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<インタビュー>原摩利彦 “自分の音楽”を貫いた先に――映画『国宝』で結実した、自身の作家性とその到達点【MONTHLY FEATURE】

Interview & Text:柴那典
Photo:Hinako Kimoto
Billboard JAPANが注目するアーティスト・作品をマンスリーでピックアップするシリーズ“MONTHLY FEATURE”。今月は、映画『国宝』の音楽を手掛けた音楽家、原摩利彦のインタビューをお届けする。
興行収入は200億円を超え、邦画実写の歴代興行収入1位に輝くなど、日本映画史に残る大ヒットとなった映画『国宝』。2026年3月に行われた【第49回日本アカデミー賞】では最優秀作品賞など主要賞を含む10冠を達成、原自身も最優秀音楽賞および主題歌賞を受賞した。また、“原摩利彦 feat. 井口理”名義による主題歌「Luminance」もBillboard JAPANチャートに長く登場し続けるというヒットを記録し、映画音楽と主題歌の関係に新たな可能性を示した。
今回の取材では、改めて『国宝』の音楽制作の裏側、坂本龍一からの影響、海外の映画音楽の作家との共鳴、そしてこれからのキャリアについて語ってもらった。
“自分の音楽”を貫いた到達点
――『国宝』はとても大きな現象になりました。日本アカデミー賞の最優秀音楽賞および主題歌賞も受賞されましたが、今の心境はいかがでしょうか。
原:【日本アカデミー賞】が終わって一段落した感じもありますね。でもやっぱり1年前、仕上がりの前にはこんな風になるとは全く思っていなかったので、信じられないです。
――日本映画史のターニングポイントになった作品に携わったという実感も、改めて芽生えてこられたのではないかと思います。
原:それもありますし、ストレートに自分の音楽として作ったものが、こういう風に評価されたのがいちばん嬉しいですね。前に作ってきたものと、芯の部分は何にも変わらない。もちろん、映画のスケールに合わせるところはありましたけど、広く受け入れてもらうために本来自分が作っているものとは違うものにした、というようなことは全くない。偽りなく「これは自分の音楽です」と胸を張って言える音楽で、この評価をいただけたのが嬉しいです。
――大衆性を獲得するためにわかりやすく薄めるのではなく、むしろ濃くすることによってそれを達成した、と。
原:はい。それが何よりも嬉しいです。
“音色”から立ち上がる映画
――李相日監督とは『流浪の月』に続いて『国宝』で2度目のタッグになりますが、音楽を作るにあたって、まずどういうところから取り組みましたか?
原:オファーが来た時には、すでに原作は読んでいました。『国宝』は歌舞伎が題材ですが、そこ(オファー時)から歌舞伎を勉強したというより、実は10数年前――2014年ぐらいから少しずつ歌舞伎を観るようになっていて。毎月ひと演目は観るくらいハマっていたんです。野田秀樹さんの『野田版 桜の森の満開の下』では東京・歌舞伎座でお仕事をする機会もあったので、あくまで歌舞伎というものを意識しすぎることはなかったです。むしろ前作『流浪の月』ではその時点での自分をカスカスになるぐらい出し切ったので、「次にそれ以上のものを書けるのかな?」という少しの不安と、「やるぞ」という気合いがありました。
――歌舞伎だけでなく、2020年のアルバム『PASSION』で和楽器を使用されていたり、そういった方面の興味と実践は以前にもあったのではないかと思います。
原:はい。武満徹や坂本龍一さんとか、聴いてきた音楽に西洋以外の楽器が自然に含まれていたので、そこに耳馴染みがありました。あとは、通っていた中学校で週に1度お能の謡の授業があったり、祖母が三味線を弾いていたりして、和楽器がすこし身近な存在だったんですね。だから、「自分の音楽にも取り入れたい」というよりは「自分の音色をもっと広くしたい」という気持ちがあって。で、これまで雅楽の楽器や、ペルシャの楽器のサントゥール(※イランの伝統的な台形型打弦楽器)を入れたりしていたんです。
――振り返って、坂本龍一さんの音楽から受けた衝撃や、ご自身の人生における影響というのはどういうものだったんでしょうか。
原:13歳の時に、アルバム『1996』のツアー(【Ryuichi Sakamoto Trio World Tour 1996】)に連れていってもらったんです。その頃にはベートーヴェンにハマっていたりしたんですけれど、(ツアーを観て)同時代の作曲家に初めて強く衝撃を受けたんですね。それで「作曲家になりたい」という衝動が生まれて。そこからレッスンを受けたりして音大を目指したんですけど、音大は僕には合わず……。ただ、そうじゃない道でも「音楽家には絶対になるぞ」という気持ちがありました。そして大学に入って、坂本さんの京都の法然院でのシークレットライブへ弟と一緒に行った時、初めて(本人に)お会いしました。ラジオにデモテープを出していたので、名前が特徴的なのもあって覚えてくださっていたんですよ。そこから交流が始まりました。京都ということもあって、CLUB METROを中心にダムタイプや周辺の人たちもよく集まっていたので、自然に繋がりができて。で、ダムタイプの高谷史郎さんは坂本さんともよくお仕事をされているので、その流れで一緒にお仕事をするようになったんです。最初にお仕事したのは2014年、NHK-FMの即興セッションの相手に選ばれた時でした。
――『国宝』のサウンドトラックにおいては、和楽器ではなくヴィオラ・ダ・ガンバのような西洋の楽器が核になっています。この発想はどういうところから生まれたんでしょうか。
原:和楽器で自分が足したのは尺八だけなんです。というのは、歌舞伎の演目でお囃子が鳴るのは知っていたので、そこに和楽器を入れるのはあまり得策じゃないというか、ナンセンスだと思ったからです。『国宝』は歌舞伎の映画ではなく、喜久雄の人生の映画なので、普段の喜久雄に和のテイストが入る必要はないと思ったんですね。で、ヴィオラ・ダ・ガンバについては、それ以前にもNODA・MAPの『正三角関係』や、『鹿の国』というドキュメンタリー映画でもフィーチャーしていたんですけど、それぞれの作品に「なぜ採用したか」の理由がすべてありまして。今回に関しては、武満徹が勅使河原宏の『利休』という映画で、千利休と同時代――ルネサンス期の作曲家であるジョスカン・デ・プレの音楽を引用した手法の現代版、ということを考えました。僕は誰かの曲を引用するのではなく、「1603年」という、歌舞伎が誕生した時代によく使われていたヴィオラ・ダ・ガンバの響きを現代に持ってくる、ということをしたんです。というのも、“芝居の魔物”に取り憑かれるというのは、現代だけではないと思うから。歌舞伎ができた頃からの芝居小屋には魔物のような気配があって、それをなんとか引っ張ってきたい。そのためには、江戸や日本の音色というより、同時代の西洋のものを引っ張ってくるのがいいんじゃないかと思いました。ヴィオラ・ダ・ガンバは、(制作の)最初のほうから採用しようと考えていました。
――別のインタビューで、ヴィオラ・ダ・ガンバを用いた「ブオン」という特殊な音、魔物の気配のような音ができた時に何かしらの手がかりがあった、とおっしゃっていましたが。
原:そうです。譜面で上昇する音形を書いて弾いてもらったのを、だいぶピッチを下げたりして加工しています。その音が出来たときに――2017年に歌舞伎座でサウンドチェックをしている時、身体がなんだか重くなって「しんどくなってきました」と言ったら、囃子方の家元に「歌舞伎座の洗礼を受けましたね」と言われてニヤッとされたことがあるんですけど、その不思議な体験と結びついたんです。映画の中で、喜久雄と俊介が「誰かが見てるような気がする」と舞台を見上げるシーンがありますけれど、この音があの視点じゃないかなと一瞬思ったんですね。それで音色として確信が持てたので、それを最初のデモに出しました。その時はメインテーマのメロディもなかったですね。李監督はそれを聴いて「すごくいいけど、やっぱりこれだけで3時間持たせるのは難しいから、映画音楽としてのメロディも欲しい」と。それは僕もわかっていたんですけれど、「これだ」という芯の部分の音色をどうしても先に提示したかったんです。
――これは『国宝』という作品に対しての解釈でもありつつ、音色とメロディを両軸で作ってきた原さんの作家性の発露ということなのではないかと思います。そういう意味でも、最初におっしゃった“自分のやり方”を濃く追求しているということであると。
原:もちろんメロディは必要だから書こうとは思っていましたけれど、これが『国宝』のメロディだ!というのは最初の時点ではまだ出せなかったんです。もともとメロディより音色のほうが身体にあるので、音色のほうから作って、そこからメインメロディに向き合っていくという手法を取ったんだと思います。で、いつものように、その後にメロディをすごく悩んで作りました。
――主題歌の「Luminance」はどういった経緯でできていったんでしょう。
原:京都での合宿が5日間ずつ、トータルで40日間ぐらいあって。第3合宿ぐらいでメインテーマ、「鷺娘」や真ん中の重要なシーンの曲がいくつかできたんですが、その後に李監督から「主題歌も」という話をもらいました。最初からのオファーではないんです。確か年末に話をもらって、年始にはデモを出さなくちゃいけなかったんですが、結構自然にできました。「声は使ってほしい」という依頼もありまして、“声”と“歌”の間のようなものがいいかな、とは思っていました。(当時は)自分もかなり喜久雄に入り込んでいたので、自分も一緒に解放されるような音楽ということを考えて、あまり悩むことなく出せましたね。
――井口さんの歌唱についてはいかがですか。
原:最初から井口さん(が歌う)とは聞いていて。そこも意識して声を当てはめていったんですけど、もう絶対に良くなることはわかっていたので、何の心配もなかったです。
Luminance / 原摩利彦 feat. 井口 理
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坂本美雨との不思議な縁
――作詞は坂本美雨さんですが、この経緯は?
原:これは僕の発案でした。ものすごく言葉が少なくて、息と歌の間みたいな歌唱で……美雨さんとはこれまでもお仕事をしていますが、彼女の作品はヴォカリーズ(※歌詞を使わず、母音のみで歌う歌唱法/作品)と言いますか、歌詞がない曲、もしくは歌詞が少ない曲が多いんです。美雨さんの歌詞はすごくシンプルなんですけれど、メロディに載せると急にその言葉が輝き出す、という感覚があって。それで美雨さんがいいんじゃないかなと思いました。
――坂本美雨さんとも縁の深い関係だったのではないかと思いますが。
原:美雨さんのことはデビューの頃から知っていて、アルバムも聴いていましたが、お会いしたのは坂本さんが亡くなられてからなんです。それまでお互い知ってはいましたけど、全然会う機会がなくて。最初に「会いましょう」となってから、その週にラジオやコンサート、食事などで3~5回会って、そこからたくさんご一緒するようになったんです。それが坂本さんが亡くなられてからというのは……なんとも言えないんですが、そういうことなんだろうなと思いますね。10代からふたりとも別のところで坂本龍一さんの音楽の影響を受けているので、ちょっとした姉弟のような、遠い親戚のような感じはします。
――原さんは坂本龍一さんに薫陶を受けてきた、一方で坂本美雨さんは坂本龍一さんの実子として同じ音楽の道を歩んでいる。そういう意味では喜久雄と俊介のような関係とも言えるのではないかと思ったんですが。
原:それは全然意識していなかったんですが、聞いてドキッとしました。自分が喜久雄に入り込んだというのは、まさにそういうところです。いろんなミュージシャンの方とお仕事をしていても、「この人は生粋のミュージシャンだな」というか、身体に音楽が流れているな、と思うこともあるんです。でも、自分の身体に音楽の血が流れているとはあまり思えない。常に音楽を追いかけている感じなんです。
――「Luminance」はビルボードジャパンの“Heatseekers Songs”チャートでも長らく上位に入っていました。映画の内側、作品の中で重要な役割を担う曲でありつつ、映画の外側でも機能する曲だったと思います。このあたり、作っている時はどれくらい意識されていましたか。
原:僕としては、中で使われたメインテーマをエンドクレジットに流すだけじゃない、「違う世界に行く」という、そのバランスのことばかり考えていましたね。なので、音色でいうと、実はストリングスを歪ませた音はM1(※作品中で最初に流れる劇伴/「Catastrophe」)の乱闘シーンからメインテーマ、それから「鷺娘」にかかるところで全く同じ音色を使っていますし、ヴィオラ・ダ・ガンバも使っています。実は、映画の最後に喜久雄が舞台に上がって上を見るところに流れる曲は、最初はイントロとして作ったものだったんです。それを後で切って、本編のエンディングへ分けました。しかも「Luminance」の最初のピアノの音形は、その本編の最後と同じ音形が鳴っているんです。あと、これは【日本アカデミー賞】受賞式の時にヴィオラ・ダ・ガンバの多井智紀さんから聞いたんですが、その音形はヴィオラ・ダ・ガンバの「ブオン」っていう音の音形と一緒で、乱闘がある時に鳴るプリペアドピアノ(「Catastrophe」のいちばん最初の音)も同じ音だったんですよ。だから、ずっと同じモチーフと音色を継承しつつ、井口さんの声という新しい要素が入って開けていく。そういう構造になっているんです。ただ、映画の外でヒットするかどうかっていうのは、それはもう「任せる」という感じ(笑)。僕は何も考えていないです。
――作る側としては、主題歌が作品の外で鳴っていたとしても、作品の内側で鳴っているモチーフと密接に関わっているものであることを意識した、と。
原:そう。それが本来の“主題歌”だと思うんです。「インスパイアされて書いた」というものもよくありますけれど、そのインスパイアの繋がりはどこまでのものか?というのが、やっぱり作り手としてありまして。なぜヴィオラ・ダ・ガンバを採用するか?とか、どうしてこのモチーフを入れるか?というのは、自分が現代アートや舞台、ダムタイプとか、そういう活動をしてきたので、コンセプチュアルに結びつけたい、そこを拠り所にしたいという欲望があるんですね。それがうまくいったのかなとは思います。表面的に「感動して作りました」だけじゃなくて。それは、自分に対しての懐疑でもあります。「それだけで、そんなに繋がる音楽が作れるのか?」という疑問がある、という。
“よそ者”としての作家性
――原さんの音楽を今の時代の中でマッピングすると、ポスト・クラシカルという文脈の中に位置づけられると思います。海外の著名な映画音楽の作家だと、ルドウィグ・ゴランソン、ジョニー・グリーンウッド、トレント・レズナーとアッティカス・ロスとか、同時代で活躍されている様々な方もいらっしゃいますが、そうした視点ではご自身の作家性をどのように捉えてらっしゃいますか。
原:僕が思うのは、もちろん坂本さんもそうですが、ヨハン・ヨハンソン、それから『ジョーカー』のヒドゥル・グドナドッティルの流れに通じるところはあると思います。彼らが好きというのもありますけど。ジョニー・グリーンウッド、イェルスキン・フェンドリックスも好きですね。系統としては違うんですけれど、自分にない視線をずっと持っているというか。自分が夢中になっているところから距離を置いて、何か違うものを取り入れてみないと発想できないな、という感じがある。あとはマシュー・ハーバートの劇伴もものすごく良くて。ダニエル・ロパティン(ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー)もそうですけれど、ああいう音楽(エレクトロ)の世界から劇伴の世界に入って強烈な個性を出している。そこを尊敬します。僕は劇伴をたくさんしてきたわけではなく、まだ5本ぐらいしか長編はやってないんですけど、その「よそ者感」と言いますか、オルタナ感っていうのがやっぱり大事だな、好きだなと思います。
――ヨハン・ヨハンソンとヒドゥル・グドナドッティルはアイスランド出身ですよね。シガー・ロスやムームと密接にも繋がっている。そうした作家にはどういうシンパシーがあるんでしょうか。
原:シンプルなのにどうしてか耳に残る。そこがものすごく大事だと思います。優れた音楽家って、音形もメロディも音色も、既存のものをその人のものにできる力があると思うんです。たとえばレイ・ハラカミさんは、あの特徴的なローランドSC-88Proの音源を、プリセットそのままみたいな音なのに「これはレイ・ハラカミさんの音」ということにしたじゃないですか。ヨハン・ヨハンソンもよくあるストリングスのアンサンブルの編成なのに、すごく耳に残って「これはヨハンソン」だと感じる。その感覚はなかなか難しいですし、目指すところですね。
――音楽家以外でも、原さんが同世代で何かしらの共闘意識というか、共通した感覚を持っていると感じる作家はいらっしゃいますか?
原:なかなか難しい質問ですが、音楽家だったら篠田ミル。ピアノトリオを一緒にやっている須原杏さんと多井智紀さん。10年ほど様々なプロジェクトで仕事して、最近『Live in Progress』というプロジェクトを一緒にはじめた森山未來さん。映画監督だったら『黒の牛』を撮られた蔦哲一朗さんは、同世代ですね。まだお会いしていないんですけれど、彼の作品は圧倒的な映像で、音も良くて、唸りました。全編フィルムで撮っていて、モノクロと、一部カラーは70mm(※通常の映画用35mmフィルムより幅が広く、高画質)で、色も全然違うんです。そして全く同世代ではないですが、三宅和朗先生。日本古代についての素晴らしい著作があります。歴史の著作なのに、読んでいた時に水の音が聞こえてくるような感覚を覚え、驚いた記憶があります。
――最後に、原さんご自身のキャリアとして、この先やってみたいこと、追求してみたいことについてはどうでしょうか。
原:映画はこれからもやっていきたいですし、海外の映画監督とも一緒にやりたいと思っています。自分のソロアルバムは2020年の『PASSION』が最新なので、今年には作り上げたい。コンサートのお声がけもいただくので、演奏にも力を入れていきたいと思っていますね。あとはエッセイと電気をつかわない音響建築空間でしょうか。
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国宝 オリジナル・サウンドトラック
2025/11/26 RELEASE
BVCL-1510 ¥ 2,750(税込)
Disc01
- 01.Catastrophe
- 02.国宝メインテーマ
- 03.新世界
- 04.万菊 Ⅰ
- 05.白亜
- 06.開花
- 07.夜明け
- 08.白夜
- 09.Fons
- 10.契約 Ⅰ
- 11.継承
- 12.襲名前夜
- 13.幕
- 14.契約 Ⅱ
- 15.欲望
- 16.幻影
- 17.万菊 Ⅱ
- 18.一対の宝玉
- 19.永い夜 Ⅰ (アウトテイク)
- 20.永い夜 Ⅱ (アウトテイク)
- 21.微光
- 22.Vida
- 23.鷺娘
- 24.国宝
- 25.域
- 26.Luminance
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