になったので、「ぴったりだった」と言えるのかなと。
- 「原作と描きたい絵を重ねる。國安ユウキの創作スタイル」
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原作と描きたい絵を重ねる。國安ユウキの創作スタイル
――國安さんは、普段どんな音楽を聴かれていますか?
國安:かなり雑食だと思います。制作中に音楽を聴くことが多いんですけど、『ヰタ・セクスアリス』を描いているときは、歌詞のない曲をよく聴いていました。アンビエント系とか、映画のサウンドトラックとかですね。
――『ヰタ・セクスアリス』を描くうえで、特によく聴いていたものはありますか?
國安:坂本龍一さんやエイフェックス・ツインですね。静かだけど、少しピリッとしていて、不穏さもあるような音が合うなと思っていました。家のリビングで流しながら描いていると、家族がちょっと怖がるんですけど(笑)。

――作品によって聴く音楽も変わりますか?
國安:変わりますね。イラストもいろいろ描くので、その日によってガレージロックを聴いたり、ボーカロイドを聴いたりもします。そういう意味では、それもイタコ芸なのかもしれないです。
――いろいろなジャンルを聴かれるんですね。そういった音楽はどうやって知ることが多いですか?
國安:家族の影響が大きいですね。4人きょうだいなんですけど、みんな趣味がバラバラで、それぞれの文化がリビングに流れてくるんです。
母は90年代のJ-POPやブラックミュージック、弟は筋肉少女帯みたいなサブカル寄りの楽曲、妹はK-POPや流行りのJ-POP、兄はボカロとかなりカオスなんですけど、それが面白いです。
――ご自身から「これ聴いてみて」と誰かに勧めることはありますか?
國安:あまりないですね…。紹介して、あまり聴いてもらえなかったら傷つくので(笑)。でも、友達が聴いている曲はなんとなく頭の片隅に残っていて、その人を思い出すときに曲も一緒に浮かぶことはあります。その人のことを好きになると、その人が聴いていた音楽も好きになることはありますね。
――音楽からインスピレーションを受けて、それを作品に活かすこともありますか?
國安:かなりあります。音楽で雰囲気をつくって、自分が映画のキャラクターみたいな状態になって、情景が見えてくることがあります。
『ヰタ・セクスアリス』でいうと、坂本龍一さんの「hibari」を聴いていたときに、ピアノの一音がピンと響くような表紙のイメージが浮かびました。

――ほかの作品やイラストでも、音楽とのつながりはありますか?
國安:あります。例えば可愛い雰囲気の女の子の絵を描くときはTommy february6を聴いたりします。そうすると気分が上がって、ちょっと可愛い色を使いたくなったりして。かなり直結していると思います。
――CDジャケットの制作では、どのように楽曲をイラストに落とし込んでいるのでしょうか?
國安:アーティストから共有されたイメージを受け取りつつ、自分の描きたいものも重ねています。恋愛の曲なら、そのとき自分が思いを寄せていた人のイメージが入り込んだりもする。依頼されたテーマと自分の描きたいものが合致すると、「やったぜ」と思いますね。
――原作や依頼内容と、ご自身の描きたいものを一致させていく感覚が、國安さんの作風にもつながっているように感じます。
國安:自分では、そんなに特徴のある絵だとは思っていないんです。タッチもそこまで強くないし、リアル寄りですし。でも、そういう部分で自分の個性みたいなものが出ているなら、すごく嬉しいですね。

――Billboard JAPANの書籍チャートを見て、気になるタイトルはありましたか?
國安:普段はあまり本を読めていないんですが、『メディチ家12の物語』(著:中野京子)は気になりました。美術のパトロンとして有名な一族なので、その背景も含めて興味があります。
――最後に、今後について考えていることがあれば教えてください。
國安:僕のイラストは海外で見てくれている方も多いので、その人たちにイラストだけじゃなく、漫画として届けられるものがあったらいいなと思っています。そういう意味でも、もっと早く海外展開していきたいですね。

























