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LAの音楽家コミュニティから生まれた不思議な「バンド」、スケアリー・ポケッツ来日記念特集

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 ザ・ビートルズやクイーンからブルーノ・マーズまで、洋楽名曲の数々を極上のファンク・ポップ・サウンドで聴かせる注目のLAバンド、スケアリー・ポケッツが来年2月に初来日公演を開催する。パンプルムースのジャック・コンテと、ライアン・ラーマンを中心に、名曲のファンク・カヴァーを毎週YouTube上で発表し、既に150本以上の動画を発表しているという彼ら。2018年には、その音源が世界で初めてCD化され、日本デビューも果たした。
 今回はそんなスケアリー・ポケッツと、彼らが属しているLAの音楽“シーン”について、雑誌『ミュージック・マガジン』編集部で、Bandcampなどを中心に広がる世界のインディ音楽の動向に詳しい新田晋平(a.k.a. 国分純平)氏に解説してもらった。来日公演の予習として、ぜひご一読頂きたい。

「生演奏のプレイヤー集団」と「2010年代のインターネット」

 2010年代もまさに終わりに差しかかろうというこの年の瀬。この10年を振り返るとさまざまなトピックがあったわけだが、インターネットの存在感の大きさは、これまでのどの時代にもなかった、2010年代の最も大きな特徴のひとつだろう。チルウェイヴからクラウドラップに至るインターネット発のムーヴメントやヴェイパーウェイヴのような“インターネット音楽”、ラップのミックステープ文化やサブスクリプション・サーヴィスの登場など、インターネットの存在を前提としたシーンが数多く生まれた。もっとも、それらの(シーンの)多くは即時性やデジタルな質感といったインターネット文化の特色と相性の良いエレクトロニック・ミュージックやヒップホップなどが中心になってきたわけだが、そのなかにあって、ジャック・コンテらを中心としたLAの生バンドのシーン(というか人脈というか)は、ひときわユニークな存在感を示してきた。パンプルムース、ヴルフペック、そして今回来日するスケアリー・ポケッツ。彼らは旧来的と言ってもいいほど生の楽器演奏に重点を置いたプレイヤー集団だが、インターネットを最大限に活用して人気を博してきた。ある意味で実に2010年代らしい人たちと言ってもいい。


▲VULFPECK /// Dean Town

 ヴルフペックがSpotifyのシステムを逆手にとって再生数を稼ぐために無音のアルバムを発表して話題になったこともあったが、彼らの主戦場はYouTubeだ。わざと画質を落とした映像で60~70年代の雰囲気を演出して職人肌なセッションを繰り広げるヴルフペックにしろ、妻のナタリー・ドーンとともに名曲のカヴァーや人力マッシュアップをキュートに見せるパンプルムースにしろ、音源の素晴らしさはもちろんのこと、生で楽器を演奏することの楽しさを映像を用いることでダイレクトに伝えてきた。その意味では、彼らとも密なつながりがあり、当初は超絶ドラム演奏で注目を集めたルイス・コールをこの“シーン”に加えてもいいだろう。

「約3年間で15枚のアルバム」 驚異的な活動ペースの裏にある“面白さ”

 そんな面々のなかでも、最も精力的に作品を発表しているのがスケアリー・ポケッツだ。パンプルムースのメンバーでもあるジャック・コンテと、彼の高校時代からの友人であるギタリスト/シンガー・ソングライターのライアン・ラーマンが始めたスケアリー・ポケッツは、2017年に活動を開始。ヴルフペックやパンプルムースと比べてもだいぶ遅いデビューだったが、同年にリリースしたファースト・アルバム『Scary Pockets』以来、2~3か月に1枚のペースで10曲程度のアルバムをコンスタントに出し続けており、2019年12月リリースの最新作『Sca Ryp Ock Ets』に至るまで、その数は結成して約3年間で15枚にものぼる。普通のミュージシャンであれば俄かに信じがたい数だが、これはスケアリー・ポケッツというバンドの、独自のコンセプト/活動形態のため。それは、YouTubeで毎週、有名曲のカヴァーを発表し、それらをまとめてアルバムとしてリリースする、というものだ。


▲Shape of You - Ed Sheeran - Funk Cover

 スケアリー・ポケッツが初めてYouTubeで発表したカヴァーは、2017年3月1日に公開したエド・シーランの「Shape Of You」。以後、テイラー・スウィフト「Style」、ビヨンセ「Drunk in Love」、ケンドリック・ラマー「Humble」、ブラック・サバス「Enter Sandman」、プリンス「Kiss」、ドレイク「Hotline Bling」、ポリス「Every Breath You Take」、ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」、ガンズ&ローゼス「Sweet Child O' Mine」、ファレル「Happy」、ビートルズ「Hey Jude」、クイーン「We Are The Champions」、デレク&ザ・ドミノス「Layla」、ジャーニー「Don't Stop Believin'」といった、超がつくほど有名な楽曲のカヴァーを週1のペースで発表してきている。あまりに有名な曲ばかりで、逆に気恥ずかしさを覚えなくもないのだが、誰もが知っている有名曲・ヒット曲を、“ファンク”のワン・コンセプトの下、採り上げ続けることで、ヒット楽曲の面白さ、生演奏の楽しさ、バンド・アレンジの妙をわかりやすく伝える、ということにこのバンドの面白さがある。


▲2017年発表のベスト・アルバム『Scary Pocets』


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「YouTubeから飛び出してくるファンク・バンド」

 そんなバンドのメンバーは、ジャック・コンテとライアン・ラーマンのふたり以外は、セッションごとにさまざまなミュージシャンが入れ替わり立ち代わり参加するのが彼らのスタイルだ。ルイス・コールらとの活動でも知られるサム・ウィルクス(ベース)、来日公演も果たしている奇才サム・ゲンデル(サックス)、インクのメンバーでもあるダニエル・エイジド(ベース)、ニーボディのメンバーであるカーヴェー・ラステガー(ベース)、メイシー・グレイやザ・フーのサポートも務めるタミール・バージレイ(ドラム)、ダニエル・ラノワとの仕事で知られるカイル・クレイン(ドラム)、USインディ界隈の作品ではお馴染みの室内楽集団yMusicのヒデアキ・アオモリ(サックス)などなど、そのラインナップは実に通好み。さらにゲスト・ミュージシャンとしてジェイムス・ギャドソンやラリー・ゴールディングス、ロベン・フォードといったレジェンドもたびたびセッションに招いており、ラリー・ゴールディングスとは1枚まるまるアルバムを作っている。デイヴィッド・T・ウォーカーやブーツィー・コリンズを招いて作品を作ったヴルフペックにも共通するが、そうした姿勢からも彼らの真摯なミュージシャンシップが窺えるだろう。


▲ラリー・ゴールディングスとの『Scary Goldings』(2018)

 シンガーについても、ジョーイ・ドーシックやベン・フォールズを始め、“デイヴィッド・フォスターの秘蔵っ子”としてヴァーヴからデビューしたブレナ・ウィテカー、プリンスのプロデュースでアルバムを出したジュディス・ヒル、ロンドンの若き才能ブルーノ・メジャー、ヴルフペックのメンバーとしても知られるテオ・カッツマン、ドン・コスタの娘でスタックスからのリリースもあるニッカ・コスタなど、多彩な面々が顔を揃える。さらに言えば、ケントン・チェンやインディア・カーニーなど、まだ広く知られていない若き才能を多くフィーチャーしているのもこのバンドの特徴で、これから本格的に世に出るスター候補生をいち早く知ることができる、ひいてはLAのソウル/ファンク・コネクションを草の根の部分から一望できる、という面白さが、スケアリー・ポケッツの活動にはある。ミュージシャンにしろ、シンガーにしろ、このバンドに参加している面々を追っていくだけで、LAのソウル/ファンク~ジャズ界隈の重要な一端が見えてくる。


▲Believe | Cher | funk (reggae) cover ft. Joey Dosik

 今回の来日メンバーは、バンドの創設者であるライアン・ラーマン(ギター)ほか、スティーヴ・ワトキンズ(キーボード)、ニック・キャンベル(ベース)、ロブ・ハンフリーズ(ドラムス)、テレサ・クアトロ(ヴォーカル)、マリオ・ホセ(ヴォーカル)、アントウォウン・スタンリー(ヴォーカル)となっている。創設者のもうひとりであるジャック・コンテが帯同できないのが残念ではあるのだが、レナード・コーエンの作品(最新作『Happens To The Heart』ほか)にも参加したロブ・ハンフリーズを始め、演奏陣は普段の活動でも準メンバーとして名を連ねているメンバーが参加し、ヴォーカル陣もヴルフペック作品でもお馴染みのアントウォウン・スタンリーを筆頭に、タイプの異なる3人が揃っている。YouTubeから飛び出してくるファンク・バンドによる、有名曲オンパレードの公演。間違いなく楽しい一夜になるはずだ。


▲Skinny Love | Bon Iver | funk cover ft. Antwaun Stanley

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