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<コラム>データが示す『紅白』の現在地――国内の熱狂と、海外市場に立ちはだかる「文脈」の壁

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 昨年公開した記事「海外公演よりインパクト大きい?チャートデータから見る年末音楽特番の影響」では、国民的音楽番組である『NHK紅白歌合戦』の影響力は、従来の視聴率や話題性のみならず、放送後のデジタル音楽プラットフォームにおける再生数への波及効果、そして日本国内のみならず海外にもリーチする可能性を秘めていることを論じた。

 本稿では、音楽データ分析ツール「CONNECT」、および音楽アーティストや楽曲の効果的な地上波番組露出を分析できる音楽データ分析ツール「CHART insight Plus」を使用し、第75回(2024年)および第76回(2025年)『NHK紅白歌合戦』の歌唱曲におけるデイリー再生数の推移データを基に、同番組が日本国内および海外のリスナー行動に与えた影響を比較分析する。

国内市場:『第76回NHK紅白歌合戦』が見せた「放送後の爆発力」

 「CONNECT」による日本国内のストリーミング再生回数データにおいて、第75回と第76回を比較すると、放送後の勢いにおいて後者が上回る結果となった。第75回は、放送前のベースラインが比較的高水準であり、すでに市場で定着しているヒット曲が多かったことも理由に挙げられるが、第76回は放送前の1曲あたり平均再生数は第75回を下回っていたものの、放送直後の成長率は約1.51倍を記録。放送後の三が日における伸びが著しく、平均再生数でも第75回の水準に追いついた。


 

 曲単位で見ると、HANA「ROSE」、アイナ・ジ・エンド「革命道中 - On The Way」、M!LK「イイじゃん」といった年末の特番露出が多かった楽曲や、サカナクション、ちゃんみな等『紅白』でのパフォーマンスがSNSで大きな話題を呼んだ楽曲が増加数・増加率ともに高い水準を示した。また、日頃は再生数が落ち着いている演歌・歌謡曲勢が、放送を機に数倍~10倍以上に跳ね上がる『紅白』特有の現象も健在であった。番組のエンターテインメント性が国内視聴者の熱量を高め、ストリーミング再生へと直接波及する成功モデルが機能しているといえるだろう。


※12月18日を基準とするデイリー再生回数増加率の推移

 また、「CHART insight Plus」で近年『紅白』の歌唱曲の合計チャートポイントおよび世帯視聴率をみると、第76回は5年で最多チャートポイントと対前週増加量を記録し、世帯視聴率も35.2%(ビデオリサーチ調べ・関東地区、第2部の番組平均視聴率)と35%を超え、近年で最も盛り上がっていた『紅白』と言っても過言ではないだろう。


第72回集計期間:2021年12月31日~2022年1月6日
第73回集計期間:2022年12月30日~2023年1月5日
第74回集計期間:2024年1月1日~2024年1月7日
第75回集計期間:2024年12月30日~2025年1月5日
第76回集計期間:2025年12月29日~2026年1月4日

海外市場:東アジアに限定された盛り上がりと「内向き」の懸念

 国内での熱狂とは裏腹に、日本以外のエリアでは、第76回は停滞を示した。「CONNECT」によるストリーミング再生回数データにおいて、第75回は海外市場でも放送後に約1.14倍の再生数増加が確認されており、『紅白歌合戦』の影響が国境を越えていた様子がみえた。

 しかし、第76回における増加率は約1.05倍に留まり、グローバルチャートはほぼ横ばいで推移した。つまり、統計的に見れば『第76回NHK紅白歌合戦』は、海外の一般リスナーの再生行動に対して、有意な影響をほとんど与えなかったと言えるだろう。


※12月18日を基準とするデイリー再生回数増加率の推移

 地域別の分析において、第76回の影響が明確に確認できたのは台湾(約1.3倍)および香港(約1.19倍)のみであった。これらの東アジア地域は日本のエンターテインメント受容の土壌があり、リアルタイムに近い感覚で番組および関連コンテンツが消費されたと考えられる。一方で、世界最大の音楽市場である米国をはじめ、欧米諸国においては反応がほぼなく、国内の盛り上がりが内向きなものに留まった実態がデータによって可視化された。


※12月18日を基準とするデイリー再生回数増加率の推移

 この温度差の要因を探るべく、各楽曲の『紅白』放送前後1週間(2025年12月25日~31日、2026年1月1日~7日)の合計再生数および「CHART insight Plus」による放送前1週間における(2025年12月25日~31日)関東地区でのテレビ放送回数(本人が演奏・歌唱・披露したものだけでなく、BGMとして使用された回数を含む)を比較すると、興味深い違いが浮かび上がる。



 

 国内では、HANA「ROSE」が約298万増という圧倒的な数字で首位に立ち、米津玄師、ちゃんみな、アイナ・ジ・エンド、サカナクションがこれに続いた。特にオーディション番組をきっかけに話題となったHANAやちゃんみな、SNS拡散を武器とするCANDY TUNEやM!LKといった、物語性やファンダムの熱量が“界隈”を越えてテレビ露出が増え、ストリーミングに直結したケースが目立つ。

 対して、海外の増加数首位は米津玄師の「IRIS OUT」。次いでアイナ・ジ・エンド、aespa、ILLIT、サカナクションと続く。一見国内と似た顔ぶれだが、グローバルグループを除けば、上位陣には共通の強みがある。それは、アニメタイアップという世界共通のパスポートを所持している点だ。作品を通じて楽曲のブランドが既に確立されており、海外リスナーも国内リスナーと同様の動機から聴くという行動を選択したと言える。また、海外では伸び幅が著しく、国内では上位に入らなかった楽曲を「CHART insight Plus」で見ると、国内でのテレビ放送回数が比較的に少ないという共通点がわかる。これらの楽曲のテレビ露出を増やせば、国内での成長も期待できるかもしれないと考えられるだろう。

高コンテクストの壁:情報のハシゴがない「ただ良いパフォーマンス」

 対照的なのが、国内で爆発的な伸びを見せたHANAやMrs. GREEN APPLEだ。彼らは海外でも増加数上位には食い込んだものの、その絶対量は国内よりも非常に少ない。

 彼らは日本国内において高コンテクストな熱狂、つまり共通の物語やメディア環境の中で支持を拡大している。背景知識という文脈を持たない海外のライト層にとって、彼らのパフォーマンスは質の高い映像として一時は消費される。しかし、そこからアーティスト名を特定し、自ら音楽アプリを開くという能動的な検索行動までに至ることは比較的に少ない。文脈という情報のハシゴがない状態で、一過性の視聴体験で完結してしまうのである。

 その点、国内外で成功を収めた米津玄師の「IRIS OUT」の戦略は示唆に富む。同楽曲のパフォーマンス動画は、NHKによる期間限定公開が終了した直後の1月9日、アーティストの公式チャンネルから公開された。これが日本のみならず、海外においても明確な「第2の波」を生み出したことが増加率データに表れている。


※12月18日を基準とするデイリー再生回数増加率の推移

 これは、公式動画(パフォーマンス)から公式音源(ストリーミング)という明確な導線が成立した結果と考えられるだろう。アーティスト自身の公式チャンネルが、全世界のリスナーに対して明示的な入り口を提供したことで、『紅白』という日本特有の文脈を共有していない層をも再生行動へ移させることに成功した。その結果、海外からのコメントも多く引き寄せられ、アニメという域を超越した議論がインターネットを介して世界中に行われ、“IRIS OUT”“米津玄師”という文脈が、世界中に定着し始めていることがわかる。

 HANAやMrs. GREEN APPLEといった、国内人気が圧倒的なアーティストであっても、公式コンテンツの提供を起点に、インターネットを通じて国内のイベント出演を世界へ接続することは十分に可能だ。アニメタイアップという既存のパスポートを多くは持たない実力派にとって、その回路は、世界へ踏み出すための新たなハシゴとなり得るだろう。

 加えて、音楽性そのものの強度で国境を超えるアプローチも無視できない。第75回で米国市場を牽引した藤井 風や、第76回で台湾を中心に驚異的な伸びを記録した久保田利伸がその好例である。久保田利伸の「LA・LA・LA LOVE SONG」が国外で再評価された背景には、近年の世界的なシティ・ポップやファンク・リバイバルの潮流と合致する、言語不要の音楽的な強度がある。藤井 風も同様に、R&Bなど世界共通のジャンルをルーツとした音楽性が、歌詞の意味を超えて直感的に海外リスナーに刺さっている。サウンドそのものが共通言語=文脈となれば、文化的な壁を軽々と越えられることを彼らは証明している。

結論:音楽を聴くための理由を届ける

 『第76回NHK紅白歌合戦』のデータは、日本の音楽イベントが国内の深掘りには成功しているものの、国外への拡張においては依然として高い壁に突き当たっている現実を浮き彫りにした。

 しかし、これは絶望的な状況ではない。アニメタイアップという既存の武器を磨きつつ、音楽の本質的な力で勝負し、デジタルプラットフォームを駆使し、国内の熱狂を国外へ溢れさせる導線を設計すること。この三位一体の戦略が噛み合ったとき、日本の音楽イベントは一夜限りの祭りの余韻を超え、世界の日常的なプレイリストに定着する真のグローバルコンテンツへと進化を遂げるだろう。

 音楽がデジタルデータとして瞬時に世界へ届く今、必要なのは「音を届けること」ではなく、「音を聴くための理由を届けること」ではないだろうか。『紅白』をはじめ今後日本の大型音楽イベントが、国内だけで完結するのか、それとも真にグローバルな音楽のハブへと進化できるのか。その鍵は、海外リスナーを引き寄せる動機と導線を、国境を越えていかに設計できるかにかかっているかもしれない。

 

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