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カマール・ウィリアムス&ジョー・アーモン・ジョーンズ来日記念 ~柳樂光隆が語る「UKジャジー・ミュージック」のいま~



 カマール・ウィリアムスとジョー・アーモン・ジョーンズ。イギリスの若き「ジャズ」ミュージシャンたちが5月より連続して来日公演を行う。

 「UKジャズ」という言葉が、音楽好きの間でホット・ワードになって2年ほど。2018年にはその象徴とも言えるサックス奏者、シャバカ・ハッチングスが率いるサンズ・オブ・ケメットの『Your Queen Is A Reptile』が〈impules!〉から世界的にリリースされ、各国のリスナーやメディアの間で高い評価を受けた。イギリスという国が元から持っていた、カリブやアフリカ地域との交流を下地にした、古くて新しいUKならではのジャズというものが、今とても良い時期を迎えている……そんな記事を、歴史の縦軸と横軸に多数の参照点を求めながら自身のnoteに執筆した柳樂光隆氏に、シャバカと同じく「UKジャズ」の一団に属するカマールとジョー・アーモン・ジョーンズについてインタビューを。すると「その二組に関しては、シャバカらとはまた別の流れがあるように感じる」との答えが。

 では、それはどのような流れなのか? キーワードは「ジャズ」と「ジャジー」。その潮流をとらえるべく、オリジナルのプレイリストを作ってもらい話を聞いた。

「ムーブメント」としての「UKジャズ」

―カマールやジョー・アーモン・ジョーンズの周辺のミュージシャンについて、柳樂さんが気にし出したタイミングは、どのくらいでしたか?


柳樂:UKに興味を持ったのはインディー時代のゴーゴー・ペンギンがきっかけだったんですけど、ジャイルス・ピーターソンがやってる〈Brownswood〉がザラ・マクファーレンとかユセフ・カマールとかの音源も出していたのでチェックはしてました。そもそも〈Brownswood〉ってブレイクする前のホセ・ジェイムスをリリースしてましたから、自分の興味の範囲内だったんですよ。
最初は、アメリカのメディアが、「イギリスにもジャズがあったんだ!びっくり!」みたいな、結構ひどいことを書いてたりもしたんだけど(苦笑)、そうこうしているうちにイギリスのガーディアンとかNMEみたいなメジャーなメディアが、ジャズの記事をたくさん記事を作るようになって。きっかけはジャイルスが『We Out Here』(2018年)というコンピレーションを出したことですね。この辺のジャズに関しては『We Out Here』系って読んでも言っていいくらいシンボリックな出来事だと思います。



―日本でも、同じ頃から特に取り上げられる機会が増えました。

柳樂:キング・クルールやトム・ミッシュ、ジョルジャ・スミスなどとセットで「サウス・ロンドン・シーン」みたいな形でも、よく取り上げられたのでかなり浸透しましたよね。
ロバート・グラスパーとかのUSのジャズだと当然ジャズのミュージシャンからの支持がかなり強かったんですけど、UKのシーンはリスナーからの支持が強いのが特徴だと思います。メディアもそうですよね、「USジャズ」は基本的にはジャズのライターが書いている。でも、「UKジャズ」って呼ばれてる音楽って、ジャズの人じゃなくて、ロック系とかクラブ系のライターの人が興味持って記事を書いているケースも多いじゃないですか。それって、ジャズ以外の側面から語りたくなる音楽だし、ジャズの部分に触れなくても語れる音楽ってことですよね。これまでのジャズ好きの人たちが「現代ジャズが盛り上がってます!」ってやってた空気とは、全然別のところで全然違う盛り上がりがある感じがあって、それが面白いと思っています。

―ある意味、「ジャズではない」とも言える音楽なのかも知れない。

柳樂:もちろん個別のミュージシャンや楽曲を取り出してみると、ジャズの要素はあるにはあるんですけど、必ずしもベースにジャズがあるわけではない人もけっこういる感じが特徴とも言えますね。それに今はジャズっぽいサウンドのビートメイカーとかも同じ枠で紹介されていたりするので、ジャズではないものも含めて同じシーンの音楽って感じですよね。その辺はアシッドジャズとかクラブジャズと似てますね。
USのジャズシーンだと最近、ジョエル・ロスってヴィブラフォン奏者が話題なんですけど、「NYにすごい才能が現れた!しかも、既にジャズギャラリーとかジャズスタンダードで○○と共演してる!」みたいな話が、すぐに世界中のジャズのプレイヤーやリスナーの間で話題になるし、それが日本にも届いて日本のリスナーが注目するような流れがあります。



一方で、「サウス・ロンドン/UKジャズ」って、みたいな話って、これまではあまり知られていなかったような場所で、若いミュージシャンたちがジャズのシーンとは別の場所を拠点にしてDIYで始めて、SpotifyやバンドキャンプやSNSを経由してロンドンで話題になって、それをジャイルス・ピーターソンがフックアップして、BBCやガーディアンみたいなメディアにも届いて、みたいなそういうストーリーも含めて独特の雰囲気があるんですよ。『We Out Here』系以外にもイギリスにはジャズシーンはあるんです。ただ、『We Out Here』系だけは違う盛り上がりをしている。若いリスナーにとっても「自分たちの音楽」みたいな感じなんじゃないですかね。ムーブメントごと、ストーリーごと受け入れられてる感じがしますね。

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「ローファイ・ヒップホップ」と「UKジャズ」の類似性

―では、柳樂さんが改めて、今のUKの音楽に感じる魅力や特徴は、どのようなものですか?

柳樂:当たり前ですけど、アメリカと違うところですよね。「ジャズ」というより「ジャジー」というか。「ジャズっぽさ」の取り入れ方が、すごく上手いと思います。アメリカの音楽への憧れがすごく強くあることも感じますね。
あと、今のアメリカの音楽ってすごく流れが早いですよね。SNS以降なのか、Spotify以降なのかわからないけど、ラップでも、ポップスでも、面白い人がどんどん出て来てはフックアップされてどんどん話題になって、ちょっと前の人は、古い感じがしちゃうくらいで、消費のスピードがあまりに速い。ジャズも同じとは言わないけど、今までよりも時間の流れが早い感じはします。
だけど、イギリスのミュージシャンたちはトレンドに食らいついている感じも、新しさにこだわってる感じもがあまりしないと思うんです。ジャズではないけど、トム・ミッシュとかも、トレンドのど真ん中を意識してデビューしてきたわけじゃないですよね。それはロイル・カーナーにせよ、ジョルジャ・スミスにせよ同じですね。USではトラップ、UKではグライムが強いって言われてますけど、その感じがそんなにしないじゃないですか。グライムっぽいリズムを取り入れているエズラ・コレクティブみたいなバンドも一応いますけど。
アメリカだと、例えばロバート・グラスパーでも、どんどん先に進んでいて、さすがにトラップはやらいけど、「もうJ・ディラっぽいのとかはいいかな……」みたいな感じがありますよね。『Artscience』でもR+R=NOWではネオソウルっぽさが全くなかった。



一方で、UKのミュージシャンからは「デ・ラ・ソウルとア・トライブ・コールド・クエストとかJ・ディラとかってずっと良いよね、だから僕らもずっとこれやろうか」って感じがするんですよ。そのマイペースさが魅力なんじゃないですか。アメリカのシーンと完全に切れてはいないんだけど、同じことをしようとは思ってない。
グラスパーがJディラのメドレー「J Dillarude」をやったのが2007年なんですけど、その2000年代の雰囲気をずっとやってる感じもありますよね。アシュリー・ヘンリーが2017年にNASの「The World is Yours」のカヴァーをやってるのは正にそういう雰囲気。



トム・ミッシュがデ・ラ・ソウルを起用してやった「It Rund Through Me」の感じって、デ・ラ・ソウルっぽいポップさもあるし、ファーサイドの「Runnin’」とか思い出したりする人も多そうで、カマール・ウィリアムスにしてもヒップホップっぽいことをやると90年代のブーンバップそのものって感じだし、自分でも90年代のヒップホップっぽいのをやってるって言ってますよね。好きな音楽をそのままの形で、でも少しだけブラッシュアップして大事に演奏してるんですよ。



だからこそ、本人たちの中にも「サウス・ロンドンとかUKジャズとか言われても困る」みたいな人もいるみたいですよね。「そういうまとめ方はハイプだ。僕らはトレンドじゃない」みたいな。

―なるほど。

柳樂:あと、これは、beipanaさんの「Lo-fi Hip Hop(ローファイ・ヒップホップ)はどうやって拡大したか」という記事を読んでいて思いついたことなんですけど、ある意味、今のイギリスの音楽の盛り上がりは、ローファイ・ヒップホップ的だと思うんですよ。ローファイ・ヒップホップはYouTubeでしたが、UkジャズはBandcampやSpotifyのありきで盛り上がったムーブメントなのかなと思うんです。エクストリームだったり、プログレッシブだったり、実験的だったりしない、ちょうど良い「ジャジーな」音楽を聴きたいというリスナーが実はすごく多くいて、そのニーズにしっかりとハマったんじゃいかなと。それって「作業用のBGMが進化した」みたいなローファイ・ヒップホップの話と、すごく繋がるような気がするんですよね。
音楽的にも、ローファイ・ヒップホップとか、チル系のヒップホップとかのプレイリストにハマる感じの音源がUKジャズの周辺多い気がするし、そこを狙っている部分もあるんじゃないかな。マンスール・ブラウンっていう、アルファ・ミストとかカマールの周りのギターの人もそう。テクニックが特出しているわけじゃないんだけど、90年代のポストロック~音響系とかにいそうな、気持ちが良い音が出せる系のギタリスト。そういう感じがすごく強いと思います。
トム・ミッシュの『Beat Tape 2』とか、ロイル・カーナーのアルバムとかも、90年代のアメリカのヒップホップのブラッシュアップ版みたいな感じで聴けますよね。どこか懐かしい感じがするというか。アルファ・ミストとかもそうかな。それって、イギリスのクラブ・シーンに、J・ディラやマッドリブが好きで、レコードを買って、ブレイク・ビーツを作って、みたいなビートメイカーたちがずっといて、そういう音楽を好きなリスナーもずっといたことが大きかったんじゃないかな。アルファ・ミスト、テンダーローニアスとか、レジナルド・オマス・マモード四世、ジェームス・クレオール・トーマスにも、そういう雰囲気がすごくある。テンダーローニアスをリリースしている〈22a Music〉っていうレーベルは全体的にそういう雰囲気がありますよね。



その空気感は、ジャズミュージシャンと言うよりは、キーファーとかリジョイサーとかDJ・ハリソンとか、ジャズの周りにいて、プレイヤー的な面もあるけど、ビートも作って、ジャジーでチルアウトっぽい音楽を作る(LAの)〈Stones Throw〉周辺のアーティストとかと近いのかもしれませんね。

―2000年代以降のLAシーンの盛り上がりは、今のイギリスの若いシーンの盛り上がりにも確実に刺激を与えていると思います。フライング・ロータス以降の流れというか。

柳樂:たしかに。テイラー・マクファーリンも、デビューEPが『Broken Vibes』っていうんですけど、それはルームメイトがイギリス人でブロークン・ビートのDJだったことから影響を受けた作品なんです。
そう言えば、テイラーの初期の曲も〈Brownswood〉の『Bubblers』っていうコンピに入っていましたね。やっぱり今のUKの感じって、ジャイルス・ピーターソンのコンピの世界観と完全に地続きなんですよね。



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“無邪気さ”と“チル”  「UKジャジー・ミュージック」の強み

柳樂:UKの音楽にはイミテーションじゃないけど、良さをそのまま持ってくるような強さがあると思います。渋谷系っぽいサンプリングの感覚みたいなものが、彼らにはありますよね。自分が好きな音源の一番好きな部分を、そのまま持ってこられる“無邪気さ”みたいなところがすごい強みで。それはアメリカのジャズミュージシャンにはできないことだと思う。
一番良い部分をサンプリングして持ってくるという部分では、ヌジャベスに代表されるようなジャジー・ヒップホップとも通じますよね。歴史やコミュニティーから切れているからこその無邪気さ、みたいな「ここかっこいいから使っちゃおうぜ」的なヒップホップ的な良さがあるとも思うんですよ。好きな音楽の良い感じを、そのままやる無邪気さが音楽の良さと直結しているって意味では、アシッドジャズ~渋谷系的なのかもしれませんね。テンダーローニアスの「Yussef's Groove」とかも本当に「ユセフ・ラティーフ、好きです」みたいな曲だし、ジェームス・クレオール・トーマスとかも「マッドリブ好きです」みたいな感じで。トム・ミッシュにおけるジョン・メイヤー、ジェイミー・アイザックにおけるJディラとかもそんな感じですよね。

―今回作ってもらったプレイリストには、ジャズ以外のミュージシャンの曲も多く入ってますよね。他に選曲でポイントにしたことは?

柳樂:今回の来日メンバーと直接、関係するかは分からないけど、カマールもジョー・アーモン・ジョーンズも〈トゥモローズ・ウォーリアーズ〉と関係がある人たちなんですよね。トゥモローズ・ウォーリアーズ周辺の人たちは、カリビアンのコミュニティにいたり、ラテンのリズムを取り入れた音楽とかをやっていて、それがUKならではの特殊性につながっている。ジョー・アーモン・ジョーンズが所属するエズラ・コレクティブも、アフロビートや、クラーヴェのリズムを取り入れたりしている。そういう要素のあるアーティストが次々と出てくるのがUKの面白いところだなと思います。



―アフロビート~カリブ系の音楽は、音楽シーン全体で大きなうねりが起きているところで、その意味では、さっき話していた「マイペース感」とは別に、世界的な同時代性も感じます。

柳樂:そうですね。ビヨンセの『Homecomig』じゃないけど、カリビアンの功績がどんどん意味を持ってきてるアメリカの流れと繋がってますよね。
トゥモローズ・ウォーリアーズの繋がりをさかのぼると、アシッドジャズの時代から活動しているUKジャズの先人のコートニー・パインがいて、彼はレゲエやアフリカの要素をジャズに取り入れていた人なので、その延長にある今の若手の音楽にも基本的にはラテンやアフロ音楽の要素が入ってます。だからこそ南アフリカのシーンともつながりができて、南アフリカのアーティストの共演が多かったりもする。ヌビア・ガルシア、シャバカ・ハッチングス、モーゼス・ボイドも、全員がカリブ系で、それを強く押し出している人たちでもあります。そういう音楽性があるから、DJカラフみたいなトライバルなクラブ系の人にフィーチャーされていたり。カリビアン系だとシャバカ・ハッチングスがボスで、スターはヌビア・ガルシア。特にヌビアはフィーチャーされている曲がすごく多くて、めちゃくちゃ人気ありますね。
あと、この間リリースされたシャバカ・ハッチングスのプロジェクトのコメット・イズ・カミングのアルバム『Trust In The Lifeforce Of The Deep Mystery』は、イギリス人の好きそうなサン・ラみたいな要素もありつつ、テンポも遅くてビートもはっきりしない。そういう“チル感”が、今のトレンドと関係があるのかなと思いました。これまでの「バリバリ吹きます!」っていう感じより、今のアリス・コルトレーンとかがリバイバルしている空気感に合わせてきた感じがしますね。エズラ・コレクティブの新作『You Can’t Steal My Joy』もチルアウトっぽい雰囲気でサンラの「Space is The Place」のカヴァーをやってましたね。

―シーンの中に、徐々に変化が出てきているんですね。

柳樂:あと、プレイリストの最後に入っているランプというグループ。ロイ・エアーズがプロデュースしていた70年代のバンドで、エリカ・バドゥやトライブ・コールド・クエストにもサンプリングされたレアグルーヴを代表するグループなんですけど、ロイ・エアーズの音源とは全然違うんですよ。ロイの音源はザラっとしていて即興感が強いんですけど、ランプにはそういう部分が全然ない。むしろビートが組まれている、みたいな音で、バンドなのにサンプリングしてループさせた生演奏ヒップホップみたいな感じなんです。
個人的には、UKのジャジーな音楽って、ランプっぽいなって思うんです。後ろでメトロノームが鳴ってそうな感じというか。シンセとかエレピの使い方も、マッドリブがサンプリングしたキーボードみたいなメロウな感じがする。イギリスのミュージシャンの生演奏やビートの感じも、ジャズとかジャズ・ファンクというより、サンプリングネタとそのネタで作ったビートって感じがするんですよね。どこか人工的な感じがすごくあると思う。
ロイル・カーナーの『Not waving But drowning』とか、そこにメンバーが参加しているエズラ・コレクティブの『You Can’t Steal My Joy』とかって正にランプっぽいサウンドだなと思うんですよね。ルーズな感じが全然なくて。それってわりとこのコミュニティーで共有されてて、ジョルジャ・スミス『Lost & Found』とかも基本的には同じでリズムはかなり近いですよね。トム・ミッシュとかもそうだけど、サウンドの傾向がかなり近くて、同じ好みや価値観を共有してる同世代の仲間で出来てるコミュニティーだなってわかる。外から上手いプレイヤーを連れてきたりしないし。その全員仲良さそうな友達感も共感に繋がってる感じがしますね。



―たしかに。多くの演奏やトラックに、オン・グリッドでソリッドな感じがあって、それがUKの音楽の特徴になっている気がします。

柳樂:すごくすると思う。でも、そのグリッドにきっちりはめて作ってる感じこそがチルなんだと思います。変化せずにずっとそのまま続く感じって言うか、「終わらない日常」っていう感じというか。

―ローファイ・ヒップホップの話とも改めて繋がりますね(笑)。でもリズムが伸び縮みすれば、どうしたって緊張感が出てきますもんね。

柳樂:そうなんですよね。だから、ロバート・グラスパーとかとよく比べられるし、それらしい部分もあるんだけど、また別の「ジャジー」な音楽だと思います。その意味で“チル”の要素は、実はすごく大事な気がしますね。



プレイリスト:UK JAZZY MUSIC


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