2026/10/14 13:40
ショーン・オノ・レノンが週末にXで、元ザ・ビートルズの亡き父ジョン・レノンが1980年に悲劇的な死を遂げる前に、自身と異母兄のジュリアン・レノンにどのような形で財産を残していたのかを説明した。
ショーンが返信したのは現地時間2026年10月11日のある投稿で、「一人は遺産の大部分を相続し、もう一人はほぼ締め出され、比較的わずかな取り分を求めて何十年にもわたる訴訟を強いられた。片方にとっては耐え難いほど辛く腹立たしいことであり、もう片方にとってもきっと相当気まずいことだったはずだ。それでも二人が今も友人であり続けている(そしてほぼずっとそうだった)ことは、おおらかな人間であることが持つ救済の力の証であり、それはより広い世界にも大きな意味を持っている」と言う推測が書かれていた。
このコメントは、その前日にショーンの51歳の誕生日を祝ってレノン兄弟が自然の中で楽しい一日を過ごす様子を本人が投稿したことに寄せられたもので、ショーンによればこのコメントの主はまったくの誤解をしていたという。
「ジュリアンと僕は父から同じ額を相続した。僕たちの信託は同等だった。彼の方がわずかに多かったけれど、ほとんど無視できる程度だった」と彼は綴っている。
ショーンはジョンと妻のヨーコ・オノの間に生まれた息子で、63歳のジュリアンは、ジョンが最初の妻のシンシア・レノンと6年間の結婚生活を送っていた時期に生まれた長男だ。二人は親密な関係を築いているようで、SNSにたびたび一緒に写った写真を投稿しており、2021年に米ロサンゼルスで行われたピーター・ジャクソン監督によるザ・ビートルズのミニシリーズ『ザ・ビートルズ: Get Back』のプレミアでも揃ってポーズをとっていた。
二人ともミュージシャンとして活動しており、ジュリアンは1984年のデビュー・アルバム『ヴァロッテ』から「Too Late For Goodbyes」(5位)とタイトル曲「Valotte」(9位)という2曲の米ビルボード・ソング・チャート"Hot 100”TOP10ヒットを生み出した。その後もこれまでに6枚のアルバムをリリースしており、その中には2022年の『ジュード』も含まれている。このタイトルはザ・ビートルズの「Hey Jude」にちなんだもので、同曲は両親の離婚に直面していた幼いジュリアンを慰めるために、ポール・マッカートニーが1968年に書いたことで知られている。
ショーン・オノ・レノンは、ゴースト・オブ・ア・セイバー・トゥース・タイガー、チボ・マット、クレイプール・レノン・デリリウム、プラスティック・オノ・バンドなど数々のバンドのメンバーとして、長く多彩な音楽キャリアを歩んできた。これまでに1998年の『イントゥ・ザ・サン』、2006年の『フレンドリー・ファイア』、2024年の『アステリズムス』という3枚のソロ・アルバムを発表している。
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