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最強トロンボーンユニット、スライド・モンスターズ結成記念、中川英二郎×ジョゼフ・アレッシInterview



 若干26歳でニューヨーク・フィルハーモニックの首席奏者に就任し、その後32年にわたり首席を務めるほか国際トロンボーン協会の会長を務めるなど、世界で最も有名なトロンボニスト・ジョゼフ・アレッシ。また、8歳でプロデビューし、21歳で読売日本交響楽団にソリストとして共演、また日本のテレビ番組や映画から聴こえるトロンボーンの7割以上は彼の音だといわれるほど信頼と人気の高い中川英二郎。この2人が初めてタッグを組み、トロンボーン4人のユニット<スライド・モンスターズ>を結成した。

 アレッシと中川に加えて参加するのは、バークリー音楽院で教鞭をとりニューヨークのジャズシーンを牽引するマーシャル・ギルクス。そして、オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団所属のブラント・アテマだ。トロンボーンの可能性を最大限に引き出すことができる、最高のメンバーが集まった<スライド・モンスターズ>のツアーに向けて、中川とアレッシにインタビューを行った。

四重奏の中でも特にジャズとクラシックを融合したグループをやりたかった

--改めて、お2人がトロンボーンを始めたきっかけを教えてください。

中川英二郎:僕は父がジャズのトランペットプレイヤーだったので、子供の頃からトランペットやピアノを習いはじめ、トロンボーンは6歳から始めました。初めてステージに上がったのは7歳の時ですね。

--7歳の時から夢はトロンボーン奏者だったのでしょうか。

中川:いえいえ、お小遣いをもらえて嬉しいなという感覚だったと思います。家族全員がミュージシャンなので、子供時代の僕にとってトロンボーンはおもちゃのようでしたから。トロンボーンを吹いていれば、周りの皆さんにチヤホヤしてもらえるし、遊びのような感覚でしたね。子供の頃はジャズを演奏していましたが、その後クラシックの音楽高校に入学し、学生時代から録音の仕事をはじめました。おかげで、クラシックから、ポップス、ロックなどトロンボーンを通して幅広いジャンルの音楽を演奏しています。

ジョゼフ・アレッシ:僕も父と母が音楽家で、父はメトロポリタン歌劇場やラジオシティ・ミュージックホール で演奏するトランペット奏者だったんだ。母は、メトロポリタン歌劇場の歌手。だから僕の両親は、メット(メトロポリタン)でメット(出会った)したんだよ。(笑)

--なるほど(笑)

アレッシ:ちなみに祖父もトランペット奏者で、マンハッタンスクールで教えていたんだ。教え子の一人に、ジャズ・トランぺッターのジョー・ワイルダーがいるんだよ。なので、僕も祖父や父のようなトランペット奏者になりたくて、4歳からトランペットやコルネットを始めたんだ。初めてのステージは「ビリー・ボーイ」を演奏して、そこそこ悪くなかったと思うんだけど、父が「高い音があまり上手じゃないから、トロンボーンの方が向いてるんじゃないか?」って。なので8歳から、トランペットを辞めてトロンボーンを吹き始めたんだ。はじめはトロンボーンがあまり好きじゃなかったけど、父が良い先生を見つけてくれたおかげで、だんだん好きになることができたよ。

--中川さんとアレッシさんは、2015年に開催された小曽根真さんとNo Name Horsesの【シンフォニック・ジャズ モーツァルト×ガーシュウィン】で共演されています。お2人の出会いは、そこからですか?

中川:ステージでの演奏は、2015年が初めてでしたが、録音の仕事はもっと前にご一緒していると思います。それに彼はトロンボーンの世界ではスーパースターで、地球上で最も有名なトロンボーン奏者と言っても過言ではありません、。僕もずっとファンだったので、2015年にステージで共演できた時は夢のようでしたし、演奏活動を続けてきてよかったなと思った瞬間でしたね。

アレッシ:NYフィルでもジャズは演奏しているし、ビッグバンドは大好きだからマコト(小曽根真)からオファーを受けたときは、他のスケジュールをすべてキャンセルして受けることにしたんだ。でも、ジャズのトロンボーン奏者としてのオファーだったからリハーサルはとっても緊張したよ。今までも、ビッグバンドでの演奏はしたことがあったけど、No Name Horsesの曲は、どれもとてもテンポが速い。普段、NYフィルで演奏しているときとは、全然違う景色を見ながらドライブするような感覚で、とにかく皆に付いていこうという気持ちでステージに臨んだね。でも、メンバーはみんな良い人たちばかりだったから、当日は安心して演奏することができたよ。特に、バリトンのモッチー(岩持芳宏)が良いキャラクターで、東京公演の時は一緒のホテルに泊まって楽しかったよ。

--今回、スライド・モンスターズを結成したきっかけを教えてください。

中川:トロンボーン四重奏というのは一般的にはメジャーな編成ではありませんが、トロンボーンの世界ではそこまで珍しいスタイルでもありません。なので以前からずっとやりたいという思いがありました。そして、四重奏の中でも特にジャズとクラシックを融合したグループをやりたくて、ずっと構想を練っていたんです。その後2014年にジョー(ジョゼフ・アレッシ)が来日した際に相談したことをきっかけにプロジェクトが進みはじめて、4年の月日を経てこのような形で実現しました。

--アレッシさんはスライド・モンスターズのアイディアを中川さんから聞かされたとき、どう思いましたか?

アレッシ:トロンボーン四重奏は室内楽の1つであると捉えられることが多いんだけど、エイジロウ(中川英二郎)が考えたトロンボーン四重奏は全く違うものだった。僕はすごいミュージシャンであると周りの人から言われることが多いけど、自分の哲学として常にあるのは“1つのジャンルではなく、広い視野を持って演奏する”ということ。スライド・モンスターズであればそれを実現できる思ったんだ。それに、いろんなジャンルの音楽を4人のトロンボーンで演奏するということは、僕にとってもやりたかったことの1つでもあったんだ。

--今回、アレッシさんと中川さん以外にマーシャル・ギルクスとブラント・アテマの2名も参加していますが、彼ら2名を選んだ理由はなんでしょうか。

中川:僕よりジョーの方がトロンボーン四重奏としての経験も豊富なので、僕のコンセプトを聞いて全てジョーが推薦してくれました。2人の名前を聞いたときは、「なるほどな」と思いましたね。まず、マーシャル・ギルクスはジャズ・トロンボーン奏者としては世界で1位、2位を争うほど高い技術の持ち主です。

アレッシ:エイジロウがやりたいことは分かったし、マーシャルとエイジロウはイタリア料理と赤ワインのように絶対合うと思ったんだ。まずこの四重奏を結成するにあたって一番重視したのは、クラシック音楽を理解しているジャズマンを入れるということ。実はマーシャルは僕がジュリアード音楽院で教えていた時の生徒なんだ。僕が先生でマーシャルが生徒という立ち位置だったけど、僕がクラシックを教える代わりに、僕は彼からジャズを教えてもらっていたんだ。だから、彼がクラシック音楽を理解することはよく分かっていた。もう1人のメンバーのブラントはクラシック界で活躍しているプレイヤーだけど、彼が何でもできるプレイヤーだということはよく分かっていた。だから、この4人でユニットを組めば素晴らしい音楽が作れると思ったんだ。

--中川さんは今回のレコーディングでブラントと共演して、どんな印象を持ちましたか。

中川:何にでも挑戦しようとする、とてもポジティブなプレイヤーだと思いました。レコーディング中も、色んなアイディアをたくさん出してくれましたね。それに、ジョーが言う通りどんなジャンルの音楽にも挑戦するとても柔軟なプレイヤーだと思いました。

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4人以上の音色が聴こえてくるはず

--今回フィールドの異なる4人のメンバーで演奏することで、意見の食い違いなどはなかったのでしょうか。

中川:クラシック音楽はジャズと違って全ての音を楽譜に書くという違いはありますが、作品を理解するにあたっての食い違いは全くありませんでした。そもそもトロンボーン奏者は国籍に関係なく、共通した“トロンボーン奏者らしさ”というものがあるんです。

--どんなところでしょうか?

中川:トロンボーンはジャズのビッグバンドでも中央にいますし、音域としてもちょうど合間を埋める接着剤のような役割を持っています。なのでトロンボーン奏者というのは、横の繋がりを大切にし、融和を求める人が多いように思います。なので、大きなトラブルはありませんでしたし、レコーディングも2日間という限られた時間でしたが、みな前向きに参加してくれました。

アレッシ:トロンボーンはオーケストラの中でも、それほど目立つことはなく、一番重要なシーンで効果的に演奏する楽器なんだ。レコーディングでもトロンボーンが目立つことはあまりないし、レパートリーも少ない。だから、トロンボーンが活躍できるこういった試みは大切だと思うし、トロンボーンの世界には変化が求められるようになってきていると思っているよ。

--4月20日にリリースされるアルバム『SLIDE MONSTERS』もクラシックからジャズまで幅広いジャンルの楽曲が収録されています。ドビュッシーの映像第一集「水の反映」は、トロンボーン四重奏で演奏するのがとても難しい曲だったのではないでしょうか。

中川:他の楽器の作品をトロンボーン用に編曲する際はどうしても、トロンボーンではできないことが出てしまいまします。「水の反映」は、とてもピアノらしい曲なのでずいぶん考えてアレンジをしました。曲の様子は、押さえられているのではと思っています。

アレッシ:トロンボーンで、あの曲を演奏するなんて考えたことがなかったけど、アルバムの中でもちょうど良いアクセントになっているよね。僕は、ソロアルバムでもドビュッシーを取り上げたことがあるんだ。その時は、「亜麻色の髪の乙女」を演奏したんだけど、初めて聴いたときに「これは絶対に吹きたい、吹かなきゃだめだ」と思った。ドビュッシーのような作品をトロンボーンのために書かれることは、まずないからね。

--ジャズの作品からは、マイク・マイニエリ「Oops」も収録されています。

中川:「Oops」は、エリック・ミヤシロさんのビッグバンドに参加した時に何度も演奏した曲です。とてもテンポが良くて、トロンボーン四重奏で吹いたら楽しいだろうなと思ったのでエリック・ミヤシロさんに編曲をお願いしました。アレンジの妙というか、4人だけで成立するようにうまく編曲していただけたので、コンサートホールで聴いていただいても、ご存じの方には「ああ、この曲だ」と思っていただけるでしょうし、ご存じない方にも楽しんでいただけると思っています。

アレッシ:他には、ブラントの友人であるフローリアン・マグヌス・マイヤーが作曲してくれた現代曲も収録しているんだ。メタルのギタリストでありながら、現代音楽の作曲家でもあってオランダではとても活躍しているんだけど、とても挑戦的な曲だよね。

中川:「Abyssos」ですね。とてもコンテンポラリーな作品です。はじめは、なかなか理解ができませんでしたが、何度も練習するうちに「なるほどな」と曲のイメージを掴めるようになってきました。ブラントをフューチャーした曲は、この曲だけなのでおそらくツアーでも演奏すると思います。現代曲は、演奏者自身が理解するのに時間を要することが多いです。今回のツアーでステージを重ねるうちに、より理解が深まってくるでしょうから、今から楽しみです。

アレッシ:コンサートで聴いてもらいたい作品の1つだね。

--中川さん作曲の「Slide Monsters Blues」も収録されています。

中川:アルバムのどこかにハッピーな曲を1曲入れたいなと思って書き下ろしました。聴いていただくと、思わず手拍子をしたくなるような楽しい仕上がりになっていると思います。

アレッシ:Billboard チャートのトップ10に入るような曲になっているはずさ(笑)。

--今回のツアータイトルは、【ビヨンド・インスパイア―ド・バイ・ニューヨーク】です。どんな意味が込められているのでしょうか。

中川:ジョーもマーシャルもニューヨーク在住のプレイヤーですし、僕も以前4年ほどニューヨークに住んだことがあります。アルバムはほとんどニューヨークで録音していますし、これまでにニューヨークという街から多くの刺激をもらってきました。なので、今までインスピレーションの種になったニューヨークの先に自分ができることという思いを込めました。

-中川さんにとって、ニューヨークとはどんな街なのでしょうか。

中川:ニューヨークには、アジア人やヨーロッパ人など様々な人種の人がいます。成功した人も、していない人も含めて色んな人たちがいますが、何かをしようとしている人が多い街だと思います。学んで経験する場所としては、他では経験できないオリジナリティがあるのではないでしょうか。

--最後に、トロンボーン四重奏の魅力を教えてください。

中川:今回は大きなコンサートホールで行う公演が多いのですが、おそらく4人で演奏しているのに4人以上の音色が聴こえてくると思います。トロンボーンという楽器は、倍音が多くアンサンブルをするのがとても楽しい楽器です。そして、今回は大ホールを十分に満たせるだけのメンバーが集まりました。トロンボーンをフューチャーした、とても貴重な公演になりますので、ぜひ生で聴いていただきたいと思っています。

アレッシ:今回のアルバムのレコーディング期間は、たった2日間だったけど、手と手が重なり合ったかのように、4人の演奏はとてもしっくりきていたよ。いつも日本でコンサートをすると、客席に若いプレイヤーが多いことに驚くんだ。今回はトロンボーンという楽器に何ができるのか、どんな可能性があるのかを知ることができる貴重な機会になるはず。クラシック、ジャズそしてエイジロウやマーシャルのオリジナル曲をボーダレスに紡ぐ特別なコンサートから、新しい発見が必ずあると確信しているよ。


▲SLIDE MONSTERS Japan Tour 2018

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