2015/11/20 12:00
日本語のボサノヴァというと、なんとなく「カフェで流れているああいうやつね」なんていう色眼鏡で見てしまいがち。しかし、タクシー・サウダージの音楽を聴けば、そんな固定観念は木っ端微塵に砕け散るのではないだろうか。インパクトは絶大だし、歌の説得力は半端ない。これまでに無かった日本語ボサノヴァがここにある。
タクシー・サウダージは、その名の通り現役のタクシー運転手である。埼玉県の秩父市に住み、趣味で歌っていたところ、同郷のギタリストである笹久保伸らによって“発見”され、2014年にアルバム『Ja-Bossa』で本格デビューした。なんと昨年還暦を迎えたという彼が、この度発表した本作『ボッサ・モンク』は2作目となる。岡部洋一(ROVOなど)や秋岡欧(ショーロクラブ)といった敏腕たちも参加し、彼の持ち味を生かしたプロダクションが見事だが、そんなことは差し引いてもタクシー・サウダージの凄みが伝わってくる。
まずは、冒頭の「尊いこと」を聴いてもらいたい。どこかポエトリー・リーディングにも聞こえる朴訥な歌声と、本格的なサンバのリズムを取り入れたギターのコンビネーションに言葉を失う。いわゆるブラジル音楽好きが奏でるボサノヴァと、ベクトルがまったく違うのだ。まさに自身の生き様をそのまま歌へと昇華したような感覚があり、そこにはボサノヴァやサンバといったジャンルにこだわるのが馬鹿馬鹿しくなってしまうほど。
それは、「けむり」や「な・みだ」といった独特のオリジナル・ナンバーに限らない。アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲カヴァーである「ウェーブ」やガーシュインのスタンダード・ナンバー「サマータイム」でさえ、彼自身の世界観に包み込んでいる。例えるなら、ボサノヴァの神様といわれるジョアン・ジルベルトの歌が他のボサノヴァ・シンガーと別次元の音楽であるように、タクシー・サウダージはタクシー・サウダージでしかないのだ。
サウダージというのは、ブラジル特有の“郷愁”などと訳される独特の感情のことをいう。ボサノヴァという音楽に通底するこの感覚を保ちつつ、まったくのオリジナルへと転換した歌世界は、日本におけるボサノヴァのヤワなイメージをがらりと変えてくれることだろう。
Text: 栗本 斉
◎リリース情報
『ボッサ・モンク』
タクシー・サウダージ
2015/09/27 RELEASE
2,800円(plus tax)
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