Billboard JAPAN


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<インタビュー>いとうせいこうが語る、音楽と文章の向き合い方/ 『日日是植物』の執筆過程で得た変化とは【WITH BOOKS】

インタビューバナー

Interview:柴 那典
Photo:辰巳隆二


 Billboard JAPANが新しく書籍の複合チャート“Billboard JAPAN Book Charts”をローンチし、読書好きの著名人にインタビューする企画がスタート。今回登場するのは、2026年2月26日に新刊『日日是植物』を刊行する、いとうせいこう。ベランダ園芸から室内園芸へとシフトしつつある日々の記録、植物から見える死生観、そして執筆と音楽の意外な関係性について、話を聞いた。

音楽でタンクをいっぱいにすると、文章が書ける

――まずは音楽にまつわる質問をさせてください。いとうせいこうさんが最近気になっているアーティストや楽曲にはどんなものがありますか?

いとう:ついこないだ、劔樹人くんから音源が送られてきたんですよ。劔くんが和田彩花さんとやっているLOLOETという5人組バンドの新作で。「どんな音楽やってるんだろう?」と思って聴いたらすごくかっこよかった。ファーストアルバムで『環響音』というタイトルなんですけど、和田さんがフランス語でポエトリーリーディングしたり歌ったりしていて、その向こうでいい感じの音楽を演奏している。いとうせいこう is the poet という僕のバンドでライブをやるんだけど、その演奏メンバーに参加してもらうトランペットのチャンケンくんもメンバーに入っていて。そこも近しいものがあったし、『日日是植物』の帯コメントも和田さんにお願いしていたから、いろんな縁が重なっていて。それで聴いたんだけど、これがすごくいいアルバムなんだよ。


――新しい音楽とはどのように出会いますか? せいこうさんの場合は、そうやって知人から送られてきて知るようなことが多いですか?

いとう:多いですね。ただ「どうしてこれを聴くことになったのかわからない」ということが多々あって、そういう曲は大体いい曲なんですよ。するっと入ってきて「なんだこれ?」ってなる。柴くんがインタビュアーだからちゃんと答えようと思って3つメモってきたんだけどさ、まずはジョン・メイヤーの『The Search for Everything』というアルバムに入っている「Moving On and Getting Over」。僕はジョン・メイヤーも、ギターの曲もそんなに聴くわけじゃないんだけど、このアルバムだけ異常に好きで。ある時、毎日聴かないといられなくなった。「この気持ちは何だ」と思ったら、恋だと思った(笑)。ほとんど初めて曲に恋をしたんです。聴かないと動悸がしちゃうくらいダメになる。どうして僕がジョン・メイヤーを聴いたのかきっかけが全くわからないんだけど。


二つ目はジョー・サンプルの「In All My Wildest Dreams」。これも『Rainbow Seeker』というアルバムに入っているバージョンじゃないとダメなの。これもなんでこれを聴くようになったのかわからない。もう一つはマッドリブがプロデュースしたジョージア・アン・マルドロウの「Seeds」。まさに「種」っていう曲なんだけど、これもよく聴きます。マッドリブのもたったリズムとアナログな音の感じがものすごく好きなんですよね。僕にとって重要なのはこの3曲。どれも、どこから僕の扉を開けて入ってきたのか、まるでわからない。意外な時に一目惚れしちゃうんだと思います。


――わからないというのが重要である。

いとう:そうだね。もちろんさっきのLOLOETみたいにわかっているのもそれはそれでいいんだけど。そうそう、フジファブリックの志村(正彦)くんが亡くなった時、ある人のライブを鶯谷の東京キネマ倶楽部で観ていたんです。その時に「志村が死んだ」というメールが回ってきて。その次に選曲しなくちゃいけなかったんだけど、その時にかけたのがジョー・サンプルの「In All My Wildest Dreams」だった。それも偶然だったと思うけど、そこからずっと「それを聴かないと始まらない」という感じになった。不思議なんだよね。


――執筆をしている時に音楽を聴いたりすることはありますか?

いとう:書いている途中は何にも聴けないんです。1曲聴いてから「さあ」って始める。その始める時に大体一番具合がいいのが、ジョー・サンプル。自分の書くものの具合が良くなる。なのでそれを聴きます。何年もそうです。


――音楽を聴く時のシチュエーションは、スピーカーですか、ヘッドフォンですか?

いとう:今は小さい子を育てていることもあって、危なっかしいから、基本的にはスマホから流れていることが多いですね。僕はサウンドクリエイターではないから、そういう音質で聴いていても気にならないというところがあるので。


――好きな音楽を人にシェアしたり紹介したりすることはありますか?

いとう:たまに送りつけることはありますけど、やっぱり自然な話の流れの中でそうなるわけで。今日の『環境音』の話だってそうじゃない? 「あ、柴くんに聴かせなきゃ」って思って持ってきたわけだから。なにか不思議な流れがあって、そこからもう音楽が始まっているわけですよ。


――たしかにそうですね。僕自身もそうですけれど「何かオススメの音楽はありますか?」って聞かれたら「あなたはどの辺りが好きですか?」って聞き返すので。

いとう:そうだね。そのやりとりがすでにセッションみたいなものなんだよね。


――執筆中は無音ということですが、アイデアやインスピレーションを音楽から得ることはありますか?

いとう:小説のようなある程度の分量のある文章を書いていると、あるところを過ぎると枯れるんですよ。文章が枯れるのがわかる。大体の作家の人は、本を読んで新しい単語や文法を入れることで自分に何かを貯めるんだけど、僕の場合は音楽を聴かないとそれが溜まらない。音楽をいろいろ聴いているうちにタンクがいっぱいになって、また文章が書けるんです。書いてると、だんだん自分の文章に飽きてきたり、興奮できなくなってきたりする。「エキスがなくなってきたな」と感じるんです。「いけね、音楽聴いてないからだ」って思って、格好いい音楽を聴く。そうすると溜まってくる。音楽と文章は別々のものだけれど、不即不離なものとしてあるみたい。不思議だけどそんな感じなんですよね。


――なんとなくわかります。文章の「フロウ」みたいなものかもしれないですよね。呼吸とかリズムとかフロウとかグルーヴとかって、文章にとってすごく重要なものである。

いとう:そうそう。フロウのない文章を書いちゃっている時は、意味は通っているし編集者も通してくれるレベルではあるんだけど、自分としては「全然きてないじゃん」ってなってる。だから僕にとって音楽は大事なんです。飯の種なんですよ。


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新刊『日日是植物』の裏テーマとは?

――ビルボードジャパンのブックチャートについては、どのように見ていますか?

いとう:ビルボードジャパンさんが本の分野に参入してきてくださって、単に「総合」ではなく、時代ごとに分けたり、漫画も文芸も一緒になっていたり、独自の基準を設けてくださることで、普段なら1位になれないものが目立つ現象が起きているのが非常にありがたいです。あとは、書き手や読み手が投票する「アンダーグラウンド・チャート」も作ってほしいですね。売れているものだけじゃなく「こういうやつが今出てきているんだ」というチャートは、なかなか数字だけではわからないから。それと、海外で売れている日本の翻訳書チャートもあれば、すごくビルボードらしいなと思います。


――ここからは新刊『日日是植物』についてうかがいます。僕自身、コロナ禍以降にベランダで園芸にはまったので、非常に参考になりましたし、勇気づけられました。

いとう:マジか? やったな(笑)。最初はなんだった?


――最初はバジルでした。

いとう:バジルか。しばらくその系統のものをやった?


――小松菜やレタスと、あと最近になってミカンとレモンが増えました。

いとう:柑橘にいったか! 柑橘は難しいでしょう。でも、そんなものを育てようと思うということは、南向きで日当たりのいいベランダを持っているということですよ。


――ありがとうございます。まずはそういう自分にとって、参考になるところと、勇気づけられるところが沢山ある一冊でした。園芸を始めたばかりだと、枯らしてしまうことに非常に臆病になりがちなんですが、先達であるせいこうさんがそのあたりもリアルに書かれている。だったら気兼ねなく取り組めるのではないかと。それが一番の学びでした。

いとう:そうなんですよ。「好きなものを買ってきて、好きに育てればいいじゃないか」と思ってもらえたなら、それが一番です。


――本書は7年間の新聞連載がまとまった一冊ですが、まとめてみて、どんな思いがありましたか?

いとう:連載の時は毎月その1回のことしか考えていないわけです。でも、まとまって読んでみたら、「こんなに俺は地球温暖化をもろに身体に浴びていたんだ。こんなに苦しんでいたんだ」ということに気づいて、すごく重たい気持ちになりました。


――読んだ方も、この本の裏テーマは「気候変動」だと実感するのではないかと思います。

いとう:今までも、ベランダが猛烈に暑いということはわかってはいたんです。でもどんどんそれが進んで、まるでサウナに入っているみたいな状態になる。去年と同じことをやっているはずなのに植物の具合が悪くなっていく。そのことに気付いていくんです。一番大きかったのは、去年の朝顔ですね。一番簡単な、水さえ適当にやっていれば咲くようなものが、6月、7月、8月と咲かず、9月になってようやく夕顔のような小さな花びらがポンポンとついただけで、ほとんど種もとれずに終わった。「これは閾値を超えたな」と思いました。ルビコン川を渡ってしまった感じがありましたね。そういう実体験がありましたね。


――夏が暑くなったというのは誰もが感じていますが、植物を育てていると、より敏感に感じられるところがありますね。

いとう:人間は自分の身体だけでは「今日は暑いね」でやり過ごしてしまうし、部屋に逃げてクーラーに当たれば危機感を忘れてしまう。でも、目の前に咲いていない朝顔が見えているわけです。現実が、一番近いベランダにある。今回の本では「ルーマー」って言って、ベランダではもう育たないから家の中に植物を逃がして、ハンギングやビニールハウスをやっているんです。ある程度の涼しさを持った室内にいないと園芸植物が育たない状態になっている。自分にとって見たくない現実を植物が突きつけてくるということですよね。まとまったものを読んで、「こんなに気にしてたんだ」と思いました。


――引っ越しや環境の変化もあり、いろいろな試行錯誤や逡巡が綴られているようにも思います。

いとう:そうですね。最初の『ボタニカル・ライフ』の頃は本当に呑気だったと思う。何をやっても自分のせいだった。それに比べて、今は水のやり方も心得ているわけです。でも自然の猛威がすごくて自分の知識が追いつかない。そのことに対する絶望もあると思います。どうすればいいんだ?という。


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植物を通して考える「死と生」のこと

――本書にはコロナ禍の時期も含まれます。僕がそうなんですが、他にもあの時期に家庭菜園や園芸を始めた人は多いと思います。

いとう:そうなんです。みんなそう言うんですよ。しかもみんな不思議なことに植物にいったんですよね。柴くんはどうして植物だったの?


――僕はもともと家で作業をしていたので他の方に比べて閉塞感やストレスがあったわけではなかったと思うんですが、犬を飼っていることもあって散歩をする時間が貴重になり、公園の木々を見ている時間が増えたんです。そういうこともあって、家に緑を増やしたいという気持ちがあった気がします。

いとう:命を増やしたいということですよね。あの頃は接触する命が限られちゃったもんね。植物はゆっくり動いているようでいて、実際育てると忙しいほど変化することがわかりますよね。どんどん伸びたり、ツルが巻いたり、根っこが出たりする。この「変化をするもの」を安全に見ていられるという意味では、植物は優秀な生き物ではありますよね。


――たしかにそうですね。閉塞感の中でベランダや室内に植物を求めた人は僕以外にも多いと思います。せいこうさんはあの時期を振り返ってどう思いますか?

いとう:社会の状況に切実なものがあったと思いますね。僕自身、いろんな人から「家に緑があるんだ」という話をちょくちょく聞くようになっていて。「なぜ植物なんだろう?」ということを考えたんです。あの時、どうして植物がどうして人を支えてくれたのか、という。なぜ金魚ではないのか、なぜセキセイインコではダメなんだ、と。もちろん答えは出てないけれど、ひとつは、死なせてしまってもそこまでショックではない、ということがあるんだと思います。つまりスーパーに行けば死んだ植物が野菜としていっぱい売っているわけだから。でも、自分で育てたら、丈が高くなったり、虫がついたり、クタっとなってたやつが水をかけたらキューって治ってくるとか、生きていると何かの変化が起きる。自分が働きかけると何かが返ってくるということは、あの時すごく大事だったんじゃないかという気はしています。


――この本で書かれている7年間の変化の中には、お子さんが生まれたこと、お父様が亡くなられたこともありました。なので、読み終わった時には植物を通して「死と生」というテーマが見えてくるように感じました。

いとう:そうですね。それはもちろん偶然起きたことではあるんだけれど、動物や人間の「死と生」を直接考えると、重たすぎて脳が働かないことがよくあるんですよ。受け入れきれなかったりすることもある。でも、植物を通すと、いろんな仮説が自分に引き寄せられる。元々『ボタニカル・ライフ』の始まりも、水のやり方を知らずに母親が勝手に送ってきた植物が枯れてしまったというところから始まっていて。でもコップにあった水をかけてやったら、数日後に緑色の芽が小さく出た。そのとき狂喜乱舞せんばかりの喜びと驚きがあった。「死んでなかったのか! 蘇るのか!」という。


今回の本でも最後の方にシーモンキーの話が出てくるんですけど、それも同じで。植物の種と同じように、卵の状態で全く生きていないように見えるものが、水に入れると突然孵化する。生命が凍結されている、ほとんど死んでいるように見えるものが、もう一回生き直すことができる。そういうことに、異常な感動を覚えるんですよね。だから、植物を育てる時の僕の根本には常に「死と生」があるんです。死んでいくものをただ見るときも、そう思っていたものをもう一度生き返らせるときもある。死んでいるとしか見えないただの物質がある時に芽を出してくるときもある。鳥が種を運んできたのか、植えてもいない芽が出てくることもある。そういうことを見るたびに、最初の驚きに戻ることができるんですよね。植物とは言ってるけれど、この本は「死と生」のことしか言ってないですね。


――そうした死生観は、我々が普段「死生観」という言葉でイメージする概念とは少し違うものとも言えるかもしれないですね。一度死んだように見えていても、それが再び再生するという可能性も含めて、植物から見る死生観は、どこか拡張された視点があるように感じます。

いとう:そうですね。そういうことが人間にとってどういうことなんだろうか、人類の文明にとってはどういうことなんだろうか、と考えることもできるわけで。例えばローマ建国のシンボルは狼に育てられた双子だったりするけど、日本の家紋は植物が多い。アイデンティファイの対象が動物の文明と植物の文明がある。僕の場合は植物なんだけれど、なぜ植物なのか? 我々は何を植物に託しているのか?ということも考える。そうすると、いちいち面白いのよ、この分野は。で、植物は「死んでしまう」ってことも含めての実験がしやすい。動物で実験するわけにはいかないですから。


そういう意味では「死と生」を考える上で、ものすごい遠いところまで考えが及んでいく。それが家の中の小さな鉢とかベランダのプランターから始まっているところが、とても心地よいんです。大上段に振りかぶって「死だ、生だ」と言っているのとは違う、実感のある、小さなところから確かめながら進んでいく思考ができるんじゃないかと思います。


――とても面白かったです。最後にひとつ聞かせてください。今現在のいとうさんの「推し」の植物はなんですか?

いとう:今は、うちのコウモリラン(ビカクシダ)ですね。これが僕の期待を超えてデカくなっている。流行りどうこうというより、この個体の功績を称えたい気持ちでいっぱいで。最近は、自分が飲んだ水の残りをそいつにあげていて。杯を交わしているわけです。そうするとまた伸びがいいんですよ。毎日それが嬉しいですね。


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