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井上銘が語る、これまでの10年とこれからの10年 ~ 『Our Platform』リリース記念インタビュー



 ジャズ・ギタリストとしてのデビューから約10年、現在では狭い意味でのジャズにとどまらない幅広い活動を展開している井上銘が、約7年ぶりのオーソドックスなジャズ・アルバム『アワー・プラットフォーム』を2月19日にリリースした。
 魚返明未(ピアノ)、若井俊也(ベース)、柵木雄斗(ドラムス)という、長年にわたるレギュラー・カルテットで、9曲中5曲がスタンダード。井上銘がスタンダードをこれだけ多く演奏した作品はこれが初めてだ。取材・文/村井康司

“銘くんのサウンドが欲しいから来て”と言われたい

――今回、スタンダードをたっぷり演奏することにした理由はあるんですか?

井上銘:今回はカルテットのジャズとしてのアンサンブルを聴いてもらおうと思っているので、好きな曲であればなんでもいいな、と思っていました。たくさんスタンダードを録音したうちから選んだ、ということです。マイルス・デイヴィスの「イン・ア・サイレント・ウェイ」もやったけど、「エイティ・ワン」と 演奏の 雰囲気が被ったのでボツにしました。
 オリジナル以外は自分がいろんなところで出会った曲の中でやってみたいものを選んだんですが、ロン・カーターがマイルスのバンドでやった「エイティ・ワン」は、メロディに隙間があって、インスパイアされるところが大きい点が好きです。他はメロディとしてきれいな、いわゆる"いい歌"が多いんですが、このカルテットのメンバーはみんな"歌"を大事にしてくれるという点で一貫しているので、このメンバーに合う曲を選びました。

▲『Our Platform』より「The Lost Queen」

――このカルテット、特に若井さんと柵木さんとは10年の付き合いですね。

井上銘:10年一緒ですが、毎日のように会っている時期もあれば、たまにしか一緒にやらない時期もあったりして、普通の友だちでもそうですけど、人間にはぐるぐる回っているサイクルがある感じがしていて、今回はまた一緒にやる時期が来た、という感じですね。
 今回のタイトルは『アワー・プラットフォーム』で、それぞれ別の電車に乗っていろんなことをやって、そして自分たちの始発駅であるジャズのプラットフォームに戻ってきて、それぞれが見てきたいろんな景色を感じさせる演奏をする、という意味なんです。

――聴いていて、すごく生っぽいというか、ナチュラルなジャズだなと思いました。

井上銘:今回のアルバムは全部一発録りで、ほとんどワンテイクかツーテイク。直しもしてなくって、すごく生々しいやり方をしています。そういうやり方はある程度自信がないとできないことだと思うし、今は修正や編集もいくらでもできる時代なんですが、『俺達は一発どりでもぜんぜん大丈夫だよね』という自信が10年の間に築けたのかな、と思います。

――でも、オーソドックスだけどなぜか新しい感じがするんですよ。

井上銘:みんな今の音楽もすごく好きだと思うし、ジャズの伝統もとても 大事にしていると思うんだけど、演奏するときに昔の誰かみたいにやってみようとは誰も思っていないんじゃないかな。たとえばですけど、グラント・グリーンをたくさん聴いてインプットしてきたけど、アウトプットするときにはそのことを意識しない、みたいな。ゴールを昔あったなにかに定めていないというか、自分たちの価値観でゴールを決めているという感じがしますね。

――なるほど。とは言え、最初は憧れのミュージシャンに近づきたい、と思っていたわけですよね。

井上銘:最初の方は誰かに影響を受けて始まるんですけど、弾いているときに特定の誰かのことが頭に浮かぶのが嫌だなと思うことがあって、そういうときには楽器を替えたりしますね。僕はストラトキャスターの音色が好きなんですけど、ストラトキャスターには“名演”が多すぎて、ある色が付いていると思うこともあります。今回使っている楽器にはそういう特定の色というか、先入観がないのでおもしろいですね。僕が楽器を選ぶときは“外した”楽器を選ぶことが多くて(笑)。

――こういうオーソドックスなジャズではない、もっと先鋭的なサウンドや、よりポップな音楽も演奏するときは、気分や意識を変えるんですか?

井上銘:僕はいろんな音楽が好きでいろいろやっているけど、弾いているギターのプレイ自体はあんまり変わらないんです。たとえば、ストレート・アヘッドなジャズをやるとすごくそれらしくて、でもロックをやるとしっかりロックに弾けるギタリスト、という人もいるじゃないですか。 それはそれでとても凄いことだと思うのですが、僕は自分がそんなに器用じゃないというか、そういう脳の構造になっていないと思うんですよ。自分の演奏はそんなに変わっていなくて、パッケージが変わっているだけだと思うんです。
 僕は不器用なタイプなんで、自分なりの音楽をやっているんだと思ってやっています。誰かにレコーディングで呼ばれるときに“銘くんのサウンドが欲しいから来て”と言われたら、やっぱり嬉しいですよね。ただ、このスタイルで貫くには、自分に飽きないように常に自分をアップデートして大きくしておく必要がありことはいつも考えています。

――いいミュージシャンは個性的ですよね。マイルスもパット・メセニーも。

井上銘:それって日本の社会と結びついていると思うんですよ。この国でギタリストとして生きていくには、今日はジャズでフルアコ、明日はロックでストラトで、その次の日はシンガーのバックでアコースティック・ギター、また次の日はガット・ギターでボサノヴァ、みたいなことが求められると思うんです。 もちろん好きでたくさんの楽器に触れるのは素晴らしいことですよ。でも、一人の人間が色んな項目を一定以上のレベルでこなせることが重要視されるのは、ミュージシャンだけに限った話ではなく、日本社会全体がそのような風潮なのかなと勝手に感じています。
 「あいつは○○○ができないからダメだ。」みたいな話ってよくなりますけど、そのせいでみんな、他人と比べた上での自分の弱点を補強することに集中してしまうみたいな。それって自分自身に問いかけて気づいた自分の弱みを克服するのとは全くの別物だと思うんですよ。それぞれが、得意なことを自分に厳しく責任を持って突き詰めて、そこで勝負していく方が、面白い人が増えるんじゃないかなと思います。自分を信じる力、というか。

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ミクスチャー化した日本のジャズ、次の10年は

――さて、デビューして10年の間に、日本のジャズをめぐる状況は変わりましたか?

井上銘:すごく変わったと思います。僕が20歳ぐらいでCDを出したころは、“ジャズ”という形を大事にする人が多かった気がします。10年前の日本の“ジャズ・シーン”も、規模は小さかったけど 、今よりはそれなりに回っていたと思うんです。これからの10年は、さらにがらっと変わって、ジャズをはじめとした生演奏主体のミュージシャンの生き方も今までのものと変わってくるのではないかなと思います。“日本のジャズ・シーン”という円の中でどうやって仕事をやっていくか、ということより、自分でどれだけユニークな山を築けるか、ということが大事なんじゃないかなと。自分たちが演奏する場を見つけていくことを意識的にしないと難しいことになる、という気持ちもありますね。ここ10年ぐらいで世界はもちろん、日本のジャズもすごくミクスチャー化したと思うけど、次の10年はもっと激しくなりそうですね。今まで聴いたことのないような音楽がたくさん生まれるのはとても楽しみです。

――若い世代のジャズ・リスナーを増やすということも大事ですね。

井上銘:そうですね。若いリスナーも増えてきているとは思いますし、ミュージシャンたちも、シーン全体のことを考える人が増えてきているように思うので、少しずつ前進していると思いますね。 ジャズはなんとなくセッションすれば、一応ライブを成立させやすい音楽ですが、その反面、雑なライブも多いのでそのあたりは注意しなければいけないですよね。ジャズに興味がない人が、たまたま入ったライブでがっかりさせることのないように、ミュージシャン側もお店側も「ジャズってかっこいい!」と思ってもらえるようなライブに1本1本したいですね。

――ボーダーレスという意味では、海外のミュージシャンとの交流も期待したいところです。

井上銘:ここ数年、少しずつヨーロッパやアジア、アメリカなど、海外で演奏させてもらえる機会が少しずつ増えてきて、色々思うことがありました。日本人同士の会話で “これって日本人ぽくってかっこ悪いね”というフレーズって皆さん耳にしたことある方多いんじゃないかなと思うのですが、すごくもったいない会話だと思うんです。自分たちでお互いの自信をどんどん下げているような気がしてて。僕も日本人的な性格をしているので、つい遠慮しがちなんですけど、海外で演奏して思ったのは、日本のジャズ・ミュージシャンのレベルはかなり高いな、ということでした。日本人が自分たちを卑下するという負の文化をなくすために、みんながどんどん外に出て“あ、いけるんだな”と思えたら最高だと思います。そうすると次の人たちも楽になるし。日本の中で自足しているんじゃなく、みんなが自分の行きたいところに行って、開拓していけるといいと思うんですよ。インターネットの発展と共に、世の中の仕事のあり方はどんどんボーダレスになっているし、ジャズなんて特にそういうのが向いてる音楽なんじゃないかなと。その架け橋になれるといいなと勝手に思ったりしています。

井上銘:先日ロサンゼルスで、ベンジャミン・シェパードというベーシストと一緒にやる機会がありましたが、あまりに素晴らしくかなりの衝撃でした。アメリカはやっぱり化け物のようなとんでもない人がいるなぁと。でも僕たちもそこに遠慮する必要はないですよね。勝負できるベクトルはたくさんありますから。

▲ベンジャミン・シェパードによるソロ・パフォーマンス

――デビューから10年経ちますが、先は長いですよね。今後、どういう音楽家になりたいと思っていますか?

井上銘:僕はギターを弾くのが大好きなんですけど、これからはギタリストを超えた“音楽家・井上銘”になれたらかっこいいなと思っています。自分のカラーで勝負していける存在になって、それがどんどん大きくなっていけたら、と思います。

井上銘 魚返明未 若井俊也 柵木雄斗「アワー・プラットフォーム」

アワー・プラットフォーム

2020/02/19 RELEASE
PCCY-30251 ¥ 3,000(税込)

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Disc01
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  2. 02.ネクスト・トレイン
  3. 03.ユーアー・マイ・エヴリシング
  4. 04.イッツ・イージー・トゥ・リメンバー
  5. 05.エイティ・ワン
  6. 06.時さえ忘れて
  7. 07.ワルツ
  8. 08.アイ・ラヴ・ユー
  9. 09.ア・メモリー・オブ・ザ・セピア

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