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『メリー・ポピンズ リターンズ』OST発売記念 劇中音楽とその魅力を解説



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 PLトラヴァースの小説『メアリー・ポピンズ』を実写化した映画『メリー・ポピンズ』で世界中を魅了した幸せを運ぶ魔法使いメリー・ポピンズが日本のスクリーンに戻ってきた。『シカゴ』や『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』のロブ・マーシャル監督が「あまりにも愛しているので他の人に任せたくなかった」と情熱を注いだ『メリー・ポピンズ リターンズ』には、前作同様、人々を元気にする最高の音楽が盛りだくさん。【第91回アカデミー賞】で<主題歌賞><作曲賞>を含む4部門にノミネートと、日本公開前から話題沸騰のその劇中音楽の魅力を、音楽ライターの服部のり子氏に解説してもらった。

55年の歳月を経て不朽の名作の続編が誕生

 映画『メリー・ポピンズ』は、1964年に公開されたディズニーが誇るミュージカル・ファンタジーの名作だ。主役のメリー・ポピンズをジュリー・アンドリュースが務めて、当時は画期的だったアニメーションと実写の合成があり、「チム・チム・チェリー」や「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」、「お砂糖ひとさじで」など、一緒に歌いたくなる音楽が映像を溌剌と輝かせた。ミュージカルにおいて、歌はセリフでもある。ウォルトも生前「音楽は物語」と、その重要性についてよく語っていたという。『メリー・ポピンズ』は、そんなウォルトの肝煎りで製作された。

 その結果【アカデミー賞】で13部門にノミネートされて、5部門で受賞した。そのなかに<主題歌賞>(「チム・チム・チェリー」)と<作曲賞>が含まれていた。そんな素晴らしい音楽を担当したのはロバートとリチャードのシャーマン兄弟だった。ディズニー映画はもちろんのこと、ディズニーランドのアトラクションで流れるテーマ曲「小さな世界」を作曲したのもシャーマン兄弟で、彼らの音楽は、小さな子供でも一緒に歌える親しみやすいメロディー、シンプルでわかりやすく、さらに言葉遊びを含む歌詞など、独創性のなかに普遍的な魅力を併せ持っている。なぜ彼らは、そんな時代を超えて愛される歌を書けたのか。その謎にドキュメンタリー映画『ディズニー映画の名曲を作った兄弟:シャーマン・ブラザーズ』で迫ることが出来る。

 他にも制作秘話を描いた映画『ウォルト・ディズニーの約束』があり、アナザーストーリーの映画が創られるほど、『メリー・ポピンズ』には語り尽くせぬ魅力と秘密がいっぱいあった。しかも主演は、ミュージカル界のトップスターのジュリー・アンドリュースで、若き日の彼女の代表作であり、そのイメージがしっかり定着している。そんな不朽の名作の続編が55年の歳月を経て製作された。タイトルも『メリー・ポピンズ リターンズ』だ。続編の情報を耳にした時、真っ先に頭に浮かんだのは誰が主演を務めるのか、ということだった。ミュージカル界に実力派スターは大勢いる。でも、しっかり者でちょっとシニカルでもある、チャーミングな魔法使いのイメージに合う人はいるのだろうか。そんな不安を見事に吹き飛ばしてくれたのは女優のエミリー・ブラントだ。

 映画の舞台は、世界恐慌を迎えた1930年代のロンドン。エミリーは、2006年にヒットした映画『プラダを着た悪魔』の秘書役のイメージが強いので、アメリカ人と勘違いされることがあるけれど、実はロンドン生まれのイギリス人。デビュー当時は、ロンドンの舞台で活躍していた。なので、イギリスの格式高い教育係役を演じるうえで、重要なイギリス英語は得意とするところ。発音が美しいと評判だ。もちろん歌唱力もある。その実力は、日本で2015年に公開されたミュージカル映画『イントゥ・ザ・ウッド』で発揮されていたけれど、ミュージカル出身ではないので、いい意味でクセがない、ナチュラルなヴォーカルがいい。今回の抜擢は、同映画の監督を務めたロブ・マーシャルが「彼女しかいない」と迷うことなく、白羽の矢を立てたという。



▲『メリー・ポピンズ リターンズ』本予告編

 映画『メリー・ポピンズ リターンズ』の物語は、前作でやんちゃな子供だったジェーンとマイケル姉弟の20年後を描いている。独身のジェーンは、母親の影響からか、労働組合で働いていて、父と同じフィデリティ銀行に臨時職員として勤めるマイケルには3人の子供、ジョンとアナベル、ジョージーがいるが、妻を亡くしたばかり。20年前と同じ桜通り17番地の邸宅に暮らすが、家事もままならぬ家は汚れているし、借金返済に苦慮するマイケルは、子供の躾にまで手が回らない。そんなところに前回と同じ傘とじゅうたん製のボストンバックを持ち、風に乗って空から現れたのがメリー・ポピンズというわけだ。

 ここから彼女と子供達の心ワクワクする冒険の旅が始まる。冒険にはもうひとり、メリーの友人で、ロンドンの街をよく知る街灯点灯夫のジャックが参加する。彼を演じるのはブロードウェイのスターで、歌と共にラップを得意とするリン=マニュエル・ミランダ。映画の冒頭でひとり歌う「愛しのロンドンの夜」など、ストーリーテリングな歌で物語をリードし、子供達と出掛ける冒険ではアニメーションの動物や魚たちとダンスを披露する。アニメーションとの合成も進化している。前作では歩道にチョークで描いたイラストの中に潜り込み、田園風景のなかでアニメーションと共演していたけれど、今回は、バスジェルで泡立てた浴槽に飛び込むと、そこは海で、みんなで海中散歩をしたりする。



▲(Underneath the) Lovely London Sky(邦題:愛しのロンドンの空)(『メリー・ポピンズ リターンズ』より)



▲Can You Imagine That?(邦題:想像できる?)(『メリー・ポピンズ リターンズ』より)

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『ヘアスプレー』コンビが手掛けた歌詞に注目

 さて、重要な音楽は、長年映画やテレビ、舞台の世界で活躍し、映画『恋人たちの予感』や『天使にラブ・ソングを…』などの音楽を手懸けてきたマーク・シェイマンと、彼とのチームで、ブロードウェイ・ミュージカル『ヘアスプレー』の音楽を担当したスコット・ウィットマンが書いている。2人は、『ヘアスプレー』で【トニー賞】の<オリジナルスコア賞>を受賞した実力派だ。シャーマン兄弟が手懸けた前作のサウンドトラックは、全米チャートで14週も1位を獲得した実績がある。そのプレッシャーは、あったかもしれないけれど、シャーマン兄弟の路線を上手に踏襲しつつ、新しいメリー・ポピンズの世界を生み出している。具体的にはメロディーは、親しみやすく、体が左右に自然に揺れるリズムは心地好く、一緒に“ファンタスティック~♪”と掛け声を上げながら歌いたくなってくるし、鐘の音やオルゴールを模したサウンドがファンタジックな世界の入口となってくれる。55年前には世の中に存在しなかったラップも登場する。その音楽のなかで特に注目したいのは歌詞だ。



▲Trip a Little Light Fantastic(邦題:小さな火を灯せ)(『メリー・ポピンズ リターンズ』より)

 冒頭で、歌はセリフと書いたけれど、20年前の好景気だった時代と異なり、今回は社会全体の景気が後退して、裕福だったバンクス家も破産寸前。銀行から借金返済を迫られて、マイケルは、金策に奔走するけれど、自宅を手放さなくてはいけない状況に追い込まれる。その時代背景を反映した歌は、前作のような言葉遊びではなく、人生の示唆に富んだものが際立つ。わかりやすい言葉で綴られた歌詞は、子供に生きるためのアドバイスを与えてくれるだけではなく、かつて子供だった大人には日常に埋もれてしまった大切なものを掘り起こすような新鮮な刺激と喜びをもたらしてくれる。

 たとえば、エンディングへと向かう公園でのスプリング・フェスティバルのシーン。子供から始まり、マイケルも、ジェーンも、マイケルを罠に嵌めようとした銀行の頭取も次々に風船売りのおばあさんから風船をもらっていく。原作でも愛されていたキャラクターの、その売り子に扮するのは90歳を過ぎても元気なアンジェラ・ランズベリー。80年代から90年代にかけてヒットしたTVシリーズ『ジェシカおばさんの事件簿』で大人気の女優だ。彼女が「人生の選択を間違ってはいけない」と語りかけて、「Nowhere to Go But Up(邦題:舞い上がるしかない)」を歌い始める。歌のテーマは、何かにつけて選択を余儀なくされる、現代の課題である“正しい選択”だ。アンジェラの邪念も迷いも全て消え去ったような優しくキュートな歌声が心に染みる。映画のハイライトのひとつだ。そして、彼女の歌を引き継いで、ジェーンとマイケル、子供達が続けて歌う、家族全員による合唱が展開される。他にもメリー・ポピンズのまたいとこで、ロンドンの裏道で不思議な修理屋を営むトプシー役のメリル・ストリープがおどろおどろしい魔女風の歌を披露する「ひっくりカメ」、ジャックのおどけたラップをフィーチャーした「本は表紙じゃわからない」など聴きどころはいっぱいある。



▲Nowhere to Go But Up(邦題:舞い上がるしかない)(『メリー・ポピンズ リターンズ』より)



▲A Cover Is Not the Book(邦題:本は表紙じゃわからない)(『メリー・ポピンズ リターンズ』より)

 オリジナルは、まさに役者揃い。マーシャル監督と仕事をしたことがある気心知れた俳優陣が思いっきり“メリー・ポピンズの世界”を楽しんでいる様子が伝わる歌ばかり。それを受けての日本語版は、さぞかしキャスティングが難しかっただろうと心配したけれど、どのキャストもなるほどと思う適任者が選ばれている。主役のメリー・ポピンズ役は、1964年版の『メリー・ポピンズ』のミュージカルで主演を務めた経験がある平原綾香。歌とセリフの上手な切り替えは、小気味よいほどで聴き入ってしまうし、演技も堂に入っている。メロディーを慈しむように歌う「幸せのありか」などの歌唱も印象的だ。ジャックは『レ・ミゼラブル』などの出演している俳優&声優の岸祐二、トプシー役は島田歌穂だし、マイケルは谷原章介で、ジェーンは堀内敬子がそれぞれ務めて、時には巧みに、時には初々しさが微笑ましい歌を聴かせてくれる。そして、オリジナル、完全日本語吹替版ともに子供達のピュアな歌が作品全体の輝きが増す存在になっている。サントラは3タイプあり、英語盤、日本語盤、その両方をパッケージした2枚組のデラックス盤だ。

 映画では前作と新作のつながりが随所に隠されていて、それがまるで宝探しのようになっている。たとえば、鳩のエサを買うはずだった2ペンスの話とか。新作を観た後に前作を観たくなるし、映画を観た後にサントラでもっと余韻を楽しみたくなり、サントラを聴くと、また映画が観たくなる。そんな魅力溢れる作品になっている。



♪幸せのありか(完全日本語吹替版エンドソング)(『メリー・ポピンズ リターンズ』より)

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