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<独占インタビュー>CHET FAKERが“自然と導かれた”新作『Hotel Surrender』を語る



<独占インタビュー>CHET FAKERが“自然と導かれた”新作『Hotel Surrender』を語る

2012年にリリースしたデビューEPをきっかけに注目、ソウルやR&Bをメインにしたクラシカルな要素にエレクトロニックなどのモダンなエッセンスを加えた官能的なサウンドが日本でも人気を呼んでいるオーストラリア出身のシンガー・ソングライターであるNick Murphyからなるプロジェクト、CHET FAKER。ここ最近は本名で作品を発表してきたが、このたび6年ぶりとなるアルバム『Hotel Surrender』を完成させた。The Flaming LipsやMGMTなどを手掛けていることでも知られるDave Fridmannをエンジニアに迎えて制作された楽曲の数々は、自身の感情に降伏(サレンダー)し紡ぎあげた、「フィール・グッド」な旅を堪能できる仕上がりになった。

自分が持っていたフィーリングに降伏(surrender)した時に必ず何かが生まれている

━━Nick Murphy名義から6年ぶりにCHET FAKERに戻した経緯をお聞かせください。6年間CHET FAKERを封印したことで、この名義・プロジェクトで音楽を発信することの意義を感じたということでしょうか?

名前を封印していたわけではないんだ。Nick MurphyとCHET FAKERは別のプロジェクト。もっと実験的になれる、サウンドを自由に探求できる、そしてリスナーのことを気にかけすぎなくていい空間が必要になった。その空間がNick Murphyだったんだ。CHET FAKERが、自分が思っていたよりもすごい勢いでビッグになってしまってね。でも僕自身はそれに追いついていなくて、自分自身が誰なのか、何を求めているのかがわかっていなかったんだ。だから、しばらくCHET FAKERから離れる必要があったんだよ。そうすることで、自分自身のために旅をすることができた。旅は、もちろん付いてきたい人がいれば一緒に付いてきてもいい。でも当時必要だったのは、人ではなく自分のために旅をすることだったんだ。その旅を続けていた過程で、今回のアルバムが出来た。僕はアルバムを作ろうとしていたわけでもないし、CHET FAKERとして何かを作ろうとしていたわけでもない。でも、スタジオに毎日通っていたら自然と出来上がったんだ。去年の5月にプレイリストを見ていたら、”おお、アルバムが出来てるじゃないか!”と思った(笑)。そして、僕にとってはそれがCHET FAKERの作品に感じられたんだ。曲の書かれ方、質感がCHET FAKERの2014年発表アルバム『Built on Glass』に似ているなと思った。Nick Murphyでは常にエンジニアやプロデューサーと違うスタジオで作業しているけど、今回のアルバムの曲は全てギアと自分だけで作られた作品だから。だからある意味、音楽がCHET FAKERの作品へと僕を導いたんだ。僕自身は何も決めていない。気が付いたらCHET FAKERのアルバムが出来上がっていたんだよ。だから、作っていてすごく気持ちが良かった。何も意識していないのに、人とシェアしたいと思える作品が自然と出来上がったのは嬉しかったね。

<独占インタビュー>CHET FAKERが“自然と導かれた”新作『Hotel Surrender』を語る

━━タイトル『Hotel Surrender』には、どんな思いがこもっているのですか?

小さなスタジオで作業していたんだけど、それは『Built on Glass』以来久しぶりの、自分専用のスタジオだった。僕は毎日通っていたんだけど、目的は何か作品を作ることではなかった。ただそこに通って楽しみながら音を演奏し作るために通っていて、あまり深くは考えず、それを続けていくうちに音楽の方から何か方向性を見つけてくれたらいいなと思っていたんだ。その中で気づいたのが、毎回そこへ行き、その時自分が持っていたフィーリングに降伏した時に必ず何かが生まれているということ。スタジオでは、もし怒りを感じたら、”仕方ない。怒りたいだけ怒ればいい”と諦めて気がすむまで自分に怒りを感じさせたし、疲れていたら昼寝をしたりしていた(笑)。自分自身に対してすごく情け深くなる時があり、その状態が、自分が良いと思えるサウンドを生みだしていたんだ。そこで思ったんだよ。この部屋は”surrender”の空間だなって。受け入れの空間、みたいな。だから、そのスタジオに”Hotel Surrender”っていうニックネームをつけた。ホテルにチェックインするみたいに、あのスタジオに入るということは、僕にとってリアリティ(内面)にチェックインすることと同じだった。自分自身の周りにあるものに向き合い、それを受け入れる。その空間から生まれた曲で出来たアルバムだから、このタイトルにしたんだ。

<独占インタビュー>CHET FAKERが“自然と導かれた”新作『Hotel Surrender』を語る

━━以前のCHET FAKERの制作プロセスと異なる部分はありましたか?

それは難しい質問だな。僕自身が今回のアルバムに関して面白いと思うのは、自然に出来上がった作品であるということ。それはこれまでで初めてだった。もちろんフォーカスしなければならない部分もあったけど、今回の制作過程では、無理に何かをする必要が一切なかったんだ。自分自身に何かを強いることは一度もなかった。本当に自然な流れだったんだ。そうなったのは、20年にNick Murphy名義で発表した作品『Music for Silence』の影響が大きかったのかも。あれは、即興のピアノ音楽だったというか。音楽をそれ自身が進みたい方向に進ませ、自分が作りたいと思い描くものに左右させない、というアイディアと繋がっていた。あのオープンさが、今回のアルバムへと導いてくれた。『Hotel Surrender』は、作ろうとした作品ではなく、出来た作品なんだよ(笑)

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Chet Faker(チェット・フェイカー)Biography

オーストラリア、メルボルン出身のシンガー・ソングライター。12年に発表したデビューEPが本国でゴールド・ディスクを獲得。また豪音楽賞で「最優秀インディペンデント・シングル / EP」や「最優秀インディペンデント・リリース」を受賞している。14年にはフジロックフェスティバルに出演、15年には単独公演を敢行した。今やハリウッドのトップ・ディレクターとなった日本人映像作家、HIRO MURAIを起用した「Gold」のMVは2億3000万回再生を突破している。

Chet Faker - Gold (Official Music Video)

異なるフレーバーが一つの小さな空間から次々と出てくる“テレビ”が新作のコンセプト

━━今回はDave Fridmannがエンジニアとして参加しています。全体にある残響感というかサイケデリックな雰囲気は彼らしいと思いましたが、どういう経緯で彼とのセッションになったのでしょうか?また実際のセッションはいかがでしたか?

彼はレコードのミックスを担当してくれた。彼はこれまでに沢山の素晴らしいレコードをミックスしていて、その多くが”ごちゃごちゃした”アルバムなんだ。MGMTやTame Impalaの初期の作品とか。ごちゃごちゃした、というのは適した表現じゃないかもしれないけど、ある特定の質感があって、サウンドが厚く、様々なサウンドが混ざっているミニマルではないレコードという意味。僕はそういうサウンドが好きだし、彼は元々のサウンドを汚さずにそれが出来るプロなんだ。僕は世界で一番それが上手く出来るのが彼だと思っているから、作業を依頼した。実際の作業は本当に素晴らしかったね。作業がやりやすいんだ。僕もDaveもスタートレックのファンだから、ずっとその話をしたりしてた(笑)。パンデミックだったから、リモートだったけど。

<独占インタビュー>CHET FAKERが“自然と導かれた”新作『Hotel Surrender』を語る
Photo by Jelani Roberts

━━アルバムジャケットは、ブラウン管のTVが登場し、全体にレトロな雰囲気で、またサウンド全体も60~70年代のクラシカルでスウィートなR&Bやソウルのテイストをベースにしているものが多いと思いましたが、決まったコンセプトはありましたか?

アルバム作りの終盤で、テレビというコンセプトが頭の中でちらつき始めたんだ。そこで、アルバムの全体像が見えたというか。すごくシネマティックだし、どの曲を聴いても、ムードやシーンが思い起こされる。曲を作っている時もそうだったしね。あと、テレビにはもう一つ意味がある。自分が子供だった90年代、僕と兄弟はずっと一緒にテレビを見ていた。あの頃の僕らは、一つの四角いスペースから、本当に様々な情報を得ていたんだ。ホラー映画を見ていたと思えば面白おかしいコマーシャルが間に入ったり、スポーツカーや香水といった全く結びつかない情報が次々に出てくる。あのものすごい数の異なるフレーバーが一つの小さな空間から次々と出てくる状況って、今考えてみたらすごいなと思った。だから、曲それぞれが持つ異なる様々なヴィジュアルを写すには、テレビが適していると思ったんだよね。あとしっくりきたのは、テレビが色々なものの源であるということ。情報が出てくる源となる空間だし、作業をしていたスタジオ”Hotel Surrender”も様々な曲が生まれた源となる空間。テレビというものが、その空間と結びつくような気がしたんだ。テレビの電源をつけチャンネルを選ぶのと”Hotel Surrender”にチェックインしてある特定の感情と向き合うのは僕の中で似ている。それを考え初めて、テレビがコンセプトになったんだ。それがレトロになったのは、単に自分自身がレトロなものが好きだから。古いもの全てが素晴らしいわけではないけど、僕らは確実にあの時代に何か良いものを置いてきてしまったような気がしていて。だから、僕は昔を、特に70年のことをしょっちゅう考えている。あの時代の音楽をよく聴くけど、本当に素晴らしいものばかりだと思うね。

<独占インタビュー>CHET FAKERが“自然と導かれた”新作『Hotel Surrender』を語る
Photo by Jelani Roberts

━━先行トラックの「Get High」や「Feel Good」を筆頭に、先行きの見えない時代の中で心に光を灯すようなシンプルなメッセージが多い気がしましたが、歌詞に関しては今回どんなことを伝えたいと思いましたか?

曲の歌詞とはあまり結びついていないけど、アルバムのコンセプトとそのシンプルさには繋がりがある。今回のアルバムでは、自分の感情を受け入れ、自分の感情に対して誠実でオープンになっている。作っていてすごくリアルさを感じたのがこのアルバムなんだ。自分自身に何かを強要する代わりに、感情に身を任せたから。それは自分にとって新たなアプローチだったし、それをする度に新しい音楽が生まれた。だから、歌詞にもそれぞれに当時自分が受け入れたムードや状況、感情が反映されているんだ。また、それは何かを説こうとしているわけではなく、ただ受け入れて、その姿をそのまま映し出しているだけ。だから、ある意味このアルバムの曲の数々は、その状況でのガイド、または例を歌っているんだ。”Hotel Surrender”の中には色々な環境の部屋があって、そのどれかの部屋にチェックインし、その環境がどんなものかを見ることが出来る。

■Chet Faker - Get High (Official Music Video)

━━ところで「Feel good」のミュージック・ヴィデオでは撮影中にローラブレードに乗って骨折したそうですね。今はもう回復されたのですか?撮影秘話を教えてください。

そう。腕を骨折したんだよ。今はだいぶ回復した。腕立て伏せなんかはまだ出来ないけど、楽器は演奏できる。ワンピースを着てローラーブレードに乗ってたら、最初のテイクで転んでしまって。ワンピースの裾がローラーに巻き込まれてしまったんだ。あれは参ったね(笑)

■Chet Faker - Feel Good (Official Music Video)
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Chet Faker(チェット・フェイカー)Biography

オーストラリア、メルボルン出身のシンガー・ソングライター。12年に発表したデビューEPが本国でゴールド・ディスクを獲得。また豪音楽賞で「最優秀インディペンデント・シングル / EP」や「最優秀インディペンデント・リリース」を受賞している。14年にはフジロックフェスティバルに出演、15年には単独公演を敢行した。今やハリウッドのトップ・ディレクターとなった日本人映像作家、HIRO MURAIを起用した「Gold」のMVは2億3000万回再生を突破している。

Chet Faker - Gold (Official Music Video)

日本の文化には全てにおいて気持ちが込められている

━━ラストの「In Too far」は、宇宙を感じさせる別次元なサウンド世界ですね。この楽曲をラストに収録したことに対して、リスナーに対してのメッセージを感じたのですが。

この曲をラストに持ってきたのは、正にラスト・トラックにふさわしかったから。良いモノローグだと思ったんだ。僕は、最後で何かの始まりを感じさせるものが好きなんだけど、「In Too Far」はそんな感じがした。ちょっと何かを秘めているような感じもしたし、最後まできて”深すぎる”っていうのもなんか面白い感じがして。最初のモノローグでは、何かを探しながら”深すぎる”ところまで来てしまい、何を探していたのを忘れてしまった男が出てくる。だから、このアルバムの終わりは、全ての始まりをまた思い起こさせるんだ。あとは単に、この長い尺のトラックを置くには一番最後が適していると思ったからだね。

<独占インタビュー>CHET FAKERが“自然と導かれた”新作『Hotel Surrender』を語る
Photo by Nick Murphy

━━このアルバムを携えて有観客でライブも決定しています。ライブは久々になると思いますが、どんな心境ですか?

少し緊張している。なにせ、僕が前回ショーをやってからだいぶ経つからね。でも自転車に乗る時みたいに、1、2回ライブをやれば、慣れてスーっと進んで行くんだと思う。ここまでずっと同じ場所に長くいるのは、10代の時以来なんだ。家があるってことの方が自分にとっては変な気がする。コーヒーショップの常連になったり、近所の人に名前を覚えてもらうなんてことはこれまでなかったからさ(笑)。そういう安定もある意味ナイスだけど、僕は動き続けていたいタイプの人間。生まれながらにしてそうなんだと思う。だから、ショーをやるのはすごく楽しみだね。もう一つ楽しみなのは、ライブのサウンド。今はNick MurphyとCHET FAKERが同じくらい存在しているから、互いに影響しあい、ステージ上で良い方向に進化していくような気がするんだ。

<独占インタビュー>CHET FAKERが“自然と導かれた”新作『Hotel Surrender』を語る
アルバム『Hotel Surrender』

━━日本にもぜひ足を運んで欲しいものですが、予定は?特に日本で思い出に残っていることはありますか?次の来日で挑戦したいことは?

早く行きたくて仕方がない。これは日本のインタビューだから言ってるんじゃなくて、日本は本当に僕の一番のお気にりの場所の一つ。個人的にも9回くらい行ってるしね。日本はとにかく大好き。去年は、自国のオーストラリアより日本が恋しかった(笑)。なぜ好きかって、説明が難しいけど、日本では自分の姿を消せるんだよ。人が良い意味で立ち入ってこない。もちろん他の人々と一緒に何かを楽しむこともできるけど、同時に絶対に誰かと話さなければいけないというわけでもない。その距離感が好きなんだよね。何かの一部になりたいという気持ちも満たしてくれるし、同時に自分だけで色々なものに挑戦もできる。あとは日本の文化。全てにおいて気持ちが込められている。僕は昔から物事に関して深く考えるタイプだけど、世の中全員がそうであるわけではない(笑)。でも日本は、それが行き届いていると思うんだ。

<独占インタビュー>CHET FAKERが“自然と導かれた”新作『Hotel Surrender』を語る
Photo by Willy Lukaitis

━━日本のファンへメッセージをお願いします。

日本でまた演奏するのが楽しみでしょうがない。日本の皆にはいつだって何かスペシャルなことがしたいと思っているし、すでに日本限定の12インチの発売も予定しているんだ。皆に会うのが待ちきれないよ。

Interview and Text by 松永尚久

Chet Faker(チェット・フェイカー)Biography

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