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渋谷慶一郎×池上高志(東京大学教授)×増井健仁(WMJ)interview



インタビュー

 東京芸術大学音楽学部作曲科を卒業し、2002年に自身の音楽レーベルATAKを設立、アーティストの杉本博司やパリ・オペラ座のダンサー、ジェレミー・ベランガールなどジャンルを超えたコラボレーションを展開し、日本とパリを拠点に精力的に活動する音楽家・渋谷慶一郎。2012年には、世界初となる映像とコンピューター音響による、初音ミク主演のボーカロイド・オペラ『THE END』を発表し、世界中で大きな話題となった。そんな彼が、次に挑戦するのはAIを搭載したアンドロイドによるオペラだ。タイトルは「Scary Beauty(スケアリー・ビューティー)」。世界的なロボット学者である石黒浩教授(大阪大学)の集大成ともいえるヒューマノイド・アンドロイド”Alter2(オルタ2)”に、世界的な人工生命の研究者である池上高志教授(東京大学)がAIの自律的運動プログラムを搭載した本プロジェクトについて、渋谷氏、池上氏、増井健仁氏(ワーナーミュージック・ジャパン)に話を聞いた。

人間が指示を与えなくても、アンドロイドが自分で動く

――「Scary Beauty」は、日本に先駆けて2017年9月にオーストラリア・アデレードで上演されました。その時の公演内容について、教えていただけますか。

渋谷慶一郎:オーストラリア公演では、僕がピアノを弾きながら指揮をし、10名ほどのオーケストラにあわせて、僕が作曲した曲をアンドロイドが歌うという内容でした。

池上高志(東京大学教授):アンドロイドは、歌唱しながら動きますが、その動きはもともとプログラミングされていません。アンドロイドに人工の神経細胞のネットワークを搭載することで、音が鳴ると、その音声の入力信号が神経細胞を刺激し、反応して動くという仕組みを作りました。

渋谷:例えば、昔のラジコンは人間が前進や右折など、ボタンで指示を出さないと動かないですよね。そうではなく、アンドロイドにニューラルネットワーク(神経細胞)の自律的に発火し続けるプログラムを入れるんです。そうすることで、人間が指示を与えなくても、アンドロイドが自分で動く。その自分の動きや環境に影響されて次の運動も決定されていくというものです。

――「Scary Beauty」は、いつから企画されていたのですか。

渋谷:2013年に、パリのシャトレ座で『THE END』を上演したのですが、帰国する日に当時のシャトレ座の館長だったジャンリュック・ショプランに呼び出されて「次は、何をやりたいんだ?」と聞かれたんです。その時、とっさに思いついて「アンドロイドのオペラを作りたい」と答えました。

池上:渋谷さんに、石黒浩教授を紹介してもらったのが2015年だったと思います。そこから、アンドロイドに、どんなプログラムを入れれば良いかを考え始めました。

渋谷:2015年に、フランスのパレ・ド・トーキョーで、石黒教授のアンドロイドと一緒にパフォーマンスをしたんです。その日は、テオ・ヤンセンのレクチャーと同じ日だったんですが、すごく多くの観客が来ていました。ただ、アンドロイドの動きが単調だと、お客さんってシビアにショーの途中でも帰るんですよね。立ち見まで出る満席だったのに、どんどん人が帰っていって。ショーの途中で席を立たれるなんていう経験は今までなかったので、とてもショックでした(笑)。一方で、池上教授とも色んな作品を一緒に作っていましたが、とてもカッティングエッジで抽象度の高い作品で作っていて本当に楽しかった。ただ2010年頃を境に、日本でも世界でも抽象的なものの訴求力が落ちてきたなと思ったんです。

池上:その考え方、面白いですね。僕は、ブロックチェーンからディープラーニングまで、今開発しているありとあらゆる技術が出そろったのが2010年だと思っています。ドイツの研究所で64個の細胞が16384個まで分裂しつつ、分化していく様を映像で見せたのが、2008年。全て2010年までに幕を切っていますよね。

渋谷:ああ、確かに。僕は、2010年を境に抽象的なものに対する興味が失われていった原因は、こういうと元も子もないけどインターネットだと思っています。当然ですけど、インターネットや、ソーシャルネットワークはとても具体的なものですよね。人々が具体的な刺激に慣れた結果、抽象的なものを解釈する余地がなくなってしまったということが一つ、あと現実も集めて細かく見ればすごいじゃんみたいなリアリティ信仰が席巻、加速したと思います。

――そこで、アンドロイド、音楽、そして池上先生を組み合わせるというアイディアが浮かんだのですね。

渋谷:アンドロイドは、すごく具体的な存在ですからね。

池上:実際に、触れることができるという点がすごく大きいと思います。人間は素朴に実在論的なので、実際に触れるかどうかは非常に重要です。

渋谷:高度な人工生命のシュミレーションや理論を、アンドロイドという非常に具体的な存在と組み合わせたら面白いんじゃないかと思って、「2人とも仲が良いんだから、僕のためにコラボレーションしてくれないか」ってお願いをしました(笑)。そんな乱暴なお願いをするのは、僕くらいしかいないかもしれませんけど(笑)。

池上:渋谷さんは、プロデューサーですからね(笑)。でも、たしかにそういった視点で人工生命を見てみると、今までやっていた研究も全く違った方向に展開していくし、同じ研究分野でも、やるべきことが変わってくるので非常に面白いと思いました。

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人間の指揮者を作りたいわけではないんですよね

――タイトルの「Scary Beauty」は、どのように決定したのでしょうか。

増井健仁(ワーナーミュージック・ジャパン):このタイトルを決めたのは、2017年5月に彼がパリ・オペラ座バレエ団のエトワール引退公演に出たときですね。ちょうど僕もパリにいて、お茶を飲みながら、アンドロイドの作品の話になりました。彼の『THE END』はすごく成功していて、今回はその次のプロジェクトです。しかも、石黒教授や池上教授など日本の叡智が集結して、エンタテインメントを作ろうとしている。だからこそ、タイトルは分かりやすくないといけないと思いました。僕らでも、一目見てイメージできるようなタイトルが必要だなと。そうしたら、彼がいきなり「Scary Beautyにしようと思う」って思いついたんです。そこからスタートして、オーストラリア公演を経て、今に至ります。

――オーストラリア公演のあと、クリプトン・フューチャー・メディアのことぶき光さんも、本プロジェクトに参加されることになりました。ことぶきさんの役割は、何ですか。

渋谷:ことぶきさんは、人間とテクノロジーの継ぎ目になる存在ですね。

増井:オーストラリア公演の映像を見たとき、アンドロイドがプログラミングされているように見えてしまったんです。凄いんだけど、スイッチを押したら最後まで演奏できちゃうんでしょ?って。本当は違うんですけどね。そこで、クリプトンの伊藤社長に相談したところ、リアルタイムで初音ミクをオーケストラに合わせて動かせる技術があるということを教えてもらいました。

渋谷:ことぶきさんとの最初の打ち合わせは近年ないくらい刺激的でいきなり3時間超えで盛り上がりました(笑)。最初は、どうすればアンドロイドをよりリアルに歌わせることができるのかという相談だったのですが、話しているうちにどんどん結論が変わっていって。最終的に、「アンドロイドが歌を歌って指揮もして、人間が必死に付いていく方が面白いんじゃないか」ということになりました。こういう風に結論というか着地が最初と変わる議論はやる意味があるんです。今、人間はスマートフォンやSlackに振り回されています。ある統計によるとSlackを使ってる人の1日の平均使用時間は10時間です。このショーはそうしたテクノロジーの奴隷になっている人間という、テクノロジーと人間の過渡期の関係性のメタファーになる、つまり分かりやすく表現できるのではないかと思いました。

――7月の公演プログラムは、オーストラリア公演と同じ楽曲になるのでしょうか?

渋谷:音楽も大きく変わりますが、まずアンドロイドの歌唱も変わります。今までは、ボーカロイドに人間の音を薄く混ぜて、僕にとって理想的な人工の歌声を作って歌わせていました。ただ、そうすると今回のようにアンドロイドが指揮もする場合、自分の指揮が生み出すテンポの変化に付いていけないんです。なので、今回はボーカロイドのソフトをリアルタイムで走らせます。歌詞とメロディと小節数はインプットされていますが、BPMという概念はないので指揮をする動きはインプットされていません。BPMを設定して何小節目で大きく振るというプログラムを作ると、結局 アンドロイドが自律的に動いているのではなく、人間の真似をしているだけになりますから。

池上:そもそも人工生命というのは、自分自身で運動パターンを作ることができるというのが前提です。なので、今回もただランダムに動くというわけではなく、オーケストラの音色や自分の歌声、そして光などの情報を通じて、どんどん自分の運動パターンを変化させ、組み合わせていきます。

増井:歌詞とメロディについても、例えば清書していないような状態でインプットされています。なので、音や光の情報に合わせてアンドロイド自身が、自由に出すことができます。その結果、アンドロイドが自分で指揮をして、オーケストラがそれに合わせて演奏し、さらにアンドロイドが歌うことができます。

渋谷:ビョークやフランク・シナトラが歌いながら指揮ともダンスともつかない動きでオーケストラやビックバンド率いてパフォーマンスしますよね。発想的にはあれに近いかもしれないです。見た目は全く違いますが(笑)。

――インプットされる情報にあわせて、どんどん学習していくのであれば、リハーサルと本番の演奏も、まったく変わってしまうのではないでしょうか。

渋谷:演奏のたびに大きく変わると思います。オーケストラの方も大変だと思いますし、僕にとっては、音楽というか演奏のクオリティを失う可能性もある。でもそれが、僕がやりたかったことなんです。本来、新しいことを表現するというのは、そういうことなのではないでしょうか。そして、音楽にはそういう面が減ってきていると思います。今の音楽は、美しさや気持ち良さを提供するばかりで、サービス業のようです。これは作品です。決定的に新しい挑戦があって、ある部分ではどうなるか分からないような作品を提示する方が特に現在では、意味があると思いました。

――演奏する側の解釈力も求められそうですね。池上先生にとって、このプロジェクトで最も苦労された点はなんですか?

池上:大変なのは、これからですね(インタビューは5月22日)。指揮をすることを、自分の内面を表現することだと定義するならば、アンドロイドに内面は存在しません。なので、その内面をどのように構成するのかというのが、当面の大きな課題です。今のAIは受動的にデータを処理することはすごく得意ですが、どんなデータを取得したいか、次にどう動きたいのかを自分で考えることはできません。ただ、今回のアンドロイドのコンセプトは自分で指揮をすることです。これから、まだまだハードルがあると思っています。

渋谷:ただ、僕たちは人間の指揮者を作りたいわけではないんですよね。

池上:そうですね。

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今回の公演は、人間とテクノロジーの関係性の過渡期のメタファーになる

渋谷:人間とは全く異なるアンドロイドのロジックやシステムに基づいて指揮をし、それに人間が強引に従うと、人間の指揮者や演奏者では見えなかった世界が見えるということをやりたいと思っているんです。これは誰もやったことがないことだから音楽にとっても発見です。

池上:生命の大きな特徴の1つに、“暴走性”があります。その暴走性を飼いならすのではなく、暴走性も見せつつ、生命性をインストールしていくのが、このプロジェクトにとって大事なことだと考えています。そして、これは人工生命そのものの挑戦にも繋がっていくと思います。

――アンドロイドには、人間では生み出せないようなものを作れる存在になってほしいと。

渋谷:そうです。将来的にはアンドロイド同士が作った音楽があったとして、人間には初めのうちはノイズにしか聞こえないんだけど、それが相互楽手的に発展していくと、今まで聴いたことのないんだけど、いわゆる「人間が考える実験的」とかとは違うレベルの新しいリズムや連続性が生まれるという可能性もあると思っています。

――少し怖い世界ですね。

渋谷:でも本来、芸術にはそういう怖さが必要だとも思います。ピカソでもフランシス・ベーコンでも、美しいんだけど気持ち悪いし怖いですよね。そういう両極併せ持ったゾクッとした美しさというのは意外に音楽ではあまりないから、やってみたいと思ったんです。それが「Scary Beauty」というタイトルの意図です。

――前回は初音ミク、今回はアンドロイドと、人間ではない存在に挑戦し続ける理由はあるのでしょうか。

渋谷:音楽は誕生したときから、人間が作って人間が聴いて感動したりしなかったりという人間のサークルの中だけで出来ていますよね。でも、人間以外が歌ったり作ったりする、つまり身体性を伴わない音楽に感動することができるのでは?ということがやっと可能になった時代に生きているから。実際、このプロジェクトを進めていくと、「音楽って、こうなっているんだな」と再発見することもできました。

――再発見とは、どういうことでしょうか?

渋谷:自分で作って「これは美しい、クオリティが高い」と思っていたことが壊される瞬間があって。テクノロジーには、自分が築いてきた技術を津波のように流し去って無意味にしてしまう力があります。作品を作っていると、どうしても何度もトリートメントして洗練させようとしがちですが、そんなに丁寧にトリートメントしないでソフトウェアの音がそのままみたいな剥き出しのテクノロジーを乱暴に突っ込んだだけの方が表現としてはパワフルなことがあります。なので、日頃いかに創作するときに自分の趣味とか癖に縛られているかがわかります。あと、頑張って作ったからどうしても生かしたいみたいな中途半端な情緒を無化するような怖さが本質的に新しいテクノロジーにはあります。でも、そこが面白いところでもあると思います。

増井:今、バンドのレコーディングをしていてもそうですよね。ドラムなどは2回くらい録音すれば、そこからはエンジニアが編集することで、出来上がってしまいます。技術的には、単音を録音するだけでも作れてしまう時代になりましたが、そうするとバンドのアイデンティティがなくなってしまいます。テクノロジーと人間のせめぎあいのような瞬間を、よく目にするようになりました。

渋谷:今回の公演は、そういった人間とテクノロジーの関係性の過渡期のメタファーになると思います。従来その2つはシームレスに繋がっていくはずなんだけど、今はまだ主従がある。

――7月22日の日本公演後のスケジュールは決まっているのでしょうか。

渋谷:ヨーロッパとアメリカから、いくつか話は来ています。

増井:日本でエンタテインメントの仕事に携わっていると、いまだに国境を意識させられる瞬間があります。ですが、渋谷さんと池上教授が今回やろうとしていることに、国境はありません。現状、僕たちがショーをやるにあたって縛られている常識に捕われないことをやりたいですし、そこに日本のエンタテインメントの可能性があるのではと思っています。気持ちが良いとか、心地良い時だけが、人が動く瞬間ではありません。意味は分からないけど、体験したことがないから興味が沸く。今回の作品は、エンタテインメントの世界において、1つの可能性を生み出せるようなショーになるのではと思っています。

渋谷:いつも思うんだけどエンタテインメントにするのが、一番ハードルが高いんですよね。研究や芸術と違って、エンタテインメントは「つまらない」って言われたら終わりだから。なので、エンタテインメントとして成立させるというのは研究や芸術のハードル上げる訓練になると思っています。ですが、そこから逃げてはいけないとも思っています。僕は、もうだいぶ前にパンクラスという団体の総合格闘技の試合で衝撃を受けたことがあります。と、唐突に格闘技の話になるんですけど(笑)、彼らの旗揚げ戦で休憩時間は25分だったのに、総試合時間は確か12分くらいしかなかったんです。真剣勝負だからどっちかが首を締められたら落とされて終わりみたいな試合ばかりで、どれも2〜3分で試合が終ったのです(笑)。そこではこれは興行だから、最低でも何時間は観客に見せないといけないとかいう常識が取り払われていました。お約束というか既成の形式がなくても人は驚きと感動を同時に受け取ることができる。今思うと20年前以上の記憶だけど影響受けてたんですね、と謎にパンクラスの話で終わるという(笑)

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