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<インタビュー>澤野弘之、Rei(Newspeak)と初タッグを組んだ新曲「INERTIA」で表現した“ヒーロー”の存在感
Interview & Text:荻原梓
Photo:興梠真穂
澤野弘之のボーカルプロジェクト、SawanoHiroyuki[nZk]がニューシングル『INERTIA』をリリースした。
3ピースバンド、Newspeakでボーカルを務めるReiが参加した本楽曲は、アニメ『TO BE HERO X』のオープニングテーマ。静と動を行き来するサウンドのなかで、〈Cuz I gotta be the hero〉(俺はヒーローにならなきゃ)と自分自身に言い聞かせる、力強いボーカル表現が印象深い。昨年2024年にプロジェクト10周年を迎え、ベストアルバムを発売したSawanoHiroyuki[nZk]にとって、次の10年へと弾みをつける強力な一曲だ。
英語詞を多用するなど、日本国内にとどまらない世界基準の音楽を作る澤野とRei。互いの音楽性に共感する点もあるという。そんなふたりが手を組んだこのコラボ作品の制作がどのように進んだのか、ふたりにインタビューした。
ふたりの出会いのきっかけ
――今回のコラボはどのように実現したのでしょうか?
澤野弘之:アニメ『TO BE HERO X』オープニングテーマ用の曲を作るということになって、その時にボーカリストをどうするかという話の中で、スタッフから「NewspeakのReiさんはどうでしょう」という話が挙がりました。Newspeakというバンドの名前自体は知っていたんですけど、その時にあらためてReiさんの歌声を聴かせてもらって。「ぜひご一緒してみたい」と思って、オファーしたら引き受けてくれました。
――Newspeakの楽曲を聴いて、どういう印象を持ちましたか?
澤野:僕は普段から英語の歌詞を多用するので、それをカッコよく表現できる方を求めているんです。あとは声質ですね。Reiさんの歌声を聴いた時に、まさに(彼が)Newspeakでやっていることが、自分が求めているものと近いものでした。ロック的な要素もありつつ、ダンサブルな部分もある。打ち込みも結構使っていて、どんなサウンドの楽曲でもかっこよく表現してくれる歌声だなとすぐに思ったんです。たぶん、シャウトとかがなった声もかっこよく出してくれそうだし、いろんなサウンドにアプローチできる歌声だと思いました。
Rei:Newspeakは歌モノからダンサブルなものまでいろんな曲があるので、僕たちの音源を聴いてそう思ってくれたのは嬉しいです。
澤野:去年リリースしていたアルバム(『Newspeak』)とかも結構いろんなジャンルのサウンドが取り入れてあるんです。バンドサウンドもあれば、打ち込みを駆使したものもあって、それがカッコいいなって。勝手に、好きなサウンドや好きな海外のアーティストとかで共通する部分があるんじゃないのかなって思ったりするんですよ。
――Reiさんは澤野さんについてどんな印象を持っていましたか?
Rei:普通に生きていたら『進撃の巨人』とか観るじゃないですか(笑)。もちろん澤野さんのことは知っていましたし、実は共通の知り合いもいたりして、いつかご一緒してみたいと思っていたので、今回オファーしていただいた時に音源も一緒に送ってもらって、すぐに「これは歌ってみたい」と思いました。

――バンド活動との意識の切り替えはありましたか?
Rei:たぶん、僕らがやっている音楽を聴いてくださったうえでオファーしてくれていると思ったので、求めてるものはその中にしかないと思って。あまり余計なことは考えずに、普段のままスタジオに行こうという気持ちでした。
――制作の前後で、澤野さんの印象に変化はありましたか?
Rei:作曲家さんってあまりフランクなほうではないイメージが勝手にあって、澤野さんもそうだと思っていたんです。今でも覚えているんですけど、レコーディングの当日にスタジオに入ったら、スモールトークがゼロだったんですよ。「よろしくお願いします、ではブースへ」って。それで終わってからはじめてちゃんと喋れて、話してみるとめちゃくちゃフランクな方でした。イメージと全然違って、お話ししやすいポップな方でした。
澤野:よく言われます(笑)。アー写や作っている曲から、気難しいとかクールなイメージを持たれている方が多くて。この感じで喋ると驚かれるんです。
――澤野さんは[nZk]として昨年ベストアルバム『bLACKbLUE』を発売し、ひと区切りついた段階なのかと思いますが、そういったタイミングも含めて、今作はどんなコラボにしようと考えていましたか?
澤野:[nZk]に関してはある意味、その時その時を楽しみながら制作していきたいと思っていて。「これから大ヒットを狙わなきゃ」と気負うような意識はあまりなく、ここまでやってきた音楽や、好きな音楽をもっと追求していけるように、そこに賛同してくれるボーカリストやバンドメンバーたちと一緒に新しいものを作っていけたらいいなと思っています。そういう中で今回、Reiさんとご一緒できたのはいいスタートでした。これまでも男性のボーカリストとはコラボしてきましたが、Reiさんはまた違う歌声の持ち主。単純に、レコーディングしていてとてもテンションが上がったんですよ。Reiさんの歌声が入ったことで、より楽曲のグルーヴや魅力を引き出してくれた感覚があって。自分がデモを作っていた段階よりも、より楽曲に対するモチベーションが上がって、2025年の(リリース)1曲目としてもいい作品をリリースすることができたなと感謝しています。

――澤野さんとReiさんには、どちらも日本国内にとどまらない、世界基準の音楽を作っているという共通点があると思います。お互いの活動や音楽性のスタイルで、何か共感する点はありますか?
Rei:歌詞が英語主体なので、気持ちいいところでの英語の入れ方とかで共通点はあると思っているんですけど……特に思うのは、サビにしっかり「ドン!」と、絶対にいい歌メロがあることです。それって、日本のポップスっぽい。Newspeakでもそれは意識していて、洋楽チックなもの――たとえば、リフがサビみたいなものも最近多いですけど、やっぱりサビは歌。そういう意識で作っているので、それはふたりの共通点かなと思います。
――たしかに、澤野さんもサビでしっかりとしたメロディラインを作るイメージがあります。
澤野:そうですね。一時期、ザ・チェインスモーカーズとかEDMのアーティストの影響で、サビをシンセに任せるものが流行りましたよね。僕はああいうのも好きではあるんですけど、やっぱりサビは歌で聴かせたい。90年代とか2000年代の洋楽を通ってきて、歌モノをよく聴いていたので、基本的には「メロディは歌で聴かせたい」という感覚は持っているかもしれない。今でも、新しい音楽を聴くときはそういう曲を選んじゃいます。エド・シーランとかも、なんだかんだ歌の人だと思うんですよね。歌と重要なリフ、その兼ね合いが大事。Newspeakの音楽も聴いていてそう思ったりしますね。
Rei:メロディのまわりに何をつけていくか?というのは僕たちがよく考えていることですし、僕もリフ大好きなので、澤野さんと聴いてきた音楽が近いのかもしれない。
――そんなふたりがタッグを組んだ新曲「INERTIA」ですが、アニメのストーリーをどのように楽曲に落とし込みましたか?
澤野:僕はもともと曲のオーダーを受ける時は、細かくストーリーを読み込んで作るというより、作品の大まかな世界観やキャラクターの絵、ビジュアル的なものを見たうえで「こういう作品だったら、こういうサウンドがオープニングに鳴るとかっこよくなるんじゃないか」と思って作っています。『TO BE HERO X』はヒーローが活躍するという要素もあるんです。李豪凌監督は中国出身の方で、日本のアニメのいい部分も持っているし、それでいて世界の人にも引っ掛かる絵のデザインセンスも持ち合わせている。僕はここ最近、海外のアニメ『アーケイン』が好きでよく観ていたんですが、主題歌をイマジン・ドラゴンズが歌っていて、1話ごとに歌ものの挿入歌があり、音楽もかっこよく、デジタルでロックな要素をうまく楽曲に落とし込んだアニメ作品で、『TO BE HERO X』にもそれに通じる世界観を感じました。自分もデジタルとロックの要素、さらにダンスの要素を組み込んで、作品に勢いを出していければいいんじゃないかと思って曲作りに取り掛かかりました。
――なるほど。そうした大まかなサウンドのイメージを思い浮かべてから作り始めたんですね。Reiさんは最初にこの曲を聴いた時、どんなことを感じましたか?
Rei:力強くて、意志がはっきりしていると思いました。最初は不安で混沌とした状況に主人公がいて、それでも前に進まなきゃいけない。そこからサビでピークが来ると、「INERTIA」――つまり“慣性”のタイトルの通り、心が先に動いてその後に体も動いていっちゃうのか、体が先に動き出してその後に心も動いていくのか、どちらとも受け取れると思うんですけど、とにかく力強くて意志の強い曲だなと思いました。でもはじめて聴いたときは、この曲に自分は「自然に入っていける」ってすぐにイメージできましたね。
――Reiさんの声質や人間性に寄せて楽曲を作った側面はあったんですか?
澤野:僕は基本的に、作品にどういう曲が必要かを考えて作るので、曲を先に作ってから、その後にどういうボーカリストにオファーするかを考えていくんです。なので、曲自体はできあがったものがあって、そこにReiさんがどういうアプローチしてくれるのかを楽しみたいという気持ちでした。
INERTIA / SawanoHiroyuki[nZk]:Rei
――レコーディングはどのように進みましたか?
Rei:基本的には自由にやらせてくださったんですけど、澤野さんに「もっと力強いのを聴きたいな」って言ってもらって、普段やらないぐらいのパワフルな歌い方を試してみたんです。最終的に音源を聴いたら「俺ってこんなにパワフルな歌声を出せるんだ」ってびっくりして。テンション上がりましたね。
――「こんな力強い歌声持ってたんだ!」と。
Rei:そうです。普段やらない歌い方とかをいろいろ試しました。
澤野:最初にAメロを歌ってもらったときの、Reiさんの“歌い出しのニュアンス”だけで引き込まれたので、なんの心配もなかったですね。ただサビだけは、もうちょっと強めだったらどんな感じに聴こえるのかな?と思って試したかったんです。かなり激しくがなって歌ってもらったものと、ナチュラルにしたものと、その中間ぐらいのを録ってもらって。中間ぐらいのがちょうどいいバランスで、これくらいの強さがいちばんサウンド的に合うなと思って選びました。
Rei:レコーディングを通して感じたのは、澤野さんの意志決定の早さです。とにかくジャッジが早い。「いいね、もう一回!」ってどんどん進んでいくので、慌てて僕は「水飲むんで20秒待ってください!」って返したり。
澤野:僕、性格的にポンポン進めちゃうほうなので、歌録りも大体2時間くらいなんですよ。
Rei:いや、1時間くらいでした(笑)。
――バンドではどれくらい時間がかかるんですか?
Rei:結構かけちゃいますね。バンドは倍くらい時間をかけちゃう。メンバーと議論したりするし、俺の聞こえないところで話し合っているのを待つ時間もあるので。でも澤野さんは「いいね! いいね!」って進んでいくからめちゃくちゃ早い。
澤野:スタジオのブースで待たされるのって、いい気はしないですよね。大丈夫なほうですか?
Rei:調子いいときは大丈夫ですけど、あまり声が出ない時は嫌ですね(笑)。
澤野:僕も、ブースでピアノを弾いている時に待つ時間って「独特だ」と思うので、それもあってすぐに話しかけちゃうんですよ。
Rei:バンドのレコーディングも澤野さんにディレクションをお願いしたいですね(笑)。

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澤野弘之が思う、Reiの魅力
――澤野さんはこれまで[nZk]で様々なボーカリストとコラボしてきましたが、Reiさんにはどんな魅力を感じましたか?
澤野:言葉で表現するのは難しいんですけど、Reiさんの声って、いわゆる“ハスキー”ではないのにとにかくかっこいい。自分の音楽にはハスキー系の歌声を求めがちだったんですけど、Reiさんは芯のある歌声でエモーショナルにかっこよさを出せるのがすごいと思ってて。Reiさんだからってのもあると思うんですけど。
Rei:ありがとうございます。
澤野:あとはやっぱり、英語での表現力って大事だと思いましたね。英語詞の楽曲をNewspeakでずっと歌ってきたからこそ、人の曲を歌った時もサウンドに対してあまりにもかけ離れたものにならず、だからと言って当たり前にならない表現ができる。それは、Newspeakでいろんなサウンドを追求して、そこに対して自分の歌声を乗せてきたからなのかなって。今回のサイバーなサウンドに乗っかった時も、不自然にならずに自分の歌声のオリジナリティをちゃんと出せる。それは本当にすごいと思いました。
――この曲は「君はヒーローだ」と言い聞かせるある種のエンパワメントソングでありながら、歌い手としても「自分はヒーローだ」と信じ切る、自分を鼓舞する強さのようなエネルギーが必要な楽曲だと思いました。Reiさんは、この曲の歌詞で歌われていることにどんなことを感じましたか?
Rei:ステージに立つ人にすごく響くなと思いました。自分のことを信じて、自分を愛していないと人前で「ヒーローになりたい」とか「自分はヒーローだ」っていう立ち振る舞いをするのは難しい。いつもスタジオにこもった生活をして、不安定な精神状態からステージに上がるので、この曲の「俺はヒーローだ」と自分に思い込ませるようなフレーズは、最初に歌詞を見たときからすごく共感できたし、自然に歌えました。それに、「自分は自分の人生の主人公でありたい」ってよく言うじゃないですか。だから、この曲のメッセージはすべての人に響く歌詞だと思って。ステージに立つ人だけでなく、多くの人に当てはまる曲でもあると思います。

“ヒーロー”という存在の大切さ
――アニメ『TO BE HERO X』は“信頼”がスーパーヒーローを生み出すストーリーです。ふたりがもし人から何かを信じてもらえるなら、どんな能力を手に入れたいですか?
Rei:僕は“スーパー・ソングライター”ですね。スーパーいい曲を書ける人になりたい。“いい曲”の定義はいろいろあるんですけど、僕は音楽に救われてきた人間で、一曲で「よし、イギリスに行こう!」ってなったりする人なので、そういうことができる曲ですね。ワンフレーズで、人の人生を動かす力を持った曲が“いい曲”。もちろん、それ以外の曲もめちゃくちゃ好きなんです。何にも考えないアホな曲も、落ち込んでいる時に聴いたらめっちゃテンション上がるし、「どうでもいいや」ってなる曲も大好き。ただ、そういう強い曲たちに僕は救われてきたので、そういう力を持ったスーパーソングを書ける能力がほしいですね。
澤野:僕は飛行機に乗っても怖くない能力。そういう能力があったら、もっと冒険していたんじゃないかなって思うんですよ。飛行機が苦手でいろいろと損してる……飛行機が平気だったら、もっといろんなところに行ってみようと思っていたんですけどね。
Rei:じゃあ、僕は水の中でも息ができる能力がほしいです(笑)。ずっとサンゴ礁の近くで泳いでいたい。
澤野:それいいですね(笑)。

――ちなみに、ふたりにとってのヒーローは誰ですか?
Rei:この間、モリッシー(ex. ザ・スミス)の来日公演を観に行ったんです。彼はライブで、自分の嫌なところを全部さらけ出したうえで「俺はこう生きたいんだ」ってクリアに言っていて、それがかっこいいと感じました。弱さを見せることを恐れずに、強いメッセージを放つ姿に惹かれます。
澤野:僕は、子供の頃に観たアニメのヒーローとか、大人になってから観たアメコミに出てくるバットマンとかですね。そこで言っているセリフや語っている正義って、だんだん大人になってくると茶化したり、バカにしたりすることも多いじゃないですか。でも結局、もっと大人になればなるほど、本当はそれが大事なんだと思い知るんですよね。だからこそヒーローが言っていたわけで。それは音楽活動をしていくうえでも、壁にぶつかった時とかに思ったりします。いろんな人の哲学とか小難しいことを、大人になったつもりで受け取ろうとはするんですけど、結局はヒーローたちが言っていた言葉のほうが、自分を奮い立たせてくれたりする。自分にとってのヒーローは、なんだかんだ子供の時とかに観ていたキャラクターたちの言葉や正義なのかなと思います。
Rei:本当にそうだと思いますね。子供の時の夢とかバカみたいな野望って、絶対ヒーローから来ていて。それを追っていくと挫折して、卑屈になって夢をバカにしたりもするんですけど、結局年齢を重ねていくと、やっぱりいちばん大事なものって、その時に持っていたエネルギー。それがなきゃ何も成し遂げられないなって気づくんです。あのエネルギーって無敵だったし、今も持たなきゃいけないなと思うことが結構あって。その根源って、やっぱりヒーロー/ヒロインじゃないですか。だから大事ですよね。ああいう存在っていうのは無意識的に多くの人に影響を与えていて、たぶん大人になったら忘れちゃうことも多い。でも、この世界に絶対に必要な存在なんだろうなって思います。

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