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<インタビュー>「美しい心だけから美しい芸術が生まれるわけではない」村山由佳が『DANGER』で描く戦争と表現【WITH BOOKS】

インタビューバナー

Interview & Text: 伊藤 美咲
Photo: SHUN ITABA


 書籍や文筆と縁深いアーティスト、また音楽と縁深い作家へ、自身の書籍や音楽とのかかわりについて訊くインタビュー企画【WITH BOOKS】に、小説家の村山由佳が登場。

 最新作『DANGER』は、バレエという“美の極致”と、シベリア抑留という“戦争の現実”を交差させながら、人間の身体、自由、そして記憶のあり方を描き出す一作だ。

 創作においてスイッチの役割を果たす音楽との関係や、作品ごとに設定するテーマ曲の存在、そして戦争を物語として描く理由まで。ブルースをはじめとする日常のリスニング体験を手がかりに、その創作の根底にある思考を紐解く。

音楽が物語の世界へ入るためのスイッチになる

――普段、村山さんはどんな音楽を聴いていますか?

村山由佳:結構マイナーなんですよ。マイナーじゃない方がいいですか?


――いえ、好きな音楽をぜひ。

村山:ジェイク・ラ・ボッツというアメリカのブルースシンガーが好きで、3〜4年くらいずっと聴いています。YouTubeで知って、今はCDやレコードも本国から取り寄せて聴いています。彼は作家でもあって、SNSでやりとりができるんですよ。「いい時代だな」と思いますね。


――他に聴くアーティストは?

村山:分かりやすいところだと、ザ・ローリング・ストーンズやクイーン、ドアーズ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ。最近はノエル・ギャラガーもよく聴きます。昔はアンジェラ・アキさんや鬼束ちひろさんも聴いていましたが、今は洋楽の方が圧倒的に多いですね。ちょっと異国感のあるアレンジが好きです。


――新しい音楽はYouTubeで探すことが多いですか?

村山:そうですね。お店にも行きますが、新譜を探すというより、昔よく聴いていたアルバムがレコードで出ていないかを見たり、しばらく聴いていなかったものをまた聴きたくなったり。そういう意味では、少し保守的かもしれないですね。


――新しいものを掘るというより、お気に入りを繰り返し聴くタイプなんですね。

村山:はい。ブルースだとマディ・ウォーターズやハウリン・ウルフのような古い音源をずっと聴くこともあります。激しいものより、じわっと染みてくるような音楽が好きです。


――好きな音楽を周りにおすすめしたり、逆に教えてもらうことも?

村山:2013年から続いている『眠れない貴女(あなた)へ』(NHK-FM)という番組で、毎回冒頭に自分のおすすめの1曲を流しています。新しく出会った曲や、記憶と結びついた曲をエピソードと一緒に紹介していて。リスナーの悩みに合わせてスタッフが選曲してくれることもあり、そこで知った曲を自分でアルバムで聴き直すこともあります。


――執筆に音楽が影響することは?

村山:大きくあります。作品ごとにテーマ曲を決めて、それを聴いてから書き始めるんです。舞台が海外ならその土地の音楽を聴いて、気持ちを切り替える。いわばスイッチですね。歌詞の表現から刺激を受けることも多いです。


――ご自宅には多くの楽器もあるそうですね。

村山:楽器フェチなんですよ。存在そのものに魅力を感じて、興味を持つとつい手に入れてしまうんです。サックスを3本手放して、アイリッシュハープを買ったこともあります。今はハープのほかにピアノや鍵盤ハーモニカ、オートハープを弾いています。気分転換や誰かと一緒に演奏するときに弾くことが多いですね。


――Billboardの書籍チャートを見ていかがですか?(編集部注:村山さんには2026年3月5日公開の文芸書籍チャート“Hot Bungei Books”をご覧いただきました。)

村山:時節柄、本屋大賞にノミネートされている作品はやはり強いと感じます。多くの人に本を読んでもらうきっかけとして、とても影響力のある賞ですよね。ランキングを見ていると、大きなヒットになるには、普段本を読まない人が手に取るフックが必要なんだとよく分かります。そうした読者が「小説って面白い」と感じてくれれば、他の作品にも広がっていく。そういう賞やチャートの存在はありがたいですね。


――村山さんの作品もチャートに入っていますね。

村山:ありがとうございます。(3月5日公開の文芸チャートの)100位以内に2作品(『PRIZE-プライズ-』『しっぽのカルテ』)入っていてほっとしていますし、新作『DANGER』もぜひ加わってほしいなと思っています。


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『DANGER』は美の極致と戦争の現実を結びつけた物語

――新作『DANGER』はバレエが大きなテーマですが、この題材を選んだきっかけは?

村山:バレエ経験のある担当編集の方に、「いつかバレエの世界を書いてほしい」と言われていたんです。自分の中にはなかったカードでしたが、逆におもしろいと思って。「自分がバレエを書くならどこから入るんだろう」と考えたんです。
日本にバレエがどう伝わったかを調べる中で、エリアナ・パブロヴァという人物に出会いました。ロシアから亡命し、日本に帰化した女性です。そこに、以前から書きたいと思っていたシベリア抑留というテーマが重なりました。


――いつか書きたいと思っていたシベリア抑留ではなく、バレエが先だったんですね。

村山:そうなんです。ダンサーはこの世の美の極致を身体で表現する存在ですよね。一方で戦争は、おそらく最も醜いもの。その両極を一つの作品で描くことで、伝えられるものがあるのではないかと思いました。


――バレエの魅力はどのように感じましたか?

村山:バレエを深く知るために、私自身も大人のバレエ教室に通ってみたんです。とはいえ踊れるわけではなく、ポーズを練習する程度なんですけど。でも、それだけでも衝撃を受けました。私はもともと体育会系で、根性論でどうにかなるタイプなんですが、バレエはまったく違いました。


――どう違うのでしょうか?

村山: 何を求められているのかすら分からないんです。最初のレッスンで、「これは根性ではどうにもならない」と感じました。子どもの頃から身体を人間の自然な形ではないものに変えていき、その上で成り立つ芸術なんだと。


――肉体そのものが前提なんですね。

村山:そうなんです。骨格の段階から選別が始まっている現実があって、すごく残酷な世界だと思いました。絵や小説とは違い、身体そのものが表現の基盤になる芸術だと感じました。


――村山さんはお父さまがシべリア抑留者で、子どもの頃からロシアの文化が身近だったそうですが、どのような印象を持たれていますか?

村山:バレエやオペラや文学に象徴されるように、文化の底力が非常に強い国だと思います。一方で、歴史的には残虐な側面もある。美しい心だけから美しい芸術が生まれるわけではないということですよね。権力や矛盾の中からも素晴らしい芸術が生まれる。その複雑さに惹かれます。


――ロシア文化で特に印象に残っていることはありますか?

村山:1999年にシベリア鉄道で旅をしたことですね。モスクワを出た直後はチャイコフスキーを聴いていたんですが、荒野に入っていくと音楽と情景がまったく合わなくなるんです。代わりに、ラフマニノフやボロディンのような、土着的な旋律の音楽がぴったりはまる。そのときに初めて、「音楽は土地から生まれるものなんだ」と実感しました。


――お父様からはシベリア抑留についてのお話も聞かれていたそうですね。

村山:はい。ただ、子どもに語られるのはあくまで語れる範囲の話なんですよね。後年に残された手記を読んで初めて、それが全体の中のほんの一部だったのだと気づきました。それまでは自分ですら全体像を知らなかったのだから、今の若い世代が戦争を具体的にイメージできないのは当然ですよね。でも、そのままではどんどん風化してしまう。


――だからこそ、物語として描いたんですね。

村山:本来、戦争はエンターテインメントにしていい題材ではないかもしれません。でも、ドキュメンタリーとして提示しても、多くの人は手に取らない。読んでもらわないことには意味がないので、謎を追いながら読み進められる構造にしました。


――私も、物語を読みながら「この先を知りたいし、知らなければならない」と感じました。

村山:ありがとうございます。戦争は自分が具体的に想像できないと「起こるはずがない」と思ってしまう。でも実際には、巻き込まれる可能性は常にあるんです。


――現代の社会情勢にも通じる問題ですね。

村山:戦争が始まれば、自由に物語を書くことも、好きな音楽を聴くこともできなくなる。だからこそ、言えるうちに、書けるうちに、伝えなければいけないと思っています。こんなに「読んでもらいたい」と切実に思うことは、これまでで一番かもしれません。


――作品の中では、さまざまな国のバレエダンサーたちが集まる一方で、戦争や国際情勢によって、その関係性にも影響が及んでいきます。バレエという共通言語があるのに、国家という枠組みがそれを引き裂いてしまう感覚がとても苦しかったです。

村山:そうなんですよね。人間から好きなものや生き方の自由を奪うのが戦争です。一方で、物語や音楽が戦争へ向かう人たちを鼓舞するために使われてきた歴史もある。軍歌もそうですし、昔は戦争を礼賛する小説だってあったわけですから。


――芸術が常に戦争と無縁だったわけではないんですね。

村山:美しい文化を戦争に利用されたくないじゃないですか。私はシベリアに行った父の娘として、ずっと「戦争は嫌だ」という小説を書いていきたいし、戦争から遠いところで音楽を愛していたい。そのためにできることはしていきたいと思っています。


――戦争、音楽、バレエと、一見すると別々のテーマのようでいて、実は深くつながっているんですね。

村山:本当にそうなんです。自由でいられることの価値は、奪われたことがないと分かりにくい。私自身も本当の意味で自由を束縛されたことはないから、想像するしかない。でも、その想像するということがすごく大事なんだと思います。
音楽も小説も、自分とは違う立場や感情に触れることができるじゃないですか。一つひとつは小さな力かもしれないけれど、個人を動かすことができるという意味では、小説も音楽も大きな可能性を持っていると思います。


――今回のインタビューを通じて、戦争の記憶を受け継ぎ続けることの大切さを改めて感じました。

村山:ありがとうございます。「戦争を学ばなければ」と思っても、なかなか手が伸びないこともあると思うんです。でも、「村山由佳の新作だから」とか「バレエの小説だから」とか、どんな入り口でもいい。そうやって手に取った先で、想像もしなかったものに出会ってもらえたらいいと思います。
私は若い読者も持っている立場なので、その間をつなぐ橋渡しができるはずなんです。今後もさまざまなテーマの小説を書いていきますが、これはライフワークとして向き合っていかなければいけないテーマだと思っています。


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