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<インタビュー>“Billboard JAPAN Book Charts”で日本の出版物を世界へ――日本出版販売株式会社 沼田大輔

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 ビルボードジャパンが、2025年11月6日に総合書籍チャート“Billboard JAPAN Book Charts”をローンチした。本チャートは紙の書籍(書店/EC)と電子書籍、サブスクリプション、図書館での貸し出しなどを合算した総合ブックチャート。音楽メディアとして知られるビルボードが書籍チャートを始めるにあたり出版業界の方々の協力は不可欠であったが、日本出版販売株式会社 執行役員の沼田大輔氏もその一人だ。本インタビューでは沼田氏に、ブックチャート完成までのサポートや今後の期待感についてなど、話を聞いた。(Interview: 高嶋直子/熊谷咲花 l Text: 熊谷咲花 l Photo: 小野正博)

――そもそもビルボードジャパンがブックチャートを始めるにあたり、ご協力いただくに至った経緯を教えてください。

沼田:出版業界の専門紙にビルボードジャパンの礒﨑上席部長がインタビューを受けられたことがきっかけで、知人から「礒﨑さんをご紹介したい」という話をいただきました。事前に礒﨑さんの著書『ビルボードジャパンの挑戦 ヒットチャート解体新書』を読ませていただいたのですが、それが非常に面白かったんです。データに基づいた分析や、アーティストファンダム・楽曲ファンダムという切り口での考察を見て、出版業界でも応用できるのではないかと感じました。

実際にお会いして意見交換を重ねる中で、「今までにないものを作ることに価値がある」という点で意見が一致し、チャートを作ろうという話になりました。チャートを始めるにはデータ収集が不可欠ですが、書店や出版社の皆様にとってデータは非常に重要な資産ですので、その取り扱いには最大限配慮しながら、業界全体の価値向上につながる形で活用できないか、一緒に検討させていただきました。


――書籍チャートを作るためには、出版業界に関わる多くの企業からの協力が必要です。“できないのではないか”という意見は、出なかったのでしょうか。

沼田:私個人としては、「できるか、できないか」よりも「価値があるか、ないか」の方が重要だと考えています。壁があるなら、その壁をどう乗り越えるかを考えればよい。ですので、挑戦することに特に不安はありませんでした。ただ、書店の皆様と対話を重ねる中で、データの取り扱いに関する懸念を持たれる方も多くいらっしゃいました。そこで、業界全体にとってのメリットを丁寧に説明し、共に取り組む形を模索しました。

出版業界では「本が読まれない」という課題が共通しています。他メディアが新しいコンテンツを次々と発信する中で、本をなかなか手に取ってもらえず、相対的に訴求力が弱い状況にあると感じています。そこで、ビルボードのブランド力を活用しながら、「本を知ってもらうメリット」を伝え、協力をお願いしていきました。



――全くの0からのスタートだったと思いますが、想定外のことはありましたか。

沼田:ビルボード・ブックチャートの目新しさのひとつは「時代別チャート」という切り口にあります。音楽は年代別にアーティストの特色や文化の違いがあるので、おそらく礒﨑さんからは自然に出てきたと思いますが、出版業界ではあまりその視点がありませんでした。出版業界には、過去の名作を新装版や復刊として再び市場に届ける文化がありますが、それらは過去の年代に発売された商品ではなく、新刊として扱われます。例えば、夏目漱石の作品は昭和以前のチャートに入るのですが、『こころ』が実際にいつ発売されたのかという初版データと、出版業界で扱っている流通データの整合性を取ることが、年代別チャートの構築において新しい課題となりました。


――私も初版のデータがないということがすごく衝撃的でした。当然あると思い込んでしまっていて。

沼田:そうなんです。出版物は年間で約6~7万点、1日あたり180~200点の新しいコンテンツが生まれています。日本のコンテンツが世界で注目される背景には、この新しい作品を生み出し続ける力があると思います。ただ、これだけの作品数を届けるための流通システムがすでに完成されているため、過去データを新しい切り口で扱うことは難しいという課題を改めて実感しました。



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グローバルへの広がりに期待

――11月6日にはブックチャートがローンチしました。実際にチャートを見ていただいて、このチャートは今の出版業界を反映していると思われましたか。

沼田:各書店や取次がランキングを発表していますが、それらと比較してもビルボード・ブックチャートに大きな違和感はありませんでした。礒﨑さんの著書にも「チャートは過去・現在・未来を映すもの」とあり、急激な変化はないと書かれていましたので、むしろ、既存ランキングと大きく異ならなかったことで安心しました。

一方で、私が業界の課題だと感じていたのは、“紙と電子の売れ方を一緒に見られない”という点です。その背景には、日本には再販売価格維持制度があり、紙の書籍には適用される一方で、電子書籍や電子コミックには適用されていないことがあります。さらに、電子は無料キャンペーンや分冊販売など、販売方法が大きく異なることも要因です。こうした商慣習の違いがある中で、礒﨑さんが出版社や電子書店と対話を重ね、電子も含めて横並びで見られる仕組みを目指したことで、このチャートが実現したのだと思います。


――ローンチしてまだ1ヶ月ほどですが、沼田さんの周りではチャートに対してどんな反応がありましたか?

沼田:業界になかった新しい切り口や、グローバル視点への期待は非常に大きいと感じています。出版社の方々からも「海外でどれだけ売れているかが把握しづらい」という声をよく聞きます。各社がそれぞれリサーチし状況を把握しているとは思いますが、今後、ビルボードチャートでグローバルのデータも確認できるようになることへの期待は非常に高いのではないかと思っています。


――グローバルでいうと、今後私たちも海外向けの取り組みも検討しておりますが、どのように活用できたら嬉しいでしょうか。

沼田:日本のコンテンツを海外で広めることは非常に重要だと考えています。近年では、NetflixやCrunchyrollなどの配信プラットフォームの普及により、日本の作品が世界中で視聴される機会が増えています。ただし、音楽は言語の壁が低く、日本語や外国語のままでも楽しめますが、出版物は翻訳が不可欠です。AI翻訳の進化には期待していますが、まずは作品を知ってもらうことが重要です。配信プラットフォームのランキングを通じて作品が世界に広がるように、ビルボードジャパンのブックチャートが海外に伝わり、その国の言語で翻訳される道筋ができることを期待しています。



――今月から、アーティストには“好きな本”を、作家の方々には“好きな音楽”を質問するといった、本と音楽をテーマにしたインタビューシリーズも立ち上げる予定です。

沼田:音楽と文学、音楽と漫画など、さまざまな作品を切り口に世界観を深める企画はぜひ見てみたいと思います。映画やアニメの世界でも、作品の世界観に合わせて音楽が変化し、音楽に合わせて作品自体も変化するという、両者が融合する時代になっていると感じます。こうした発信は非常に興味深いです。


――出版業界には、直木賞や芥川賞、本屋大賞など様々な賞が既に存在していますが、そのような中でビルボードが果たせる役割はどういうところだと思われますか。

沼田:既存の賞は日本の文学文化を支える重要な役割を果たしています。そこにさらに、ビルボードならではの視点で、補完的な新しい切り口を提案できれば業界にとってプラスになると考えています。例えば、【MUSIC AWARDS JAPAN】のような本のアワードも、ビルボードさんと一緒になってできたらいいなと思います。


――ぜひ、ご一緒できたら嬉しいです。ブックチャートも今後広く知られていって、作家さんなどにもご興味持っていただきたいと思っています。そのためにもっとこういう観点があれば、というご意見をいただきたいです。

沼田:やはり重要なのは、チャートのカテゴリーの拡充です。音楽チャートには約30種類のカテゴリーがありますが、ブックチャートはまだ限られています。例えば写真集など、ファンや出版社、そして著者本人にとって注目度の高いランキングもあります。総合チャートではコミックが非常に強い傾向がありますが、今後は多様なカテゴリーを設けることで、幅広いジャンルの魅力をより見える化できるようになると考えています。

また、データの充実も欠かせません。もちろん、情報の取り扱いには細心の注意を払いながら、業界全体の価値向上につながる形で拡がることを期待しています。今回のブックチャートの立ち上げは礒﨑さんの強い想いによって実現しましたが、今後どのように育てていくか、まだまだ余地があると感じています。



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