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<インタビュー>ユニバーサルミュージック、エクスポートマーケティングチームの役割とは

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 藤井風、Ado、SEKAI NO OWARIに共通すること。それは、日本人アーティストの楽曲が海外で受け入られるチャンスが広がっていることだ。アーティストと音楽ファンとの関係性がストリーミングとSNSで多様化する中、ユニバーサル ミュージックには、海外への輸出を専門とするエクスポートマーケティングというチームが存在する。海外で聴かれる日本人アーティストをより一層、戦略的に支援することを目的としており、設立以来、競争が激化するグローバル市場に向けて、日本から音楽を届ける戦略を日々アップデートしてきた、ストリーミング時代ならではの組織と言える。今回は、エクスポートマーケティングのゼネラルマネージャーを務める五十貝一氏に話を伺った。 (Text:ジェイ・コウガミ / Photo:辰巳隆二)

日本のアーティストや作品の海外展開を支援していく

ジェイ・コウガミ(JK):まずは、ユニバーサル ミュージック(以下UMJ)のエクスポートマーケティング設立の背景を教えて頂けますか?


五十貝:元々、当社には日本からCDを輸出したり、日本のアーティストが海外に行く際のプロモーションやマーケティングなどを支援したりする国際部という組織がありました。近年、日本も音楽を楽しむ方法が飛躍的に変化し、ストリーミングやYouTubeなどのデジタルサービスをきっかけに広がる楽曲が多数あらわれましたよね。その結果、アーティストも必ずしも現地レーベルとの契約が必要ではなくなるなど、日本から海外に向けて作品を届けるための状況も大きく変化しました。そのため、ユニバーサル ミュージック独自のチャンネルを強化することによって、海外のリスナーに対して日本のアーティストや作品の海外展開を支援していくために、エクスポートマーケティングが設立されました。


JK:具体的なチームの役割はどんな内容でしょうか?


五十貝:エクスポートマーケティングでは、プロジェクト毎にカスタムメイドのマーケティングを設計して、社内外のレーベルなど関連部門と連携しながら調整する役割を担っています。必要なのは、定食メニュー的な提案を作るのではなく、アーティスト毎に色々やれることをアップデートし考え続けていくことです。海外市場に対して日本の音楽を輸出する役割もあるのですが、それだけに留まらない役割も行えるチーム構成になっていると思います。


JK:五十貝さんは、ゼネラルマネージャーとしてどのような役割が求められていますか?


五十貝:我々のチームでは、日本以外の地域で楽曲や日本のアーティストがどのように聴かれているか、変化の兆しや再生のキッカケとなる現象をいち早く察知して分析しています。チームのリーダーとしての役割は、打ち手を考えるアプローチを組織的に構築することでしょうか。日本の音楽は今、ストリーミングサービスやSNSなど含めて毎日のように再生されているので、日々の動きに対して、私たちがどんな働きかけが出来るのかを毎日考えています。


JK:UMJ社内で感じていた課題は何かありましたか?


五十貝:一つ目は、音楽サブスクリプションやストリーミングサービスの上陸が遅れたこともあり、そのためのマーケティングのアプローチなどが確立しきれていないことが課題でした。ですが近年、日本でもストリーミングが浸透し、SNS発のヒットなども増えたことで、海外との距離が近くなり、ストリーミングなどデジタルサービスを起点に、各国で日本のアーティストの作品を聴いてもらえる機会が増えました。その結果、UMJでも年々、日本のアーティストの海外での売上が成長しはじめました。こうした海外での動きをさらに活性化し、細かいサポートを提供するために、体制を整えました。二つ目は社内の情報共有です。これまでは、個別の事案ごとに対応していましたが、それだとどうしても社内に知見や経験が蓄積されにくく、うまくいった事例もきちんと共有されづらいという課題がありました。海外のリスナーに、日本の作品を発見してもらうためには多種多様なキッカケや現象が背景にあり、規模感やパターンもそれぞれ異なります。SNSで話題になった様々なきっかけや、聴かれ方のデータを集約して、どのレーベルもアクセスできる状態を作るのも、エクスポートマーケティングの大切な役割だと思っています。


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地域や世代によって、音楽を受け入れる下地になっているカルチャーがある

JK:社内での情報共有のプロセスはどんなアプローチを取っていますか?


五十貝:コアメンバーに加えて、各レーベルから担当者が参加しています。定期的に今起きている現象や、新たに見つけた火種、起こり始めた動きを綿密に共有しています。加えて、ユニバーサルミュージックの本社に専門のチームがあるので、そのチームと連携してデータやノウハウを共有しています。


JK:予兆や反応を見つける基準は、ストリーミングですか?


五十貝:そうですね。ストリーミングも当然ながら、今はTikTokも重視していますね。ストリーミングに跳ね返る前に、まず火種が生まれるのはSNSですので。特にTikTokは音楽との親和性が非常に高いので、検証も細かくおこなっています。


JK:最近、エクスポートマーケティングで検証した日本人アーティストの具体例はありますか?


五十貝:2022年に、面白い動きが起きたのは、藤井風の「死ぬのがいいわ」と、SEKAI NO OWARIの「Habit」ですね。良い作品であることは大前提ですが、SNS経由で世界的に認知が広がりました。「Habit」は、最初にペルーやメキシコなど中南米で注目されて再生回数を増やし、そこを起点に世界へと広がっていきました。南米で火が付いた楽曲が世界に広がる、という動きは、弊社にとっては新鮮でしたね。藤井風の「死ぬのがいいわ」は、タイのTikTokで早回しのUGC動画や、アニメMAD動画、Kドラマの切り抜き動画などに使われて拡散されました。そこからSpotifyのバイラルチャートに入り、一瞬で世界的に広がっていきました。




JK:日本の楽曲が海外で受け入られる要因は、SNSを利用する世代が海外に多いからでしょうか? それとも、特定の国や地域に限った話でしょうか?


五十貝:世代や地域で縛る前に、音楽ファンの背景にあるカルチャーが不可欠だと捉えています。例えば、日本のアニメは世界的に市民権を得ていると思いますが、だからといって、アニメのタイアップ曲が必ずBillboardのグローバルチャート上位に入るわけでもありません。海外を攻めたいから、一元的にアニメと組んで攻めよう、ということでは成立しません。地域や世代によって、音楽を受け入れる下地になっているカルチャーが存在します。海外へのアプローチ方法を探るために、背景にあるカルチャーを調査し、検証することを大切にしています。




JK:日本人アーティストや楽曲が受けいれられるカルチャーや環境という点で、今までの先入観や固定概念を変えるような、新しい発見はありましたか?


五十貝:必ずしも英語の歌詞でなければいけない、という考えは、見直さなければと感じています。


JK:具体的な事例はありますか?


五十貝:東南アジアで、とある日本の楽曲がバイラルしてきた時、現地のスタッフに調査してもらったところ、「歌詞が良い」から動画投稿が増えたとことが分かったんです。日本語歌詞で歌ったディープなラブソングだったのですが、現地の人が共感して反応した理由が歌詞だったことには、私たちも驚きました。アーティストの拠点が日本であれ、世界中のリスナーやユーザーには届くことと、言語の壁や国境に縛られないことが実感できました。


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自国出身のアーティストでなくても契約する柔軟性は強み

JK:現地のチームやスタッフと連携しながら、常に最新情報や市場調査が出来るのは、アーティストチームが戦略を組み立てる上でメリットが大きいですね。


五十貝:アーティストには具体性の高い提案ができるようになりました。例えば、インフルエンサーマーケティングを一緒に考えてみましょう、となった時、海外のチームも含めて一緒に連携しながら、現地のリスナーに向けたマーケティング施策を提案できます。さらに、現地スタッフやレーベルと常にコンタクトを取りながら提案を進められるのも、私たちの強みだと思います。海外レーベルと直接話が出来るフットワークの軽さ、提案が出てくるまでのスピード感は、非常に心強いです。


JK:ストリーミング・マーケティングにおいて、スピードは重要ですね。


五十貝:今日SNSで盛り上がっているから、明日対策をディスカッションしましょう、みたいにスピード感のある話し合いができています。昔に比べて、機会損失は圧倒的に減ったと思いますね。


JK:ユニバーサルミュージック・グループ(以下UMG)として日本の作品に限らず、御社が海外市場でシェアを獲得し続ける上での強みは、どのように変わってきていると思いますか?


五十貝:ヒットの兆しや、素晴らしい才能、クリエイティブを見つけた時に、グローバルミュージックカンパニーとして、世界中のチームが直接やり取りできるチーム力はこれまでよりさらに高まっていると感じます。例えば、ドイツで突然K-POPアーティストの再生数が上昇した時、韓国のチームがドイツのチームとすぐに会話を始めて、さらに大きく盛り上げることができました。以前だと、海外でヒットを狙うには、現地のレーベルと契約し商品を流通・販売する必要がありましたが、先程申しあげたとおり、今はデジタルサービスによって、国境や言語を超えて音楽を届けられる時代です。そうなると、お互いに最先端のカルチャーを理解し合うための情報共有がより大切になってきます。そのためにも、マーケティングチームが各地にいるということは海外への道筋の観点でより強みになっていると思います。


JK:アーティスト獲得の側面では変化はありましたか?


五十貝:前回のグラミー賞(第64回グラミー賞)最優秀新人賞にもノミネートされたアルージ・アフタブは、パキスタン出身のアーティストとして初めてグラミーを受賞しました(最優秀グローバル・ミュージック・パフォーマンス)。彼女は、UMGのVerve Recordsがいち早く契約したアーティストです。可能性のある世界各地のアーティストを見つけようという、UMGのアプローチのひとつの例になるのではないでしょうか。地産地消で終わるのではなく、常にヒットの兆しや、素晴らしい才能・クリエイティブを色々な地域で探しています。自国出身のアーティストでなくても契約する柔軟性は、UMGの強みですね。


JK:五十貝さんが仕掛けていきたい海外マーケティングや、注目しているトレンドはありますか?


五十貝:TikTokやSpotify、YouTubeなどでは、数値がリアルタイムで可視化されて、ファン数やリスナー数のデータが見れますよね。なのでSNSで火が付いて、ストリーミングサービスで再生されたり共有されたりすることで、世界に広がり、ファンが増えるという流れの先を常にイメージしています。具体的に言うと、日本以外でCDなどフィジカル商品が売れるようになったり、お気に入りのアーティストの思い出を形に残る方法で届けたりしていくことです。支えてくださっているファンの皆さんに対して、アーティストや楽曲を応援するための様々な手段を提供することは、音楽会社の使命の一つだと考えています。そして、そういう動きは、日本のアーティストにとって国内だけではなく、海外でも起こりうると感じています。


JK:地域に応じてフィジカル商品をゼロから作っていくと。


五十貝:例えば、VTuberのMori Calliopeは、既にアメリカに多くのファンがいたので本社のチームと相談して、アメリカのECサイト(ユニバーサルミュージックストアの米国版)でもグッズを販売しています。その結果、予想以上にファンの方がグッズ付きの作品を購入してくださいました。今後、こうした手法はどんどん生まれていくでしょう。


JK:まだ挑戦しきれていない領域や、課題と感じる領域は何ですか?


五十貝:アニメのタイアップで聴かれている楽曲は多いと思いますが、そうでないアーティストを増やしていきたいですね。大きなチャレンジですが、その意味でも藤井風は、日本からアーティストの新しい扉を開いた存在だと思っています。TikTokの反響によって、Spotifyなどで月間リスナーが急増し、Spotifyの「New Music Friday」など、大きいエディトリアル・プレイリストにピッチできる環境に繋がりました。まだまだ簡単ではないですが、手応えを実感できるようになってきています。繰り返しになりますが、作品の力があることが大前提で、私たちの行うマーケティングはあくまでの言語や文化の違う地域でより多くの人に知ってもらうためのサポートのひとつです。現地のスタッフと協力しながら、多くのノウハウを構築し続けケーススタディを重ねていく必要を感じています。なので、必勝方程式を作るのではなく、アプローチのパターンを増やしていきたいと思っています。アーティストからもよりクリアな目標や具体的なリクエストを頂く機会が増えてきたので、提案の具体性を高めていきたいです。


JK:エクスポートマーケティングが目指す2023年の目標を教えて頂けますか?


五十貝:いくつかありますが、そのうちの一つは歌い手やVTuberのようなカルチャーに対するアプローチです。このような日本のカルチャーには、まだまだ世界中に顕在化されていない潜在的なユーザーが大勢いると思っています。先ほどもご紹介したMori Calliopeは最初から海外展開も視野に入れて、EMI Recordsが契約しました。なので、我々スタッフの中でも「日本だけでなく、海外を目指せるアーティストを発掘したい、育成したい」という機運が高まっているように感じています。新大陸発見のようなゴールドラッシュに湧く高揚感のようなもの、というか(笑)。邦楽レーベルで海外展開をやったり、インターナショナル(洋楽)のスタッフが邦楽のプロジェクトに携わったりするなど、海外とのつながりがレーベルの垣根を越えて増えていて、2023年は、さらにその取り組みが進むような気がしています。私自身も、レーベルのスタッフと海外展開について話をする機会が増えました。なので、アーティストやスタッフが海外での活動を少しでも考えた時に、いかにスピーディーかつフレキシブルにサポートや提案に動けるのかが、エクスポートマーケティングの存在価値だと思っています。


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