Billboard JAPAN


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Billboard JAPAN × bmr連動企画 COMMON -Past & Present-

Spring Beat

 Billboard JAPANとbmrがタッグを組み、来日を直前に控えたアーティストたちの過去と現在を結ぶ新・連動企画。第一弾は、9月にファン待望の来日を果たすコモンをフィーチャー。bmrウェブサイトでは、雑誌時代の『bmr』2007年9月号に小林雅明氏が「リリシストとしてのコモンの軌跡」をテーマとして寄稿した文章を再掲載、そしてBillboard JAPANでは同じく小林雅明氏による「コモンの歩み:シカゴから銀幕まで」を新たに掲載する。来日前に是非どちらもチェックして頂きたい。

COMMON -Past & Presents- 「コモン:リリシストとしての軌跡」 (『bmr』2007年9月号)はコチラ>

コモンの音楽と映画界でのキャリアは、やはり、分かちがたく結びついている

 コモンって、もうすっかり映画俳優なのね……。映画『グローリー/明日への行進』(2014)で、マーティン・ルーサー・キングJr.牧師を支える活動家に扮した彼を目のあたりにした音楽ファンに、そう感じた人は決して少なくなかっただろう。と同時に、映画が力強いクライマックスを迎えた直後に、観客一人一人の高揚感を大切に包み込んでくれるようなエンド・テーマが聴こえてきて、その曲”Glory”が、コモンと、彼が共演相手として誘ったジョン・レジェンドによるものであることに気づくと、コモンの音楽と映画界でのキャリアは、やはり、分かちがたく結びついているのだ、と思わずにはいられなかった。

 そもそも、一番最初からそうだった。「与えられた役」を演じたわけではなく、コモン自身としてのカメオロールだったけれど、彼にとっての劇映画初出演作『ブラウン・シュガー』(2002)は、彼の曲がなければ生まれなかった、と言っても過言ではないだろう。このラヴ・ストーリーの主役となる幼馴染みの男女は、ヒップホップ・アーティストを扱うレーベルのA&Rとヒップホップ専門誌の編集者。二人の人生を左右する重大な局面において試金石となるのが、この作品では、ヒップホップの影響下で形作られてきた価値観なのである。

Negicco
▲ 「I Used To Love H.E.R.」

 コモンには、1994年発表の2作目のアルバム『Resurrection』からのシングルで”I Used To Love H.E.R."という曲がある。ここでは、ヒップホップを自分が好きだった女性に喩え(H.E.R.と表記されているのは、Hearing Every Rhyme、つまり「どのライムにも耳を傾ける」の略であるため)、彼女への愛が本物なのか確かめるべく、その遍歴を今一度辿ってみるという、一続きの物語の形をとってる。映画では「自分は彼女のことを本当に好きなのだろうか」と自問自答が繰り返されるのだから、このコモンの曲ほどピッタリはまる曲はない。勿論、劇中では女性の側からも「自分は彼のことを本当に好きなのだろうか」という問いも発せられるわけで、エリカ・バドゥがコモンをフィーチュアして作った”Love of My life (An Ode to Hip Hop)"がそれを代弁する。

Negicco
▲ 「Love Of My Life (An Ode To Hip Hop) ft. Common」

 映画では”I Used To Love H.E.R."の続編というか補遺版にあたる"Act Two... Love of My Life"も使われている。これは、ザ・ルーツのアルバム『Things Fall Apart』の収録曲としてコモンを招いて、録音されたものだ。このアルバムのレコーディングは1999年初頭まで、NYのエレクトリック・レディ・スタジオにおいて行なわれたが、それと並行して作られていたのが、ディアンジェロの『Voodoo』と、コモンの4作目『Like Water For Chocolate』だった。この2作の間では、前者用に制作していた”Geto Heaven Part Two”が、最終的に、後者用だった"Chicken Grease"と交換されたという逸話さえある(どちらも、発表は2000年)。これらを手がけたザ・ルーツのクエストラヴ、エリカ・バドゥ、コモン、ディアンジェロ、キーボードのジェイムズ・ポイザー、故J・ディラ、ベースのピノ・パラディーノ等の面々からなる音楽集団は、自分たちをソウルクエリアンズと名づけた。

CV
▲ コモン『ライク・ウォーター・
フォー・チョコレート』

 コモンによれば『Like Water For Chocolate』というタイトルは、同名の映画(邦題は『赤い薔薇ソースの伝説』)で一貫して描かれる「丹精を凝らした生み出された創作物からしか伝わわらない作り手の真心」を自作を通じても味わってほしい、という含みがあるらしい。一方、「colored only」と注意書きが見える水飲み場の光景を収めた写真を使ったアルバムのアートワークにあてはめるなら――Chocolateがアメリカ黒人の言いかえだとすれば――水はアメリカ黒人を差別したりしない、と解釈することもできる。

 

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『Black Messiah』と重なるセンス

 コモンは、基本的に社会意識の高いラッパーだが、このアルバムの時点では、後の"Glory"ほど正面から人種差別の問題には触れていない。とはいえ、警官殺し・強盗・誘拐など様々な容疑をかけられ、自由をはく奪され、抑圧されたアメリカ黒人の象徴とも言える、元ブラックパンサー党員のアサッタ・シャクール本人とキューバで直接会い、彼女の肉声を盛り込み、彼女に捧げた”A Song For Assata”をアルバムの最後の山場に持ってくることで、リスナーに”自由とは何か”の再考を促している。

CV
▲ディアンジェロ
『ブラック・メサイア』

 こうした写真をジャケットに選んだり、元ブラックパンサー党員の肉声を聴かせたりする(アルバムの中身では決して、差別の問題を全面展開してはいない)センスは、ディアンジェロの『Black Messiah』と重なることに、2015年の音楽ファンなら容易に気づくことだろう。『Like Water For Chocolate』の1曲目と8曲目のサウンドを取りしきり、フェラ・クティとコモンをつなげるべくアフロビートの実験にいそしんでいるのが、他ならぬディアンジェロであり、ここでの成果の一つが『Black Messiah』で結実しているとも言えるし、レコーディングには、元ソウルクエリアンズのメンバーも多く参加しているのだ。

CV
▲コモン
『エレクトリック・サーカス』

 今、「元ソウルクエリアンズ」と書いたのは、今現在はこの名義では活動していないからだが、元メンバーが参加し、『Like Water For Chocolate』と同じように一定のメンバーからなる音楽集団がアフロビートやPファンクをも含めた多様なサウンドを生み出したヒップホップ・アルバムも2015年にはリリースされている。ケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』だ。テラス・マーティンを中心に構成された制作集団は、曲のタイプによって名義を変えるも、ソウルクエリアンズ ver.2.0と呼びたくなるような立ち位置で仕事をしている。また、彼らのサウンドを聴くと、コモンがソウルクエリアンズと作ったもう一作『Electric Circus』(2002)が「早すぎた」アルバムだったこともよくわかる。

CV
▲ケンドリック・ラマー
『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』

 そんなコモンの十八番と言えば、これまでのアルバム10作全てで披露されてきたストーリーテリングであるが、勿論ケンドリックも負けていない。とはいえ、『To Pimp A Butterfly』のオープニングを飾る"Wesley Theory"で繰り返されるフック(”きみはぼくの初めてのガールフレンドだった”等を含む)は――もはや無意識なのかもしれないが――”I Used To Love H.E.R."(の伝統)に倣って書かれたに違いない。

 ついでに言えば、エミネムの"25 To Life"(『Recovery』収録)を聴く限り、彼でさえ「このコモンの曲を自分なりの表現で、どうにかして自分のものにしたい」という願望を抑えきれなかったことがわかる。とはいえ今振り返ると、”I Used To Love H.E.R."は、94年当時はヒップホップ好きの間で盛り上がった曲にしかすぎない。当のコモンも「ビルボードのトップ20入りできた曲ではなかったけど、みんながあとからあの曲を知って、いい曲だと言ってくれるだけでうれしいよ」と『ブラウンシュガー』公開時に語っているくらいだ。

Negicco
▲Eminem「25 To Life」

 この映画では、まだスクリーンに一瞬現れただけだったコモンが、本格的に俳優としてのキャリアを踏み出したのは、アリシア・キーズにとっても女優デビュー作となった、手堅い作りの犯罪アクション『スモーキン・エース/暗殺がいっぱい』(2007)だった。それ以来、彼は現在までに長編だけでも20本近い作品に出演し、2012年に関しては、映画関係の仕事が完全にメインだったのではないだろうか?

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"I Used To Love H.E.R."が撒いた種

CV
▲コモン
『ノーバディーズ・スマイリング』

 映画と音楽の仕事を両立させることの難しさは、2008年のアルバム『Universal Mind Control』以降の作品に、結果的に少なからず表れてしまったが、昨年のアルバム『Nobody's Smiling』には、音楽以外の仕事で得たものが反映されているようにも思えた。

 基本的にポジティヴ思考なコモンは、1992年に『Can I Borrow a Dollar?』でのデビュー以来、地元シカゴに巣食うストリートギャングどうしの殺し合いの真実をライムするよりは、フィクションを丁寧に作り上げ、その語り口を通じて聴く者に熾烈な現実を考えさせるか、自分の家族程度の距離の枠内での現実を吐露するかが主だったスタンスだった。それが『Nobody's Smiling』では地元の若手ラッパーを起用し、今現在シカゴで社会問題となっているストリートでの暴力に目を向け出したのだ。映画でギャングを含む様々な人間を演じる機会を得るうちに彼の中で何かが変わったのだろうか。

Negicco
▲Westside Connection「Gangsters Make The World Go Round」

 二足の草鞋を履くと、どうしても一方に専念してしまいがちだが、結果的に、そんな同業者を救った経験がコモンにはある。映画で「与えられた役」を演じるようになり、めっきりマイクを握る機会が減ったアイス・キューブを、ラップ業界に引き戻したのだ。というか、"I Used To Love H.E.R."を西海岸のギャングスタ・ラップへのディスと一方的に解釈し頭に血がのぼった彼が、役者の仕事と並行して、ソロ活動とは別に、その反撃ラップ・プロジェクトにあたるウェストサイド・コネクションを結成してしまったのだ。今現在、映画俳優としてのキューブの稼ぎはコモンとは桁違いに良いことからも、結果的に適職だったわけだが、"I Used To Love H.E.R."を誤解しなかったら、キューブは今頃、完全にラップ業界から足を洗っていたかもしれない。

 そんなキューブ主演の大ヒット作シリーズ最新作で第3弾となる『バーバーショップ3』も、今頃編集集段階に入っているかもしれないが、なんと、そこにコモンが出演しているのだという。奇しくも"I Used To Love H.E.R."が撒いた種が、いくつも実り、それがはっきりと目に見え、"Glory"でアカデミー最優秀歌曲賞を勝ちえた2015年、コモンが日本にやってくる。

Text: 小林 雅明

COMMON -Past & Presents- 「コモン:リリシストとしての軌跡」 (『bmr』2007年9月号)はコチラ>

コモン「ノーバディーズ・スマイリング」

ノーバディーズ・スマイリング

2014/08/06 RELEASE
UICD-6211 ¥ 2,695(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.ザ・ネイバーフッド feat.リル・ハーブ&コケイン80s
  2. 02.ノー・フィアー
  3. 03.ダイアモンズ feat.ビッグ・ショーン
  4. 04.ブラック・マジック feat.ジェネイ・アイコ
  5. 05.スピーク・マイ・ピース
  6. 06.ハッスル・ハーダー feat.スノー・アレグラ&ドゥリージー
  7. 07.ノーバディーズ・スマイリング feat.マリク・ユセフ
  8. 08.リアル feat.イライジャ・ブレイク
  9. 09.キングダム feat.ヴィンス・ステイプルズ
  10. 10.リワインド・ザット
  11. 11.アウト・オン・ボンド feat.ヴィンス・ステイプルズ
  12. 12.7 デッドリー・シンズ
  13. 13.ヤング・ハーツ・ラン・フリー feat.コケイン80s
  14. 14.シティ・トゥ・シティ (ボーナス・トラック)

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