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<ライブレポート>KIRINJIの奥深い音楽世界をフルオーケストラが照らし出す──サントリーホールで迎えた感動のクライマックスと次なる境地

Text:兼田達矢
Photo:藤井拓
KIRINJIが、初のフルオーケストラコンサート【billboard classics KIRINJI PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2026】を8月28日に東京・サントリーホール大ホールで開催した。至高の音響空間が織りなした奇跡の夜──その圧巻のステージの模様を振り返る。
オーケストラとの初共演―特別な緊張感に包まれたサントリーホール
ライブに訪れて、その会場の入り口や「本日の公演」を伝えるポスターを写真に収める人たちはもう日常的な光景になって久しいけれど、この日は会場入り口前で自撮りする人たちの割合がかなり多かったような気がする。音楽に対する懐が深いKIRINJIファンでもサントリーホールに来るのはレアな経験、特別なことなのだろう。なにせ堀込高樹自身が、事前の取材に答えて「フル編成のオーケストラと一緒にやることなんて、そうそうあることじゃないですから」と話していたほどだ。もしかしたら最初で最後になるかもしれないKIRINJIとオーケストラの共演に立ち会うメモリアルな体験の前に現場の自撮り写真はやはり欠かせない。
ホールに入ると、ステージ後方のパイプオルガンの威容が目を引く。クラシック音楽専門ホールらしい、高い天井も印象的だ。再び事前の取材から堀込の言葉を引けば、「いつものライブに来るような気持ちで気軽に来てください」と話していたけれど、客席の雰囲気はもちろん「いつものライブ」よりも少しかしこまった感じだった。
定刻、オーケストラの面々が静々と登場し、最後にコンサートマスターが指揮者台左手脇の定位置に着くと、座る前にチューニングを始めた。弦の音が合い、管の音が合っていく間に徐々に照明が落ちていき、すべての体制が整ったところで、指揮者の齋藤友香理が颯爽と登場し、1曲目『ミシシッピ組曲』より第1曲「父なる河」が始まった。その選曲については後ほど説明があるのだが、さらさらと流れていく水のように穏やかでスムーズな曲調に会場の少し緊張した空気がゆっくりとほぐされていった。
2曲目のイントロが始まったところで、いよいよ堀込高樹が登場。客席に向かって一礼し、アコースティック・ギターを抱えると、マイクの前に立った。2年前の25周年記念ライブでは、弾き語りで最後に披露した「進水式」がこの日は堀込が歌う最初の曲。2013年に6人体制になるタイミングで生まれたこの曲は、メモリアルなライブの節目を飾る運命にあるようだ。それはともかく、オーケストラによるたっぷりとした演奏のせいだろうか、いつもより少しテンポがゆっくりに感じられて、その分イメージの中の進水していく船の大きさがより大きく感じられる。そして、ここで歌われる船出のイメージは、初めてオーケストラを従え歌い始めた堀込自身の姿にオーバーラップしていく。胸の高鳴りと、それに等分の不安。実際、堀込の歌はいつもより少し硬く感じられた。緊張があるのは当然だろう。が、「不可思議な世界を探ろう」「必ず生きて還ろう」というクライマックスの歌詞を聴いていて、思わずニンマリしてしまった。この音楽的な挑戦の途中、遭難するような状況になっても最後は必ず無事に終えるから、という彼一流のシニカルなユーモアと強い覚悟を込めて最初の曲に選んだように思えたからだ。この時点で、この夜はきっと素敵な時間になると思ってしまった。


最初のMCで「まさかこんな日が来るとは」と話して会場を和ませた後、「『こんな曲をやるんだ!』とか『あの曲はやらないんだ…』とかあると思いますが、最後まで楽しんでいってください」と挨拶したのに続いては、「オーケストラにこんなことをやらせるんだ!」という展開。オーケストラメンバーのフィンガースナップとともに「指先ひとつで」が始まった。この演出、というかアレンジの気が利いているのは、「指先ひとつで」という曲をポップに聴かせる導入に加担した張本人たちが、オーケストラで聴かせるに相応しい美しい骨格をその曲が持ち合わせていることを演奏で知らしめる形になっていることで、その入り組んだ構造はそれ自体がKIRINJI音楽へのオマージュと言っていいだろう。
続く「fugitive」も洒落ていた。と言えば、この曲が描き出す切ない物語にはそぐわないかもしれないが、オープニングとエンディングはオーケストラのダイナミクスを生かした大犯罪ドラマの主題歌のようなアレンジで、しかし歌が始まると堀込のボーカルにオーケストラが呼応してテンポも自在。すごく奥行きのある弾き語りを聴いているような気にさせられる。その演奏から浮かび上がってくるのは歌詞の主人公のパーソナルな物語で、つまりはこの曲の展開がそのまま堀込の音楽的個性とオーケストラ・サウンドの出会いの妙を、この曲の基調にあるサスペンス・ムードに則って感じさせてくれたのだった。

オーケストレーションが生み出す、KIRINJI楽曲の新たな魅力と抒情
手短に言えば、2回目のMCでオーケストラと指揮者があらためて紹介され、1曲目の選曲の理由が説明されたところまでで、ある意味ではこの日のコンサートの構成要素はほとんど出尽くしたのかもしれない。すなわち、オーケストラとの初共演に臨む堀込の意気込みとそれに応える周到なアレンジ、その先に確認される楽曲の完成度の高さといったことが意識されたのだけれど、この後は堀込曰く「オーケストラに合いそうな曲を選んだ」せいもあってか、KIRINJI音楽の抒情的な側面がよりクローズアップされていき、そのなかで楽曲ごとに彩りの異なる抒情を歌い分ける表情豊かなボーカルが惹きつけられることになった。

「あの娘のバースデイ」に漂うKIRINJI音楽ならではの乾いた感傷をクールに伝え、「愛のCoda」の最後を盛り上げたスキャットは無頼なシャンソン風。「Runner’s High」最後の“ランナーズ・ハイ”というリフレインはコントロールされたファルセットで高揚感を表現し、「早春」では“ウェイク・アップ”というフレーズがきっぱりと繰り返されるたびに春到来の歓びが深まっていくように感じられた。極めつけは本編の最後を飾った「真夏のサーガ」。ティンパニの音が一打ごとに着々とオーケストラの演奏の躍動感を高めていくなか、堀込は雄大なメロディを大仰にたどるのではなく、むしろ軽やかにオーケストラ・サウンドの上を滑空していくようだった。おかげで、8月の終わりではあっても十分に真夏な肌合いのこの夜、気分はすっかり爽やかになってしまったのだった。 もっとも、客席を埋めた満員のオーディエンスのほとんどは“まだ、あの曲をやっていない”と思っていただろう。アンコールの1曲目はその曲「Drifter」で、間違いなくこの日のクライマックスだった。この曲のメロディの美しさはいまさら指摘するまでもないが、その美しさが際立つオーケストラ・アレンジを得て演奏されると、その美しさはこの歌のテーマである愛の純粋に真っ直ぐ差し向けられていることにあらためて思い当たる。しかも、その愛の純粋は堀込が音楽に注ぎ込むピュアネスまで照らし出して、そのKIRINJI音楽のファンであることの幸福をオーディエンスは実感したはずだ。

ただし、そういう感動的な空気のままコンサートを終わらせないのもまたKIRINJIならでは。飄々とした味わいの「時間がない」で締めくくられたわけだが、それでもそのエンディング曲に「シラナイコト/ヤリタイコト/タクサンアルノ」というフレーズがあることは周知の通り。堀込らしいやり方で、次に向かう意思表明をしてステージを終えたと受け取るべきだろう。

ところで、この日の演奏曲の半分以上を堀込はギターを抱えずに歌った。それは精神的にも肉体的にもいつも以上に歌に集中する必要があったからだろうが、しばしば自ら体を揺らし、両手でリズムをとりながら歌った。こういうステージを披露した先には、ステージを動き回りながらハンドマイクで歌う姿を見る日もそう遠くないのではないかと思ったりもする。そんな夢想も含め、いっそ更なる音楽的な広がりを予感させるとともに、KIRINJI音楽の深みと豊かな色彩感を堪能した一夜だった。

公演情報

【billboard classics KIRINJI PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2026】
2026年8月28日(金)東京・サントリーホール 大ホール
OPEN 17:30 / START 18:30
出演:KIRINJI
指揮:齋藤友香理
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
公演公式サイト:http://billboard-cc.com/KIRINJI2026
<セットリスト>
第1部
1.『ミシシッピ組曲』より第1曲「父なる河」
2. 進水式
3. 指先ひとつで
4. fugitive
5. バターのように
6. あの娘のバースデイ
7. Love is on line
8. 愛のCoda
第2部
9. ブロッコロロマネスコ
10. 家路
11. ベランダから
12. Runner's High
13. Pizza VS Hamburger
14. 小さなおとなたち
15. 早春
16. 真夏のサーガ
アンコール
1. Drifter
2. 時間がない
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