2025/12/18 18:00
ブラック・カントリー・ニュー・ロード(以下、BCNR)が12月10日、2度目となる単独ジャパンツアーのファイナル公演を東京・EX THEATER ROPPONGIにて行った。
ペトゥラ・クラークの「Downtown」が大音量で鳴り響くなか、タイラー・ハイド(Vo/Ba)、メイ・カーショウ(Vo/Key)、ジョージア・エラリー(Vo/Vn)、ルイス・エヴァンス(Vo/Sax)、ルーク・マーク(Gt)、チャーリー・ウェイン(Dr)という6人のメンバーが姿を現すと、会場は待ちわびた歓声と拍手に包まれる。BCNRは、もはや“バンド”という枠を軽々と越えた存在だ。メンバーそれぞれが複数のプロジェクトや表現領域を横断しながら活動してきた彼らは、この日も固定的な役割分担に縛られない、流動的で有機的なアンサンブルを立ち上げていく。
セットリストは、今年4月にNinja Tuneからリリースされた3rdアルバム『Forever Howlong』全曲に、ライブのみで披露されている楽曲(『Live at Bush Hall』収録)を加えたもの。2022年にフロントマンであったアイザック・ウッドが脱退して以降、彼らは「過去の楽曲を演奏しない」という決断を下し、新体制による楽曲のみでライブを重ねてきた。その選択は決して“喪失”を埋めるための代替案ではなく、バンドの在り方そのものを更新するための、極めてラディカルな意思表示だった。
オープニングを飾った「Two Horses」では、ジョージアがマンドリンを手に、伸びやかな声で物語を紡ぎ出す。フォーク調でありながら、楽器が一つ、また一つと重なっていくにつれアンサンブルは躍動感を帯び、チャーリーのドラムが一気にフロアの熱量を引き上げる。悲劇的なストーリーを内包した歌詞でありながら、その演奏は決して陰鬱に沈まず、むしろ生命力に満ちていた。
続く「Salem Sisters」は、ピアノのイントロが鳴り響いた瞬間、ひときわ大きな歓声が上がる。マンドリンを奏でるジョージアの憂いを帯びた声と、キーボードのメイによるコーラスが、ベースを弾きながら歌うタイラードのふくよかなアルトを支え、楽曲はシアトリカルかつプログレッシブに展開していく。突如として3拍子に転じるリズム、どこかケイト・ブッシュやキンクスを思わせるメロディの“ひねり”。英国的ポップスの遺伝子と実験精神が、ここでは自然に溶け合っていた。
「The Big Spin」では、メイの力強いボーカルを中心に、アンサンブル全体がまるで一つの生き物のように呼吸を始める。有機的で縦横無尽な構成は、自然や植物への感情的な愛着という楽曲のテーマを、そのまま音像へと変換しているかのようだった。
「Mary」では、タイラー、メイ、ジョージアという3人のボーカリストが同時にフィーチャーされる。ルークによるアコギのスライド奏法、ジョージアのヴァイオリンがひねくれたコードを奏で、フロント3人のメロディ&ハーモニーは、ポール・マッカートニー&ウイングスを想起させる多幸感を生み出していく。ルイスのフルートとジョージアのヴァイオリンが交錯する後半部では、メンバーが次々と楽器を持ち替えながら、楽曲に新たな色彩を与えていく。その姿は、固定された“バンド編成”から解き放たれた、音楽家集団としてのBCNRを雄弁に物語っていた。
真面目さとユーモア、実験性と親しみやすさ。その絶妙なバランス感覚に、かつてダーティ・プロジェクターズのライブを初めて観たときの衝撃を重ね合わせてしまう。ステージ上で展開されていたのは、単なる楽曲の再現ではなく、“この6人でしか成し得ない音楽”だった。
物語性を帯びたアンサンブルは、「Nancy Tries to Take the Night」でさらに強度を増していく。タイラーとルークのアコギ、ジョージアのヴァイオリンによるピチカートが織りなすオーケストレーションは、まるで舞台装置のように緻密だ。ストーリーテリングのようなボーカルは、ミュージカルの一場面を思わせる一方で、楽曲が進むにつれ、その枠組み自体を内側から壊していく。タイラーはエレキベースをコントラバスのようにボウイング奏法で鳴らし、音楽はさらに異形の姿へと変貌する。
「Besties」では、メイが奏でるハープシコードのイントロが鳴った瞬間、再び会場が大きく揺れた。友情と片思いをテーマにしたこの曲は、リコーダーによるバックトラックも相まって、どこか無邪気でありながら、ほろ苦い余韻を残す。BCNRの楽曲が特異なのは、感情を単純化せず、常に複数の温度を同時に鳴らしている点にある。この夜のオーディエンスも、その揺らぎをそのまま受け止めていた。
続く「Socks」では、メイとタイラーが持ち場を入れ替え、タイラーがピアノを弾きながら歌う。ピアノ、サックス、バイオリンを基調とした3拍子のアンサンブルは、クイーンあたりを思わせるロックオペラ的な広がりを持ち、さらにプログレ、ミュージカル、フォークといった要素が交錯する。それでも決して散漫にならないのは、6人全員がアンサンブルの推進力を共有しているからだろう。
「Goodbye (Don’t Tell Me)」では、シンプルでタイトなドラムの上に、ピアノとサックスが有機的に絡み合い、3声コーラスがカオティックな渦を生み出す。壮大でありながら、どこか親密さも感じさせるフォーク・ミュージック。その二面性こそが、現在のBCNRを端的に表している。かと思えば「Turbines/Pigs」では、月明かりのようなスポットライトを浴びたメイのピアノから演奏が始まる。クラシカルな導入部から、呪術的なタムの連打、反復するピアノとボウイング奏法のベースが重なり、音楽は儀式のような相貌を帯びていく。反復と変化、その緊張関係が、このバンドの核心にあることをあらためて実感させる瞬間だった。
ここで披露されたビッグ・スターのカバー「Ballad of El Goodo」では、タイラー、メイ、ジョージアが美しいメロディを歌い継ぎ、原曲への敬意と同時に、自分たちの血肉として完全に取り込んでいることを示す。続くタイトル曲「Forever Howlong」では、メイを除く全員がリコーダーを手にし、彼女は歌いながらハンド・コンダクターとしてアンサンブルを導く。片手でピアノとアコーディオンを操り、リコーダーの合奏とともに高揚していくその光景は、この日のハイライトの一つだった。
「Happy Birthday」では、どこかネジが緩んだようなピアノのバッキングとマンドリン、エレキギターが寄り添い、タイラーの抑揚に富んだメロディが何度もリフレインされる。螺旋階段を登っていくようなアンサンブル。そして、メイが驚くほど流暢な日本語で感謝を述べた後に演奏された最終曲「For the Cold Country」は、変拍子の緊張感から一気にカタルシスへとなだれ込む。シンプルで力強い反復が、フロア全体をひとつの塊に変えていく光景は圧巻だった。終焉とともにペット・ショップ・ボーイズの「Always On My Mind」が流れ出し、「ついさっきまでの光景はすべて“夢”だったのだろうか?」と一瞬戸惑ってしまった。
過去を再演することなく、常に現在形の音楽だけを提示し続けるBCNR。その姿勢は、危うさと同時に圧倒的な自由を自身にもたらしている。この夜、EX THEATERで鳴っていたのは“完成形”ではなく、変化し続けること自体を選びとった音楽の“現在地”だった。
Taxt:黒田隆憲
Photo:Kaoru Goto
◎公演情報
【Black Country, New Road JAPAN TOUR 2025】
2025年12月8日(月)大阪・BIGCAT
2025年12月9日(火)愛知・NAGOYA JAMMIN'
2025年12月10日(水)東京・EX THEATER ROPPONGI
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