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<インタビュー>叶、1stフルアルバム『藍』を語る――“あ盤/い盤”で描く自身の輪郭

Interview & Text:小町碧音
Photo:辰巳隆二
2月25日にリリースされた、VTuberグループ「にじさんじ」所属ライバー・叶の1st full album『藍』は、歩みを止めない叶の“現在進行形”をパッケージングした秀作だ。サウンドプロデューサーは、叶のメジャーデビュー時から伴走してきた和賀裕希。TVアニメ『しかのこのこのここしたんたん』OPテーマ「シカ色デイズ」のバイラルヒットでも知られる。『藍』を二分するように、Disc1(あ盤)とDisc2(い盤)で編まれ、インストを除く13曲を収録した本作。アッパーチューンとメロウなナンバーという明確なコントラストを描きながら、そのどちらにも通底しているのは、叶という存在の輪郭だろう。
ゲーム配信の延長線上から、2022年に1st mini album 『flores』でメジャーデビューした叶。その思考やスタンスはすべて一本の線でつながっている。そう感じられたのが、和賀裕希、そしてDisc2(い盤)収録のキートラック「Play on Ever」を手がけたkzを迎え、叶のみオンラインで参加したインタビューを通してだった。
ライバーであり、アーティストでもある。そのスタート地点に、“叶”という一人の表現者としての資質がある。彼の才能の射程に、限界は見えない。
「モザイクアートみたいなものをやってみたかった」
――2018年からにじさんじでゲーム実況配信をメインとするライバーとして活動されていますが、メジャーデビューすること自体に抵抗はなかったんですか?
叶:インターネットを見始めたのも、遠い昔の「歌ってみた」がきっかけだったんです。歌は好きだけど、歌うのはそんなに得意じゃないということはありました。でも、視聴者の方が僕の歌を「聴きたい」と言ってくれていたので、デビューすること自体に抵抗はなかったんです。
kz:それこそ、2020年に俺がにじさんのアルバム『STP』(オリジナルフルアルバム『SMASH The PAINT!!』)に楽曲提供したときのレコーディング現場でも、「ちゃんと歌をやっていきたいんですよね」と話していたよね。
叶:そうですね。当時は全然でしたけど、2022年にレーベルに所属させてもらうようになってからは、どんどん音楽に対する僕のこだわりとかプライドが芽生えてきて。より具体的に、音楽で伝えたいこと、作りたい音楽が自分の中で定まってきている感覚があります。
――今の叶さんにとって音楽はどんな存在になっていますか?
叶:活動初期は、別に歌わなくても活動できないものではなかったんですけど、今は、歌わないという選択肢が正直考えられないくらい。音楽は、自分の活動の真ん中にあると思っています。

――音楽に比重を置いた生活に変わると、考え方も変わりそうですね。
叶:僕、ひとつのことだけをやるのが無理で。何かをしながら何かを考えるのが当たり前なんです。ゲームをしながら夜ご飯を考えたり、漫画を読みながら音楽を聴いたり。
でも最近は、音楽を聴きながら考えたり、あえて音楽を聴くことだけに集中する時間を作るようになりました。その中で、自分がどうしてそう思ったのかを掘り下げて考えることが増えていて。前よりも、同じカテゴリーの中で腰を据えて向き合うようになったというか。考え方は、わりと変わってきたのかなと思います。
それから、人がどうしてその作品を作ったのかを聞くのが、めっちゃ好きになりました。どうしてこういう活動をしようと思ったのかとか、どうやって音楽を作っているのかとか。そういう話を聞くのが本当に楽しいです。
――これまでに1stミニアルバム 『flores』、2ndミニアルバム『夜明かし』をリリースされましたが、実感としてはどうでしょう。自分自身の音楽を完全な形で届けることができたという手応えを感じていますか。
叶:やっぱり、まだまだだと思っています。今までは入口がどこにあるのかを探っていて、今回の『藍』でやっと入口に立てたくらいだと思います。2枚の制作を終えてから気づいたことがありました。それは、周りから見た自分も、活動している以上、自分を構成するひとつであることに変わりはないということです。『flores』では、正直、自分の思っている自分とは違うなと感じる部分もあったので、『夜明かし』で逆方向に振り切って自分を追求したんですけど、あとから周りからのイメージも決してないがしろにはできないものだなと思って。
だからこそ、周りの人からのイメージも大事にしていきたい。そのうえで、「本当はこう思っている」「こう考えている」という自分もいる。『藍』はその両方を取ったアルバムになったと思います。
和賀:叶くんとの打ち合わせの段階からパーソナルなものにしよう、という話はあって。二人で話している中で気づいたんです。『夜明かし』で、もっと叶くんに近づこうとして作った曲ですら、第三者が関わる以上、結局それもパブリックイメージの叶くんだよねって。

――パブリックイメージは避けられない、と。
和賀:できるだけ第三者のフィルターを取っ払ったものを作りたいんですけど、それだけだと伝わりにくいし、面白みに欠ける。そこで「あ盤」と「い盤」に分けることにしました。「い盤」は、パーソナルな部分を少しだけ僕らに見せてもらう形で、叶くんにテーマをもらって曲を書いていきました。一方「あ盤」は、実は制作にあたって叶くん本人とクリエイターが打ち合わせをしていないんですよ。いわば、完全なファンアート。いろんな人が作った叶くんのファンアートを集めていくと、それがどんどんパブリックイメージに近づいていく。モザイクアートみたいなものをやってみたかったんです。
――「あ盤」のクリエイター陣で、これまでまったく交流のなかった方はいらっしゃいますか?
叶:佐伯youthKさんですね。
和賀:佐伯youthKさんには、叶くんを全く知らない人枠として入ってもらいました。全員が叶くんを知っていると、どうしても寄ってしまうので、あえてフラットな視点で見てくれる人にお願いしたくて。しかも曲がかっこよくて、叶くんの曲で鳴っている音とも相性が良い。結果的に、知らないからこそ書ける歌詞が上がってきて。作り方が本当に上手いなと思いました。
――<眼?Love?逢?哀?“I”?>という様々な愛を散りばめた佐伯youthKさんの「アイ」は、今作のリード曲です。アルバムタイトルと読みが一緒。
和賀:実はアルバムの仮タイトルとして、各クリエイターには、「眼」をテーマに、変換候補に出てくる“アイ”を全部並べたPDFと、「こういうコンセプトでアルバムを作りたいんです」という説明をつけて送っていたんです。叶くんの配信で、リスナーが「愛」のスタンプをたくさん押しまくったりするのもあって、なんとしてでも「愛」という要素は入れたいなと思っていました。
そしたら、佐伯youthKさんから上がってきた曲のタイトルが「アイ」だったんです。
kz:リード曲にする気満々じゃん(笑)。
――数ある候補の中から、アルバムのタイトルが『藍』に落ち着いた経緯は?
和賀:すごく悩んだんです。叶くんと1〜2時間くらい打ち合わせをしてから、最終的にタイトルを決めたのは叶くんでした。
叶:中身が重いのはいいんですけど、アルバムのタイトルとかファーストインプレッションの部分は、そこまで重くなくてもいいかなと。藍の花言葉は「あなた次第」という意味で、今回のテーマにもちょうど良かったんです。

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――「あ盤」の中で叶さんがインパクトを受けた曲を教えてください。
叶:水槽さんの「バッドニュース」はパンチが強かったですね。悪い男って感じがすごくて(笑)。どうしてこの曲が上がってきたのかは、気になります。でも、ファンは一番喜びそうな印象が強かった曲でもあります。
kz:それでいうと、にじさんじができてから8年経ちますけど、その間みんなライバーを続けてきている。樋口さんとかもそうですけど、活動の方向性が少しずつ、リスナーが求めている方向に歩み寄っていく感じがあって。そういうライバーは結構いると思うんですよね。俺は、この8年でそれがVTuberらしさになっているなと、ずっと思っていて。“歩み寄る”姿勢は、VTuberだからこそできること。配信をリアルタイムで続けてきたからこそ、その軌跡が見えるのが、面白いなと感じていますね。
和賀:叶くんの場合は、その結果が「バッドニュース」なんじゃない? 歌詞も優しい言葉でとんでもないことをずっと言っているんですけど、ボイス収録はやっぱり印象に残りますよね(笑)。
kz:「このボイスを収録してくれてありがとう」って、水槽に感謝するリスナーも出てくるでしょう(笑)。
――『flores』からの再録となる「ANEMONE」「ブロードキャストパレード」の「ANEMONE(rework)」は、原曲にミラーボールが加わったようなダンサンブルなアレンジになっていますが、どのような意図で再構築していったんでしょうか。
和賀裕希:「ANEMONE(rework)」は、“今の叶くんが歌う意味”として最適な形を考えて、サウンドを今のトレンドに合わせにいったんです。クラブミュージックのニュアンスもかなり入ってきている今のポップスの要素も取り入れつつ、原曲らしさも残す形にしました。もちろん、全楽器をそのまま差し替えて生演奏にする選択肢もあったんですけど、それは、少し違うかなと思って。
叶 1st mini album「flores」 試聴動画
――となると、「ブロードキャストパレード(Re-recording)」は当時よりも、成長した叶さんの表情を引き出すために半音下げて雰囲気を変えたとか?
和賀:そうですね。「ブロードキャストパレード」は、もともとメジャー1曲目でもあったので、ある意味お祝い曲で、ファンに向けた華やかな楽曲でした。あの頃のみんなが思う叶くん像の一つでもある、キラキラした側面を象徴する曲だったと思います。3〜4年経って、叶くんに聞いたら「この曲は好きだけど、今のテンションとは少し違う」と話していたので。アレンジでトーンを少し落として、大人っぽく再構築しました。
――デビューからずっとサウンドプロデュースを手がけてきた中で、今回改めて叶さんのボーカルの魅力を感じた瞬間はありましたか?
和賀:たくさんあるんですけど、ひとつは「コモンピーポー」での出来事ですね。前回はすごく優しい曲を書いてもらったので、尾崎くんたちと打ち合わせしたときに「今回は少し元気で、少し尖った曲がほしい。バンド編成でお願いします」と伝えたら、この曲が上がってきて。まさにGalileo Galileiの曲だったので、これを叶くんに渡していいのかなって一瞬迷ったんです。でも、歌うとちゃんと叶くんになる。そこがすごくて。ちゃんと上塗りして、自分のものにできるパワーがあるなと思いました。
――「い盤」の「log」では、叶さんが歩いた音を録ったんですか?
和賀:そうです。ちゃんとマイクを立てて録りました。もともと、「アイノウ」から「Play on Ever」へのテンションのつなぎ方が難しいよねって話をしていて。「Play on Ever」は、“明日もやっていこうぜ”みたいな楽曲なので、歩みの音を入れようと。
kz:夜中に「足音でよくない?」って二人で盛り上がって。叶くんには「良い音する靴持ってきて」と言って(笑)。
和賀:VTuberってバーチャルな存在ですよね。そこに物理的な足音が収録されているのは、面白いなと思ったんです。
kz:ライブで円陣を組んで全員の声がマイクを通さずに地声で伝わる瞬間がありますよね。あの、同じ空間を共有しているという実感。今回は音源ではあるけれど、そこに近い何かを一緒に共有している感覚とか、実在感が出せたらいいよね、という話をしていました。にじさんじオタク目線ではあるけど(笑)。
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――今回、kzさんにオファーした背景にはどんな思いがあったんでしょう。
和賀:にじさんじを初期から見てきたからこそ持っている視点があると思っていて。その目線も取り入れたかったし、叶くんと話したときにいろんな掛け合わせを見てみたかった。ある意味、フリーに動けるポジションとして入ってもらった感じですね。
kz:すこっぷさんとか栗山くんみたいに、少し影があって尖った歌詞は、みんなが思う叶くんらしさの一つだと思うんですけど、俺は割と全体曲とか締めの曲とか、キラキラ壮大系が多い。もともと異質枠だったので、今作に参加するにあたっては、にじさんじ枠としてやるしかないな、と思っていました。
叶:「Play on Ever」でのレコーディングは、僕の人生の中でもかなり良い経験として刻まれる出来事でした。
kz:めちゃくちゃ嬉しいな。打ち合わせでは、曲そのものの話はあまりしていなかったんですよ。どちらかというと、最近やっているゲームの話とか、そのゲームをやるときの叶くんの精神性を聞かせてもらって、そこから曲を作っていったんです。
和賀:1番を録っている間、現場にずっと「なんか違う」みたいな空気がずっと流れていたんですよ。1番を録り終えたあと、「叶くんと自分たちで歌の解釈が違う」という話になって。そこからレコーディングを止めて、その場にいた全員での話し合いが1時間続きました(笑)。
kz:歌詞に対する解釈は、もちろん書いた自分の解釈もあるし、歌う人の解釈もあるし、聴く人の解釈もある。でもディレクションは、結局、歌ってもらうにあたって自分の解釈を相手に伝える作業じゃないですか。その中で、俺がやっているディレクションが、どうにも叶くんにはピンときてない感じがずっとあって。この曲はこういう曲という話から、お互いの人生観をちゃんと話したんですよ。そこで、俺と叶くんは全然人生観が違うことに、ようやく気づいて。
叶:ね。
kz:多くの人にとって、人生は何かしらの困難に向き合いながら進んでいくものだと思うんです。理不尽なことがあっても、やらざるを得なかったりすることも当然ある。でも叶くんは、そこにストレスを抱えない。理不尽なら避けるし、やりたいことをストイックに貫く。移動方法がDEX(Dexterity=器用さ・すばやさ)に全振りしてるみたいな(笑)。
叶:僕はそれが人生の楽しさだと思っているほどです。
kz:「えー!」って俺と和賀くんと当時の叶くんのマネージャーで驚いて(笑)。原因がわかってからは、書いた俺と、歌う叶くんで、この歌詞をどう見れば、お互い一番きれいに映るのか。そのポイントが見つかるまで探しました。やっぱり、歌う人には一番しっくりくる形で歌ってほしいし、思ったことがあるならちゃんと伝えてほしい。そのうえで、「でもここはこうだよね」と意見をぶつけ合って、お互いが納得できるポイントを探していく。それでいいものが作れたら一番いいと思っています。ただ、そういうクリエイティビティって毎回生まれるわけでもない。叶くんは配信で、自分の考えをちゃんと話すし、人の話も聞いたうえで議論できるイメージがあって、ちゃんと会話できるだろうという前提があったんです。叶くんだったから、できたことですね。
叶:自分の気持ちをちゃんと話すことは、すごく大事だなと思いました。好きも嫌いも、良いも悪いも。本当にすごく勉強になったし、いい経験だった。特に「い盤」は、パーソナルな意見とか考えを、今まで以上にたくさん話したと思います。

――叶さんの視点から学べることがありそう。
和賀:「リフレイン」でも叶くんの面白いエピソードがありました。
――「リフレイン」でも叶くんの面白いエピソードがありました。
和賀:当時、叶くんから出てきたテーマは、一期一会だったんです。一期一会と聞くと、普通、いい話風の曲になりがちじゃないですか。叶くんが言ったんですよ。「一回会って二度と会わなかった人は、僕の中では死んだ人と同じなんですよ」って。そこから生きていく上での出会いと別れの話にして、少し陰りのあるニュアンスになったんです。
kz:価値観、やっぱり変だよね。意外な答えが返ってくるから、逆に歌詞は書きやすいかもしれないですね。
和賀:本当に不思議な落としどころにたどり着くんですよね。でも、前提として大切なのは、叶くんの気持ちをちゃんと引き出せるか。そのための対話が欠かせないと実感しました。「い盤」は、物事に対する叶くんの考え方が、言葉の端々に滲んでいるアルバムになっていて。
例えば、「リフレイン」の最後にある<馬鹿みたいだ>って歌詞。でも、それでも、結局やるよ、みたいなニュアンスがあって、最終的にはちゃんと前を向いている。
kz:基本ポジティブなんだよね。
和賀:そう。俺らより100倍ポジティブ。

――叶さん。せっかくの機会なので、kzさんに伝えたいことがあればぜひ。
叶:最初に話が上がった『STP』の収録のときもkzさんがいて、そのときもすごく印象深かったんです。自分の中では、音楽活動の歴史の中で重たい一歩で。当時はユニットでしたけど、レーベルで活動するってこういうことなんだ、と想像できた機会でもあって。
振り返ると、自分の音楽の重要なシーンには、いつもkzさんがいる感覚があります。「VtL」(kzによる、にじさんじ1周年記念曲「Virtual to LIVE」)もたくさん聴いてきたし、歌ってきた。レーベル活動と、にじさんじのライバー活動を並行している自分にとって、今回もkzさんのサウンドを感じられるのが、すごく嬉しかったですね。
kz:そう言ってもらえて嬉しいな。
叶:正直、今回はレーベルのアーティストとしての叶像を出す場だから、にじさんじライバーとしての側面を出しすぎないほうがいいのかなと、ずっと思っていました。だからこそ、この曲を聴いたときに、おふくろの味みたいな温かさを感じて。自分の中では明確に分けるつもりでいたんですけど、実は両方に内包されていてもいいんだなと思えた曲でした。
kz:アーティストとしての叶くんの像は壊したくなかったし、あからさまに、にじさんじっぽさを出したかったわけでもない。でも作風のどこかに感じてもらえたなら、それが一番ちょうどいいですね。
――『藍』の制作を振り返ってみて、いかがですか?
叶:パブリックイメージについて深く考えるきっかけになりました。すごくシビアに言えば、僕らはコンテンツでもあって、見る側からするとある意味、消耗品的な側面もゼロではない。それは避けられない部分もあると思うんです。じゃあその中で、自分がどう工夫していくのか。それ自体が活動なんだなと。
kz:多分、人はどこかで、思われている自分を見て、「自分ってこういうふうに見られてるんだな」と認識して、そのイメージに少しずつ近づいていく、みたいな循環があると思うんですよ。もし「い盤」みたいに自分をそのまま強く押し出すものだけになってしまうと、それはそれでみんなが望んでいるものとはズレる可能性もある。本当に『藍』は、アーティスト作品でもありながら、ちゃんとライバーらしいアルバムになっていると思います。
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