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<インタビュー>マカロニえんぴつ 実体的なものを大事にしたアルバム『physical mind』が完成――“嘘”に浮かび上がる未来への希望

Interview:天野史彬
Photo:堀内彩香
かつて<なんでもないよ>と歌ったバンドが、今、<いつか嘘のない世界で はじめての嘘をつこう>と歌っている。僕にはこれがとても象徴的な変化に思えた。約2年半ぶりのフルアルバム『physical mind』をリリースした、マカロニえんぴつ。1曲目の「パープルスカイ」から、彼らがライブで見せるあの熱狂的で衝動的なエネルギーを真空パックしたような、エネルギッシュなロックサンドが鳴っている。今、彼らほどビッグなバンドがこんなにもプリミティブなロックを鳴らしている、そこに覚悟と、威厳すら感じた。はっとりは、このアルバムを「壊れかけの歌が多い」と説明する。でもだからこそ、このアルバムは優しくて、そして、ここには未来への希望があるのだと僕は感じている。「ここからもう1度始めよう」という希望が。メンバー全員インタビューで、この傑作を深堀りした。
「自分の音で自分を伝える」ということに楽しみを覚えてきている
――2年半ぶりのアルバム『physical mind』、聴かせていただきましたが、再生した途端に空気を震わせるギターの音が聴こえてきて、その瞬間から強い覚悟を感じました。飾り立てて獲得するスケールの大きさではなく、その研ぎ澄まされたシンプルさに今のマカロニえんぴつの巨大なスケール感が宿っている、そんなアルバムだと思います。まずはおひとりずつ、本作への手応えを教えてください。
はっとり(Vo./Gt.):前作からもう2年半も経ったんだというのが驚きですけど、この2年半、ライブをたくさんやってきたので、ライブスキルは凄く上がったんです。そこで培ったアンサンブルの息の合い方は、今回のアルバムには如実に出ていると思います。
長谷川大喜(Key./Cho.):音に頼れるような音作りができるようになってきたんですよね。音数で勝負するんじゃなくて、スッピンの状態を見せられるような、そんなフィジカルな1作になりました。
高野賢也(Ba./Cho.):どれだけレコーディングで音を重ねても、ライブは5人でやることなので、ライブで音源を完全再現することは難しいんです。そのうえでこの2年間は、アンサンブルの中で各々の役割はどこにあるのか、それぞれが音域の中のどの帯域を担当するのかということをライブのリハなどを通してかなり話し合ってきた。今回は、レコーディングでもその成果が出ていると思います。楽器もあまり重ねずに、ライブと同じ熱量を音源でも出せているんじゃないかと思っています。
田辺由明(Gt./Cho.):前回のアルバムから2年半の間、アリーナツアーもやったし、ライブハウスでファンクラブツアーもやったし、横浜スタジアムも経験したし、ビルボードライブもやったし、ホールツアーもやった。いろんなライブをやってきましたけど、さっき、「空気を震わせる音」と言ってくださったじゃないですか。まさに、今回はそういう音を残したかったアルバムだと思います。ロックバンド然とした音が鳴っている、ライブ感のある生々しいアルバムになりましたね。
――「physical mind」というタイトルにも、今、皆さんが言ってくださったことが現れていますね。
はっとり:飾りを取り除いて最後に残るものが、その人の本当の力量とか、その人が持つマンパワーだと思う。そういうもので勝負したくなったんです。今まで仕掛けじみたことはいろいろやってきましたから。1度そういうことを取っ払って、シンプルに、ユニコーンで言えば、ラストアルバムの『SPRINGMAN』のようなアルバムを作ってみたかった。僕らのこのアルバムはラストアルバムではないですけどね(笑)。『SPRINGMAN』って、シンプルだし、サウンドの雰囲気として地味ではあるんです。でも、ユニコーンのメンバーがそこに「いる」ということを一番感じる。
昔、GRAPEVINEの田中(和将)さんと初めてお会いして対談をさせてもらったとき、僕らはまだ20代半ばで何もわかっていないような頃だったんですけど、インタビュアーさんに「ロックバンドとは?」と聞かれたんです。そのとき田中さんは「人数感を感じるもの」と言っていて。正直、その頃の僕にはそれがどういう意図なのかピンと来なかったんです。でも、今なら凄くわかる。演奏から、人が見える。音から、人数感を感じる。それが、僕が今まさにやりたいことだったと思います。

――選択肢としては、より装飾を派手にしていく道も、もしかしたらあったかもしれないですよね。その上で「シンプルにしていく」という道は、自然に選び取ったという感覚ですか? それとも、皆さんの中で大きな決断がありましたか?
はっとり:自然と、みんながシンプルになりたがっていた気がします。無理に話し合ったわけでもないんですよね。それぞれが、音色で脅かすというより「自分の音で自分を伝える」ということに楽しみを覚えてきているんだと思う。
田辺:大ちゃんは今回、「ギターアンプを使って鍵盤を鳴らしてみたいんだけど」っていう提案もしてくれたよね。
長谷川:うん。最近、「みんなと同じ気持ちで音を鳴らしたい」と思うようになっていて。デジタルで録るのもいいけど、みんなと同じ温度感やテンション感でやることも、凄くフィジカルなことだよなと思うんです。なので、曲によってはアンプを使って鍵盤を録っている曲もありますね。

――最初にも言いましたが、1曲目の「パープルスカイ」が始まった瞬間から、楽器の音が空気を震わせる躍動感が伝わってくる。その瞬間に、このアルバムの核の部分が伝わってくる気がします。「パープルスカイ」を1曲目にすることは、すんなりと決まりましたか?
はっとり:そうですね、勢いがあったので。「パープルスカイ」は、レコーディング自体はアルバムの最後の方だったんです。この曲ができるまで、収録曲を見渡してみるとアッパーな曲がなくて。でも最近までFCツアーもやっていたし、あのライブのノリが忘れられなかった。こういうアッパーなテンポ感の曲は、ライブには絶対にあった方がいいなって最近は特に思うようになりましたね。コロナの頃は思わなかったけど、コロナも終わり時間が経って、「やっぱり、ライブはみんな騒ぎたいよな」って(笑)。自分もライブを観る機会が増えてきましたから。直近で言うとオアシスですね。やっぱりライブは騒ぎたいし、歌いたいし、ノリたいし、飛び跳ねたい。こういう曲は絶対にほしいなって思いました。「パープルスカイ」は、「リライト」(ASIAN KUNG-FU GENERATION)と同じテンポなんですよ。
――きっとマカロニえんぴつが初めてのライブハウス体験になっている若い世代のリスナーも多いですよね。
はっとり:そうなんですよね。最近はMCで伝えるようにしているけど、「ライブハウスは自由なんだよ」って思います。いきなり「自由なんだ」と言われても困っちゃうかもしれないけど、ロックにおいて何が自由かというと、それは衝動に駆られること。ライブハウスにいるときくらいは周りに合わせないでいい。マスからはみ出していいし、みんなと違っても、自分がそこをサビだと思ったら拳を上げていい。「ここは解放区なんだ」という安心感を、まずは感じてほしいんですよね。

――「パープルスカイ」は、歌詞に「呪い」や「正義」「闘い」という強い言葉も出てきますよね。こうした言葉は、この曲が主題歌になっているドラマ『コーチ』の世界観があったからこそ出てきたものなのか、それとも、今のはっとりさんの心境を表す言葉でもあるのか、いかがでしょうか。
はっとり:ドラマというより、自然と、自分がバンドをやっている中で出てきた言葉だと思います。最近、ロックに対して「呪われていたい」と思うんです。俺は、ロックを疑ってかかった時期もあるんですよ。そもそも根っからのロック信者だったはずなのに、ロックをあまり信じていない時期があった。そうすると、途端にロックは自分を助けに来てくれなくなった。それが凄く悲しくて。音が鳴り止んでしまった感覚。「ロックって、信じないと途端に自分のものでなくなってしまうんだ」と思って、それが嫌だったんです。それで「どうしたら疑わずに済むかな?」と思ったら、「呪われていることにしてしまえばいいんだ」と思った。そうしたら離れずに済む。長くやっていると「俺、ロックに飽きてるんじゃないか?」と思ってしまうことがあるんです。そこからさらに考え込んでしまうと、「俺はロックに飽きてます」って断言しちゃいそうで、それが怖かった。でも好きなんですよ、ロックが。一番好きなのはロックです。それをこのアルバムでは出したかった。
マカロニえんぴつ「パープルスカイ」MV
――2曲目「いつか何もない世界で」は、2017年にはっとりさんがSNSに投降した弾き語りを元に作られた曲だそうですが、この曲をライブで演奏したとき、はっとりさんが「まさか2番の歌詞がこんな感じになるとは思わなかった」とおっしゃっていたのが印象的でした。はっとりさんとしては、どんな部分で意外だったんですか?
はっとり:ロマンチックに書き切れなかったんですよね。2017年にフルで書いたら、きっとロマンチックに書き切っていたと思うんです。でも今年完成した曲を見てみると、後半は現実を見ているし、諦めも入っている。その温度差が意外でした。「たまに忘れるんだけど、それが悲しくもない。ということが、悲しい」みたいな……どこか冷めているような感じもある。でも、それに対して「いや、そんなことはない!」と言い聞かせるように、最後の3行はロマンチックで終わらせようとしている。そこに自分でも葛藤を感じるんです。当時から比べると、冷めているなと思います。思えば、2017年なんてすべてが楽しかった時期ですからね。圧倒的に金はなかったけど、燃えていたし、楽しかった。あと、あの頃が一番モテたかった(笑)。
長谷川:「モテたい」はロックバンドにとって大事でしょ。「モテたい」がなくなっちゃうとねえ……。
はっとり:いや、大ちゃんはなくなりすぎだよ! 「ステラおばさん」とのコラボを喜んでいる時点でモテは捨ててるでしょ(笑)。
長谷川:たしかにねえ……(笑)。

――(笑)。「いつか何もない世界で」の最後の3行の始まり、<いつか嘘のない世界で はじめての嘘をつこう>という部分が、個人的に凄く刺さりました。この部分の歌詞に、はっとりさんはどんな思いを込めましたか?
はっとり:どうしたって嘘はついて回るじゃないですか。「嘘」には裏切りとか、欺くためのものというイメージも大きくあると思うけど、人間は嘘をついてきたし、それでやり繰りしてきた部分もあると思うんです。嘘をつかないと、上手くいかない人間関係だってあるし、きっと自分にも嘘なしでは立ち直れなかったことや、進めなかったことはいっぱいあったんじゃないかと思う。僕が歌の中で「嘘」という言葉を使うとき、その多くは慰めに近いものなんです。「夢」という言葉に近いかもしれない。「いつか何もない世界で」は、さっきも言ったように過去の自分の続きを書いているような曲なので、今の自分の冷めてしまった部分に対して、ちょっと見損なってもいるんですよね。わざわざ作り掛けの曲を掘り起こして続きを作ったくせに、そんなことを感じてしまっている。だからきっと、ここで歌う「嘘」は自分に対しての慰めなんだと思います。
マカロニえんぴつ「いつか何もない世界で」MV
「俺は孤独です」なんて言ったって、
無理があるだろと思う

――6曲目「きみは天使で」は、作詞ははっとりさん、作曲は長谷川さんですね。浮遊感と透明感のあるメロディアスで美しい楽曲ですが、この曲はどんなイメージで作られたんですか?
長谷川:この曲は子守唄をテーマに作りました。ありとあらゆるところで、「みんな疲れているな」と感じるんです。電車に乗っても、みんなしかめっ面で携帯を見ているし。だから、みんなが休まるような曲を作れたならと思って。「人を癒すような曲ってどんなものだろう?」と考えたら、たとえば『桃太郎』の歌ってあるじゃないですか。「もーもたろさん、ももたろさん」っていう。あれって16ビートのシャッフルなんです。あのリズム感はマカロニえんぴつではやったことがなかったし、そういう要素も曲に取り込めたらいいなと思いました。アレンジは「とにかく眠りに誘えればいい」と思いながら考えて。レコ―ディング中も、みんな眠そうだったよね?(笑)
はっとり:まあ、実際眠くなったね(笑)。この曲はアレンジも大ちゃんが指揮を執っていて、リバーブの空気感にもこだわりがあったし、ビートの指示も明確だった。大ちゃんの中でビジョンがハッキリとある曲だったんだよね。

――歌詞も、そうした長谷川さんのイメージを受けて書かれたんですか?
はっとり:最初は大ちゃんがそういうつもりで曲を書いていたことは知らなかったんですよ。でも、「この曲、子守唄のつもりで書いたんでしょ?」と本人に聞いたら、「よくわかったね」って。デモの段階から曲がそういう雰囲気を帯びていたんですよね。ユニコーンに「眠る」という曲があるんですけど、ああいう曲がマカロニで書ける! と思って歌詞は書きました。なので、マカロニえんぴつなりの「眠る」です、この曲は。俺も凄く好きな曲です。癒されますよね。
――そして11曲目「ハナ」はNHK『みんなのうた』への提供曲でもありますが、作曲は高野さん、作詞ははっとりさんですね。『みんなのうた』の曲になることは意識して書かれたんですか?
高野:いや、そこまで意識してはいなかったんですけど、大ちゃんの「きみは天使で」に近い空気感を目指した部分は、僕もありました。僕、『みんなのうた』は深夜にやっている再放送で観ることが多くて。夜、ひとりぼっちなんだけど、『みんなのうた』を観ていると、誰かが歌ってくれているような、子守唄に近いような感覚を覚えることがある。そういうイメージもあって、寂しさを解消するような曲を作りたいと思ったんです。アレンジ面でも自分の中では挑戦した曲なんですよね。曲の長さをできるだけ短く、でも、聴き応えとしては短く感じさせないギリギリの構成を作りたいと思って。でも、それをやるのは凄く難しいんです。Aメロは休符を多めにして、サビは広がりを持たせる、みたいな温度差を考えたり。そうやって、展開で曲の印象を豊かにできるんじゃないか、という試みをしました。

――「きみは天使で」も「ハナ」も、今生きている人の疲れや寂しさに対して癒しをもたらそうとする曲たちですよね。僕は横浜スタジアムで「静かな海」が初披露されるのを聴いたときも、近しいものを感じたんです。現実の複雑さを直視したうえで、安寧を求めている感じがした。今回の『physical mind』は、そういう要素が強いアルバムでもあるんじゃないかと思うんですけど、「静かな海」は今、はっとりさんにとってどのような曲と言えますか?
はっとり:この2年間くらい、自分から見たアングルがあまりにも楽しかったんですよ。メジャーデビューもして、幸せなこと尽くしで。そうすると、冷静にならないと逆に疲れちゃうんですよね。いい例えかわからないけど、大好きなバンドのチケットを買ってライブに行ったのに、10曲目あたりで帰りたくなっていることってないですか? 心のどこかで「いつ終わるかな」と考えちゃっている。これって、みんなにあることらしいんですけど。
――僕もあるので、わかります。
はっとり:それは飽きているわけでも、ガッカリしているわけでもなく、あまりにも興奮しすぎるとよくないから、脳からアドレナリンの逆みたいなものが分泌されて、熱を冷ましているらしいんです。それと一緒……かどうかはわからないですけど、水を差したくなる、というか。幸福な時間やエキサイトが続いちゃうと、冷静にならないと危険な気がして。それで、俯瞰で自分を見始める。今回のアルバムは、気づいたら、どの曲もそうなんですよね。凄く冷めた視点で、俯瞰で見ている。「静かな海」は特にそういう曲だと思います。この曲を作り始めるとき、ポツンと、静かな海の真ん中に立っているイメージが湧いてきたんです。これは「寂しい」とか「ヤバい」という感覚じゃなくて、「次に向かう先を冷静に考えてみよう」という気持ちの表れのような気がするんですよね。ハマスタのMCでは「俺は孤独で……」なんて言ったけど、「お前はもう、孤独には無理があるだろ」って自分に対して思うんです。俺はもう人から見れば成功者だし、ハマスタで2日間、約6万人の前で演奏して、「俺は孤独です」なんて言ったって、無理があるだろと思う。じゃあ、「孤独」以外の言葉でこのニュアンスをどう説明すればいいんだろう?……と考えると、出てくるのは「冷めた視点」なんですよね。冷めたおかげで、自分という人間は如何に幸せかも気づくわけだし。「静かな海」は今年の頭に書いた曲なんですけど、このタイミングで生まれるべくして生まれた曲だと思います。
マカロニえんぴつ「静かな海」MV
――今回のアルバムの歌詞が、冷めた視点、客観的な視点で書かれた曲が多いというのは、はっとりさんとしては自覚的にそこに向かっていった感覚なんですか?
はっとり:そうなっちゃったって感じですね。意図せず、そういう方向に向かった。だから歌詞のスタイル的には、『アルデンテ』とか『s.i.n』とか、言わば「ヤングアダルト」以前の雰囲気に戻ったような感じもしています。「ヤングアダルト」の頃から、自分から見える主観的なアングルを大事にし始めたので。その最たるものが「なんでもないよ、」かもしれないですけど、それ以前のモードに戻っているのかな。だから、引き戻されるように「いつか何もない世界で」の続きを書こうと思ったのかもしれないし。

――「ヤングアダルト」のときは、やはりもの凄く主観的というか、はっとりさんがひとりの若者として曲の中に没入している感覚があったと思うんです。それに比べて今作の歌詞がより客観的に、冷めた目線になったというのは僕も聴いていて感じました。ただ、それによって、より広く大きな視野で今この時代を生きている人間を見つめている曲になっていると思うんです。そういう意味では、受け手に取って、より優しさや強さを感じさせる歌になっている気がするんですよね。
はっとり:そう受け取ってもらえたら一番嬉しいですけどね。今回のアルバムの曲は、悩める可愛い歌という感じじゃないんですよね。悩んでいる人って、寄り添いたくなるじゃないですか。でも今回のアルバムの歌は悩んでいるわけではないし、曝け出しているわけでもない。「俺も一緒に悩んでいるよ」という歌があまりない。どっちかと言うと「俺を部屋から引っ張り出してくれよ」と言っている感じがする。甘えているんです。裏を返せばファンに委ねるくらいには信用しているっていうことでもあるんですけどね。でも、可愛くはない。どっちかと言うと、生意気で憎たらしい歌が多いと思う(笑)。
――(笑)。これは個人的な解釈ですけど、「いつか何もない世界で」の<いつか嘘のない世界で はじめての嘘をつこう>というフレーズを聴いたとき、思い出したのが「なんでもないよ、」だったんです。「なんでもないよ、」は、最終的には口をつぐむじゃないですか。でも、「いつか何もない世界で」は、何もなくなった世界で、嘘でもいいから言葉を紡ぎ始めようとする。だから、僕は「いつか何もない世界で」には未来への希望があるような気がしたんですよね。嘘でもいいから、また何かを語り出そうとしている感覚がこの曲にはある気がして。
はっとり:それは、いい読み解き方かもしれないですね。

――最後を飾る「クレイジーブルース」の「クレイジー」という言葉は、はっとりさんにとってどんなニュアンスを持っていますか?
はっとり:口当たりがよかったんですよね、「クレイジーブルース」って。ブルースって曲調の話ではなく、ハートの部分の話だと思うんです。あれは人生の音楽だと思う。その人がそのまま出る。だからカッコつけちゃダメで。この曲は、現実的に自分が壊れてしまっている感じを歌っている曲だと思います。ただ、それがそのまま出てくるとあまりに暗くなるので、こういう言葉でデフォルメしているんだと思う。今回のアルバムは、壊れかけの歌が多いんですよ。「然らば」しかり、「NOW LOADING」しかり。壊れないようにギリ踏ん張っている感じがする。で、「クレイジーブルース」は壊れちゃったあとの歌なので、それを優しく、ちょっとでもポップにしようとしたって感じだと思います。話していて思いましたけど、殻に籠っているようで、曝け出しているような気もしますね。
――そう思います。それに、こういう曲を歌えるのも、やはり聴き手への信頼があるからかもしれないですね。
はっとり:うん、信頼ゆえですね。あと、ふるいにかけ始めているのかもしれない。「これを聴いて、君はどうする?」って。でも、あんまり放っておくと暗くなっちゃうから、ジャケットは気を使って、楽しくしたかったんですよ(笑)。
――ジャケット、最高ですね。
はっとり:アーティストの抜水摩耶さんが描いてくれたんですけど、抜水さんの絵が凄く好きで。最初にお願いした「いつか何もない世界で」のシングルのジャケットが最高だったので、アルバムもお願いしました。最近はもう、生成AIがカロリーゼロで絵をたくさん描いているじゃないですか。でも、抜水さんの絵を観たとき、「俺はフィジカルの絵を見つけた!」と思ったんですよ。この絵はAIには描けない。それに、最近はスマホの画面でも見えるように、わかりやすいジャケットが増えているんです。でも、僕らの今回のジャケットはスマホでは見えないくらい細かい。このジャケットにも、この時代に対しての俺のちょっとした反発心が出ていると思いますね。抜水さんしかないマインドで、フィジカルで描いてくれている感じがこのアルバムにピッタリだなと思います。ジャケットは明るくなってよかった(笑)。
――(笑)。確かにこのアルバムには、人間の壊れてしまいそうな部分がたくさん露わになっていると思います。でも、僕は聴き手として、そこに希望を見てしまうんですよね。
はっとり:うんうんうん……。そういう人向けに書いた歌たちだと思いますね。

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