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<コラム>羊文学、アンビバレンスの美しさを描くアイコニックなロックバンドの魅力



コラム

Text:金子厚武

 3月に発表された【第15回CDショップ大賞2023】で、22年4月にリリースされたアルバム『our hope』が大賞を受賞し、羊文学に改めて注目が集まっている。彼女たちが受賞したのは「新人の素晴らしいアルバム。受賞をきっかけにブレイクが期待される、お客様にお勧めしたい作品」をコンセプトとする「青」(「何回でも聴きたい素晴らしい作品=#神アルバム(と呼べるようなスタンダードになりうる作品)」をコンセプトとする「赤」は藤井 風の『LOVE ALL SERVE ALL』が受賞)。2020年8月に『砂漠のきみへ / Girls』でメジャーデビューを果たした3人は、コロナ禍という苦境の中でも着実に前進を続け、今年9月からは、全国10か所、全12公演となるワンマンツアーの開催も決定するなど、この受賞を機にさらなる飛躍が期待される。

 羊文学がなぜ多くの人に支持されているのか? その前提となるのは「オルタナティブかつポップな音楽性」である。彼女たちの音楽性の基調は国内外のインディロックであり、ジャンル名を挙げるとするなら、シューゲイザー、ポストロック、ドリームポップといった要素が強い。繊細なアルペジオと歪み切ったファズギターを行き来する塩塚モエカ(Vo. / Gt.)のプレイスタイルや、“3人の音”にこだわって、安易に他の音を使わないある種のストイックさも含め、その立ち位置は文字通り「オルタナティブ」なものだと言えよう。

 ボカロや歌い手出身のアーティストがJ-POPの舞台で活躍するようになり、ラッパーたちが若年層からの支持を集めるようになった現代の音楽シーンにおいて、“ロックバンド”が以前よりもマイノリティになったことは事実であり、羊文学はシーン的な盛り上がりからは隔絶された場所にいる。しかし、「CDショップ大賞」の受賞コメントでフクダヒロア(Dr.)が『our hope』について、「オルタナティブとJ-POPの両立をテーマにサウンド面や全体の雰囲気をまとめました」と語っているように、羊文学の楽曲の中心には塩塚の歌があり、その聴き心地があくまで「ポップ」なのはとても重要だ。

 特に『our hope』はTVアニメ『平家物語』のオープニング・テーマ「光るとき」、アニメ映画『岬のマヨイガ』の主題歌「マヨイガ」の2曲が収録されていることもあって、バンドの軸はぶれないままに、これまで以上に開かれた印象を与える作品だった。その一方、「OOPARTS」で初めてシンセを導入して、音楽的な探究心もしっかり形にしている。だからこそ、シューゲイザーやポストロックの盛り上がりをリアルタイムで経験した世代や、ネットでコアな音楽を聴き漁っている同世代からも支持を受けつつ、羊文学が“初めて触れるオルタナティブ”かもしれない10代にも、幅広くリーチできているのだろう。


光るとき / 羊文学


 こうした音楽性の上で、塩塚モエカのアイコン性の高さも彼女たちに対する支持の大きな理由になっているはずだ。2020年以降に彼女がフィーチャリングで参加したり、コラボレーションをしたりしたアーティストの名前を並べてみると、ASIAN KUNG-FU GENERATIONを筆頭に、君島大空、蓮沼執太フィル、ROTH BART BARON、STUTS、dodo、坂東祐大など、熱心な音楽ファンからの支持を集めつつ、オーバーグラウンドでも認められている(認められつつある)名前がずらりと並ぶ。昨年11月には映画『そばかす』の主題歌となった三浦透子の「風になれ」で作詞・作曲を担当と、作家としてもその存在が求められつつあり、「風になれ」はセルフバンドカバーが1月にリリースされたことも記憶に新しい。


光るとき / 三浦透子


 また、僕はデジタルディストリビューションサービスのキュレーターを務めていることもあって、若いアーティストのデモを聴く機会も多いのだが、この1~2年で影響の大きさを強く感じるシンガーがふたりいて、そのひとりが塩塚モエカ(もうひとりはカネコアヤノ)。コロナ禍によってライブハウスを拠点とするバンドの活動が一時期困難に陥ったことはたしかだが、2010年代後半にまかれた種はそんな中でも少しずつ芽を出し、昨年くらいからはまた面白い若手のバンドが増えてきた。そういった下の世代に影響を与える/真似をされるということは、アイコン性の高さの裏付けになっている。

 塩塚のアイコン性の高さを形成しているのは、彼女の歌詞世界によるところも大きいと言えるだろう。その特徴を端的に表すなら、「弱さを肯定する」姿勢にあるように思う。何かを包み隠したり、強がったりせず、彼女は自分の感じている弱さや迷いをそのまま言葉にしているので、羊文学の楽曲は内省的な印象が強い。実家を離れて新宿でひとり暮らしをした経験が歌詞の背景にあるという『our hope』では〈一体さ、僕は何を信じたらいいのかわからないよ〉と歌う「キャロル」、〈幸せだって叫びたいのに迷ってる/あの頃描いた未来と現在があまりに違ってる〉と歌う「電波の街」がコロナ禍の混乱を象徴していたし、もともと塩塚が20歳の頃に書かれ、昨年12月に音源化された「生活」では〈昨日言った僕の言葉がなんだか/今日の僕を惨めにする〉〈許される日も来ない〉と、切実な言葉が綴られていた。


「キャロル」Live at 羊文学 Tour 2022 “OOPARTS” at Zepp DiverCity Tokyo 2022.6.28 / 羊文学


 こうした言葉は、リアルな人間関係でもSNS上の繋がりでもなかなか本音や弱音を吐き出すことができない聴き手にとって、自分を赦し、肯定するための大事な拠り所となっているはずだ。【CDショップ大賞】の受賞コメントで「自分自身や近くの友人を励ましたり感動させたりできるような音楽をやっていきたい」とあったように、塩塚の綴る歌詞は自身のパーソナルと密接に関係していて、顔の見えない誰かに言葉を投げようとしているわけではない。しかし、そうやって生まれた嘘のない言葉こそが結果的に魔法となって誰かの心を救う可能性があるということを、彼女は本能的に理解しているのだろう。困難の多い時代において、まず重要なのは自分を認め、愛してあげるということ。これは【CDショップ大賞2023大賞<赤>】の受賞作である藤井 風『LOVE ALL SERVE ALL』ともリンクするメッセージ性だと思う。

 3月1日に配信リリースされた最新曲「永遠のブルー」は、ここまで書いてきた羊文学の魅力を端的に表す楽曲となっている。メンバー3人で鳴らされるバンドアンサンブルはインディロック的なエッジを感じさせつつ、音像はよりクリアになっていて、サビではこれも彼女たちの音楽的な特徴のひとつである華やかなコーラスワークが彩りを添え、塩塚の伸びやかな歌声をより引き立てている。また、歌詞では〈強く生きなくちゃ守れないよな/でも陰では泣いてもいいよな〉〈強さなんてまだまだ、わからないけど/痛みなら少しは知ってる〉と、“強さ”よりも“弱さ”に焦点を当てていることが羊文学らしく、人生というのは「永遠のブルー」と向き合い続けることだが、その認識からしか話は始まらないことを伝えているように感じる。“弱さ”を表現するために“強く”あろうとすること。そのアンビバレンスが羊文学の大きな魅力であり、美しさなのだ。


永遠のブルー / 羊文学


 2020年のメジャーデビューから約3年、現在のメンバーになった2017年からは6年。オルタナティブに振り切るでも、ポップに振り切るでもない羊文学の音楽は、一瞬で世界を変えるような派手さには欠けるかもしれない。しかし、確かな記名性を持った音や言葉をじっくり聴き手に伝えることによって、彼女たちの音楽はいつしか誰かにとっての希望となり、その集積が現在の状況を作り上げた。そう考えると、TikTok全盛の現代にあって、羊文学が「CDショップ」というカルチャーに愛されたのは、必然だったように思える。

羊文学「our hope」

our hope

2022/04/20 RELEASE
KSCL-3370 ¥ 3,300(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.hopi
  2. 02.光るとき
  3. 03.パーティーはすぐそこ
  4. 04.電波の街
  5. 05.金色
  6. 06.ラッキー
  7. 07.くだらない
  8. 08.キャロル
  9. 09.ワンダー
  10. 10.OOPARTS
  11. 11.マヨイガ
  12. 12.予感

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